第5話

 宗介達が所属するSRTの隊長を務めるのは、“ウルズ1”のコールサインを持つゲイルマッカラン大尉だ。オーストラリア軍のSAS特殊空挺部隊出身で、AS操縦を含めたあらゆるスキルに精通している。今回は、捜索班の指揮官として、自らも現地に赴いていた。

 先に潜入していた情報部のエージェントからの情報により、〈エンジェル〉が拘束されている可能性の高い箇所はある程度絞り込めていた。マッカランは、慎重な指揮で敵の見張りを確実に無力化していき、最有力候補となるポイントに接近する。そこには電源車に繋がった大型のトレーラーがあった。

(さて、そろそろか……)

 あまり慎重になり過ぎてもまずい。倒れた兵士と連絡がつかないことに、敵もそろそろ気が付く頃合いだ。

「アルファ、ブラボー、チャーリー、行けゴー!」

 マッカランの合図で、トレーラーの近くにいたチーム・アルファがトレーラー内に突入したと同時に、他の箇所に待機していた二チームが攻撃を開始する。アルファ以外の二チームによる陽動で、敵を混乱させ、戦力を分散させる狙いだ。

 トレーラー内には、意外にも戦闘員はいなかった。白衣を羽織った女性と、診察台のようなものに寝かされている少女の二人だけだ。少女は薄布一枚を着ただけの裸同然の恰好で、頭にはヘルメットのような装置を着けられている。突入したチーム・アルファは、難なく白衣の女を気絶させ、少女を保護した。

『こちらウルズ8。トレーラー内を制圧した。つっても、非戦闘員っぽい女がいるだけだったがな。それから〈エンジェル〉を確保。身体的特徴から見て、間違いないはずだ』

 チーム・アルファのリーダーを務めるのは、やはりSRTに所属する男、スペックだ。階級は伍長、コールサインは“ウルズ8”。軽薄でクルツと馬の合う男だが、その実力は確かである。

「こちらウルズ1。了解した。その非戦闘員の女は生かしてあるな?」

『ああ』

「なら〈エンジェル〉と共に連れてこい。脱出ルートは予定通り、プランGを使え」

『ウルズ8、了解』

 スペックは短く交信を終えると、〈エンジェル〉と白衣の女を抱えた部下と共にトレーラーを出た。程なくして、迎えの車両が現れる。

 だが、車両に乗り込もうとした瞬間、スペックの背後にあった巨大な倉庫のシャッターが、爆ぜた。

 吹き飛んだシャッターを踏みつけ、倉庫の中から現れたのは、ずんぐりとした体躯のASだった。Rk‐92。通称〈サベージ〉と呼ばれる、ソ連製の機体だ。頑丈さが売りの旧式タイプのASであり、その運動性能はM9はおろか、同じ第二世代型ASであるM6〈ブッシュネル〉にも劣る。しかしながら当然、歩兵にとって圧倒的な存在であることに違いはない。サブウェポンである頭部の14.5㎜機関砲すら、数秒間で〈ミスリル〉の精鋭部隊を殲滅たらしめるだろう。

 そんな〈サベージ〉を見上げ、スペックはこう呟いた。

「あーあ……

 次の瞬間、〈サベージ〉が一歩踏み出すよりも早く、どこからか飛来した弾丸が〈サベージ〉の頭部を打ち抜いた。額のど真ん中を、寸分の狂いもなく正確に。

 ゆっくりと崩れ落ちる〈サベージ〉の背後に、もう二体分の動き出す影が見えた。スペックは無線に向かって、いたって冷静に報告する。

「〈サベージ〉があと二体。恐らく左右の壁からご登場だろうな。仕留め損ねるなよ?」

 その無線通信に応じる声が二つ。

『ウルズ6、了解。そっちはソースケに任せる』

『ウルズ7、了解。巻き込まれないよう注意しろ』

 そして、何もなかった空間に、突如白い機体が現れた。ECS電磁迷彩システムによって姿を隠し潜んでいた、宗介の駆るAS〈アーバレスト〉である。

 〈アーバレスト〉は、スペック達を守るように、彼らの前へと立ちはだかる。遅れて、スペックの予言通り、タイミングを合わせ倉庫の左右の壁から、二体の〈サベージ〉が現れた。二体の〈サベージ〉は、それぞれ〈アーバレスト〉に照準を合わせようとするが、その時既に一体の〈サベージ〉に対し、〈アーバレスト〉からは弾丸が放たれていた。

 命中、撃破。同時に、〈アーバレスト〉は驚くべき跳躍力で、もう一体の〈サベージ〉との距離を詰める。当てずっぽうで放たれた〈サベージ〉の銃撃は、見当外れの場所に着弾する。その間に、〈アーバレスト〉は〈サベージ〉との距離をあっという間にゼロにした。

「悪いがお前は殺してやれない」

 宗介はひとり言を呟くと、〈アーバレスト〉を巧みに操り、〈サベージ〉に猛烈な足払いをかけた。四分の三回転し、腹部から地面に叩きつけられる〈サベージ〉を押さえつけ、背後にある機体制御システムを単分子カッターで破壊する。〈サベージ〉は為す術もなく、あっさりと沈黙した。

 そんな僅か数秒の戦闘の間に、スペック達はしっかりと脱出をしていた。生け捕った敵のパイロットは、マッカランに任せることにする。

「こちらウルズ7。敵AS二体を無力化し、うち一体は生け捕りました。パイロットの回収を頼みます」

『ウルズ1、了解。チーム・ブラボーを向かわせる。倉庫に他に敵はいないか?』

「確認します」

 宗介は倉庫の中へと入り、〈アーバレスト〉の熱源探知センサーを起動するが、無反応だった。この倉庫に敵はいないが、同時にヤンがいないということでもある。

「倉庫の中は無人です。……これからヤンの捜索を?」

『いや、〈エンジェル〉の回収が先だ。LZに向かっているウルズ8に追いつき、逃走を援護せよ』

「ですが敵はほぼ無力化しています」

 宗介としては、このままヤンの捜索を行いたかった。もしかすると、時は一刻を争うかもしれないのだ。だが、マッカランは宗介の意見を却下した。

『今回の作戦の最優先事項は、〈エンジェル〉の救出だ。まずはそちらを確実に完遂する。その他のミッションは次だ。優先順位を間違えるな』

「……ウルズ7、了解」

 宗介は、それ以上の言葉を飲み込み、スペック達が向かったであろう方向へ足を向けた。オープン回線で話していたため、これまでの会話を聞いていたクルツから、個人回線で通信が入る。

『まあ、ここにヤンが居りゃ、俺らの目の前に連れてきて人質交渉するだろ。それに捕虜も手に入ったんだ、さっさと帰ってそいつらに口割らせた方が早いかもな』

「ああ、そうだな」

 クルツの言う通りかもしれない。宗介は小さく息を吐くと、〈アーバレスト〉を走らせようと―――。

《ミサイル警報!》

 〈アル〉の警告を聞き終える前に、宗介は全力で〈アーバレスト〉を横っ飛びに跳躍させた。一拍遅れ、〈アーバレスト〉が立っていた場所にグレネード弾が着弾する。爆発、轟音。炎と石礫が〈アーバレスト〉の機体を襲い、煙と砂埃が視界を塞いだ。

 〈アーバレスト〉は、すぐさまグレネード弾が飛んできた方向へ対AS用ライフルを向けた。

《接近警報、1時方向、敵AS一機!》

 〈アル〉のセンサーが捉えた情報を元に照準を修正し、発砲。同時に、乱数機動しながら、視界が確保できる位置へと移動する。

 やがて開けた視界の中で、宗介の目に飛び込んできたのは、これまで全く見たことのない、銀色のASだった。




 宗介が謎のASに遭遇したほぼ同時刻、メリッサ・マオは目的の場所へと辿り着いた。マオの任務は、ハイジャックされた飛行機に閉じ込められた人質の奪還である。SRTの中で〈ウルズ2〉のコールサインを持つマオには、この救出班の指揮権が与えられていた。マオ自身は、愛用のM9に乗り、万が一の事態に備え作戦場所付近に潜伏しながら、部隊へ指示を出すことになっている。

順安の航空基地をM9の望遠スコープに捉え、マオは舌なめずりをした。ハイジャックされた飛行機は、だだ広い発着場に鎮座していた。その周りを歩兵が取り囲んでいる。目視で確認出来るだけで十人以上。訓練されている。しかしASの姿はない。そうなると、制圧時においてマオの出番はほぼ無いに等しかった。

「それじゃあ予定通り、作戦開始といきますか……」

 少しつまらなそうに呟くと、マオは部下達に指示を送る。部下達は確実に、テロリスト以上の技能と練度を持って、制圧を開始した。

 こういったケースでは、周囲を取り囲み、じわじわと包囲していくやり方ではいけない。そうすると、結局中央にいる人質を盾にとられ、膠着状態に持ち込まれるからだ。やがて敗北は避けられぬと悟ったテロリストは、自棄になり人質を殺害する―――そうなっては最悪だ。相手に考える隙を与えてはならない。迅速に、かつ圧倒的に制圧する。

 制圧はものの数分で片付いた。あっけないものだ。

『制圧完了しました。これより機内へ突入し、人質の安全を確保します』

「了解、気を付けて」

 そう言って、マオ自身もM9で飛行機に近付いていく。増援が来た場合の護衛だ。

『機内には敵の姿は見当たりません』

「OK、じゃあ輸送機を着陸させる。180秒後に脱出を開始するから、人質を落ち着かせて、脱出の準備をさせて」

『了解』

 ここまでは順調すぎるくらいに順調。この分だと、楽しみにしていた連続ドラマの最終回に間に合うかもしれない。録画予約はしてきたが、やっぱりリアルタイムで観たい。たかが女子高生を一人誘拐するのに、ハイジャックなんて大がかりなことをしてくれた所為で、あたしの貴重なプライベートの時間が、また一つ減ったのだ。はた迷惑な話である。

 どこか浮ついた頭で、そんなことを考えながら―――ふと、マオは違和感を感じた。

 そうなのだ。たかが女子高生一人を誘拐するのに、なぜここまで大がかりなことをしたのか。他にやりようはいくらでもある。なにもハイジャックである必要は無かった。莫大な費用がかかり、リスクを伴うやり方。マオの思考が回転する。なぜだ。なぜだ。なぜだ。

 ようやくマオは、一つの推論に至った。恐ろしい、悪魔のような推論。

 あの飛行機に乗っている高校生達は、なぜ一人のクラスメイトだけがテロリストに連れ去られたのか、疑問に思うだろう。帰国後、様々な憶測が飛び交い、ネットや口コミであっという間に噂が広がる。問題は、それが根も葉もない噂ではなく、ハイジャックされた全員が証人となる、紛れもない事実だということだ。この格好のネタにマスコミが飛びつけば、政府もこれを無視するわけにはいかないだろう。日本という国と敵対するなど、普通に考えれば、テロリスト達にとって何のメリットもないはずだ。

 だが、何十、何百という身元不明の死体を用意すれば、誰がいなくなったかなど調べようがない。

 そうすることで、たった一つだけ、メリットが生じる。それは、〈エンジェル〉という一人の女子高生が誘拐されたという、事実そのものを抹消出来ることだ。たかがそれだけのこと。しかし、マオの中でかちり、と何かが噛み合う音がした。

「総員、待ちなさい!」

 M9の外部スピーカーをオンにし、マオは怒鳴った。部下達がぴたりと動きを止める。だが、その瞬間―――飛行機が、爆発した。

「ぐっ……アアッ!」

 近寄っていたマオのM9が吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた瞬間、機体が吸収しきれなかった衝撃がマオの全身を襲う。頭を強く揺さぶられ、朦朧とする意識の中で、強い後悔がマオを苛んだ。

 なぜあと一歩早く気付けなかった。

 メラメラと燃える炎の中で、飛行機はもはや原型を留めず、残骸となっていた。その光景が、生存者などいないことを明白に告げていた。

 この日をマオは一生忘れないだろう。マオの判断で、大勢の部下と、罪なき子供たちの命が消えたこの日を。




「ウルズ7より各位!敵AS一機と遭遇、現在交戦中!ウルズ6、援護を!」

『野郎、さっきサベージを狙撃させたのはワザとだな。俺の位置から狙えねえ場所を上手く移動してやがる』

 先程の〈サベージ〉三機は、機体性能の差を置いても、パイロットの技能は決して高いとは言えなかった。だが、この正体不明のASのパイロットは、それなりの技能を有しているらしい。

『腕もそうだが……あの機体、普通じゃねえ』

 クルツが言ったことは、宗介も感じていた。謎のASは、現代戦の十年先を行くと言われる〈ミスリル〉の最新鋭機、M9と同等以上の性能を有していた。一対一であれば、苦戦は必至である。

『九時方向へ五〇〇m程、敵を誘導できるか?そうすりゃ奴の脳天に76㎜弾をぶちこんでやる』

「分かった」

 宗介は頷くと、射撃を敵ASの右側に集中させ、罠と悟られないようにさり気なく、敵ASを誘導していく。クルツが出来ると言った狙撃は、必ず出来る。つまり、敵を五〇〇m移動させれば、それでこの戦闘は終わる。

(だが、狙撃手を警戒している手練れが、視界の開けたターゲット地点に姿を晒すか……)

 そう思案すると、宗介は一芝居打つことにした。40㎜ライフルを撃ち尽くすと、ライフルを投げ捨て、対戦車ダガーを投擲し九時方向へ全速で駆ける。まだ予備の弾倉はあったが、弾切れと思わせる作戦だ。相手が宗介を逃がす気が無いのであれば、この好機に仕掛けてくるはずである。

 果たして、宗介の読みは当たり、敵ASは岩陰から一気に身を踊りだし、〈アーバレスト〉へと銃撃を浴びせてくる。だが既にそこは、クルツのだった。

『ハッ、吹き飛べ!』

 クルツの駆るM9が、狙撃砲の引き金を絞る。たかが数百メートル、この距離でクルツが外すことはまず有り得なかった。必中の魔弾が空気を切り裂き、銀色のASの頭部へ一直線に進んでいく。

 そして、命中すれば確実にパイロットの命を奪うであろう、明確な殺意を持ったその魔弾は―――突如、空中で弾けた。

「なん、だと?」

 一瞬宗介には、何が起こったか理解出来なかった。だが似た光景をどこかで見た気がする―――それを思い出した時、既に銀色のASが〈アーバレスト〉の眼前に迫っていた。

《接近警報!》

 〈アル〉の声が無ければ、あるいは今頃宗介の身体は真っ二つになっていたかもしれない。すんでの所で〈アーバレスト〉をバックステップさせ、致命傷は避けたものの、銀色のASが横薙ぎに放った単分子カッターの一撃が、〈アーバレスト〉の胸部に浅くない裂傷を刻んだ。

『おいソースケ!今のはまさか……』

「ああ!恐らく……っ、ラムダ・ドライバだ!」

 カリーニンの勘が当たった。銀色のASは、〈アーバレスト〉と同じ〈ラムダ・ドライバ〉搭載機だったのだ。俄かには信じられないことだったが、目の前で見た光景がそれを証明していた。まさか〈ミスリル〉と同等の兵装レベルを持つ組織があるというのか。しかも、銀色のASに乗るパイロットは、恐らく〈ラムダ・ドライバ〉を自由に使いこなすまでに至っている。狙撃ポイントへあっさり姿を現したのも、そのためだったのだろう。

 クルツが続けざまに数発、銀色のASへ銃撃する。頭部、胸部、脚部、肩部と狙いをずらした銃弾は、やはりあっさりと見えない壁に弾かれた。

「ウルズ7よりパース1へ!〈ラムダ・ドライバ〉搭載機と思われる敵ASと交戦中!指示を!」

 弾幕を張り回避制動をしつつ、宗介が無線に怒鳴る。パース1―――カリーニンがすぐさま応答した。

『こちらパース1。映像を受信した。分が悪いな』

「撤退をっ!?」

『出来るか?』

「何とかやってみます!」

『では、ルートKを使え。合流時刻は……』

『待ってください、カリーニンさん、サガラさん』

 カリーニンの言葉を遮り、テッサが会話に割り込む。

『撤退は却下よ。今ここで、敵ASを無力化して下さい』

「なっ……」

 テッサの無慈悲かつ無謀な指示に、カリーニンだけでなくマデューカスも眉をひそめる。だが誰かが口を開くより先に、テッサは続けた。

『〈ラムダ・ドライバ〉搭載機が〈ミスリル〉以外の組織にも存在することは、可能性の一つとして考えてはいました。けれどもそれは、本当に万が一の可能性。いくらなんでも早過ぎるわ』

 テッサは無意識のうちに、三つ編みに結わえた髪の先端を、口元の近くで弄ぶ。強いストレスを感じた時や、考え事をしている時の癖だ。

『その銀色のASのパイロットには、聞かなければいけないことがあります。何としてもここで、捕らえて下さい』

「――ッ。ですが大佐殿、敵はあの〈ラムダ・ドライバ〉を使いこなし、こちらの手を全て無力化されています。戦況は不利です!」

《右肩部被弾!被害状況を確認―――損傷軽微、戦闘続行に支障無し》

 通信中も死線は続く。〈ラムダ・ドライバ〉による防護壁を展開し、弾幕をものともしない敵機は攻勢を強めていく。

『大丈夫です。〈ラムダ・ドライバ〉には〈ラムダ・ドライバ〉で対抗できます。そのために、サガラさんには〈アーバレスト〉に乗っていただいたんですから』

「いえ、自分には……」

『サガラさんならやれます。信じて下さい。自分と、私を』

 その言葉を聞いて、宗介は初めて、テッサに反感を覚えた。何を根拠にそんなことを言っているのだ?俺はたかが一介の傭兵に過ぎない。この〈ラムダ・ドライバ〉とかいう兵器は、俺の手には余る代物だ。

 だが俺は、所詮雇われ兵だ。やれと言われれば、やるしかない。

『良いですか?サガラさん。チャンスは一度きりよ。全神経を、〈ラムダ・ドライバ〉を発動させることに集中して下さい』

 銀色のASは、再び距離を詰め、接近戦に持ち込んできた。〈ラムダ・ドライバ〉を抜きにしても、相当の技能を持った操縦士である。特にナイフ捌きは、SRTきってのAS乗りである宗介をして、致命傷を避けるのが精一杯だった。

(こんな調子で、どうやって集中しろと、言うんだっ!)

 銀色のASから繰り出される、緩急や虚実を織り交ぜた絶え間ない連撃に、〈アーバレスト〉が徐々に後退し始める。活路の見出せない戦いに、宗介は焦り始めた。このままではジリ貧だ。どうする。どうすればいい?

『俺が隙を作る!合わせろ、ソースケッ!3、2、1―――行けッファイア!』

 クルツのカウントダウンと同時に、〈アーバレスト〉と銀色のASの間に無数のライフル弾が着弾し、泥の飛沫が舞った。両者の間に泥のカーテンが引かれ、互いが視界から消える。だが、クルツからの通信によって、宗介には備えがあった。その備えが、たかがコンマ数秒の、十分すぎる優位を作り出した。

 〈アーバレスト〉は身を屈め、単分子カッターを腰だめに構える。一瞬遅れて、銀色のASが泥のカーテンをナイフで薙ぐ。突如視界が防がれたにも関わらず、恐るべき反応速度だ。だが必殺のナイフは、〈アーバレスト〉の頭上わずか数十センチを通り過ぎる。そして〈アーバレスト〉のモニター越しに、がら空きの胴体が、宗介の目の前に映し出される。

(もらった!)

 〈アーバレスト〉は、フェンシングのように最速、最短距離の突きを繰り出した。避けようのないタイミングで放たれた必殺の刃が、銀色のASへと迫る。だが、甲高い金属音が聞こえ、〈アーバレスト〉の握る単分子カッターが空中で静止する。〈ラムダ・ドライバ〉による見えない壁が、〈アーバレスト〉の圧倒的な膂力を物ともせず、その刃を押し留めている。

 

「喰らえッ!」

 宗介の咆哮。敵の生み出した見えない壁に向かって、消えろと強く念じる。〈ラムダ・ドライバ〉には〈ラムダ・ドライバ〉で対抗できると言った、テッサの言葉を信じる。

 ぐにゃりと、空間が歪んだ。そして、〈アーバレスト〉の単分子カッターが、ゆっくりと、銀色のASの空間領域を侵蝕していく。〈アーバレスト〉の〈ラムダ・ドライバ〉が発動し、互いに相殺し合っているのだ。このまま、一気に押し切る―――!

『こりゃ驚いた。まさか俺達以外に、こんな最新のオモチャを持ってる奴らがいるとはな』

 銀色のASが、外部スピーカーで言葉を発する。その声を聞いた宗介は、自分の耳を疑った。何故ならその声は、宗介に取って忘れたくても忘れられない、そしてもう二度と聞くはずが無い声だったからだ。そしてその声に驚くあまり、宗介の集中力が途切れる。再び見えない壁に阻まれ、〈アーバレスト〉の単分子カッターが空中で静止する。いや、それだけでは済まない―――。

『だが弱い。この力は……こう使うんだっ!!』

 次の瞬間、見えないはずの力が、瞬く間に指向性を帯びていき、圧倒的な暴力として自身へと向かってくるのを、宗介は確かに感じた。

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