二年の秋~002

 さて…朝だ。早朝過ぎる朝だ。修旅の朝だ。

 俺はいつもこの時間に起きるから苦労は無いが、遅刻ギリギリの奴等にはキツイ時間帯だな。

 取り敢えずは学校に集合してから、バス移動で駅に向かうんだったか。

 何度も何度も中身を確認したカバンを持って登校する。

 早朝過ぎるので誰にも会わないで学校に着く。

「おう隆。やっぱ早えな」

 ヒロも既に登校していた。

「お前も習慣だろうから、やっぱり早いよな」

「つっても登校している奴等、チラホラいるからなー」

 別に一番を目指している訳じゃ無いから構わないけどな。でも、コーヒーくらいは飲みたいかな。

「ヒロ。コーヒー買いに行こうぜ」

「そうだな。集合時間まで、まだ時間があるからな」

 俺達は校舎に入る。コーヒーを買う為に。

 自販機前は結構な数の生徒が居た。みんな校舎に入っていたようだ。

「こいつ等も暇だなあ…」

「いや、それ程楽しみにしていたっつー事だろ」

 暇と言うのならヒロの方だろ。

 取り敢えず並んでコーヒーを買う。

「あれ?緒方君じゃん?早いねー」

 声を掛けられて振り向くと、それは里中さんだった。

「里中さんもはえーじゃん。飲み物買いに来たのか?」

「うんそう。みんなの分。ジャンケンで負けたからね」

 みんなの分?と首を傾げる。

「黒木さんと春日ちゃんの分だよ。昨日黒木さんの家に泊まって、其の儘学校に来たから」

「え?泊まったのか?何で?」

「え?だって修旅中は常に一緒なんだよ?だったら前倒しで一緒に遊んでいてもいいじゃない?」

 おお。目から鱗だ。俺も国枝君とヒロを呼べばよかった!!

「それにしても、残念だったね、美咲ちゃん」

 目を剥く俺。ヒロは首を傾げる。

「楠木が何で残念なんだ?」

「え?ああ、昨日の今日だから知らないのか。美咲ちゃん、交通事故に遭って入院したんだよ。大事になってないから良かったけど」

 今度はヒロも目を剥いた。

「それホントか?」

「うん。遥香っちから連絡貰ってさ。ほら、国枝班って女子いないじゃない?花村も来ないだろうし。そうなると、遥香っち一人になっちゃうでしょ?」

 頷く俺達。

「もしかして他の女子に混ざれとか言われそうじゃない。そうなった場合、面倒見てくれって」

「そ、そうか。女子一人になるのなら、その可能性があるかもな」

 感心するヒロだが、あんな状況で取り乱していた筈なのに、冷静過ぎるだろ…?

 やっぱ槙原さんが嘘つきなのか…?

 そこになかなか帰ってこない里中さんを迎えに来た、春日さんと黒木さん。

「あー!やっぱ早いねお二人さん。毎日早朝にトレーニングしているだけの事はあるなあ」

「……おはよう、緒方君。大沢君」

 早朝にも拘らず、テンション高めの黒木さんと、いつも通りの春日さん。

 その二人にヒロが訊ねる。

「楠木が入院したって聞いたんだが」

「あー。そうみたいだね。最初聞いた時は心臓が止まるかと思った程ビックリしたけど、捻挫程度だって聞いて安心したよ」

「おう。不幸中の幸いだよな。女子が一人になっちゃう可能性があるから、他の班に組み込まれるかもしれないから…」

「うん。それも昨日聞いたよ。その時は仕方が無い。面倒見るさ」

 胸を叩いて頼もしさをアピールする黒木さん。

 春日さんもそれを見て笑っていたが…愛想笑い?それに近い感じだった。

 と言うか、いつまでも自販機の前で雑談している訳にはいかない。

 俺達は再び校庭に出ようとした。

 その時、春日さんが俺の服を引っ張って引き止める。

「?」

「……ちょっと来て」

 俺の返事を待たずに、服を放して先に進む春日さん。何だろうと思いつつも後を追う。

 春日さんは理科準備室の前で漸く止まった。結構歩いたぞ?何なんだ一体?

 そして俺をじっと見て言う。

「……緒方君、昨日美咲ちゃんが事故に遭ったの、知ってた?」

 肯定の頷き。

「夜、槙原さんから電話が来て知ったけど」

「……私は夕方に知ったよ?」

 夕方か…俺にパニくって電話してきた時間より先って事だな。

「……その顔は大体予測しているようだね?」

「つー事は、春日さんもか…」

 コックリ頷いて肯定。

「じゃあ遠慮無く聞くけど、春日さんには槙原さんから連絡が行ったの?」

「……ううん。黒木さんから。その黒木さんが取り乱しちゃっていたから確信は持てないけど…遥香ちゃん、多分班の事を普通にお願いしてきたと思う」

 取り乱す事も無く、か…

「槙原さんの話じゃ、自分を助ける為に、楠木さんが怪我したようだけど?」

「……それはそう言ったと思う。だから思った。変だ、って。自分のせいで怪我をしたのに、班行動の心配をするなんておかしいって」

 俺と同じ疑問を感じたか。因みに、と言ってみる。

「俺に電話が掛かって来た時は、スゲエ取り乱していた」

「……さっきも言ったけど、黒木さんの話を又聞きしたから確証は持てないけど…」

 取り乱した様子はない、か…

 これは黒木さんに余計な気遣いをさせない為の可能性も捨てきれないが…さて…

 じっと俺を見つめる春日さんに気付き、怯む俺。

「な、なに?」

「……なんか…なんて言うか…吹っ切れているみたいな感じがする」

 ああ、昨日楠木さんに告ったようなもんだからな。

 吹っ切れたから告ったのか、告ったから吹っ切れたのかは解らないが。

「……何か覚悟決めた?」

「いや…う~ん…そうなのかな…?」

 その表現がちょっと微妙だ。なので言葉を濁す。

「……そう。じゃあ話を戻すけど、どうするの?」

「多分俺は槙原さんと行動を共にする事が多くなるだろう。その時間を利用して、彼女を見極める」

 春日さんはふっと表情を柔らかくして、そう。と頷いた。

「……そろそろ戻ろうか?」

 結構話し込んじゃったな。頷いて其の儘歩いた。

「……私は緒方君を諦めたけど…遥香ちゃんはそんな気は無いみたい」

 独り言のように呟く。

「……須藤さんに近い感じ…長い時間を掛けて、信用を積み重ねて、手に入れる。みたいな」

 流石に朋美とは比べられないだろ。向こうは狂人だ。

「……美咲ちゃんも緒方君を諦める気は無いみたいだけど…こっちは一杯一緒に居たいって感情が強いみたい。緒方君の喜ぶ顔が見たいって言うのも、その感情の一部」

 さっきから情報を教えてくれているが…

「……それが、私が感じた二人の印象。どっちを選ぶのか解らないけど、参考程度にはなったかな?」

 成程、さっきの吹っ切れたの続きか。

 修旅でケリつける事を、春日さんは知っているんだったな。俺の為に感想を述べてくれていたのか。

 集合時間の頃合いになった時、漸く槙原さんが登校してきた。

 赤い目をして。

「…おはよ隆君」

「もしかして…寝ていないのか?」

「うん。美咲ちゃんの事を考えていたら…」

 眠れなくなったか。これも嘘か真か。

「槙原さん、遅かったね」

 国枝班班長がホッとした表情で駆け寄ってくる。

「うん…ちょっとね」

「おう槙原、楠木の事は効いたが、あんま気にすんな。幸い怪我も軽いみたいだしな」

「あはは。うん」

 力無く笑う。これも縁技か真実か?

 つか、俺って修旅中、こんな事ばっかやってなきゃいけないのか…

 疑心暗鬼抜きにしても、心が折れそうだった。

 それはそうと、と周りを見る。

「やっぱ花村さんは来ないか」

「そうだね、女子が槙原さん一人になったね」

「そうなると、泊まる部屋も一人って事か?」

「うん、そうなるかもね。相部屋の許可が出たら、春日ちゃん達のところにお世話になるけども」

 寝るだけの部屋だ。相部屋でもいいんだろうが。

 因みに、と言ってみる。

「楠木さんが事故ったのは学校側も知っているんだろ?なら何か話がある筈だ」

 相部屋とか、一人だけとか。それに伴う注意事項とか。

「知っていると思う。流石に欠席するんなら連絡は入れるだろうし」

 そりゃそうだ。これは槙原さんの戦略云々じゃない。

 学校行事を休むのなら、事情を話すのは当然だろう。

 案の定と言うか、担任に呼ばれた槙原さん。

 暫く話し込んでから、俺達のところに戻って来た。

「相部屋にしろって」

 やっぱそうなるか。一部屋分の料金を既に支払っている筈だが、流石に女子一人にはできないのだろう。

「んじゃ黒木班に厄介になる事は言ったのか?」

「うん。お布団ひとつ多く敷く分には構わないだろうって」

 部屋の大きさは解らないが、四人班もある事だから余裕があるんだろう。

「じゃあ班行動はどうなるんだい?」

「それは予定通り」

 流石に班行動までドタキャンはさせないか。

 有名所に行くんだから、他の班ともどこかでかち合うんだろうが。

 じゃあバスや電車の席は?

「槙原、移動時間は楠木の隣だったろ?どうなるんだ?」

「移動時間の事は言われていないから…多分予定通りじゃない?」

 花村さんと楠木さんの席を独り占め、って事か。

「空席に荷物置けるから、遠慮無く言ってね。黒木班と国枝班にだけ使わせてあげるから」

 苦笑してそう言う槙原さん。

 他班には権利を与えないと言う事だろう。黒木さん達は厄介になるからそのお礼、って所か。

「まあ、ちょっと寂しくなっちゃったけど、行動自体はあまり変わらない、って事だよ」

 それはその通りだが…

 その苦笑いの内に何を隠している?

 全然困ったように見えないのは気のせいか?

 ともあれ出発の時間になった。

 バスに乗り込むEクラスの面々。俺の通路側の席。その隣は案の定槙原さんだ。

「修旅楽しみだねえ」

 話し掛けて来る槙原さんは、確かに楽しそうだ。

「そうだな。楠木さんがちょっと可哀想だが」

 実際可哀想に思うが本心じゃない。彼女自身もあまり興味なかったようだし。

「私の責任だよ…」

 途端に暗くなる槙原さん。此処で優しくフォローするのが理想なんだろうが、そうしない。

「事故だからなあ。こればかりはどうしようもないよ」

 責めもせず、慰めもせずだ。

「うん。そう言って貰えると助かる」

 だから慰めてはいない。反応を窺っているだけだ。

 ところで気になっていた事を聞いてみる。

「そういや朝飯はどうすんだろ?」

 早朝に学校集合なのだ。朝食を取っていない生徒が多い筈。

「電車の中で食べるみたいよ」

 ふうん。と、興味を抱かずに頷く。

 観光名所の飯ならそこそこテンションが上がっただろうが、駅弁ならなぁ…

 美味いけど量が少ないからな。あれ。

「お昼は現地に着いてからだから、そっちの方が期待持てるけどね」

 それには同感だ。

 兎も角バスは移動のみ、って事だな。

 なんなら駅に集合でも良かったような気もするが、最寄駅じゃなく、でかい駅まで行くのだから、現地集合はキツイか。

 そんなこんなで新幹線だ。

 席順は一応決められている。

 俺達の班は6人班だったから固まって行けたが、花村さんも楠木さんも居ない。槙原さんが三席全部独り占めだ。

 そして案の定こう言われた。

「一人じゃ寂しいから隣に座ってよ」

 甘い声でのお誘いだった。

 一応ヒロと国枝君に視線で聞いてみると、頷かれる。

 なので俺は槙原さんの隣に移動した。

「ようこそ私の隣へ!!」

 握手を求める槙原さん。それに普通に応える。

「あ、お菓子色々持って来たよ」

 そう言いながらポッキーを渡される。

「じゃあ御返盃」

 俺もぼんち揚げを渡す。

「これ硬いけどおいしいよねー」

 そう言ってぼりぼり食べる槙原さん。俺相手だから遠慮をしていないのか、その食べっぷりには全く色気を感じなかった。

 まあ、ぼんち揚げはうまいからいい。個人的だがポッキーの1,2倍はうまいと思う。

「京都楽しみだねえ。班行動のお昼は、結局どうする事になったの?」

「う~ん…現地で決めようってプランはそのままだからなあ…」

 京都ラーメン食いたいけど、俺の我儘を通す訳にはいかない。班の行動だから。

「私は京うどん食べたいかなあ」

 おお、いいかもしれない。見学する場所に京うどんがあるのなら、乗ってもいい。

「おい、俺は京都ラーメン食いたいんだけど」

 後部座席のヒロが身を乗り出して言って来る。

「そりゃ俺だってそうしたいけど、見学コースにラーメン屋あるのか?」

「京うどんー!!」

「僕はにしんそばに興味あるかな。一度食べてみたかったんだ」

 国枝君ですら身を乗り出して言ってきた。

 なんやかんやで昼飯が楽しみなのだ。かく言う俺もそうだし。

「着いたな」

「ああ、着いた。駅弁足りなかったけど、着いた…」

 京都到着!!担任を先頭に昼飯を食いに行く。

「ねえねえ隆君!!お昼隣良い?」

 テンション上がり捲りの槙原さん。一緒の班だし、断る理由も無い。

「勿論いいよ」

「やった!!」

 珍しくはしゃいでいる。そんなに嬉しいもんか?

 国枝君が耳打ちをしてくる。

「緒方君大丈夫かい?見極め…と言うか、尻尾を掴むつもりなんだろ?」

 ヒロと国枝君には事前に話しておいた。楠木さんからの情報を。

 意外や意外、ヒロも国枝君もそんなに驚かなかった。

 曰く、やりかねないから。

 俺はこの件が露見されるまでは槙原さんを信じ切っていたが、他の人はそうじゃ無かったようだ。

 春日さんも友達とは言っていたが、気は許していなかったようだ。

 俺だけ平和に信じていた。ヒロ曰く、須藤の件でそれどころじゃ無かったからだろ。らしいが、それにしてもだ。

 俺は好意を向けられたら、信じる癖があるらしい。

 しかし、麻美も対朋美に槙原さんも含めていたから、言われるほど酷いとは思えない。

「解らないなあ…」

 国枝君の問いに対しての返事にしては曖昧だったが、それ以上は言わなかった。

「…相談したい事が起こったら、遠慮無く言ってくれよ?」

 そりゃ勿論だ。正直当てにしまくっているんだから。

「俺にも相談していいんだぜ」

 ヒロが横からしゃしゃり出て来たが、俺は頷くだけに留めた。

 槙原さんは手を振りながら俺を呼んでいたからだ。

 バイキング方式の昼飯を堪能し、有名所を一か所回って今日は終了。

 今現在は旅館の宛がわれた部屋でまったり最中だ。

「槙原はどうだった?」

 話のネタでヒロが振ってくる。

「別に。妙に引っ付いて来たくらいか」

 過度のスキンシップは以前にもあった。俺も慣れた物だよなあ。あのおっぱいがパインと腕に当たる感触がなんとも。

「槙原は高スペックだからなあ…」

「だな」

 顔良し、頭良し、脚良し、おっぱい良しとか、出井杉君だ。

「別に性格も悪くないと思うよ。緒方君を何回も助けたしね」

 それに関しちゃ同感だ。実際何度も助けられたし。

 クラスメイトにも普通に接している。尤も、そっちは当たり障りのない付き合い程度。よって槙原さんを嫌っている人はいない。しかし、それが文化祭で崩れた。

 文化祭の時、俺の為を想っての行動だから、俺的には有り難かったが、他の連中は違う。

 そこまでやるのか?が、正直な感想だっただろう。

 敵に回すと厄介過ぎる。全員が全員、そう思った筈だ。

 そして槙原さんの最後の敵が、楠木さん…

 あの事故の話は俺だけじゃない、ヒロも国枝君も信じた。

 敵だからやった。

 何の違和感も無しにそう思った。

「僕は別に槙原さんと付き合ってもいいと思うけどね」

「麻美の事が無けりゃ、俺もそう思っているよ」

 不完全ながら成仏した麻美を、真の意味で安心させる為には、おかしな女に引っ掛かる訳にはいかない。

 楠木さんは前科があるが、今は反省し、『普通の女子』になった。

 俺は普通がいい。麻美もそう思ってくれる筈だ。

 兎も角、晩飯まで自由時間。正直暇だ。

「槙原を誘って遊びに行けばいいだろ」

 基本的に、ヒロは楠木さんより槙原さんの方に肩入れしている。若干だが。

 忘れた頃に、波崎さんに、俺と槙原さんをどうにかしろ。と言われているから。

 特に何も言って来ないヒロだが、いい加減うぜぇとか思わないのだろうか?

 ともあれ、ヒロも別に槙原さんと付き合えとは言って来ない。波崎さん、もっと 言えば、その後ろにいる槙原さんに突つかれながらも、面倒臭いとは思っているだろうが、何も言ってこない。

「向こうから誘いがあったらな」

 お茶を濁した訳じゃ無いが、自分からはアクションを起こす気はない。

 こんな短時間な自由時間じゃない。自由行動の時に尻尾を掴む為に、俺は僅かなミスもする訳にはいかない。

「じゃあ他の男子の部屋に行こうか?尤も、僕達は微妙に避けられているけど」

 苦笑いする国枝君。巻き込んだ形になったが、今だ俺に付き合ってくれる。本当に申し訳ないと思う反面、有難いと思う。

 川岸さんの件でも逆に謝って来たし。国枝君は全く悪くないのに。

「吉田と蟹江の所にでも行くか?」

 同じクラスの連中に微妙に避けられている俺達だが、他のクラスは違う。特に吉田君、蟹江君とは未だ仲がいい。暇があったら一緒に遊びに出るし。

「つっても、吉田君も蟹江君も、同じ班の人達と行動しているだろ」

「そりゃそうか。んじゃ外をぶらつくか?」

 それもいいが、もう直ぐ晩飯だ。わざわざ戻るのもなぁ…

 結論。

 やっぱりグダグダ過ごす。

 それに尽きる。

 晩飯は大広間で、みんなで食う。槙原さんは当然のように俺の隣をキープ。

「このお膳高そうに見えるけど、そんなにお金掛かってないね」

「それは無粋過ぎるだろ…」

 見た目は大変美味しそうだから、いいだろ別に。

「鍋のお肉もカモじゃないし…ブロイラーって訳じゃ無さそうだけど」

「カモが修旅の飯に出る事を期待する方がおかしいだろ」

 教員はどうか知らないけれど、生徒は違うだろ。単純に料金プランの話だろうし。

「ご飯は食べ放題だって。おかわりする?」

「まだ頂きますもしてねーだろ!!」

 気が早いなんてもんじゃない。流石に呆れて突っ込んでしまう程だった。

 漸く頂きますをして飯にありつく。

 腹ペコ高校生男子に、カモだの和牛だのは関係無い。美味けりゃ何でもいい。

 実際美味いからバクバク食う俺達。

「あ、舞茸の天ぷら。私あんま好きじゃないのよね」

 そう言って舞茸天ぷらを俺の器に忍ばせる。代わりに蓮根の天ぷらを奪われた。

「味噌汁じゃ無く吸い物か…」

 味噌汁の方が良かったが、吸い物でもいいやと思い、一口啜る。

「私はお味噌汁の方が良かったかな。後で一緒にコンビニに買いに行く?」

 何で飯食った後に、コンビニに味噌汁を買いに行かなきゃならないのか。

 余計なもんまで買ってしまいそうだ。なので丁寧に断る。

「お菓子とか買いに行きたかったんだけどなあ…」

「命はそっちかよ。売店あったんじゃなかったか?」

「あんまり種類置いてなかったのよねえ」

 不満顔の槙原さんだが、後は風呂入って寝るだけなので、菓子は食わなくてもいいとは思うのだが。

「あ、お風呂入った後に私達の部屋来てよ。朝まで騒ごうぜ!!」

 とっても魅力的な提案をする槙原さんだが。

「黒木さん達は文句言わねーのか?」

 相部屋にして貰った槇原さんには決定権が無いと思うが。

「黒木さんも、さとちゃんも、春日ちゃんも遊びに来いって言っていたから」

 本当か?と疑念の眼で、少し離れた黒木班に目を向ける。

 クラスの男子はそうでもないが、他クラスの野郎共が、春日さんを入れ替わり囲んでいて、実に鬱陶しそうだった。

「隆君を諦めてから、沢山の人に告白されているみたいよ」

 まあ、春日さんはマジ可愛いから、当然だが。

「さっきも部屋に告白しに来た男子が居たからね。断っていたけど、夜も誰か来るじゃないかな?」

 成程、俺を男避けに呼ぼうと言う訳か。

 春日さんを護るのに、女二人じゃキツイと睨んだんだろう。

「いいけど、流石に俺一人じゃヤダからな?」

「それは勿論そうでしょ。国枝君と大沢君も誘ってきてよ」

「うん。つか、黒木班も男子三人いる筈だろ?そいつ等は?」

「便宜上同じ班なだけだからね。結束が固い筈も無いし、心を許している筈も無いでしょ」

 そういうもんか?てっきり黒木さんか里中さんと仲がいい男子が、同じ班になったと思っていたんだけど。

 飯の後、ヒロと国枝君に、槙原さんから誘われた旨を伝える。

「いいんじゃねえ?暇なのには変わらねえし」

「じゃあコンビニで何か仕入れて行こうか」

 意外とみんな乗り気だった。

「どうしたんだい緒方君?」

 俺が怪訝な顔をしているのを、不思議がって聞いてきた国枝君。

「いや…意外とあっさり了承したから」

「修旅のイベには女子の部屋に忍び込むってのがある!」

 ヒロにドヤ顔で言われてもなぁ…つか、波崎さんはどうすんだ?

「別に断る理由も無いしね。彼女達の誘いなら尚更だよ。僕達はクラスで微妙に浮いているから」

 何となくだが、言いたい事は解った。

 似た者同士、改めて結束を固めようって事だな。

「でも、流石に今直ぐって訳にはいかないよ。風呂にも入りたいしね」

 俺は同意して頷く。その通りで、そう思っていたからだ。

「だな。女子達も風呂だろうし、終わってからだな」

 ヒロも簡単に引き下がる。

 つか、修旅のイベには風呂覗きもあるのだが、ヒロはその辺どう思っているのだろうか?

「風呂覗きもしたいが、リスクが高すぎるし、後が怖い」

 俺が訊ねる前に言いやがったよこいつ。

 まあ、ただでさえクラスの中で好感度がガタ落ちな今、余計な敵を増やす必要も無い。つか、覗かないけど。

「じゃ、ちょっと時間がある前にコンビニに行こうか。実はシャンプーを忘れて来てしまったんだ」

 そう言って立ち上がる国枝君に倣う俺達。

 つか、シャンプーくらい、この旅館にも置いてあると思うのだが、突っ込みは無粋ってもんだ。

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