第24話 トレインジャック<3>

「まずい……! ニンジャ、早く立て! 行くぞ!」

「えぇ? 相手の用心棒は仕留めたんですから、あとはゆっくり行きましょうよ……」


 マイルズの隣で体を起こしたニンジャは、山を振り仰いで顎を落とす。飛び上がって叫んだ。


「もう三陸大トンネルまで目と鼻の先じゃないですか!? 次のカーブ曲がったらすぐです!」

「走れ!」


 マイルズが一喝して屋根を急ぐ。

 スモウヤクザが死んでもなお、ヤクザたちは諦めていなかった。

 屋根を走るマイルズたちに気づくと、先頭車両の窓から身を乗り出した。拳銃片手によじ登ろうとして、手を滑らせて転がり落ちる。まだまだ十人以上いる。

 車両の接続部を乗り越えたニンジャは、身をかがめながら声を交わした。


「どうやって制圧します!?」

「先頭の窓だ! 運転室を押さえたら、入ってこれないよう猿みたいに撃ってればいい!!」


 列車の最前部まで進むと、マイルズは片腕をニンジャに預けてアサルトライフルを受け取る。身を虚空に踊らせた。

 運転室に詰めかけるヤクザが、五人。


「邪魔だ!」


 窓枠に足をつけるなりマイルズは小脇に抱えた機銃を乱射する。

 ガラスが砕け、ヤクザたちが次々と重なって倒れた。客車扉を貫いて、さらに二人ほど打ち倒す。

 だが、逃げようとする者はいない。マイルズは鼻頭にしわを寄せて毒づいた。


「戦意の高い敵は厄介だな」

「カーブに差し掛かります!」

「制圧する!」


 マイルズは運転室に飛び込み、扉を蹴り倒してシートの並ぶ客室通路を掃射する。がちんとレバーが下がりきって止まった。弾切れだ。

 マイルズは即座にアサルトライフルを放り投げ、拳銃を抜く。シートから顔を出したヤクザを打ち倒した。あと五人。

 隣にニンジャが滑り込んでくる。

 途端、がくんと床が弾んだ。

 カーブに差し掛かったのだ。運転手はいない。勢いに乗ったまま突入したカーブの勢いで列車は軋み、激しく揺れて傾く。

 だが、脱線するほどではなかった。

 稜線の向こうに、三陸大トンネルの勇壮なレンガ造りが浮き上がってくる。線路は途切れておらず、塞ぐものも置かれていない。いないが――

 ニンジャが叫んだ。


「これ、ブレーキ間に合わないんじゃないですかね!?」

「そうだな! だが間抜けをしてくれている!」


 マイルズは側面扉の前で倒れるヤクザを顎で示す。

 その近くに落ちている小さな無線機は時限式の信管を作動させるものだ。運行状況に合わせ、直前で使ったらしい。


「車輪の近くで、このタイプの無線が届く距離。十中八九この下だな!」

「身のこなしに自信あります!?」


 ニンジャはマイルズを横目に見た。足元の死体から拳銃を奪い、弾を確認して装填、通路に向かって連射した。


「俺はないです!」


 カーブを抜け、直線の先に三陸大トンネルの全貌があらわになる。森を抜けた先、赤い鉄橋の向こうで、地獄の窯のように口を開けて待っている。

 もはや押し問答する時間も、四の五の言う時間もない。


「ニンジャの偽名は返上しろ!」


 マイルズは恨み節を吐き捨てて床に伏せ、側面扉から身を乗り出す。マイルズの足をニンジャが押さえた。拳銃の銃声。もう残弾は少ないだろう。

 外にまろび出たマイルズは、押し流されそうな横殴りの強風にふらつく。線路を噛む車輪の、顔を撫でるほどの轟音に顔をしかめた。

 体を曲げて底面を見る。

 高速で巡る転輪。ケースに囲われた制御装置が密集している。

 車輪の手前に、黒いダクトテープで貼りつけられた粘土塊があった。プラスチック爆弾だ。


「見えた! 遠いなクソっ!」


 爆発で車輪を吹き飛ばすだけではない。

 勢いを保ったまま脱線させ、トンネルの入り口に衝突させて列車を粉砕する算段だ。列車に圧殺されたうえで峡谷に落ちれば、助かる見込みはない。

 爆弾に手を伸ばそうとして、線路の継ぎ目で列車が弾む。

 揺れに腕が振れて、指先に殺人的な風圧を感じた。


「……っぶねぇ……!」


 背に熱い汗が噴き出す。

 車輪に触れそうになった。ゴムをまいた鉄塊が猛烈な速度で回転しているのだ。巻き込まれた末路は考えるまでもない。


「まだですか! 急いでください!!」

「わかってる!!」


 頭上に怒鳴り返し、マイルズは今度こそダクトテープにつかみかかる。

 信管はしっかりとねじり込まれていて引き抜けない。ご丁寧に温度計にも似たメーターが時限装置に使われている。残りは五センチもない。

 ダクトテープを引き剥がすと、粘着質が糸を引いて天板に残った。


「ああくそ、これ、クソっ!」


 言葉で毒づく暇さえ惜しい。

 腰に手を回し、ナイフを引き抜いた。身体がずり落ちる。ももに体重がかかって折れそうに痛む。

 すう、と吹き付ける風が冷えた。

 空気が違う。山のものではない。峡谷の、小川の風。鉄橋まで寸刻もない。

 あと三センチ。


「お、お、おおおおおああああああっ!」


 ナイフをダクトテープに突き立てる。あと二センチ。引きちぎり、粘着質を巻き取って、爆弾をむしり取るように剥がす。誘爆しようが今さらだ。力づくで引きちぎる。

 足が折れそうに痛む。マイルズは目を見開いて歯を食いしばった。あと一センチ。粘着質が糸を引く。ナイフが絡め取られて動かない。コンマ五。両手で握って引っ張った。

 切れた。


「うろああああ!」


 コンマ二。

 背筋で体を起こす勢いに任せ、爆弾を放り捨てた。

 すぱん、と視界が開ける。

 投擲された爆弾が峡谷の橋脚をすり抜け、

 パッと弾けて塵に散る。

 爆発音が駆け抜けた。


 マイルズは呆然と峡谷を見渡す。

 乳白色の岩肌が森の緑から垂れ下がってはるか眼下まで伸びていく。岸壁に突き立てられた鉄骨は力強く伸び、赤い鉄橋を支えていた。枕木が眼前を交互に駆け抜けていく。小川のせせらぎがかすかに細く谷底に見えて、


 ごりっと腰と腹が圧迫される。


「っだああ危ないッ!」


 ニンジャがマイルズの背中をわしづかみにし、強引に運転室に引き戻した。直後、殴りつけるような轟音と風圧に突き飛ばされて狭い運転室に転がる。

 暗い。トンネルに突入した。


「ぐっ」


 鈍い悲鳴。ニンジャが拳銃を取り落とした。

 運転室に人相の悪い男が押し入ってくる。牽制射撃が止まったため、まんまと接近を許したのだ。

 ヤクザは床に倒れるマイルズとニンジャを見て、凶暴に笑う。

 とっさに動いたマイルズの手も、いまだ拳銃をつかんだだけだ。応射はできない。


「死ねやブッ!?」


 ヤクザの顔がひっぱたかれたように仰け反り、銃口がぶれて壁を撃った。

 拳銃を投げたマイルズは立ち上がる勢いのまま、ヤクザの頭をつかんで柱に叩きつける。もうろうとする男の顎を殴り飛ばして、脳震盪を起こさせた。

 男の拳銃を腕ごと握って背後に向ける。

 通路でまごつくアロハシャツのヤクザが二人、容赦なく撃ち殺した。

 遅きに失した最後の一人が、通路に出るなり二の足を踏む。拳銃を捨てて両手をあげた。

 マイルズは無言のまま、気絶した男の手から銃をむしり取る。油断なく銃を構えて、両手をあげる男に歩み寄っていく。

 男は顔中に汗を浮かべ、懇願するような目でマイルズを見つめた。震えている。後じさりさえためらっている。

 マイルズはにっこりと笑う。

 追従するように男も卑屈な笑みを浮かべ、

 マイルズに殴られて昏倒した。


「ニンジャ、大丈夫か!」


 運転室では、ニンジャが歯を食いしばって足に止血バンドを巻き付けている。膝の横だ。貫通しているようだった。ニンジャは汗を垂らして首を左右に振った。


「いえ……まずいですね」


 ニンジャはマイルズを見る。


「痛いのに、苦しいのに……そう感じることができてうれしいんです。俺はもうダメかもしれません」


 マイルズは口を開けて、ぽかんと固まった。

 三陸大トンネルを抜け、月明りに照らされる。もう日が暮れていた。

 ようやく理解の追いついたマイルズは、うつむいて苦笑した。肩を揺らすマイルズの眼前に大きな手が差し出される。

 得意げなニンジャが握手を求めていた。

 マイルズはその手を強く握り返す。


「馬鹿野郎、それが生きてるってことさ!」


 そして互いの生還と健闘を称えあった。

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