25話 小休止

「・・・・・・てなもんで、昨日の接触は失敗した」

「ああ、それは見たら分かる」

「大惨事だな、帝さん」

「あの、大丈夫、なんですか」


 校舎を爆破した翌日、帝の家に集合した三人は帝のあまりの有り様に冷や汗を垂らした。

 全身に包帯を巻き、ところどころに大きな絆創膏を貼ったその惨状は、かつての世界の帝からは想像もつかない酷いものだった。


 炎の妖精と契約している以上、炎熱への耐性こそ強くなっているが、それが爆発ともなると単純な炎の属性と定義することは困難。結果崩壊する学校とその瓦礫に巻き込まれる形で、全身に裂傷を始めとして各種ダメージを負ってしまった。


「くそっ、権力のやつ! いくらなんでもひどいじゃねえか!」

「そうです。あんまりです」

「ん〜、まあ、どうかな」


 義憤に闘志を燃やす瑞生と椿とは対照的に帝の表情は微妙だ。それは彼女の、咲敷綾乃の表にしていない性格の一端を知っていたからに他ならないが、それを話すことは躊躇われた、それだけのこと。

 

 生徒会長と、理事長の娘。後に同じ部の先輩後輩として出会うまでその関係性を続けていた帝は、ある時彼女の持つ残虐性のひとつの形を垣間見た。

 そうであるからこそ、『こう』いった接触を取ること自体が半ば賭けのようなものだった。命あっての物種とは言うが、本当に助かってよかった。


 そしてほぼ結論として、彼女の今の状況は伊草にも似たものであろう。出会い方、その一言に集約される。恐らく綾乃と元の世界でこうして出会っていれば、今とそう大差ないことになっていた筈だ。


「・・・・・・でもさ、帝さん。どうして権力たちと会わなきゃいけないんだ? 殆ど別人なんだろ?」

「・・・・・・今更か」


 まさかここにきてそんな初歩段階の話か。いや、よくよく思い出してみればそれを話したのは瑞生にだけだったような。自己完結型の弊害か。


「そうだな、まずは俺たちがどうやってここに来たのかを確認しようか」

「あの目、だな」

「はい。あの目の形をした妖精の力によって俺たちはここへ飛ばされました。これは推測の域を出ませんが、その原因は学校にいた俺たち、俺とセンセイと伊草と権力。桐原先輩たちに関しては何とも言えませんが、そう思っています」

「ふむ、それは分かったけど、それがどう関係あるんだよ?」

「よくよく考えてみろ、何故俺を除く三人は記憶を共有していない? お前たちは記憶を維持したままこの世界に適応するように容貌が変わっている。だがあの三人は違うだろ?」

「え〜と、どういうことっすか?」

「これで俺も記憶を失っていたなら、俺がこの世界に元々存在していた俺にすげ替わっていたともとれたが、現状これでは」


「ああ、なるほど」


 ここにきてようやく桐原が合点がいったように手をポンと叩いた。


「我々がこの世界の変化に飲まれたように、あの三人は内面的に変化した。つまりこの世界に取り込まれたとも言える同一人物だと」

「そ、そういうことか」


 同一人物という単語だけを拾ったであろう椿がうなずき、傍観を貫いていた、または話についてこれなかった瑞生も控えめに首肯する。


「その通りです。だから、俺たちは元の世界に戻る方法を模索するだけじゃなく、あいつらをどうするべきかも確かめないといけない」


 もっと言えばそこに元の世界に戻るヒントが隠れているかもしれない。あの妖精の目的は不明だが、何も無しということはないだろう。


「まあ、という訳でまた傷が癒えたら出直そう」

「あ、そのことなんだけどよ、帝さん」

「どうした?」

「オレたちも権力について色々調べたんだけどさ、なんかあいつ異常な男嫌いってことで有名らしいんだ。元の世界じゃそんなことも無かったのに」

「それを早く言え・・・・・・」

「さらにさらに瑞生はそんな男たちに癒しをもたらす男たらし、エロ女ってことで有名だ!」

「そ、それは言わないでって言ったじゃん椿ちゃん! 椿ちゃんだって学校じゃボッチだったじゃない! 髪を染めた至高のボッチじゃない!」

「んなっ!!」


 ボッチという単語に心的外傷トラウマが呼び起こされたなんてことはおくびにも出さず、笑う桐原につられたようにして、帝は腹を抱えた。

 

「しっかし、面白い世界だな、ここは。どんな紆余曲折の果てにお前らがそんなことになったのか・・・・・・もしかしてお前ら俺たちと出会ってなかったらこんな感じだったのか?」


 迂闊にも、その傷から逃れようとしたことがいけなかったのかもしれない、どうにか取り繕うとするが、しかし二人の反応は違った。  

 顔を熟れたトマトのように赤らめ、下を向く。

 それは昨日見た刀薙切のそれに似ている気がして、そして帝がそこから予想した感情は、怒り。


「す、すまん、失言だった」

「そ、そんなことはないぞ、帝、さん・・・・・・」

「は、はい、全然、そんなことは・・・・・・」


「ははーん、相変わらずだなぁ、帝も」

「どういうことっすか・・・・・・」


 帝は知る由もない、妖精を巡るこの年の出会い。帝が師団から離れ、新人妖精師の教育係となった高一の春のその出会いが、彼女たちを変えたのだと。

 世界が変わり、帝との出会いがリセットされたことによって、冬のこの時期の二人へある種必然的な変化を招くことになった。


 そこに、このパラレルワールドの真実の欠片が潜んでいることに気づく者はいない。そしてその答えに一番近づいているのが桐原であり、桐原自身もまたそれ以上の理解を持っていないのだった。


 ★  ☆  ★


「こ、これがあればあの咲敷を・・・・・・」

「ああ、いくらあのお嬢様でもこれさえ使えばひとたまりもないぞ」

「じゃあ、明日これを・・・・・・」

「そうだ。これで積年の恨みも晴らせる」 

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