第22話 人斬り 対 人斬り 対 銃使い その1

「新撰組というだけで、斬るに値する。宮部先生の仇だもの」

すうっと彦斎の重心が下がる。

「あっそう。あたしも相手が人斬り抜刀斎じゃ、引くわけにいかないわ」

大刀を抜いて、鍬子も構える。

すこし、にらみ合ったのちに、先に動いたのは彦斎だった。

左下から相手の胴を薙ぐような抜刀術。それを、鍬子は後ろに下がりながらギリギリで躱し、納刀のスキを与えず、二段突きを繰り出した。

が、彦斎もこれを後方に飛びながら躱し、納刀した。

「早いじゃないの。サルみたいね」

「狗に言われとうないがじゃ」

彦斎は訛りながら悪態をついた。


「おいおい。アイツらおっぱじめやがったぞ」

「ここからじゃ逃げるにしても丸見えだなぁ。どうする?」

彦斎と鍬子が戦い始めたことで、お珠と美星は頭を抱えた。

「ロザリーに合図も出せやしねぇ。どうすっかなぁ」

「隠れておきましょう。相手の一人は抜刀斎です。あのままつぶし合ってくれるのを待ちましょう」

鉄之助は提案した。

だが、そう決めた途端に、事態は悪い方向へと進みだした。具体的に言うなら、二人が戦っていた場所が鉄之助の隠れる建物へと近づいてきたのだ。

「くっそ近づいてきやがる」

「動くな。動けばばれる」

最悪の状況は、姿を視認されてしまうことだ。それだけは何としても避けたかった。が相手は手練れの人斬り二人。そううまくは行かなかった。



「出てこい!そこの家の納屋にいるのはわかってる!男じゃあ!」

彦斎はその臭いを知っている。だが知らない臭いも混じっていた。

「そこにいるのは大室鉄之助!お前じゃな!」

もちろん鉄之助は答えはしないが、密かにクンクンと自分の体臭を気にしてしょげていた。

「そんなに臭います……?」

30を過ぎるとオヤジ臭が出るというが、それだろうかと思った。

自分では毎日風呂に入りサボン(石鹸)で髪から足先、陰部までしっかり洗っているつもりだったのだが。

「 On the contrary, the scent of savon has become a scent. (逆じゃよ、サボンの香りがあだになったのさ)」

パーカーは当然のように言う。

「 Does it smell? Women?( 匂うかね?レディース?)」

「いい匂いだよ。臭くなんかねぇ!」

その言葉に鉄之助は救われた感じがして二人を抱き締め

「ありがとう」

といった



「くっ……!はぁ……っ♥」

「ありがとう」そう言われて、抱き締められた二人は電流が体を駆け巡った。

そして、完全にイキながらも、酷く冷たい声で

「待ってろ。いま鉄さんを泣かせたあのアマをぶっ殺してやる」

「ああ、股はびしょ濡れだが、抱き締められたお陰で勇気が沸いたぜ」

そう言ったのだ。


それからの、二人の動きは神がかっていた。

ほぼ同時に発砲し、どちらも鍬子と彦斎に一発当てると、今度は建物の中からマズルだけだして打ち、次は身を翻して背中を相手に向けたまま、マズルだけを脇の下から覗かせて相手を打った。

「やってくれる!」

鍬子はおたまを相手に決め、脇差しを抜いて投げつける。脇差しはお珠に真っ直ぐとび刺さろうとした手前で、お珠自身の拳で軌道を弾かれ、向きを替えて地面に刺さる。

その間に彦斎は納刀したまま地面を蹴って美星に迫った。

縮地の2歩手前。完全にスピードが乗る少し前。美星は一発を彦斎の迫ってくる脳天に向け打った。

彦斎は知っていたかのように速度をあげて中空に舞い上がり、蜻蛉をきり抜刀した。

「あめえんだよ」

美星は帯から一丁を引き抜き、後ろに向けノールックで打った。

「っ!!」

たまらず彦斎は身を捻る。そうしなければ当たってしまったかもしれない。

「来なよ。抜刀斎。あんたはあたしが惚れてる男を泣かせたんだ。きっちりオトシマエはつけて貰う」

美星は弾をリロードし腿に着けていたホルスターに戻した。

「銃をしまってどうする?」

「あんたの抜刀術と同じさ。銃でも抜刀術は出来ことを見せてやる」

銃での抜刀術。とはすこし違うが所謂、クイックドローの事だとパーカーは思い当たった。



早撃ちと呼ばれる技法は古くから存在した

抜くと同時にトリガーを引き、ハンマーをファニングすれば0.1秒以下で初弾を発射可能であるとされる技術だ。

ウエスタンスタイルのファニングショットは、トリガーを指で引ききった状態で固定して、左手で叩くようにハンマーを起こしてそのまま射撃する早打ちガンマンスタイルで連射が可能。

現在のハンドガンの多くはリボルバー含めて安全装置によって同様の撃ち方ができなくなっているが、このころの銃であれば現在の自動拳銃よりも早く打てる。

 のちにSSAはアメリカ、コルト社が開発し、バリエーションそれぞれに愛称が与えられ、騎兵向け約7.5インチモデルの「キャバルリー」、キャバルリーより長い最短8インチ、最長16インチの長銃身型を総称した「バントラインスペシャル」、短銃身でエジェクターレスの「シェリフズ」等が世に出回ることになる。

が、この時まだSSAはロザリーの手による完全オリジナルであった。

美星は、着物をまくり上げ、ホルスターに入った銃のグリップに指を掛ける。左腕は体の前を通り、左指は銃を抜いた瞬間にハンマーをファニングできる位置にあった。

「来いよ。抜刀斎」

ウエスタンスタイルのファニングショットで美星は構えている。

これには彦斎も迂闊に動けなくなった。

(なんじゃ……なんだかわからんが汗が止まらん)

見たことがない構え。そして美星の人を仕留めることしか考えにない貌が彦斎を動けなくした。

「抜かねぇのか?」

「抜くわ。じゃがお前の頭が牡丹の花のように落ちるぞ」

「やってみな。アンタの刀じゃあたしの弾は止めらんねぇ」

ざり。

草鞋が音を立てる、その瞬間に美星が一歩先にファニングショットで打ち込んだ。

ダ、ダン!

響く二発の銃声。

その内一発が彦斎の肩を抜き、一発は腹を抉った。

だが、彦斎は一瞬遅れはしたが、抜き手を見せずに抜刀―――したが刀は空を切った。

しかし遅れて鞘による二段目が美星の胴を強烈に打った。

「……!」

腰から下に感覚がなくなり、目の前の抜刀斎がくるりと回転するのが見える。

ここから襲い掛かるのは3撃目。半回転してからの首凪だろう。

しかし、横から彦斎を撃つ複数の銃弾があった。それらは、半回転する彦斎に当たり、彦斎の腿、体、腕を横から穿って抜刀の軌道をずらした。

撃たれた反動で刀は空を切り、続けて美星も彦斎の胸めがけて、残りの弾を連射し打ち尽くした。

胸を撃たれて彦斎は仰向けに倒れる。

「危なかったですね。美星さん」

「鉄さん…」

惚れた男が助けてくれることにみほしは気をヤリそうになった。

「気を抜かないでください。残弾はありますか?」

「ある…あるが、あたしも胴体を打たれた。足の感覚がねぇ」

美星はそういうとベタンと尻から倒れた。

「ザマァミロ……双〇閃を食らえば、アバラはイッとる……。背骨までは届かんかったがな」

彦斎は震えながらなおも立ち上がり刀を杖代わりにして立ち上がろうとしていた。

「動かないでください。この距離なら僕の腕でも当たります」

「男が戦うとは。見上げた……もんよ……」

抜刀斎は納刀する。しかし、遠目にも腕は上がらず胸からは血を吹き、足を引きずり次の一撃は撃てそうには見えない。

「ぐっふっ」

抜刀斎はついに喀血し膝をついた。

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