まず間違いなく、殺るのは我々です

「皆様、非番の方も含めて……お集まり頂いて、本当にありがとう御座います」


 お嬢様がベッドに入られてすぐ、私は屋敷の全使用人に招集をかけることにしました。

 ここは屋敷の音楽室。お嬢様が立ち入るのを嫌がることから、使用人が裏で連絡をする際に使用します。

 そこに、十数人いる桜子様直属の全使用人を集めて、私は深々と頭を下げます。

 もちろん用件は、『例の殿方』について。


「お呼び出しする際にお話ししました通り、桜子様は今回、『一目惚れ』されてしまいました」

「……地獄だ……」

「今度は何人死ぬのかしら……」


 メイド、シェフ、清掃員、ピアニストなど、ほとんど全員がこの世の終わりを目の当たりにしているかの如く、顔面蒼白で肩を落とします。

 少し大袈裟な気もしますが、まぁ、テンション的には私もそんな感じで御座います。

 リモコンを操作して、モニターに映像を映し出します。ちなみにこのモニター、さすがは映像業界を牛耳る字幕財閥のお屋敷と言うべきでしょうか、すべてのお部屋すべての廊下果てにはお手洗いの中にまで、屋敷のどこに立っていてもモニターが見えるというくらい屋敷のあちこちに設置されています。

 音楽室に常備してある指揮棒を指し棒代わりに使い、私は使用人の皆様に説明を始めます。


「グラフをご覧下さい。これは過去10年間の桜子様の行動データから割り出した、『お嬢様が我々に遠回しなお願いをしてから、痺れを切らして自ら行動を始めるまでの時間』です」


 おおよそ、3割が『三日後』。2割が『五日後』、1割半が『一週間後』。

 その他、翌日、即日と、あまり考えたくない可能性がランクインし、我々にとって最も助かる『一ヶ月後』は、わずか4%程度です。


「結論として、今回『殿方』発見までのタイムリミットは三日後。工作などが必要な場合を考えると、今夜中の発見が理想です」

「こりゃあ死ぬ気でやらねーとな」

「ひええ……三日って……」


「……今回の場合、我々が『殿方』を見つけられずにいれば、お嬢様は痺れを切らして初めに思いついた手段を取るでしょう」

「初めに思いついた手段……」

「最も確実な手段で御座います。即ち、『叔父様をまたお葬式を開くこと』」


 ひぃ、と使用人全員が縮み上がります。

 私はコクリと頷くと、手近にあった机をバンッと叩き、指揮棒を振りながら声高に言います。


「お嬢様が叔父様を殺るとしたら、どのような手段を取られるか! 想像に難くはないはずです!」

「『殺る』……」

「まず間違いなく、お嬢様は自分で手を下しはしないでしょう! 

 まず間違いなく、お嬢様は誰かに殺らせるでしょう!

 まず間違いなく、殺るのは我々です!」


 サイコパスなだけあって、お嬢様は非常に賢いお方です。先ほど私と交わした会話においても。

 おそらくお嬢様は、我々に血眼になって『殿方』を捜索してもらうために、あのような危険な計画をチラつかせたのでしょう。

 我々はお嬢様に命令されれば大抵の事はさせて頂きますが……ご家族から使用人の使い方について何か注意されているのでしょう、お嬢様はそのやり方を好まないのです。

 あくまで、『自分は命令などしていない、少しお願いしたら使用人がすすんでやってくれた』という形にするのです。今回も、お嬢様は私に命令などしていません。ただ、私が勝手に『殿方』の捜索を申し出たに過ぎないのですから。

 お嬢様が好むのは『使役』ではない。あくまでも、『操作』なので御座います。


「ですので、非番の方にも、是非『殿方』の捜索に協力して頂きたいのです。各自の事務用端末に、お嬢様の発言から割り出した殿方の特徴などを送信しておきました。

 必要経費は捻出しますし、捜索に使った時間だけ時給は出させて頂きます」

「…………」

「脅すわけではなく事実として、『殿方』が見つからなければ、我々は人をことになるでしょう。それも、この字幕一族の人間を……」


 お嬢様は、私から「殿方は私たちが捜索します」という言葉を引き出すためにあのような提案をなされましたが、おそらく、見つからないようなら本気でやるつもりです。


「どうか、お願い申し上げます」


 もう一度深々と頭を下げ、3秒後に頭を上げると、もう音楽室には私と新人の2人しか残っておりません。皆様今ごろ、血相を変えて『殿方』の捜索に当たってくださっていることでしょう。

 私は心の中で、有能な使用人の皆様にもう一度深い感謝を示して、新人の2名に今夜の行動を指示し、仮眠を取るために私室に戻りました。


 2時間の仮眠のあと、お嬢様がお目覚めになる1時間前までには、お屋敷全ての清掃を終わらせねばなりませんからね。



 三日後、朝で御座います。

 護身術のお稽古のため、離れの格技場にて、お互い道着姿、正座の姿勢でお嬢様と向き合います。


「『殿方』について、調査結果を報告致します」

「迅速な対応、感謝致します」


 お嬢様は思ってもいないことを仰いました。

 写真をお嬢様の前にそっと置いて差し上げますと、お嬢様は狩りをする鷹の如き神速でそれを持ち上げ、目を輝かせられました。

 お察しの通り、『殿方』のお写真で御座います。


「間違いありませんわ! この殿方です!」

鳩緒掌はとお つかむ様……お嬢様と同じ17歳、市外の高校に通っているようですね」

「親族関係は?」

「……少々、込み入った話になりますが」


 お嬢様が、珍しく眉を下げ、とても不安そうなお顔をされます。

 いえ、おそらくお嬢様の危惧しているようなことでは御座いませんが。そのように前置きし、私は説明を始めます。


「平たく申し上げますと……『隠し子の隠し子』なのです。蓮願様の」


「……はい?」


 さすがはお嬢様、聞き返し方にも気品が溢れております。これで口角が不自然にピクピクと痙攣していなければ百点満点ですね。

 まぁ私の指先は、さっきからその10倍はピクピクしているのですが。


「……お爺様の? 隠し子? の隠し子?」

「お爺様の。隠し子。の隠し子。で御座います」

「空岸、前々から、言いにくいので黙っていましたが……あなたの冗談は分かりにくいですよ」

「冗談では御座いません。マジに御座います」

「マジに御座います?」


 私は懐からもう一枚、今度は写真ではなくコピー用紙を取り出しました。

 あまりの話の見えなさに、私の出した紙を機敏な動作で拾い上げたお嬢様は、幼い頃から培った速読術でその内容を瞬時に理解し、神妙に目を細められました。


「お爺様の遺書の写し……ですね」

「ええ。隠し子である鳩緒犬久はとお いぬく様について告白し、その息子である掌様も孫として認知する……と明記されております」

「つ、つまり……」


 蓮願様の長男、字幕財閥8代目社長・字幕活人じまく かつと様の娘にあたる、字幕桜子様。

 蓮願様の隠し子、鳩緒犬久様の息子にあたる、鳩緒掌様。

 この二人の関係は……。

 私は遺書の写しと写真を懐にしまい、さらに目を輝かせるお嬢様に、祝福の意味で微笑ませていただきました。


「奇妙な関係ではありますが……当初のお嬢様のお言葉通り、お二人は『いとこ』の関係にあたるようで御座います」


 つまり、『結婚可能』。

 作られた微笑み以外の表情を滅多に表されないお嬢様が、本当に心からホッとしたご様子で、道着の上から胸を撫で下ろします。


「よかったわ。法を変えずに済んで」

「私も前々から言いにくくて黙っていたのですが……失礼ながら、お嬢様のご冗談は分かりにくいと提言させて頂きます」

「あら、冗談ではありません。マジですわよ」

「マジですわよ?」


 ……たしかに冷静に考えてみると、お嬢様ならば、愛する人と結ばれるために国の法律を変えようと動くのは冗談でも何でもなく、むしろ当然であるように思えます。

 遠くから鶏の鳴き声が耳に届きます。もう6時半ですか。

 それを合図に、私とお嬢様は帯を締め直しながら立ち上がり、礼を交わします。


「少々、前置きの雑談が長引きました。そろそろ始めますが、よろしいでしょうか?」

「いつでも大丈夫です」


 嬉嬉として拳を構えるお嬢様に、相対する私は気が重くなるのを隠せません。

 要人の娘であるお嬢様が、ある程度の暴漢や犯罪者から身を守れるようにと、お嬢様が中学校へ進学したあたりで始めたのがこの護身術のお稽古なのですが……。

 一ヶ月した頃、一人目の女性講師が困り顔で、「既に私よりも身のこなしが上手い、これ以上教えることはありません」と言って自主退職しました。

 それを皮切りに、二人目の不届きな男性講師が泣いて逃げ出したり、三人目の胡散臭い講師がお嬢様を一目見るなり「フォースが足りている」などと言って退職届けを出すなど、お嬢様は短期間でプロでも手が付けられないほどにお強くなられました。


「……お嬢様。確認しておきますが、これは護身術のお稽古です。自分の身を護るのを最優先にされますよう……」

「分かっています、空岸。攻撃は最大の防御、つまりは相手の意識を最短で奪う事こそが、最大の護身術であると」

「何を以て『分かっています』と仰ったのかお伺いしても?」


 文武両道全てに長けているべしという字幕家の教えに基づき、体術面に関しても人一倍優れている桜子お嬢様は、護身術のお稽古により格闘の楽しさを覚えられてしまったようで。

 今では『護身術のお稽古』とは名ばかりで、お嬢様自身のご希望によって、一週間に一度のペースで私と手合わせをするという内容になっている有様です。


 手加減したら解雇します、というお嬢様の命令に従い、本気でお相手をさせて頂いているのですが……年季の違いといいますか、場数の違いといいますか。まだお嬢様が私に拳を当てられたことは一度も御座いません。

 それでも毎週欠かさず立ち向かってくるお嬢様を、私は心配に思っているのですが……執事の心お嬢様知らず、ということでしょうか。

 本日もお嬢様は、殺る気満々で黒帯をぎゅっと締めて私に挑んできています。


「……まぁよろしいでしょう。本日は時間も押しておりますし、手早く終わらせます」

「今のうちに言っておきなさい。今日こそ私は、貴方よりも強いということを証明してみせます」


 ……お嬢様がこの世界を漫画だと思っていることはたぶん間違いないのですが、最近は、それが恋愛漫画なのかバトル漫画なのか図りかねております。

 何故お嬢様が、こんなにも私より強くなることに躍起になっておられるのか。見当がつかないわけではありませんが、あまり考えないようにしております。


「では、始めましょう」


 このお稽古の間だけは、数少ない、主従関係を逸脱できる時間なのですから。

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