最終話 ワスレナグサとタイムカプセル


<ワスレナグサ:勿忘草 花言葉:真実の愛>



 検査入院から帰ってきたおばさんは。

 穂咲に背中から抱き着いたまま離れようともせず。

 ずっと穂咲の頭にワスレナグサを活けては、頬ずりし続けているのです。


 穂咲も、嫌がるどころか嬉しそうにしていますけど。

 おじさんのこともあるからね。

 一分でも、一秒でも。

 触れ合っていたいと思うのは自然なことなのでしょう。



 家族の愛。

 それはとっても不思議なもので。


 時に疎ましくて、時に厄介で。

 でも、ないがしろにするととっても悲しくて。

 結局は一番大切なもの。


 例えば、家族を捨てて恋人を取った人は。

 そのお相手が家族となった瞬間。

 どのような言葉で愛情を言い表すおつもりなのでしょう。



 穂咲も、おばさんも。

 見ていて恥ずかしくなるほどお互いに身をゆだねて。


 永遠などないということを、肌で知っているからこそ。

 決められた時間を惜しむように。

 ごろごろとくっ付いて過ごすのです。



 そんな微笑ましい二人の姿を、目尻を下げながら見ていた俺に。

 おばさんが爆弾を投げつけてきました。


「道久君、ほっちゃんを取られちゃったんですって?」


 昨晩の話ですよね。

 別に取られちゃったわけではないのですけども。


「そうなの。情けない道久君なの」


 それに便乗して随分と酷いことを言うのは、俺の幼馴染。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪へ、爽やかな水色をしたワスレナグサをこれでもかと挿されている藍川あいかわ穂咲ほさき


「悪うございましたね。でも、俺だって怖いのです、こんなの見たら」


 そう言いながら、穂咲が怖いからと俺の鞄に突っ込んだままにしていた蓋を取り出すと。

 おばさんも当然と言いますか、眉根を寄せてしまうのです。


「こわっ! ……なにこれ」

「タイムカプセルの蓋。なんでか、こんなの書いてあるんだよね」

「蓋? 本体は?」

「これなの」


 そう言いながら、穂咲が紙袋から出したぺしゃんこの本体を見たおばさんは。


「こっちもこわっ! ……なんでこんなホラーなことになってるの?」

「知りませんけど、めちゃめちゃ怖いのです」

「ほっちゃんの方が怖がってるんだから、道久君は怖がっちゃダメでしょ?」

「いやいや、それなり頑張りましたって。努力賞でも欲しいくらい」


 一応、男の子ですし。

 ……ほぼ役立たずではありましたが。


 口を尖らせた俺を、溜息と共に見つめますけども。

 しょうがないじゃない、怖かったんですから。

 といいますか、未だに怖いですけど。


「努力賞は選考漏れ。今回は参加賞だけね」


 そう言いながら、ポケットから何やら取り出して俺に渡すのですが。

 ……ちょっと、これ。


「俺が小さい頃どこかで貰って、いらないから穂咲にあげたクマのキーホルダーじゃないですか」

「あたしもいらないから、ママにあげたの」

「私だっていら…………、あら、素敵なキーホルダー。道久君、似合ってる!」


 ガラクタを押し付けられましたけど。

 ほんとにいりませんよ。


 俺が再び穂咲に押し付けようとしていると。

 おばさんは、穂咲を置いて立ち上がって。


「さて、お隣さんにお礼言ってこないと」


 そう言いながら、夕焼けに染まるリビングを出て行ってしまうのでした。


 取り残された穂咲と俺は。

 ひしゃげた缶と蓋を眺めて。

 何となく、同時にふうと息をつきました。


「タイムカプセル探しの報告会も終了しましたし。これで一件落着でしょうか」

「もうおしまいにするの。なかったことにしないと、思い出したら怖いの」

「そうだね。……そっちの本体に書いた俺たちの願い事って何だったんだろね」

「おしまいなの!」

「ああ、すまん」


 穂咲を、ぷんすこさせてしまいました。

 気を付けないと。


「だから、もうしまっちゃうの。テープとディスクと一緒に、このひしゃげた缶も四角い缶にしまっておくの」

「おお、この子は放置なのね。…………あれ? 四角い缶、無いじゃない」


 俺が呪いの蓋を手にしながら指摘すると。

 こいつはたっぷり十秒ぐらい考え込んだ後。


「あ、そうなの。川に埋めちゃったの」

「良かったよ。その記憶も川に流れちゃったのかと思った」


 再びぷんすこ。

 気を付けよう。


「……あの缶もこれも、おじさんが俺達を楽しませようとして埋めたんだね」

「そうなの。だから、川に埋めたのは、あたし達がパパを楽しませてあげるために埋めたの」

「上手いこと言うね。宝探し、楽しかった?」

「大冒険だったの。……じゃないの。本件は終了なの」

「ああ、すまん」


 やれやれ、終了と思うと、この蓋も名残惜しいもので。

 変なメッセージも、何故か愛しくなるものなのです。


 誰が書いたんだろう。

 美穂さんも知らないって言ってたし。


「……ひょっとして、左半分だけなのかな、これ」

「もうそれはいいの。それに、右半分を書けるところなんか無いの」

「そうだな。これの他に、蓋なんて…………?」




 ある。




 穂咲も気が付いたよう。

 目を丸くさせて、俺を見つめて。


 まさか。


 ……あれに右半分が書いてあるのか!



 慌てて鞄を掴んで席を立つと。

 穂咲はノートを破ってペンを取り出して。


「か、書置きしていくの!」

「メッセでいいだろ! 急げ穂咲!」


 結局、なにやらのたのた書き残したメモを机に置いて。

 慌てて俺の後を追いかけて来るのでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




 月明りが眩しい、満月の夜。

 耳に流れ込むのは、川のせせらぎと、穂咲の吐息。


 静かなのに、とても早く刻まれる川のリズム。

 そこにブレス記号を挟むように、さくりとスコップの音を響かせる。


 そして、暗い土の中から。

 埋めたばかりの缶が、月明りの下に青い姿を現しました。



 多分一度目は、大喜びで俺が見つけて。

 二度目は、おばさんから手渡されて。

 そして、涙と共に埋めた缶との、三度目の邂逅は。


「……どうしよう、ドキドキが止まらない」

「うん……」


 もちろん保証なんかない。

 保証はないけども。


「きっと、ある」

「うん。きっとあるの」

「だって、俺たちがきっとそうだと思えるほどに……」

「パパは、あたしたちを喜ばせる名人なの」


 月明りに照らされて優しく微笑む穂咲。

 俺は、缶を埋めたあの日より、また少し大人になったこいつと肩を並べながら。

 かぽっと蓋を外して、その裏を見ました。


「……あった!」

「つなげるの! 早く!」


 丸い缶を穂咲が掲げ。


 四角い缶を俺がかかげて。



 青い月に照らされた、金色の蓋は。

 時を越えて、優しいメッセージを俺たちに運んでくれました。




ふたり    のねがいが

 いつか   かなって

  くれる  ように

    いの ります

     ち ちより


 ぼくの   ちいさな

のぞみ    ここに記す




「……パパらしいお願いごとなの」

「ほんと。そうだね」


 穂咲は俺の顔を見つめると。

 さらに首を曲げて、視線を後ろに向けたので。


 俺も、穂咲と同じあたり。

 首を後ろに、少し上を見上げました。



 ……俺たちが何をお願いしたのか、それはもう分からない。

 でも、おじさんの願いは良く分かる。


 右側のメッセージを隠した缶と。

 宝の地図を持って。


 大きくなって、暗号を解読した俺たちに連れられて。

 あの公園の木の下で、俺たちの書いた願いを一緒に読みながら。



 ……こうして、振り返る俺たちの顔を見下ろして。


 きっと、今、うっすらと見えるような。


 幸せそうな顔で、笑おうと願っていたんだ。





 …………お願い事、叶いましたね。





 衣擦れが、せせらぎを背景に耳に描かれると。

 穂咲は缶の中から、俺がプレゼントしたヘアピンを取り出して、髪を留めます。


「……こんなとこにあったの。探してたの」

「そうだったんだ。じゃあ今度は、俺が忘れものして行こうかな」


 ポケットから取り出した、俺に良く似合っているらしいクマのキーホルダー。

 それを缶に入れると、穂咲が蓋をして、元の場所へ入れました。


 それ以上、口も開くことなく。

 耳に入るのは、川のせせらぎと、穂咲が鼻をすする音だけ。


 缶に土をかけ終えて。

 顔を上げて振り返ると。


 大きなおじさんに、肩を抱かれて。

 にっこりと微笑む穂咲の姿が月の光に淡く染められていました。




 好きなのか、嫌いなのか。

 いつからだろう、それを考えることをやめてしまった女の子。


 ……今だけは、少し片方へ天秤が傾いた女の子。



 そんな君と、おじさんとの思い出が、また一つ増える。

 この一ヶ月は、俺にとって忘れられないものになりました。


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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 7冊目 如月 仁成 @hitomi_aki

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