第23話 アジサイともんじゃ焼き


<アジサイ:紫陽花 花言葉:浮気>


 君が言うとおり、

 生徒手帳の、学校に持って来てはいけない物の欄。

 確認してみましたけど、明示されてはいないようです。


 だから問題なかろうと。

 バーベキュー用の巨大な鉄板を俺に運ばせたのは。

 例えこの欄に書かれていたとしても、これはスノーボードだと言い張るに決まっている藍川あいかわ穂咲ほさき


 そんな穂咲の軽い色に染めたゆるふわロング髪。

 今日はどうなっているのかよく分かりません。


 というのも、頭が花で埋め尽くされて。

 アジサイそのものになっているのです。


 コットンキャンディーと呼ばれる種類のアジサイ。

 ピンクのふんわりとしたお花ですので。

 可愛いことは可愛いのですが。



 ピエロみたいです。



 そんな彼女。

 現在はエプロンという名の俺のYシャツに身を包んでおりますので。

 このようにお呼びしなければなりません。


「教授、あんまり豪快に叩くと倒れちゃいますから。控えめに」

「何を言っているのだねロード君! キャベツは豪快に刻んでなんぼなのだよ!」


 だって、屋外用のコンロを四つ並べて。

 その上に鉄板を置いているわけですし。


 鉄ごてをしゃかんしゃかんとかき鳴らしつつキャベツを刻み始めたら。

 危なくて口を挟みたくなるのは人情でしょう。


 そんな俺の心配をよそに。

 順調にもんじゃが焼かれていくと。


 立ちっぱなしというみっともない姿勢で。

 六本木君と渡さんがコテでアツアツとかじるのです。


「立って食べるなんて、落ち着かないわ」

「しょうがねえだろ。座ったら鉄板が顎の高さなんだから」

「そうです。これでいいのです」


 俺も立ったままコテでもんじゃを擦りつつ。

 チーズを絡めてアツアツをかじると。

 香ばしさと素朴な味わいが、幸せを運ぶのです。


「うん。おいしいです、教授」

「当然なのだよロード君! しかも、コスパ最強!」


 そうね。

 小麦粉なんかちょっとでいいし。


 ウスターソースと冷蔵庫の余りもの。

 たったそれだけでおいしい楽しい素敵なお昼ご飯。


 でも、六本木君が驚くようなことを言うのです。


「もんじゃ焼きって、結構高いよな。この辺りじゃ食える店なんかないけど」

「へえ、高いんだ。外で食べたこと無いや」

「原価なんかタダ同然でしょ? いくらくらいするものなの?」

「今、鉄板に乗ってるくらいで五百円。トッピング入りで六百円」

「ウソだ! 俺達が知らないからって適当なこと言わないでください」


 六本木君が、ほんとだよと口をとがらせてますけど。

 いくらなんでもそんなにするわけないのです。


「教授はどう思う?」

「そんなにしないの。おばあちゃんが、東京にいた頃は安かったって言ってたの」

「いくらくらい?」

「二十円」


 ……え?


「ウソです。いくらなんでも安すぎです」

「ほんとなの。一食、銅貨二枚」

「日本円をファンタジーっぽく言いなさんな」

「銀貨一枚で五人前なの」


 銀貨のレートが随分低い設定のゲームですね。

 ……いや、百円玉ってことか。


「二人の間を取って、二百六十円って思うことにします。……それでも高いけど」

「信じろよ。もんじゃって、デートで食うようなものらしいし」

「いやよ。そんなとこ連れて行かれたら、私は帰るわよ?」


 ねー、とか。

 女子二人が顔を見合わせていますけど。


 これには納得です。

 俺も渡さんに、ねー。


「香澄ちゃんには、水族館なイメージなの」

「あるいは美術館と思うのです」

「いいわね。連れてってよ、隼人」

「嫌だよ! 楽しくないし、腹も膨れねえし」

「そう思っての水族館チョイスなの」

「ほうほう。藍川はあれが生けだと思ってたのか」

「あの、右から二番目のイカを刺身にして貰おうかなの」


 渡さんと同時に大笑いしましたが。

 でも、笑っていられたのもここまでのようで。

 六本木君の逆襲が始まりました。


「お前らはどうなんだよ。どっか出かけたりしねえの?」

「なんで俺がこいつと……」

「こないだ二人だけでお出かけしたの」

「言い方っ!」


 ああもう、勘違いされちゃいますよ。

 六本木君も、ヒューヒューじゃないです。

 行き先を聞いて驚け。


「よかったわね穂咲! どこに連れて行ってもらったの?」

「川なの」

「………………え?」

「何の変哲もない川なの」


 当然です。

 デートとかじゃないですし。


 だから、俺をさげすむような目でにらまないでください。


「秋山! もうちょっとまともなとこにエスコートしなさいよ!」

「別にこいつをまともなとことやらへ連れて行くギリはありません」

「それは無いぞ道久。猿でもそんな言い方しない」


 う。

 確かに、失礼な言い方だったかも。


 これでも女の子だもんね。

 傷つくかな?


「秋山、ちょっとそこに立ちなさい」

「もとから立ってますが?」


 そう文句を言いながらも。

 背筋を伸ばしてしまう俺の身体はどうなっているのでしょう。


「じゃあ、あたし達が行先を決めてあげる」

「遊園地なんかどうだ?」

「いいわね!」


 なにやら二人で盛り上がってますが。

 そもそもこいつは、君たちの言うまともなところとやらよりも。

 おじさんの思い出が眠る河原へ連れて行ってやる方が喜……、間違えた。

 俺がそんなとこに連れて行くギリなどないのです。


 ……教授をちらりと見つめると。

 なにやら、遊園地、遊園地とつぶやきながら携帯をいじっていますけど。


 うそでしょ?

 行きたいの?


「やっぱりそうなの! 道久君、遊園地!」


 声を荒げつつ、教授が差し出してきた携帯の画面に書かれた文字は。


 『プレイランド遊園・昭和フェア』。


「……これが?」

「暗号のヒントがあるかも!」


 おお、なるほどね。

 暗号を書いた頃はもちろん平成だけれども。

 おじさんだって昭和の人なわけで。


「しょうがない。教授が行きたいなら付き合うよ」

「そういう誘い方じゃダメ。隼人、やっておしまい」

「よし来た」


 俺が手塩にかけて育て上げたもんじゃがかっさらわれていく。

 このコンビ、面倒なのです。

 そもそもこいつだって、ヒントを探しに行きたいだけなのですが。


「えっと、じゃあ、俺と遊園地に行こう。土曜にするか」


 そうピンク頭に声をかけると。

 ぱあっと笑顔を浮かべてますけど。


 ヒント探しに行くだけじゃない。

 なにをそんなに喜んでますか。


「それなり良くできたで賞をあげます」

「それなり頑張ったで賞をやろう」


 今度は俺の目の前に、もんじゃが山ほどつみあげられましたけど。

 こんなにすぐ食えないよ。

 焦げちゃう。


 もんじゃが一か所へ寄せられると。

 教授がご機嫌そうに鼻歌など口ずさみながら第二陣を焼き始めます。


 キャベツで土手をハート形に作ったりしていますけど。

 調子に乗って、小麦粉の中にソース入れすぎですけど。


「なにをはしゃいでるのさ」

「別にはしゃいでないの。通常運行なの」

「ウソです。生地、コーヒーみたいな色してるよ?」


 そう口にした瞬間、ふと思い出しました。

 コーヒー。喫茶店。


 そういえば、埋め合わせをするって約束してたっけ。


「教授。遊園地、楽しみ?」

「遊園地はそれなりだけど、道久君と一緒じゃ代り映えしないの」

「なんだ、そう言う事なら安心しなさい。美穂さん誘ってやるから」


 俺の素敵な提案を聞いた三人が、ぴたっと動きを止めてしまいましたけど。

 どうしました?


「二人で沢山楽しみなさいな。俺も付いてくの楽しみ」


 教授、美穂さんといつも楽しそうにお話するし。

 我ながらナイスアイデア。


 そう思っていたのですが。

 教授はなにやらムキになって。

 ハート形をぐっちゃぐっちゃにかき混ぜるのです。


「それは無いぞ道久。猿でもそんな言い方しない」

「秋山、ちょっとそこに正座しなさい」


 なんで?


 そう思いながらも。

 素直に従ってしまう俺の身体はどうなっているのでしょう。


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