22話 決闘

 紅蓮の炎が空を焦がし、大地を焼き、暴力の渦となって伊草へと強襲する。伊草はそれを刀を振るって薙ぎ払うと、帝へと次撃を加えんと刀身を煌めかせた。


「サラド! もっと火力を上げろ!!」

『つかさる、これ以上はつかさの体がもたないる』

「大丈夫だ・・・・・・今の俺ならな!」


 かつて、サラドと共に戦っていた中学時代。それ以降帝は自分の肉体を強化し続けてきた。この世界での帝の実力がどんなものかは分からないが、こと身体能力に限定すれば、半年前の自分とは比較にもならないだろう。


 紋章が一際輝き、腕から立ち上った炎が徐々に形を歪め、火炎の剣を形作る。それを可能にしたのは繊細な霊力操作、元々刀のバリエなら容易いが、不定形のサラドの力を用いてそれができるのは、妖精師多しと言えどもほんの一握り。


 二つの刃が交錯し、火花を散らす。力はほぼ互角にせめぎ合う。だが、炎は更に威力を高め、轟々と燃え滾る。粉塵となった炎が周囲一帯に漂う中、伊草の足が一歩後ろに引いた。引かされた。

 伊草はようやく初めて逡巡のような感情をその顔に覗かせ、直ぐに目を細めた。


「くっ・・・・・・やるじゃねえか」

「お前も、な・・・・・・」


 前に本気で戦った時、それもこの時期だっただろうが、その時の伊草とは比べ物にならない膂力、技量を持っている。それは時を超えるという、チート行為に等しい状態の帝を以てして、互角に渡り合っているという事実が物語っている。


 更に付け加えると、帝は伊草の戦闘スタイルを知っている。それを加味しても、強い。


 刀身が炎の上を滑り、帝の腕を切り落とさんと、迫る。それを迎撃するのは左手に練られた火炎弾。それが斬撃と触れた瞬間、爆発。炎に包まれる。

 互いにそこから後方へのバックステップで距離を取り、再びその直線上で激突する。


 爆音と衝撃波が天を貫き、爆風が砂埃を吹き上げる。

 上段から振り下ろされた刀を横に飛んで回避、しかし伊草は力強くで軌道変更、柄の先が帝の鳩尾を殴打した。

 噎せそうになるのを下唇を噛んで耐え、そのまま柄を握り返して軽くジャンプして回し蹴り。そこを炎による熱波が追う。


 ここは、連合の管理する廃工場。かつて《暴走》妖精が悪逆の限りを尽くし、多くの擬制を出した大事件、その跡地。

 未だ妖精残滓は漂い、ただの人間はおろか並みの妖精師ですら近づけない死の土地と化している。そしてここは、帝と伊草が初めて会った場所でもあった。


 だが、今はそんなことを懐かしんでいる余裕もない。一瞬の油断が命取り、そんな緊迫した激戦の最中に過去に思いを馳せる暇など存在せず、目まぐるしく変わる攻防に流れを任せなければ。


 刺突が空気を切り裂きながら放たれる中、帝は後ろに飛ぶ・・・・・・と見せかけて炎を推進力に一気に前方へと距離を詰めた。掌底。

 吸い込まれるようにそれが腹部へと向きながら、伊草は咄嗟に腰を捻った。掌底が掠めるが、隙ができた。

 反射的に二人は動く。返す刀で斬りかかり、また足裏から炎を噴射して。

 

「「はああああああああ!!!」」


 一層激しい砂煙が巻上がり、最後の交錯が炎の中から現れる。妖精残滓が一陣の風の如く世界を瞬く間に染め上げた。

 互いに全力の一撃を叩き込み、そして、倒れる。


「・・・・・・・・・・・・、勝負はまたに預けないか?」

「馬鹿を言うな・・・・・・うちはまだ、立てる」

「強がんなよ、それに、不毛だ。お前が立つなら俺も立つ」

「どうして、そこまで」

「さあな、まあ俺は仕事は最後までこなす主義なもんでな。・・・・・・お前こそ、何故そうしている?」

「・・・・・・なら貴様は、今の世界をどう思っている?」

「・・・・・・そうだな、お前が思っている以上に、否定したいよ」


 元の世界でも、伊草はこの世の在り方に疑問を抱いていた。連合という組織にも、この学園にも、妖精という存在を巡って、彼女は正しさを常に問うていた。

 それが分かっていたからこそ、否定したかったのかもしれない。だからこそ、常に戦い続けたのかもしれない。

 

 その目的は違うとは言え、確かに帝にとって現状は否定したい代物だ。だが、今こうして接している伊草という存在を否定することを認めることにも、疑念を持っている。


 そんな自己矛盾に駆られて、出てきた答えは言葉足らず。しかし、その帝の調子に何か感じるものがあったのか、伊草は空を見上げながら笑った。


「・・・・・・この勝負は引き分けだ」

「物分りが早くて助かる」

「だけど、次はうちが勝つ」

「そうかい」


 この少女は世界が変わってもその本質は変わっていない。そう理解して、どこか途方も無く喜んでいる自分がいることに、驚くと共に苦笑が漏れた。


 緋天の空は次第に雲に包まれ、見上げている内に大きな雨粒が零れ落ちた。 

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