1-4:読者の失敗

 『サイハテの駅』

 それがどのような内容の小説かというと、ジャンルは終末世界ポストアポカリプスを舞台とした作品。

 最後の人類となった二人の少年と少女が滅んだ世界のその果てへと旅をする話だ。

 終わりへと向かっていく毎に変化する二人の関係性、明かされる滅びの謎。そして人類の最後にその果てで、終末の二人は二人の最後になにを見つけるのか。


 そんな話に魅せられたから、また書いたからではないが奇しくも石上明と九条文の二人はある意味で似た境遇に立つことになる。

 流石に世界の終わりや滅びの世界などという大それたそれではなくとも、似たような意味合いとも取れる境遇に。


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 石上明が文芸部へ部活見学に訪れた翌朝、一年C組の教室は朝の喧騒に包まれていた。

 それは教室内にいる生徒――新入生である彼らの中学生から高校生へと上がった新生活に対する興奮と、新入生同士が互いの距離を掴もうとするそれとが原因で生まれるものである。

 一ヶ月もすれば落ち着くものではあるが、つい先日入学式を終えたばかりの新入生にそれを求めるのは難しいもので、教師陣からすればある種の風物詩とも言うべきような煩さだった。


「明~、おっはよー!」


 その中で明にいつも通りといった感じで元気に女生徒が挨拶をした。クラス内にあるそういった空気などお構いなしに。

 女生徒はそのまま遠慮なく明の前の席へと腰掛ける。その際に女性らしさを失わない程度に短く切りそろえられた髪が揺れた。


「よ、光。おはよう」


 明も女生徒に挨拶を、明もまた女生徒に対して自然体のそれで返す。二人の空気だけこの教室内にあって、逆に不自然に際立つものだった。

 それもこの二人の関係を思えば当然とも言えるものである――なぜなら明とこの女生徒は幼馴染なのだから。

 岩下光いわもとひかり。明と同じ中学出身のクラスメイト、明にとっては幼馴染というよりも腐れ縁と言ったほうが適切な関係の女子である。


「目当てが決まってないんならバスケ部に入りなさいって! 中学じゃ良いところまで行ったんだから、勿体無いよ」


 光は挨拶を交わすや否やそんな話を切り出してきた。

 朝からいきなりこんな話をされると人によってはうんざりする人はいるだろうが、そこは長い付き合いのある明にとっては慣れたものである。

 そして今の明にはそんな光の話を十分に流せる用意があり、余裕があった。明は待っていたと言わんばかりに芝居がかったようにそれを言う。


「いや、その忠告ありがたく受け取っておくが……悪い。もう決めてんだ」

「え゛!? き、決めたの! ど、どこに!?」


 明の答えを聞いて光は驚く、光としてはまだ明はどの部活に入るか決めあぐねている段階にあると思っていたからだ。

 しかしその驚きは序の口であり、続く明の言葉は光に更なる驚愕を与える。


「文芸部」

「ぶ、文芸部~~~ッ!? 明が~~~ッ?」


 明としてはしたり顔で言ったのだが、光があまりに失礼に驚いたためそれは決まらずに台無しになっていた。

 光のその姿をみて明としては若干不愉快であったが、そこには特に悪意がなく、ごく普通に、当たり前に光は驚いただけだった。長い付き合いなので明にはそうだとも分かるがそれでも多少なりともそう感じてしまうのもしかたないだろう。

 驚きのあまり光は言葉を失うくらいであり、なんと次に言葉を繋げたら良いものか迷っているのが見て分かるくらいだったのだから。


「失礼な奴だな~、俺が文芸部に入って何が悪いんだ」

「いや、そのごめん。別に悪いとかじゃなくて……激しく似合わないな~、と。あははは」


 光はそんな明の様子を見て申し訳なさそうに、しかし本心を隠さずにそのまま言う。これがこの二人の距離感であった。

 似合わないなどと人に対して言うのは失礼な物言いではあったが、それも光の目線から見ればそうだと思うのも仕方がないだろう。

 光から見て明は小学校はサッカー、中学校はバスケット、とずっと運動部に所属していた根っからの体育会系男子だったのだ。そんな明が何を思ったか急に文芸部に入るなど言えば驚くのも無理はない。

 流石にあそこまで驚いてしまったのは申し訳なかったと光は反省するのだがそれはそれ、これはこれである。何を言おうと驚いてしまったことは変わりがないのだから。


「というわけで高校はこう、文学少年としてデビューするわけだよ。知的なインテリジェンスな新しくニューな俺をよろしく」


 と、明は格好つけてみせた。なるべく頭をよく見えるように頑張ってみた。

 しかし悲しいかな、残念ながら明よりも目の前の女子の方が頭が良かったのが不幸だったと言えよう。


「あはははっ! いいね~、意味被ってるのすっごい頭悪くていいよ~っ!」

「う、うるせー! まぁ、とにかく俺は文芸部に入ることに決めたんで!」


 明のその格好つけて失敗したような、おどけたような言葉で光はおおいに笑った。容赦なく笑った。

 笑われている明としてはたまったものではなかったため、早々に流れを切ろうとした。同時にやっぱり真面目に勉強していればよかったとも後悔もした。

 まだまだ光は笑いたかったがその意図を理解し笑うのを止める、そして明には気づかれないくらいに少しだけその顔を寂しいものにし――それを諦めた。光が期待していたものを。 


「そっかー……まぁ、残念だけど明ってばそういうやつだもんね」

「おう。んじゃ、サクッと岡部んとこまで行って出してくるわ。善は急げってな」

「いってらっしゃ~い」


 明は入部届をもって職員室へと向かった。光は後で教室に来た時にでも渡せばいいと思うのだが、そこは長い付き合いであるがゆえに言ったとしても無駄だと言うことがわかっている。

 なにかをする時は効率とかよりもその時の感情を優先する、思い立ったが吉日を座右の銘としているわけではないがそうせずにはいられない。それが光が知る石上明という人間だからだ。


「……ん? 文芸部って確か……」


 光は教室を出た後もぼんやりと明が出ていった扉を眺めていたが、そこであることに気付いた。

 そのことを教室を出る前に明に言えばよかったかなと思うが、入部届を出した時に教師岡部が伝えるだろう判断してそのことについて考えることは止めた。そのくらい雑に考えても問題のない間柄だから。

 仮にそれを伝えたとしても、光にはその後の明の行動は分かりきっているものではあったのだし。


 当の明と言えば光の思惑など知らずに、想像もせずに職員室へとたどり着いていた。

 職員室は普通の新入生ならば緊張するような場所ではあるがそれは明には当てはまらない、遠慮なく明は職員室の扉を開く。


「失礼しまーす、岡部先生はいますかー?」


 職員室にいる教師たちが一斉に明を見るが、明はそれを特に気にも止めない。

 そのまま明はぐるりと職員室を見回して探している人物、明の声に反応して手を挙げる男――一年C組の担任である岡部教諭を見つけ出す。


「えっと、石上だったか? おはよう」


 岡部は自分に近づいてくる新入生である明の顔を見てから、一拍おいた後に返事をした。

 この時期に新入生である明の顔を見て名前を一致させることが出来たのは岡部の教師歴が長いものだと分かる。


「おはようございまーす! ってことでこれ、お願いします!」

「お前、朝から元気だな……」


 明は挨拶もそこそこというレベルではなくさっさと自分の要件を切り出した。教師歴の長い岡部と言えどこれには呆れを通り越して、顔がひきつってしまう。

 岡部は明が差し出してきた入部届のプリントを受取、そこに記入された部活名を見て眉をひそめ、見間違いではないかと思い、もう一度見直して確認した。

 それが見間違いでないと岡部は判断すると明にもそれを確認する、分かっているのかどうかを。


「……って、石上。文芸部で本当にいいのか?」

「? 良いも何も入ろうと思ってんですが」


 自分が何を言おうとしているのかをさっぱり理解していない明に岡部は少々悩む。

 岡部からみて石上明という生徒は会ったばかりであり、明がどういう感情で持って文芸部に入ろうとしているのか判断することが出来ない。

 もしも石上明という生徒が文学少年であり、それなりに情熱を持っているのならどうそれを伝えたら良いものかと。


「あー……あのな石上、文芸部は去年で部員が全員いなくなってな……」


 岡部はとりあえず考えた台詞を口に出してみたが、いくら取り繕っても無駄だと判断する。どう言ったとしても意味するところは変わらない。

 なのでストレートに、わかりやすさを重視して明にそれを伝えることにした。

 それは少しでも考えれば分かることであり、明が微塵もその可能性を考えなかったことである。


「要するに今年入るお前しか部員はいないんだ、あと今月中に部員がお前含めて五人集まらなければ廃部になる」


 明がここに来るまでに気付くチャンスはそれなりにあった。しかし結局、明は気付くことなくここまで来てしまった。

 九条文しかいなかった文芸部、そこにいた文はそれに気づいていたし、ついさきほど会話した光もそれに気付いている。

 だからこれは明がいかに勢いだけで行動し、ただ迂闊なだけだったのだが――明としてはあまりにも寝耳の出来事、容赦ない現実ゆえに。


「な、なにぃ~~~~~~~~っ!?」


 と、ただただ驚愕するしかなかった。

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文芸部の九条さん 大塚零 @otuka0

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