第22話 ユリとゲームカートリッジ


 <ユリ:百合 花言葉:あなたは偽れない>



 我が家の中にある異空間。

 それが、父ちゃんの書斎。


 もともとは、寝室に備え付けられた三畳のウォークインクローゼット。

 そこにうず高く、ぎっちりと詰め込まれた機械、機械、機械。

 パソコンデスク前、パイプ椅子一つ分のスペースしか床が見えない密閉空間。

 鉄の棚に基盤がずらりと並んでいて、それぞれがちゃんと動くパソコンなんだぞと自慢げに説明されましても。


 まったく意味が分からないのです。



「父ちゃん、この間の絵、USBに入れて欲しいんだけど」


 学校から帰ってすぐに。

 珍しく平日休みで、一日中書斎にこもっていた父ちゃんを訪ねました。


 普段は、いつも終電で帰ってくるから。

 この機を逃すと、次にこの手のお願いができるのが週末になっちゃいます。


 父ちゃんが開きっぱなしの扉から手を出してきたので。

 ドアの外からメモリーを渡すと。

 何やら機械のスイッチをカチカチと入れ始めました。


 ……しかし、この部屋。

 前に見た時よりひどくなってやしませんか?


「また、物が増えた?」

「そろそろ手狭になって来たな。お前の部屋の押入れをまた少し借りるぞ」

「もうすでに父ちゃんのガラクタでいっぱいですよ。古いゲーム機とか取っておいてどうする気さ」


 おかげで、俺に私財という物を置くスペースは床と本棚しかないのです。

 勘弁して下さい。


 すると、ふむと顎に手をやる父ちゃんが。

 足元の古いゲームが入った段ボールを探りながら。


「お前、アメリカンフットボールのルールを知りたいと言っていたな。これで覚えると良い」


 そう言いながらソフトを渡してくるのですが。


「ものは言いようというやつですよね。俺の部屋に設置すれば捨てずに済むという意味ですよね」

「鋭いな」

「部屋がぐちゃぐちゃになるから嫌です。ここで遊んでいきます」


 俺の返事に肩をすくめた父ちゃんは。

 パイプ椅子をたたんでごそごそやり始めるのです。


 セットアップを始めたのでしょうけど。

 俺の部屋に設置するのは諦めたのかな?


「昔のゲームは面白いぞ。ハードごと貸してやろう」

「頑張りますね、いりません。ゲーム苦手だし、接続とか分からないし」


 粘る父ちゃんをばっさり切り捨てると。

 なにやら神妙な顔で振り向かれました。


「配線ぐらいできんでどうする。穂咲ちゃんも機械はまるで分からんだろう」

「穂咲は関係ないですけど。男の嗜みって意味で知っとかないといけないもの?」


 そんな問いかけに対して、眼鏡を中指で押し上げながらため息をつくと。

 父ちゃんは再びがらくた箱へ向いて、背中越しに語り始めました。


「いいか。配線だけに限らず、携帯、車、家電。ありとあらゆる機械について対処できないと、一生バカにされるのが男という職業だ」

「うへえ。じゃあ、せめてスマートにこなしてかっこいいって言われるようにならなきゃね」

「お前はなにも分かってない。どれほど難しいものをどれほど天才的な対処で乗り切っても、尊敬ひとつされることは無い」


 うそ。


「……衝撃の事実だ。すげえ損なのですけど」

「受け入れろ」


 父ちゃん。

 そんな重々しい言葉、せめて胸を張って言って。

 哀愁たっぷりに背中を丸めて段ボールを漁りながら言わないで。



 そのうち、机の上の書類やら機械やらの上に。

 くすんだ白いゲーム機を乗せて。


「よし、セットできたぞ」


 パソコンのモニターをカチカチといじると、俺と場所をチェンジです。

 そして椅子に腰かけた俺の横から。

 カートリッジをゲーム機に挿して電源を入れるのですが。


 画面、緑色になったままなにも映らないよ?


「始まらないんだけど。ローディング中?」

「この時代のハードにそんなものは無い。ちょっと待て」


 そう言いながら、がちゃことソフトを外して。

 接点の側を覗き込んだかと思うと。

 接点へ向けて口をすぼめて。



 ふーーーーー!



「うわ! 何やってんのさ! 壊れちまうだろ?」

「ん? ……お前こそ何言ってる。普通、吹くだろ」

「吹かないよ!」

「なんだ、常識しらずな奴だな」


 唖然とする俺が見つめる中。

 父ちゃんが再びカートリッジを挿して電源を入れると。


 画面に、ゲームのタイトルがでかでかと表示されました。


「動いた! え? うそでしょ?」


 何だ今の?

 父ちゃんが、さも当然と言わんばかりの顔で見下ろしていますけど。

 機械って、そんな対処でどうにかなるものなの?


 文字通り、開いた口が塞がらないまま呆然としていたら。

 父ちゃんの後ろから、でかいユリの花がひょっこり顔を出しました。


「写真下さいな」

「……へいらっしゃい」


 この、我が家を画廊かなにかと勘違いしている女の子は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りに結って。

 そこにばかでかい白ユリを三輪挿していますけど。


 街頭スピーカーに見えるのです。


「下さいなも何も。写真なんか取り扱ってないですけどね」

「また、ママが印刷お願いしますって」


 そう言いながら、父ちゃんにカメラと写真用紙を渡していますけど。

 このタイミングでそんな真似したら。


「よし。教えてやるから、お前がやってみろ」

「言うと思いました」


 まあ、機械をいじるいい機会なのかもしれませんが。

 かっこ悪い姿を見せることになる。

 そう思って渋っていると。


「道久君がやるの? 壊れそうなの」

「なんですと?」


 俺がムッとして穂咲へ振り向くと。

 父ちゃんが首を振ってこの態度を否定します。


「受け入れろ」


 ……くそう。

 重みのある言葉なのです。

 だったら目にもの見せてくれる。


 父ちゃんから受け取ったカメラを開けて、メモリーを取り出して。

 うろ覚えで、机に転がっていたカードリーダーに挿してみたものの。


 画面は、プッシュ・スタートの表示の下を。

 ラグビーボールを抱えて巨漢が走ったままなのですが。


「パソコンの表示に切り替えんでどうする」

「どこ?」

「モニターの右にボタンが三つある。その真ん中を、二回押せ」


 仕組みもわからず、言われるがままボタンを押せば。

 ようやく見慣れたパソコンの画面。


 でも、メモリーカードは認識されていないようで。


「やっぱり壊したの。頼りにならない道久君なの」

「うるさいな、ちょっと黙っててください。えっと……」


 メモリーを一度引き抜いて、背面を確認すると。

 さっきのゲームカートリッジと接点が似ていることに気付きました。


 ……はっ!?

 まさか、これも?


 さっき見た知識の応用とばかり、ふーと息を吹きかけると。

 穂咲が慌てて、俺の背中をぽふぽふ叩いてきます。


「壊れるの!」


 うん。

 俺もそう思う。

 でも、父ちゃんが何も言わないから大丈夫なんじゃない?


 そして半信半疑のまま、カードリーダーに再び挿すと。

 ウインドウが、ぽんと表示されました。


「おお! 読めた!」


 なんだろう、この達成感。

 そして、ひとつ大人になった感覚。


 印刷を始めながら、鼻息荒く振り返って。

 尊敬のまなざしで俺を迎える穂咲の顔を覗き込みました。


「……尊敬が、眉根に寄っちゃってます」

「今の、何なの? おまじない?」

「いや、これがプロのエンジニア直伝。正しい対処なのだ。かっこいいだろ」

「変なの。エンジニアが聞いてあきれるの」


 ちょっと。

 俺のファインプレイになんて事言うのさ。


「こういう時くらい、ウソでもいいから褒めなさいよ」

「だって、ウソは良くないの」

「褒める気ゼロってことですか」


 頬を膨らませた俺に、父ちゃんは重々しく言いました。


「受け入れろ」


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