二年の秋~001

 肌寒いを通り越し、もう直ぐ冬…と言いうより冬じゃね?と言いたいが、暦上はまだ秋。

 俺達は高校最大のイベント、修学旅行の班決めの真っ只中にいた。

 つか、男子は決まっている。俺、ヒロ、国枝君だ。因みに班長は国枝君。

 女子がちょっと…

 楠木さん、槙原さん、だけ。

 楠木さんが面白く無さそうにぼやく。

「あ~あ、春日ちゃんは絶対に国枝班だと思っていたのになあ…」

 春日さんは里中さん、黒木さんと共に別の班。

「……先に誘われたからね。ごめんね」

 申し訳無さそうな春日さんに慌てる楠木さん。

「いやいやいやいや。冗談だから!!ちょーっと寂しいなあ、とか思ってね」

 これは多分本心だろう。俺もちょっと寂しいし。

 呆れられて振られた(つか、見限られた)とはいえ、春日さんとはいい友達状態。互いに避けたりもしないし、一緒に帰ったり、昼飯食ったりもしている。

 ただ、そこに恋愛感情が無いだけで、以前と変わらないって事だ。

「早い者勝ちって言葉がある!!」

 そう言って春日さんを抱き締める黒木さん。

「アンタ等は緒方緒方うぜーから、二人で丁度いいんじゃない?」

 里中さんも春日さんを抱き締める。

 友達サンドイッチ状態にはにかむ春日さん。かわええ…

「く!!小癪な真似を…」

 悔しそうに乗る楠木さん。つか、マジでどーするんだろ?

「ま、現実問題として、誰か誘わなきゃヤバいよね。美咲ちゃん当てある?

「当ては全部外れたよ…遥香は?」

「う~ん…なんか私、避けられているっぽいからねえ…」

 そうなのだ。あの文化祭の一件以来、槙原さんが女子から微妙にハブられているのだ。楠木さん、春日さん、里中さん、黒木さんはいつも通りだが。

 ハブられていると言うよりも、深く関わらないようにされていると言った方が良いかもしれない。

 それ程あの文化祭の手際の良さ(?)は脅威と思われているようだ。

 兎も角、女子をどうにかゲットしなければならない現実がある訳で。

 俺は女子に知り合いは乏しい、と、言うより、皆無な訳で。

 なので一応彼女持ちのヒロと、イケメン眼鏡の国枝君に頼るしかない。つか、楠木さんと槙原さんがもうちょっと頑張ってくれたらいいのだが。

 あんまやる気見せないんだよなあ…なんでだろ?

 このままじゃ、最悪何処かの班に振り分けられる可能性があるんだぞ?

 そうなったら楽しい修旅なのに、みんなバラバラって事になる。自由時間くらいじゃねーのか一緒に行動できるのは?

「おいヒロ、お前は心当たりないのか?」

「ある訳ねえだろ」

 お前に期待した俺が馬鹿だったとしか言えないが、納得だ。

 こいつに女っ気を期待する方がおかしい。波崎さんは奇跡なんだ。

 んじゃあ、と国枝君に振ってみる。

「国枝君、同じ班になってくれそうな女子いない?」

「知っている子はもう班が決まっているよ。正直お手上げだよ」

 まあそうだ。この時期に未だ班が決まっていない俺達の方が異常だ。

 春日さんは絶対こっちだと思っていたから、勧誘していなかったからなあ…

「それよりも、残っている女子に望みを繋いだ方がいいんじゃないかな?」

「楠木さんと槙原さんがとっくに声掛けしているよ。でも断られたって」

「ふーん…声を掛けた僕達の班よりも、余り者でもいいから引き取ってくれる班の方が良いのか…結構深刻のような…」

 …言われてみれば…

 普通、声を掛けてくれたら来てくれるような人達(失礼過ぎるが)が、俺達の班を避けている事実…

 文化祭の槙原さんもそうだけど、呼応するように楠木さんの悪評も蘇ったって訳か…

 そんな状況は本人達も既に知っている筈だが、全く興味を示さない。

 春日さん、黒木さん、里中さんと言う仲良しがいるからなのか?所謂危機感を感じない。

 まあ、彼女達の危機感云々はこの際置いといて、いや、置いとくのは不味いが、まあまあ取り敢えずだ。

「どうすんの楠木さん、槙原さん。此の儘じゃ、別の班に振り分けられちゃうんじゃね?」

 折角の修旅。気心知れた友人達と共に過ごすのが一番いい。

 だが、楠木さんは何でも無いと言い切る。

「別に班行動が全てじゃないし、どっちにしても寝る時は男女別だからいいかな。とか思うのよねえ…」

 のよねえ、って。

 寝室が同じならもっと頑張るってのか?俺もそうなりゃ死ぬ気で頑張るけども!!

 槙原さんはどーでもいいと言い放つ。

「私的に修旅の目的は別にあるから。同じ班じゃなくなったら、抜け出て用事済ませちゃおうかな、的な?」

 修旅自体を重要視していなかった!!

 つか、用事って何!?京都に何の用事があるんだよ?寺とか神社巡りを個人で楽しみたいって事か!?

「隆君もその用事に参加しなきゃいけない立場んだけど…」

 俺も修旅ブッチしなきゃいけない事だと!?

 何の事か解らずに目をまん丸くする。

 槙原さんはやや呆れ。

「阿部先輩から領収書みたいなもの貰う約束したでしょ?」

 ……そうだっけ?阿部はそんなの持っているかも、って程度の話だったような気が…

 つか、いやいや、え?槙原さん、阿部とやり取りをまだしていたの?そっちの方が吃驚だ。

 知っている筈だが、改めて聞いた。

「あの…朋美は遠い病院に転院になったから、もう危機は無いと思うんだが…」

「そうだけど念の為。もしかして治って戻って来るかもしれないし」

 治るもんなのか?あの状態だぞ?

 麻美が成仏したから可能性あるのかな…そこら辺は確かに解らないから、不安かも。

「一応約束しておくけど、阿部と会う日は…」

「俺も付き合えばいいんだろ?解っているよ」

 俺の用事と言っても過言じゃないからな。此処までやってくれているのは有り難いし。

「そっか。それならよろしい」

 破顔する槙原さん。可愛い。チューしたいくらい可愛い。

「勿論私も行くから」

 聞いていたのか、割って入る楠木さん。

「はいはい。抜け駆けしたら、美咲ちゃんに殺されるからね」

「いや、殺しはしないけど…」

 結構引いている楠木さん。可愛い。抱きしめたいくらい可愛い。

 そういや、麻美が成仏したおかげで、恋人作りには時間制限が無くなった。

 つか、麻美の求めていた恋人の条件がアレだったから、恋人作りも無くなった。

 だが、相変わらず楠木さんと槙原さんからは誘われている訳で。

 どっちも此の儘なのが正直理想なんだが、それじゃあまりにも誠実さが無い訳で。

 なのでやはり、引き続き修旅までにはどっちかを選ぶとは言っている。ヒロと国枝君に。女子達本人には言えない。普通にハズいからだ。

 まあ、それは兎も角、問題はやはり班の人数が足りない事実。

 槙原さんと楠木さんはああ言ったが、やはりみんなで楽しく過ごしたい。その為の修旅だろ。

 なので、やる気が無い女子に代わり、男子が頑張らなければならない。

 とは言え、一人者はもう残っていない。二人パーティーを引き込んで、男子三人、女子四人の七人班にするしか道はない。

 だが、他に二人パーティーの女子達も、当然それを狙っている訳で。

 二人パーティー同士、利害が一致しているから、障害も無い訳で。

「………とうとう女子の残りが居なくなってしまった…」

 断られても断られても、挫けず頑張った俺だが、そこで心が折れてへたり込んだ。

「決まっちゃったねえ」

 当事者の槙原さんは呑気にそう言う。

「決まっちゃったねえって…どうすんの?振り分けられるぞ!!」

「まあ、そうなったらそうなったで仕方ないよ」

 全く気にしていやがらねえ!!

 修旅ってその程度のものなのか!?拘る俺が異常なのか!?

「遥香ー。やっぱあの子、誰も引き取り手が無いみたい」

 楠木さんがあぶれた女子を見つけているみたいだが…

「そんな筈は無い!!!既に人員は居ない筈だ!!」

「人員って…まあ、今のところはそうだよね」

 今のところ?明日あたり転校生でも来るってのか?

「もしかして隆君、忘れてる?」

 じっと俺の目を見つめる楠木さん。可愛い。

 じゃねえよ!!

「忘れているって、誰を!?」

「欠席している人」

 欠席か…それは盲点だったが…

「いやいや。誰が休んでいるのさ?全員ちゃんと登校しているだろ?」

「いや、文化祭から登校していない子が一人いるでしょ?」

 あ、と思った。

 いや、知ってはいたが、無意識に除外していたと言った方が正しいか。

 だって、そいつは絶対に学校に来ないと思っていたからだ。

「不登校の女子だからノーマークだし、勝手に班に入れても誰も文句言わないし」

そうだと思うが…

「万が一修旅に参加したらどーすんの?」

 とてもじゃ無いが、俺は普通に接する事はできない。絶対におかしな目で見てしまう。

「来たら来たで班行動はして貰うよそりゃ。自由行動は関係ないけど」

 ドライ過ぎる!!っつってもまあ…彼女はそれだけの事をしたんだから、仕方が無いが…

「じゃあいいよね、花村入れて?」

 槙原さんが確認を取る。初めからそのつもりだったと言わんばかりに。

 成程、だから全然焦っていなかったのか…

 しかし花村さんか…一応ヒロと国枝君に聞かなきゃなあ…

 2人に聞いた所…良いも悪いも…と困惑していた。

「班行動とかどうするんだ?」

「修旅とは言え、一応学校行事だからね。来ないと決め付けるのもなんだか…」

 遠回しに嫌だ、と言っているがな。

「でも、俺達はマシな方じゃねーか?来たら楠木さん、槙原さんと同室なんだぜ?」

 不登校になったのは槙原さんに追い込まれたからだ。

 その槙原さん、そしてクラスで一番仲がいい楠木さんと同室…

「……それ知ったら、絶対に修旅来ねえよな…」

「誰かが教えるんじゃないかな?僕達の班に組み込まれたって」

 じゃあ来ねーじゃん。と。

 いやいや。

「だから、学校行事で出席日数にも影響するんだから、来ないと決め付けるのは…」

「だから、俺達はまあいいけど、花村さんの方が…」

 ループしまくりで話が進まない。

「僕達だけじゃない、花村さんに関わりたくないんだよ。だからあぶれた。緒方君や槙原さんの事以前に、あんな事をしでかしたんだ。誰も誘わないよ」

 そりゃそうだ。丸投げ。しかも逆ギレだからな。

 そう言う奴等と仲良くしても、いつか裏切られる。そう思われても仕方が無い。

「じゃあまた最初に戻るが、花村はどうする?入れちゃうか?」

「うん…彼女達がいいのならいいんだけど…当事者の緒方君はどう思う?」

 振られてキョドってしまった。

 どうもこうも…それしか手が無いのなら…

「仕方が無い…いいよそれで…」

「ガッカリすんなよ。少なくとも、男子にはあんま関係無いんだから」

「そうだよ。その前に登校するかどうかも怪しいじゃないか」

 …この二人も意外と冷たいなあ…かく言う俺も同意見だが。

 俺達は了承する旨を槙原さんに伝えた。

「あ、そう。じゃあこれで行こう」

「多分来ないしね花村」

 そう言って班決めのプリントを持って教室から出て行く。多分提出する為に職員室に行くんだろうが…

「男子の俺達よりドライだな…」

 俺の慄きに国枝君が同意する。

「うん…来ないと確信を持っているよ…その辺の心情は、女子しか解らないのかもね…」

 俺達は『万が一来るかもしれないから嫌だ』と思っているが、女子達は『多分来ない。来ても班行動以外は知らない』と割り切っている。来ようが来ないが関係ないってスタンスだ。

「おっかねえなぁ女子って…」

 ヒロの呟きに頷く俺。あんな態度を取られたら、俺だったら泣く自信がある。

 何はともあれ、国枝班の憂いは晴れた。これで心置きなく修旅に行ける。

「班は決まったけど、班行動はどうするんだい?一応見学した場所のレポートを出さなきゃならないからさ」

 そうなんだよな。遊びに行くって訳じゃ無いんだ。一応学業だしな。

「金閣寺とか有名どころ適当に回りゃいいんじゃねえの?」

 ヒロの言い分に賛成。有名どころなら、過去の資料がわんさかとある。

「うん。そうしようかなと僕も思っているんだけどね。女子達が何て言うか…」

 楠木さんも槙原さんも拘らないだろ。自由行動がメインみたいだし。

 丁度その時、班の人員を記したプリントを届けた二人が帰ってきた。

「おう。花村の件、どうなった?」

「うん。問題無し。大和田も入れてやれって言われたけど、それは拒否した」

 楠木さんがさもあっけらかんと答えた。

 マジでどーでもいいんだろうなあ…つか、大和田君どうすんだろ?

「ハンパに引き籠もっているから、修旅には来そうだよね。どこの班が受け入れるのか、逆に興味があるなあ」

 言いながらも全く興味を見せていない槙原さん。心底興味ないんだろうなあ。

 因みに、槙原さんの弁で解る通り、大和田君は週の半分は登校している。その登校も、遅刻だったり、早退したりだが、取り敢えずは登校している。誰も相手にしていないけれど。

「花村よりも往生際が悪いよね。完全に引き籠もるか、辞めるかするでしょうに」

 楠木さんの弁に皆納得して頷く。

 俺だったら辞めるなあ…居場所が全く無いんだもん。来ても苦痛なだけだろ。

 じゃあ、と促す俺。それに頷く国枝君。

「班行動なんだけど、メジャーどころでいいかな?過去の資料も沢山あるから、困らないと思うんだ」

「うん。いいんじゃない?」

「そうだね。お昼美味しい所なら、どこでもいいかな?」

 適当過ぎるなあ。一応学校行事なんだぞ。昼飯は旨いもん食いたいけども。

「昼は京都ラーメンだろ?」

 おお。ヒロにしちゃ、良い事言ったな!!

「ラーメンかあ…まあ、私も好きだけどさ」

「ま、まあまあ、お昼ご飯の心配は、今はいいんじゃないかな?」

 不満の様子の楠木さんを、国枝君が宥めた。

 女子はやっぱラーメンなんて食いたくないのかな?美味いのに。

 無事(?)班行動も決まり、後は修旅に行くのみ。楽しみにしている自分が此処に居る。

「何だあ隆?にやけたツラしてんなあ?」

「お前もだ。つか、波崎さんもだろ修旅?どこ?」

「あー、南女は沖縄つってたなあ」

 沖縄!!それは羨ましい!!

「黒木から聞いたけど、西高は北海道だそうだ」

 北海道か!!これまた羨ましい!!

 まあ、京都も充分楽しみではあるが。確か奈良にも行くんだよな?鹿見たい。

「つか、アホの西高でも、やっぱ修旅あるんだなあ」

「あるだろ普通…」

 アホのヒロにアホと呼ばれるとは屈辱だろうな。木村は結構頭がいいらしいが。

「だけど、土産が被らねえってのはいいよな。お前も木村や優に土産は買うんだろ?」

 頷く。波崎さんはヒロ経由、木村は黒木さん経由で、俺に土産物のトレードを言ってきた。

 ヒロや黒木さんから貰えるだろうにと思ったが、北海道と沖縄なんだ。土産のトレード受けて良かった!!

「京都はやっぱ八つ橋かな?」

「和菓子とかも有名なんじゃねえの?知らねえけど」

 適当なヒロだが、俺も知らないから反論不可能だ。そこら辺は現地に行ってから考えてもいい。土産の物色も、修旅の楽しみだし。

 何はともあれ…

 もう少しで修旅。

 高校最大のビックイベントまであと少しな訳で、テンションが上がらない訳が無い。


 そして日にちは飛んで、いよいよ明日から修旅だ。

 ウキウキ宜しく荷物のチェックをしていた俺だが、着信が入り、チェックする手を止める。

「槙原さんからか」

 何だと思いながら電話にでる。

「もしも」

『美咲ちゃんが事故に遭った!!どうしよう!!ねえ!?どうしよう!?』

 酷く慌てている槙原さん。珍しい事もあるもんだ。

 って…

「……なんだって?」

『だから!!美咲ちゃんが交通事故に遭ったんだってば!!道路に飛び出して!!どうしよう!!私のせいだ!』

 真っ白になった。

 楠木さんが事故?

 俺はまた…失うのか?

 電話向こうで槙原さんが何か言っていたが、全く耳に入らなかった…

 全く定まらない思考ながら向かった先は、総合病院。朋美が入院していた病院だ。

 そこの救急外来で俺を待っていた槙原さん。俺の姿を見たと同時に、飛び出して抱き付いてきた。

「一緒に買い物に行って!!横断歩道を渡って!!私がもたもたしていたから!!」

 俺はうんうん頷く。

 意外と冷静な自分がいる事に驚く。ちゃんと槙原さんの話を聞く事が出来たからだ。

 買い物の途中、信号が変わりそうなタイミング。一緒に横断していた槙原さんがペンを落としたとか何とかで、しゃがんでそれを探してしまった。

 楠木さんは既に渡った後だったが、信号が変わっても槙原さんは夢中になってしまい、探すのをやめなかった。

 そこに車が向かっていき、事態に気付いた楠木さんが戻って、槙原さんを突き飛ばして助けた。

 そこまでは良かったが、自分が車に撥ねられてしまった。

 槙原さんはパニックになって、色々ぐちゃぐちゃにして言っていたが、纏めてみると、そんな内容だった。

「楠木さんは?」

 恐る恐る訊ねる。最悪をどうしても想像してしまう。

 槙原さんは真っ赤になった目を俺に向けながら言った。

「入院した…」

 入院…じゃあ命に別状は無い?

「一般病棟か?」

 集中治療室じゃないと言ってくれ、と祈りながら訊ねる。

「うん…外科の病室みたい…」

 グシグシ鼻を啜りながら言う。

 大事には至っていないのか…

「槙原さんは病室に行ったの?」

「まだ…」

 動揺していたのか。だから俺を待っていたのか?だったら…

「一緒に行こう?」

 俺の誘いを、槙原さんは首を横に振って拒否した。

「ど、どうして?」

「……私せいで怪我したんだもん…合わせる顔が無い…」

 そう言って顔を伏せて、しゃがんでしまった槙原さん。

 気持ちは解るような気がする。俺がその立場なら、同じ事を言ったかもしれない。

 だが、楠木さんの立場で物を言うのなら、やっぱり見舞いに来て欲しいと思う。

 その旨を伝えたが、首を横に振るのみ。

 仲良しだからなあ…相当ショックなんだろうなあ…自分が怪我をさせたのが。

 俺は行きたいんだけど、こんな状態の槙原さんを一人にするのはなぁ…

 後ろ髪を引かれる思いなれど、大事には至っていないようなので、俺は槙原さんを送って帰る事にした。

 落ち込む槙原さんを慰めながら電車に乗る。

 槙原さんは、その間も、自分を責める発言を繰り返していた。

 そして…

「明日から修旅なのに…美咲ちゃん、楽しみにしていたのに…」

 これに対しては何も言えなかった。

 楠木さんが実際に楽しみにしていたかと言うと、見た目はそうでも無い印象だったが、仲良しの槙原さんがそう言うんだ。そうなんだろう。

 気休めしか口にできない自分が恨めしい。

 俺も自分の不甲斐無さを痛感した。

 そして槙原さんの最寄駅。

 酷く項垂れながら帰って行く槙原さんを送ろうとしたが、明日は修旅だからゆっくり休んでと言われて、素直に帰宅した。

 訳は無かった。

 俺はその足で総合病院に戻ったのだ。

 明日から修旅だから。帰って来るまで、楠木さんと会えないから。

 妙に寂しさを感じて突発的に戻ったのだ。

 面会時は既に終了している時間。

 だが、俺は朋美が入院していた時に、この病院を張っていた事がある。どこに外科病棟があるか程度は知っている。

 俺は努めて平静を装って、外科病棟に潜入(?)した。

 楠木美咲

 その名前が見付かった病室は個室…

 個室には良いイメージがない。重症患者が使っているイメージしかない俺は、不安に駆られた。

 だが、澄ました耳にテレビの音が聞こえてきたので、そんなに重傷じゃないのかも…

 意を決してノックする。

「どうぞ~」

 中から楠木さんの呑気な声が聞こえ、そこで漸く安堵してドアを開けた。

「あ、隆君!!」

 ドアを開けると、確かにベッドに横に、いや、上体を起こしてスマホを弄ってはいたが、楠木さんがパジャマ姿でそこに居た。

「どうしたの?座って座って!!」

 立ち上がらんばかりの勢いだったので、慌てて止めて、自分自らパイプ椅子に座る。

「いや~!!マジ嬉しいな!!隆君が来てくれるなんてさ!!あ、ねえねえ、このパジャマどう?折角入院するから、新しいの買って貰ったんだ~」

 ピンクの花柄パジャマ。俺は思った通りの感想を言う。

「うん。可愛いよ」

「そう?えへへ~」

 はにかむ楠木さん。照れてもいるようだ。楠木さん可愛い。チューしたい。

 じゃねえ!!じゃねえよ!!

 いや、チューしたいけども、それじゃねーよ!!

 俺は努めて真剣な顔を作り、楠木さんに訊ねた。

「事故に遭ったんだって?怪我は?」

「怪我は無し。強いて言うなら捻挫したかな。右足首」

 そう言って包帯が巻かれている右足首を見せる。

 湿布を貼っている程度のようだが、捻挫程度で入院なんかするか?

「検査するからって。一通り検査はして異常なしって出たんだけど、もっと精密なヤツ」

 ああ、成程。後遺症の心配とかか。鞭打ちも後から来るとか言うもんな。

「しかし、驚いたよ…槙原さんを庇ったんだって?どっちも無事で良かった」

 安堵する俺に反して、険しい顔を作る楠木さん。

 しくじった、みたいな、後悔のような表情だが…

「ど、どうしたの?」

「……多分…遥香から聞いた事を、私の話、違うと思うけど、聞いてみる?」

 それは懇願にも似た表情。

 聞けと言われれば勿論聞くけど…その顔が妙に切羽詰っていた…

「恐らく遥香からは、飛び出した遥香を庇って私が車に撥ねられた、みたいになっている筈だよね?」

 頷く。そう聞いたからだ。

「合っているよ。それで」

「合っているのかよ!!」

 思わず突っ込みを入れた、何だあの前振りは!?

 しかし、切羽詰った表情は変わらない。

「……続きがあるか、端折っているか?」

 少し考えて頷き、また首を横に振る。

「遥香の言っているのはその通り。私が遥香を突き飛ばしたのもホント。いや、突き飛ばそうとしたの」

 突き飛ばそうとした…って事は、突き飛ばしていない?

「そうしようと腕を伸ばした。遥香の身体に触れた。その僅かの瞬間…遥香が自分の身体を突き出したのよ」

 あのおっきい胸を張るようにね、と。

 それは本当に悔しそうな表情…解っていたのに、と呟いたのも、俺の耳に届いた。

 だけど…

「それは咄嗟に身体を固めたんじゃない?突き飛ばされないようにさ」

 防衛本能みたいな感じで。

 俺も自分に向って来るパンチを、避けられないと察知して、貰う覚悟で踏ん張る事もある。

 しかし楠木さんは首を横に振る。

「だってあの子、笑ったもの。一瞬だけど、確実に。絶対に」

 それは…笑ったように見えたんじゃ…

 そう言おうとしたが、楠木さんの真剣な目が俺を捕らえている事に気付き、言うのをやめた。

「……そんな事する理由は?」

 代わりに質問する。

「そりゃ、邪魔者は私だけになったからだよ」

 そんな理由で、あの慎重な槙原さんが、穴のある行動をするか?

 とてもじゃ無いが信じられない…

 楠木さんは寂しそうに笑う。解っていたと言わんばかりに。

「ど、どうしたのさ?」

「うん…隆君は絶対に信じないよねって思ってさ」

 ギクリとした。心を見透かされたのか?

 俺の動揺を余所に、楠木さんは続ける。

「仮に隆君が、確認の為に遥香に聞いたとするよ?」

「う、うん…」

「遥香は何て答えると思う?」

 そりゃあ、考えるまでも無い。

「真実でも誤解でも否定すると思うよ。そんなことする訳無いって」

 楠木さんは首を横に振る。

 否定…じゃあどう答えると言うのだろう?

 楠木さんは真っ直ぐに俺を見てこう言った。

「そっか。邪魔者を排除する気なんだ。」

 背筋が寒くなる。

 否定も肯定もしていない。していないが、如何にも槙原さんが言いそうな事だ。そしてそれは…

「私もさっき言ったよね。邪魔者は私だけだって」

 その通り。そしてこれが意味するところは…

「……どっちを信じたら解らなくなる…?」

 頷く楠木さん。

「だから言うのを躊躇していたのか…」

「それもある。でも、言っちゃったら隆君はこう思うでしょ?『まさか、これも嘘か?』って」

 とことん疑心暗鬼に陥るのか…そしてそれは、楠木さんが自分を信じてくれないかもと思っている事。

 更に言うなら、これも楠木さんの企みじゃないか?と思ってしまっている自分がいる事だ。

 楠木さんは無理矢理笑顔を拵える。それは苦笑いに近かった。

「修旅に行けなくなっちゃったのは…実はあんまり苦にならない。私は修旅には興味なかったし。と言うか、京都に興味が無かったし。沖縄だったらかなり悲しかったと思うけど、それは兎も角、だけど隆君と暫らく会えないのは寂しい」

 確かに楠木さんは修旅に熱心じゃ無かった。

 他の班の女子は、店とか名所とか探しまくっていた。楠木さんは合せる。任せると言うスタンスだった。

 以前修旅が沖縄だったらいいとの話もした。

 それを何故今更言う?

「この修旅に遥香は賭けている。私もいない、花村も多分来ない」

 つまり…女子は一人…

「因みに国枝班に花村を入れようって提案したのは遥香」

 それが事実なら…結構前から準備していた事になる。

 つか、ちょっと待て。楠木さんが嘘をついている可能性もあるのに、何故俺は楠木さんの話を信じているんだ?

 俺の疑念を余所に、楠木さんは続けた。

「前から知っていた。ううん。気付いたのは最近かな?文化祭が終わって直ぐ後あたりかな」

 それは…麻美が居なくなったあたりか?

「日向さんが天国に行っちゃったって聞いて。ああ、これで邪魔者は一人になったんだなあって思った。その時気付いた。遥香もそう思っているって」

 何故気付いた?

「遥香は私よりも日向さんを敵視していた。勿論、直接対峙出来ないのは解っていたけど、隆君の中にずっと存在していたから。隆君をずっと守っていたから」

 そうだ。俺は麻美に守られていた。それ自体は幸福な事だ。

「逆に言えば、隆君の不利益になる事をすれば、日向さんが出てきちゃう。それは須藤の時に確認済み。私でさえそう思ったんだから、勘のいい…ううん、頭がいい遥香が気付かない筈が無い」

 独り言のように言い続ける楠木さん。

 だが、一時も俺から目を離さなかった。

「遥香はずっと待っていた。チャンスを待っていた。誰にも邪魔をされずに、自分だけの物にできるチャンスを」

「……そのチャンスが今…と言うか、修旅か?」

 頷く。

「だって私も行けなくなったからね」

 言われてみればその通りで、納得も出来る。出来るが…

「どっちを信用するか決めかねている?」

 ギクリとした。その通りだったから。

 だけど…俺は今の自分の気持ちを正直に言う。

「……確かに楠木さんの虚言の可能性も捨てきれないけど…今は楠木さんを信じている」

 何でだろ?自分でも解らない。だが、楠木さんが嘘を言っているとは思えなかった。

 逆に楠木さんの方が戸惑っていた。

「私が嘘を言っているかもなんだよ?」

 頷く。俺もその可能性を懸念しているから尚更だった。

「遥香を陥れようとしているかもなんだよ?」

 それに対しても頷く。楠木さんらしくはないが、頷く。それはどっちかと言うと、槙原さんの戦略に近かったから。

「騙して同情買って傍に居ようとしているかもなんだよ?」

 また頷く。これは本気で頷いた。楠木さんらしいから。

 そこで漸く気が付いた。

 楠木さんは決して馬鹿じゃないが、駆け引きや戦略性はあまり無かった。

 薬欲しさに俺を振り回した時は兎も角、それ以降はそんな事無かった。

 しかし、やはり信じ切れないのも事実。

 なので俺は一つの提案を出した。

「修旅、俺は槙原さんと行動を共にする機会が多くなるだろう」

「そうだね。この期に距離を詰めて、いや、物にしようとするかもね。強引な手段に訴える事もあるかも」

「それで見極める。そして楠木さんの言った通りなら…」

 此処で楠木さんを直視した。楠木さんも応えるように直視している。

「楠木さん、俺の彼女になってくれるか?」

 …

 静寂が病室を支配した。

 これは諸刃の剣。迷っているのなら、楠木さんが言った方が嘘。何故なら後で絶対にバレるからだ。バレたら敗北決定。そしてその状況でダンマリである。

 つまり、楠木さんの方が嘘をついていたって事か…

 今更ながら自分に呆れて溜息が出た。

 楠木さんの方を信じていた感があった自分に対して。

「…………ん」

 んん?今、物凄い小っちゃい声で何か言わなかったか?

 確認をと見てみると、楠木さんがボロボロと涙を零していた。直視していた俺から目を背けずに。

「ち、ちょ?何で泣くの!?」

 嘘がバレたから?いや、流石に違うだろう。俺もそこまで末期じゃない。

 楠木さんはずずっと鼻水を啜り、いや、泣いているんだから仕方ないんだが、若干汚い…いやいや、俺の方が無粋過ぎるか。

 兎も角、今度は俺の耳にもはっきり聞こえる様に言った。

「うん!!うん!!うん…!!うんんん!!」

 小さく何度も頷きながら、『うん』と。

 ダンマリは嘘が云々の話じゃ無かった。

 嬉し過ぎて言葉に詰まったって所か。

 つか、俺やっぱ最低過ぎるだろ…

 こんなに喜んでくれた楠木さんに対して、ダンマリは嘘とか決め付けて。

 つか、逆に言うと、槙原さんが嘘を言った事が確定になった訳だ。

 んじゃ修旅で見極める云々はもう必要無いんじゃね?

 って事は、俺は楠木さんと…

 無意識にパジャマ姿を見る。

 ………いかんいかん!!何考えているんだ俺は!!病室でどんだけ節操ないんだ!!

「た、隆君にそう言われたの凄い嬉しい。ホントは今直ぐ…だけど、ちゃんと見極めなきゃ隆君も納得しないもんね、我慢するよ私…」

 うおー!!納得する前におかしな事を考えてしまった俺に、そんな純粋な笑顔を向けないでくれー!!

 凄い罪悪感だコレ!!

「帰ってきたら、一番に会いに来てね?」

「う、うん…」

「メールもしてもいい?電話も?」

「う、うん…」

 俺は引き攣った笑顔で、楠木さんの要望に全て応じた。

 それに気が付かずに、終始泣いている楠木さんに、物凄い罪悪感を感じた事は言うまでも無い。

 その後、何度もさり気なく引き止める楠木さんを、後ろ髪を引かれる思いで宥めて、どうにか帰宅に成功した。

 見定め期間の修旅だが、楠木さんは既に恋人になった気分だったようだ。

「この事は遥香に言わないから。途中でおかしな戦略組まれたら堪らないし。だから隆君は存分に見極めてね。あ、でも毎日メールしてね。私もするから」

 自分に正統性がある自信なんだろうが、ちょっと気が早いんじゃね?とか思ったり。

 まあ、どっちが嘘なのか、修旅で解る。楠木さんか、槙原さんか。

 気持ち的には楠木さんが正しいと思ってはいるが、俺はホラ、見る目が無いから。

 その俺が見定めとか随分傲慢だな、とは思うが。

 俺を信じて早めに成仏した麻美に為にも、俺は幸せにならなきゃいけない。

 どうせ幸せになるのなら、一番誠実な子と一緒がいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る