ⅩⅩ 神々の闘い

ⅩⅩ 神々の闘い(1)

「――グルルルルル…」


 絶妙な間合をとったセクメトとテフヌトは、互いに睨みあったまま、ピンと張りつめた空気を震わせ、不気味な威嚇の声を辺りに響かせている。


「じゃ、行くわよ……」


 アルセトの眼が、草叢から得物に飛びかかる牝ライオンのように一瞬、光る。


「……来る!」


 メルウトもその殺気を肌で感じ、咄嗟に牧杖ヘカ管と殻竿ネケク管を握る手に力を込める


「ガウォオオオオーン!」


 次の瞬間、咆哮を上げた二匹の牝ライオンは、互いに向かって一気に突進した。


 ドオオオオォーン…! と巨大な質量を持った二つの物体がぶつかり合い、見守る聴衆の鼓膜を激しく空気の波紋が震わせる。


「さあ、どこから引き裂いてやろうかしらっ⁉」


「くうっ……!」


 衝突した二体は、相手の喉を、腹を、前脚を、その獰猛な牙や爪で切り裂こうと絡まり合う……その姿はまさに喧嘩するライオンを見るかのようであったが、明らかに違うのはその大きさだ。


 全力で相手を捩じ伏せようと地面を転がり回るそれは、もうもうと砂嵐のような砂埃を巻き上がらせ、観客達が立ってはいられぬほどに大地を揺るがす。


「フフ…なかなかやるじゃないの」


「くっ…なんて力なの……これが、ラーの眼イレト・ラーの力……」


 だが、同じ性能を持つ二体のラーの眼イレト・ラーは、お互いの前脚を前脚で捕えたまま、その強大な力を拮抗させて静止した。


「やっぱしラーの眼イレト・ラー同士、力押しじゃ勝負はつかないか……でも、そうあってくれなきゃ、あたしの見せ場がないってものよ!」


 そんな状況を喜ぶかのように、アルセトは不敵に笑いながら、さらにテフヌトの前脚に力を込める。


〝立ち上がれ!〟


 一方、セクメトの前脚が受ける相手の強い力を自身も同じように感じ、か細い両の腕をぶるぶると震わせているメルウトの頭には、また、あの時に聞こえた恐ろしい女の声が木霊する。


「変形して闘えってこと? ……よし!」


 そのセクメトの戦闘本能活性化システムが伝える声に促され、メルウトは相手の押す力を利用して後方へ飛び退くと、間髪入れずにセクメトを変形させる……やはり、あの時同様、目にも止まらぬ速さでセクメトの各部が変形し、牝ライオンの頭を持つ金色の巨人が、瞬く間にその姿を現した。


「ら、ライオンが巨人になったぞ! あのお姿はセクメト女神さまだ!」


「あのライオンはセクメト女神さまだったのか!」


 それを見た何も知らない聴衆達の間からは、セクメトを自分達の知る馴染み深い神と思い、驚愕と歓喜の声が沸き上がる。


 中には初めて目の当たりにする現し身の神に、平伏して礼拝を捧げ出す者さえいる。


「す、スゲえ……」


「実物は初めて見るが……確かにスゴイもんじゃの」


 ウベンとジェフティメスも、人智を超えたその超古代の遺産に思わず感嘆の声を洩らす。


「これが、セクメトの人型形態か……」


 同じくウセルエンも、屹立するその巨体には目を釘付けにする。


「そう……こっちも人型になって闘えっていうのね。わかったわ」


 メルウト同様、彼女にも戦闘本能活性化システムの声が聞こえているのか、アルセトはそう呟くと、自らもテフヌトを素早く変形させ、銀色に輝く獣頭人身の女神を大地に降臨させた。


 前頭部に聖なる蛇――ウラエウスを戴き、胸の中央にはラーの眼イレト・ラーの動力源であるスカラベ形のケプリ機関が七色の光を四方に放つその姿は、大きさも格好もセクメトに瓜二つである。


 だが、その全体の色に加え、細部には所々違った部分も見られる。特にセクメト同様、尻尾が変形した武器をその手に持ってはいるが、セクメトの多節鞭になる杖に対してテフヌトのそれは、柄元から幾筋にも分かれた細長い金属の綱が伸びる多条鞭である。


「おお! こっちのも巨人になったぞ!」


「セクメト女神さまが二人⁉」


「いや、どっちかはセクメト女神さまと同じ姿をした他の神さまかもしれねえ。テフヌト女神さまか、はたまたハトホル女神さまか……」


 テフヌトの変形に、またも聴衆からは驚きの声が湧き起こる。


「まさか、二体のラーの眼イレト・ラーが対峙する光景を見る日が来るとはのう……」


 ジェフティメスも、人型となった二体の戦闘女神を感慨深げに目を細めて見つめた。


「これまでのは力試し……ここからが本番よ。ラーの眼イレト・ラー・セクメトの力、どの程度のものか見せてごらんなさい!」


 そう断りを入れると、アルセトは牧杖ヘカ管と殻竿ネケク管を強く握り、再びセクメト目がけて攻撃をしかけてゆく……。


 大地を蹴って飛び出したテフヌトが多条鞭を振り下ろすと、ビュン…! と無数に分かれたその綱が空気を切り裂きながらセクメトへと迫る。


「ハッ…!」


 瞬間、気づいたメルウトは、反射的にセクメトが持つ杖でその攻撃をなんとか受け止める。


 金色の杖にぶつかった銀色の綱は、ギィィィィィーン…! と耳障りな金属音とともに眩い火花を周囲に巻き散らした。


「よく受け止めたわね。でも、まだまだこれからよ!」


 しかし、第一打を受け止められたことはむしろアルセトを喜ばせ、彼女は嬉々として多条鞭を連続で打ち込んでくる。


 …ビュン! ……ビュン…! と風を切る幾筋もの金属でできた大綱が、様々な方向から高速でセクメトの身に襲いかかる。


「くっ……!」


 ……ギィィィィーン! ……ギィィィーン…! と何度も周囲に響き渡る金属音。


 両手で持った杖を盾にして、メルウトはそれを間一髪のところで防ぎ続ける。


〝闘え……目の前の敵を倒せ……〟


 そんなメルウトの脳裏に、再びあの恐ろしげな女の声が響いた。


「うっ…また、あの声が………」


〝殺せ……敵を殺せ……〟


「……ええ、わかってるわ……でも、あの時みたいにあなたには支配されない!」


 だが、過去の経験から用心をしていたメルウトは、あの日のように意識を乗っ取られることなく、自分へ言い聞かすようにそう答えると、テフヌトの攻撃を受け止めた杖をこちらも大きく振りかぶった。


「今度は人を殺めたりはしない! テフヌトだけを破壊する!」


 そして、振り上げた杖をしならせると、多節鞭に変化させて反撃に転じる……。


 ビュゥゥン…! と多節の胴部を唸らし、睡蓮の花型をした鋭い鞭の先端が、テフヌトの武器を持つ右手目がけて振り下ろされる。


「……!」


 しかし、アルセトもそれを察知し、素早くテフヌトを飛び退かせてその攻撃を避ける。


 ……ビュゥゥン! ……ビュゥゥン…! と虚しく空を切るだけの音。


 間髪入れずにメルウトはさらに二撃、三撃と繰り出すが、それもテフヌトは寸でのところですべてかわしてみせる。


「フン。それなりには使えるようね……でも、あなたはセクメトの力を借りて闘ってるだけ。あなた自身の腕じゃないわ。それにそんな生半可な攻撃じゃ、このあたしに傷一つ負わせられやしないわよ? やるんだったら、本当に殺す気で来なさい!」


 セクメトの攻撃を回避しながら余裕の笑みを見せるアルセトも、そう嘯いて再び多条鞭で攻撃をしかけてゆく。


 …ビュン……ギィィィィィーン…! と木霊し続ける、高速で風を切る音と衝突する金属の音。


 そうして二体のラーの眼イレト・ラーは、幾度となく激しい攻防を繰り広げた……互いの鞭がぶつかり合う度に不快な高音が人々の耳をつんざき、高熱を帯びた細かい金属片が火花となって四方に飛び散る。


 ところが、打撃による応酬を何度か繰り返している内に、次第に二者の間に優劣の差が現れ始めた……メルウトの乗るセクメトの方が押され出したのである。


 どんなに隙ができようとも、メルウトはけして相手に致命傷を負わせるような急所を攻めようとはしない。相手の生死などお構いなしに攻めてくるアルセトに対し、敵といえど、その命を奪うことをいとうその姿勢が彼女を不利にしていた。


※挿絵↓


・セクメト

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330669341488423


・テフヌト

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330669380919102

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