第9話 魔王の恋愛相談

「エリーは愛し愛される相手でないと結婚したくないそうだ。どうすればいい?」

 ジュリアスがそうたずねた時、クレイは持っていた書類を全部落とした。

 フェイは持っていたトレイを落とし、グラスを割ってしまった。

「……どう……とは?」

「エリ-がそう言っていた。つまり私がエリーを愛し、エリーが私を愛するようになればいいそうだ」

 クレイは書類を集めるという考えも浮かばず、頭を抱えた。

「えーと……何でそういうことになったのかききたいところですが……まず確認させてください。だまして結婚したことをエリー様に怒られたんですね?」

「ああ」

「エリー様は好きな人とでないと結婚は嫌だと。ですからきちんと話すべきだと言ったじゃないですか」

「結婚してしまえばあきらめると思った」

 クレイは天を仰いだ。

「それで、陛下はエリー様にお妃でいてほしいので、ちゃんとした夫婦になりたいと」

「ああ」

 すでにジュリアスはエリーが好きじゃないかと言うのは兄妹ともにやめた。本人に自覚がないので、言っても無駄である。

 どうやって主君に自覚を持たせつつ、エリーにジュリアスを好きになってもらうか。これはかなりのミッションインポッシブルだ。

「えー……一応既婚者として言わせていただきますが、とにかく優しく接することです。陛下に最も足りない部分と思いますので強調しますよ」

「優しくしているつもりだが」

 あまり変わらないとクレイは思った。

「エリーは私の部屋で寝るのは嫌だと言う。私がエリーの部屋に入ったら嫌われるようだから、立ち入らなかった」

 フェイが口の端をひきつらせた。

「え……あの、では、エリー様が寝不足だったのは」

「私が入ってこないよう、一晩中起きて見張っていたからだ。嫌われると分かっているのにそんなことはしないが」

 クレイが憐憫の目を向けた。

「そうでしたか……今後はどうなさるおつもりで?」

「エリーが嫌がるから入らない。だが抜け出して迷子になってはいけないから、鍵はかける」

 エリーならば窓から脱出するくらいやってのけると正確に理解した兄妹は仕方なしと判断した。

「お前たちの助言通り、女の好きな店に連れて行ったし、プレゼントもやった。あとはどうすればいい」

 元々ジュリアスは食べ物にも興味がない。単に食べられればいいと思っている。

 ジュリアスは考える。

 そういう話を作ると言う仕事をしていた以上、エリーもロマンス好きなのだろう。しかし私にはまったく分からない。

 そこで同じ女であるフェイにきくと、まずは服屋だという。ルイの店に連れて行った。

 ところがエリーはあまりファッションに興味がないらしい。

 それは私も同じだ。ふむ、共通点がある。夫婦は感性が合うほうがいいから、これは問題ない。

 しかし、私自身の服はどうでもよくても、エリーに着てほしいものはある。ルイにあれこれ注文をつけたら、あやつも理解してくれたようだ。男同士の何か理解があった。

 エリーは装飾品や宝飾品にも興味がない。フェイには連れて行ってやったらと言われたが、本人に断られた。

 だがまぁこだわりがないということは、私の望むものをつけてくれるということなので構わないだろう。

 人気だという菓子店ではうれしそうに食べていた。

 鑑賞していたら、一人だけ食べていたので気がとがめたのか、「食べたら」と一皿差し出してきた。

 ……いくらなんでも食えるか。

 そういえば、クレイが以前、嫁に食べさせてもらっていたのを見たことがある。みっともないほど相好を崩していて、正直気味が悪いと思った。

 しかし恋人や夫婦はああいうことをするものらしいので、提案してみよう。

 言ってみた。すると、エリーは頼まれずとも「はい、あーん」と言った。

 何とも言えない感情がわきあがり、それを隠すために無表情を貫いた。

 何度もやってもらいたくて、気づけば一皿完食していた。

 本屋ではエリーが作っていたというジャンル、女性向け恋愛小説を片っ端から注文しておいた。参考書だ。女がなぜこういうものを好きかは分からないが、内容は分析しておく。

 だが、靴ずれを起こさせてしまったのは失敗だった。悪化させてはと思い、抱き上げた。

 恥じらう姿がかわいい、と思った。

 ……そうか、これがかわいいという感情か。

 そんな感情を抱いたのは初めてだ。そのままでいようとしたら、エリーは無理矢理下りてしまった。

 仕方なく、靴擦れはこっそり治しておいた。

 まさか靴職人を見つけ、それがルイの花嫁になるとは思わなかったが……。

 エリーは結婚式の日のその時まで自分が妃にされると気づかなかった。ウエディングドレスを着て、王国時代王妃が使っていたアクセサリーを身につけた姿。花嫁姿。

 ―――私の妃。花嫁。

 思わず見とれてしまい、不審がられた。

 ……これがうれしいという感情か。

 妃になる女性に「かがんで。届かない」と言われた時は、間抜けにもキスを期待してかがんだ。

 エリーは単に髪を結んでくれただけだった。大外れだ。期待をした自分が愚かしい。

 しかしエリーはいつものように微笑んでいた。

 表情が崩れそうになって、急いで顔をそらした。

 ……そもそも、誓約を交わし、契約書に署名することで婚儀は完了する。キスする必要はなかった。我ながら我慢できなかったのだろう。

 これで二度目だ。

 真っ赤になって怒るエリーも可愛らしかった。

 妃にすればこのエリーが手に入ると思っていた。が、違かった。

 怒られた。

 嫌われるのは避けたい。やむなく自室に帰したが、いなくなられては困るのでドアは開け放しておいた。そうしたらエリーは一晩中起きていた。

 まったく上手くいかない。

 常に心が冷えていて、人を一歩離れたところで見ていたジュリアスには「どうやったら人に好かれるか」が分からなかった。実の親に捨てられ、人々に容姿を気味悪がられ。彼は、人は自分を嫌うものだと思っていた。

 乳母一家は善良で優しく、愛情深く育ててくれたが、ジュリアスは自分が本当はこの家の子ではないという自覚があった。彼は愛情を理解できない人間だった。

 クレイはこの年で恋愛初心者の皇帝の相談を受ける現状をどうしたものかとうなった。

「……あー……もういっそどうしたらいいのかエリー様本人に聞いてみたらどうです?」

 恋愛若葉マークの魔王には複雑なことはできまいと判断した。直球で行けと。

「帰りたいと言い出すだろう。却下だ」

「……じゃあ、エリー様にどんどん結婚相談役の仕事をさせるんですね。観察して、エリー様がどういうことを好きなのか分析してください。それなら陛下にもできるでしょう。仲人の仕事をしていても、人の好みというものは出ます。自分んの好きなこと、自分ならやってほしいことが無意識に出るでしょう」

「なるほど。分かった」

 クレイは嘆息して、やっと散乱した書類を集めた。フェイも割れたガラスを片付ける。

 ジュリアスは立ち上がり、さっそくエリーのところへ行った。

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