23話 闇夜
「貴様、名前は何といった」
「九条帝だ、織白伊草」
「そう、じゃあまた会おう、帝。・・・・・・その時はうちが必ず勝つ」
「へいへい」
雨を避けて入った駅。そこで伊草とそれだけの短い会話をして別れ、帝は帰路についた。
傘を買おうか。そう思ってコンビニに寄り道をしようかと方向転換しかけた時、目の前に黒い影が差し込まれた。
それが傘だと理解するのに数瞬、差し出されているのだと気づくのに実に三秒。そしてその主が刀薙切であるということを知って、硬直する。
最終的におよそ十秒。帝の眼前には刀薙切によって傘が差し出され続けていた。
「もうっ早く取ってよ!!」
「あ、ああ。悪い」
怒ったように頬を膨らませる刀薙切から傘を受け取ると、すぐに表情を緩めた。
伊草の変貌が帝との出会い方、関係性によって生じた変化だと仮に定めると、ではこの少女は一体どんな因果の果てにこの世界で巡り会ったのだろうか。
伊草の本質は大きく揺らいではいない、だがその根底から歪んだであろうセンセイは、刀薙切との血縁という関係で結ばれていた。帝の記憶にもない少女が、である。
この少女は何者なんだ。その疑問が改めて噴出し、帝が思考の海に沈もうとしていると、不意に手を引かれて現実に戻される。
「ありがとね、つかさっち。聞いたよ、解決してくれたんだってね」
「あれを解決と呼ぶかは甚だ微妙なところだが、これで風紀委員の代理が務まったんならよかった」
「・・・・・・やっぱつかさっち変わった」
「そうか?」
「うん。いつものつかさっちなら、ボクにお礼なんか言わなかったし、今回だって騒動を大きくしていただろうしね」
「よくそんな奴に任せたな・・・・・・」
大概にしろと言いたくなるような言われっぷりである。これが自分なのかと。ほとほと悲しくなってくる。
「う〜ん、まあそれが、ボクの信頼だよ!!」
「大雑把な信頼なことで」
言葉を詰まらせ、曖昧に笑う刀薙切はため息を零す帝の肩をバシバシと叩いた。
歩いていた足はいつの間にか止まっていて、二人はまた歩き始める。刀薙切は肩に置いていた手をすべらせ、帝の手に重ねた。そして、そのまま繋ぐ。
帝が驚く中、刀薙切は顔を下に向けたまま、寄り添うように帝の隣を進む。
その耳が真っ赤に染まっていることには、暗がりでは帝には分からない。
だがその手に、縋るような感情があることに気づいて、帝はそれを拒まなかった。
それと同時、その感情は自分であって自分でないこの世界の九条帝に向けられていると理解したからこそ、帝は不容易に声を発せずにいた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
だが俯いたままの刀薙切の妙に耐えかねて、何か気の利いたことを言おうと思ったが、話題が無い。
共通項を捻り出そうにも、帝はこの少女について何も知らないに等しい。下手にすでに済んでいる会話を掘り起こす行為も、既に持たれた不信感を更に深めてしまうだろう。
当たり障りの無い、尚且つこの世界での本来の帝が触れたことが無い論題。近寄ろうとしておらず、そして何かメリットのある話を探す。
ある種当然のことながら、これまた必然的に経験をしたことのない類の腹の探り合い。
そして、帰り道も半分くらいになった辺りで、思いついた。
「セ・・・・・・お姉さんはどんな人なんだ?」
今日の感想として、センセイと自分にはそこまでの関わりはないように感じた。それ故のその質問が口をついていた。
これなら問題ない、そう確信めいたものがあったが、対する刀薙切の反応は、ただ帝の手を強く握るだけだった。その力が意想外に強くて、そこにどんな思惑が潜んでいるのか、推し量れない。
しかし、何故だろうか、その感情は喜怒哀楽で言うところの怒、若しくは哀。その二つのいずれかが入り交じったものであるように思える。
「・・・・・・つかさっち、いつもおねーちゃんのこと、センセイって呼んでる」
しくじった。まさか、呼び方が一緒だったとは。センセイとの距離感を違えてしまったようだ。
「いや、言い間違いだ・・・・・・センセイ、ああセンセイだ」
「おねーちゃんがどうかしたの?」
「深い意味は無いよ、ただ、何となく気になっただけだ」
「へぇー、おねーちゃんが、そう」
今度ははっきりと、その声色に込められたのが哀であることを認識し、首を傾げる。
「好きなの?」
脈絡もなく投げかけられたその理解不能な問いに疑念は強まるばかり。果たしてその真意の如何を尋ねることも許さぬ雰囲気に帝はひたすら無言を貫く。
射抜くような刀薙切の視線が帝の瞳を映す。見つめ返す翡翠の瞳が湛えるそれは、責めているようで悲しんでいるようにも見える。
「好きなの?」
繰り返される質問。詰問にも思えるのはそれが実際にその通りだからだろう。
「・・・・・・違う、な」
「・・・・・・・・・・・・うん、なら、よかった」
自身の姉のことを好きではない、裏を返せば嫌いともとれるその言い様に違和感を抱く。
底知れぬ邪気を漂わせていた刀薙切は、その場で軽くターンをすると、また晴れやかな笑みを浮かべて帝を見上げた。
「よーし、つかさっち。雨も止んだし家まで競走だ」
「は・・・・・・? いや、ちょっ待てって」
何かを振り払うように駆け出して言った刀薙切の背を追いながら、帝は夜の闇すら霞む程の邪念と未知数の恐怖を幻視していた。
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