第26話 オミナエシと電話番号


<オミナエシ:女郎花 花言葉:はかない恋>



「勝てる要素が見当たらないの」

「ええと……、お洋服のお話でしたよね?」

「七分丈のジーンズが可愛すぎるの。それに、青いセーターは反則なの」

「そんな。穂咲さんの真っ白なフェザージャケットも素敵ですよ?」

「…………そうじゃないの。好みの色なの。反則」

「反則? 穂咲さんの好きな色なのでしょうか」


 電車で二時間、揺られ揺られて。

 やっとたどり着いた『プレイランド遊園』。


 俺たちの住む町から足を運ぶことが出来る、唯一とも言えるテーマパークは。

 本日、それなりといった程度の賑わいで。


 適度に騒がしくて。

 適度に乗り物を楽しむことができて。


 非常に理想的な混み具合なのです。



 たまの異世界に楽しむ俺の前。

 並んで歩く二人も。

 俺に内緒なのでしょうか、静かなトークをずっと楽しんでいるようで。


 二人を誘って正解だったとは思うのですけど。

 ……だったら、電車で俺を挟んで座ることなかったろうに。



「さて。じゃあ最初はどれにしましょうか」

「ジェットコースターなの!」


 穂咲が、いきなりステーキへ箸を伸ばす気満々なのですが。

 コース料理ってご存知ですか?

 そういう重たいのは最後の方で。


 ……あとね。

 俺はメインディッシュに、花壇の前のベンチをいただく予定なのですが。


「俺が絶叫系苦手なの知ってるでしょうに」


 そもそも、君も苦手じゃなかったでしたっけ?

 俺の手を掴んで穂咲はぐいぐいと引っ張りますが。

 その逆の手で引っ張られる美穂さんも、両足を踏ん張っているご様子。


「……美穂さん、絶叫系とかお嫌いですか?」

「い、いえ! そんなことは!」


 そうお返事なさった直後に。

 歯を食いしばられましても。


「あの、頑張るものじゃありませんから」

「いえ! 頑張ります!」

「どうか、苦手なら苦手とおっしゃってください」

「いいえ! ……頑張ります!」


 どういうことさ。

 二人で反対すれば有利なのに。


 でも、穂咲は乗りたがるだろうなあ。

 付き合わないと、学校でその件を言いふらされると思うのです。


 がっくりとうな垂れつつ、並んで待つこと十分弱。

 いよいよ次は俺たちの番というところで。

 スタッフのお姉さんが穂咲の前に来て。

 搭乗をご丁寧にお断りされたのですが。


「ちゃんと身長なら足りてるの! ほら!」


 そう言いながら、穂咲が身長確認用の看板の裏に回り込むと。

 カバさんが持っているものさしの上から。

 黄色いオミナエシの花がふゎさっと顔を出すのです。


「うん。そっちがアウトなんだろ」


 スタッフのお姉さんが苦笑いと共に肯定すると。

 穂咲は渋々俺たちの元に戻ってきて。


「じゃ、道久君だけ行って来るの」

「へ?」

「だって、美穂さんも、ここの線から出れそうにないの」

「なに言ってんの。美穂さんの身長なら余裕で……、ああ、なるほど」


 美穂さん。

 看板の位置から一歩も前に出れないようですね。


「じゃあみんなで乗らなきゃいいだろ。一番楽しみにしてた穂咲が乗れないのは残念だけど」

「楽しみ? あたしも乗るのは嫌なの」


 は?

 何を言っているのでしょう。


「お前がみんなを引っ張って来たんでしょうが」

「だって、道久君がコースターから降りた時のヘロヘロ顔が見たかったから」

「そんな目的だったんかい!」


 俺が呆れた顔で穂咲を見つめると。

 スタッフのお姉さんに無理やり背中を押されるのです。


「後ろがつかえておりますので」

「ウソでしょ!? やめてーーー!」



 ……

 …………

 ………………



 濃密な五分間。

 まるで一年分の恐怖体験から解放された心地。


 そんなへろへろな俺を迎えてくれたのは、


「あれ? 美穂さんだけ? 穂咲は?」

「お手洗いだと思うのですけど。それより、真っ青ですけど大丈夫ですか?」


 心配そうにしてくださいますけど。

 そんなにひどい顔になってます?

 あと、穂咲がこの顔を見たいはずなんじゃ?


 呆れていたところへ、ちょっとだけしょぼくれた穂咲が戻ってきました。


「……どうしました? 転んだ?」


 フェザーのジャケット。

 ぼろぼろですけど。


「うう、みっともないの」


 穂咲が服のあちこちを確認して、さらにへこんでしまうと。

 美穂さんが慌てて駆け寄って、手でフェザーを梳いてくれるのです。



 ほんと優しい方だなあと。

 俺は彼女の素敵な一面を垣間見て。

 感心することになりました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 楽しくお昼ご飯を食べた後。

 俺たちは、ようやく目的の建物を見つけました。


「あったの! これ!」

「おお。思ってたよりも大きな建物」


 多目的イベント会場とでも言いましょうか。

 ちょっと堅苦しい印象が目の端に残る洋館に掲げられた、古風な看板。



 『昭和フェア』



「美穂さん、ごめんね? ちょっとここに用事があって」

「ええ、構わないですよ? 私も興味ありますし」


 にっこり微笑む美穂さんの向こうで、鼻息荒くバッグをあさる穂咲さん。

 そこから引っ張り出された手が広げる紙を、俺は指差しました。


「もしよろしければ、これを探すの手伝って欲しいんです」


 そこに書かれた暗号は。


 一番左に、丸の中に小さな丸がいくつも書かれて。

 その中に数字が入っていて。


 その隣は、黒く塗りつぶされたCDのようなもの。


 さらに隣の木の根元にバツ印があって。


 最後には、黒塗り三角二つで蝶々のようなものが書かれているのです。


 きっと眉根を寄せることだろうと思いながら美穂さんの表情をうかがうと。

 どういう訳か、目を見開いていらっしゃるのですが。


「この紙は、一体……?」

「パパとあたしと道久君が、タイムカプセルを埋めた場所なの」

「お父様って、たしか……」


 穂咲が嬉しそうに説明すると。

 美穂さんは一瞬、唇を噛んで。


 そして何も言わずに、どこか遠くを見つめだすのです。



 ……どうしたんだろ。



 俺は、そんな美穂さんに声をかけようとしたのですが。

 穂咲に腕を引っ張られるでは仕方なし。

 昭和フェアの会場へと強制連行されました。



 会場内は少し薄暗くて。

 昭和の時代を模型や実物で紹介されているのですが。


 再現された居間の風景を眺めていると。

 穂咲が、一つ目の答えを見つけ出しました。

 

「電話! これ、昔の電話なの!」

「ああ、ほんとだ。……じゃあ、電話ボックスがあって、その隣がCD屋?」


 曖昧な推理をしながら、後ろを振り返ると。

 美穂さんが、神妙な顔で歩いていらっしゃる。

 さっきから具合でも悪いのかな。


「おい、穂咲。ちょっと……」


 俺が、一旦ここから出ようと言いかけたその時。

 急に男の子が穂咲に飛びついてきました。


「お姉ちゃん!」


 え? 知り合い?


 何事かと思って見ていると。

 お母さんと思しき方が駆け寄ってきて。


「すいません。先ほどは本当にありがとうございました」


 穂咲に深々と頭を下げるのです。


 ……ええと。

 察するに。


「なにかこいつが?」

「ええ。この子が放して、木の枝に止まった風船を取って下さったのです。お洋服までこんなにされて……」


 ああ、なるほどね。

 実にこいつらしい。


 俺は穂咲の肩を叩いて褒めてやると。

 男の子が、穂咲が持っていた暗号を見て、また一つ大きな声を上げました。


「ストライク!」

「え?」

「さっき、あっちで見たの! お母さんが教えてくれたんだ!」


 …………ああ、ストライクって。

 ボーリングか!


「穂咲。これ、ボーリング場ってことじゃないのか?」


 バイバイと手を振って離れて行く子供を見送ると。

 穂咲はうんうんと頷いて。



 そして、ぽろぽろと泣き出すのです。



 ……よかったね。

 情けは人の為ならずとはよく言ったもの。


 まだ、どれほどかかるか分からないけど。

 あとは近場のボーリング場を探せば、きっと……。



「この場所、分かります」

「え?」


 急に、今まで黙りこくっていた美穂さんがつぶやきました。


「…………道久君と初めて会った公園の、木の事だと思います」


 ああ、そう言えば……。


「隣がボーリング場。逆側がレコードショップ。その隣は電話局だったんです」


 淡々とつぶやいた美穂さんに。

 穂咲は大泣きしながら抱き着いて。

 ありがとうと。

 何度も繰り返すのです。


 俺からもありがとう。

 思わず零れた涙と共に、美穂さんを見つめたら。


「ずるい。……幼馴染って」

「え?」

「それに、泣くのは反則です。……勝てる要素が、見当たりません」


 そう呟いた美穂さんが。

 寂しそうに。

 穂咲のことを抱きしめていました。


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