第17話、コラボレーション ( 1 )

 夏休みの練習日の午後は、すべて合奏練習とした。

 半分以上の部員が、1年生で編成されているバンドの合奏練習・・・

 ほとんど全部員が練習に参加しているが、それでも、たったの21人だ。 しかも、初心者が8人いる。 ある程度、音は出るようにはなったものの、音程はかなりひどい。 2年生も、今まで、ろくに練習していなかった為、似たようなものである。

 

 しかし、杏子は、この部が存続し、こうやって練習出来るだけでも嬉しかった。

 あの頃の・・ 輝きに満ちていた青春の記憶の片鱗を、今もこうして追い続けていられる事、また、そうしていられる自分に、無量の喜びを感じ入る杏子であった。


「 その旋律、ホルン1本だけじゃ、弱いわね。 アルトは休み? じゃあ、E♭に書き替えて吹いてくれる? 」

「 モデラートからは、ファゴットのソロよ。 テナーの河合さん、代わりに吹いて。 テヌートぎみで、メゾフォルテでいいわ 」

「 そこ、ペットは鋭く! あとの余韻は、クラに任せて。 受け継いだクラは、次の小節の1拍まで、十分に伸ばしてね 」

「 スネア! 他の細かいパッセージはテキトーでもいいから、ココだけは、絶対決めて! 」


 まずは、アインザッツ。

 縦線が揃わない事には、話にならない。

 そして、とにかく音を出す。 音質・表現は、二の次だ。


 指導も、演奏として成り立つ程度の、穴埋め的な指示がどうしても多くなってしまうが、この人数では仕方がない。 旋律とオブリガードが、切れる事なく、つながるようにするのが精一杯である。

 現時点の段階で、ピッチやハーモニックスなどは、あまりにひどい所以外は、修正指示を出さない事にした。


「 みんな、息を揃えて! ポップスは、ドラムに合わせてもいいけど、それ以外の曲は、指揮を見て! 譜面を見ていても、意識の『 目 』は、常にタクトに集中よ! 譜面台を上げて、視界には必ず指揮者を入れなさい。 音楽の指標は、ココよ! みんなの心の目は、ココにあるのよ! 」


 たどたどしい旋律。 ピッチの合わない音程・・・

 しかし、タクトの先を追う部員の目は、真剣そのものだ。

 今、21人全員が、音楽を通して1つになっている。


 曲を吹奏しようとする、心の目・・・

 その純朴な眼差しを、全身に感じ入る杏子であった。


「 杏子先生ぇ~、入りが分かんないよぉ~・・! 余拍を、もう1つ入れて振ってぇ~ 」

「 ここ、何拍目からリットなの? 決めておいた方がいいと思うよ? 」

「 セーニョマークがないよ? 1カッコって、何小節? 」

「 あんた、そこ、セカンドタイムだってば! 」


 数ヶ月前には、想像もつかなかったくらいの活気ある部活。 部員たちも、生き生きと発言をしている。 目標を持って努力するという気構えが、こんなにも清々しく雰囲気を一新させる・・・!

 多少おかしな演奏でも構わない。 いや、気にならなくなるとでも表現した方がいいだろう。


 杏子たちは、限られた活動時間を惜しみつつも、精力的に譜面を追い続けた。 その結果、気付くと、もうすっかり日が落ちてしまっているという日が、度々とあるようになった。

 充実した時間は、あっという間に過ぎてしまうものだ。



 そんな、夏休みも終りに近付いたある日の事・・・

 今日は、戸田が、バンドのメンバーを連れて来校し、合同練習をする予定の日である。

 部員たちは、朝からそわそわしていた。


 午前の練習が終わり、昼休みになった。

 戸田たちの来校は、午後1時ごろの予定ではあったが、皆、昼食もそこそこに済ませ、駐車場脇の桜の木陰辺りで待機している。

 杏子も、校舎から出て来た。

「 今、戸田センパイから携帯、入ったわよ。 もうすぐ来るわ。 ・・ちょっとぉ~、篠原さんたちぃ~、そんな日差しの強い所にいないで、コッチの日陰に来なさぁ~い。 日射病になるわよぉ~? 」

 紀本が、ウチワであおぎながら言う。

「 あ~、どうしよう。 何か、キンチョーして来た・・! 」

 傍らにいた小山が聞く。

「 ね、あたし、ファンデ、崩れてない? テカってない? 早苗~、鏡、貸して 」

 まるで付き人かメイクのように、遠藤が手鏡を出して、小山に渡した。 遠藤も随分、小山にコスメの手ほどきを受けたようで、入部当時あったそばかすが、見事に消えている。

「 早苗、その髪、そろそろフロントだけカットした方がいいよ? サイドは少し、レイヤー入れてもいいわね。 かわいくなると思うよ? 」

 遠藤から借りた手鏡をのぞき込み、Tゾーン辺りのテカりを気にしながら、小山が遠藤に言った。

 遠藤が答える。

「 亜季センパイ、あたし、丸顔だけど・・ フロント切って、似合うかな? 」

 ぽっちゃりした顔の遠藤は、童顔に見られるのがイヤなのだろう。 心配気に、小山に聞いた。

 小山が、笑いながら答えた。

「 だぁ~い丈夫よ! 少し、高目にチーク入れて仕上げれば、キュートに見えるって。 あたしの後輩なんだから、いつもキレイにしてなきゃダメよ? ・・ほらっ、制服のスカーフ、曲がってる。 今日は、お客様がいらっしゃるんだから、だらしなくしないのっ 」

 遠藤のセーラー服のスカーフを正す小山を見て、坂本が言った。

「 亜季・・ その労力と気配りを、演奏に生かしなよ 」


 やがて、1台のワゴン車が駐車場に到着した。

 助手席に乗っていた戸田が、杏子と部員たちに、車内から手を振っている。

「 戸田センパイ! お疲れ様です。 今日は、宜しくお願いします 」

 車に駆け寄った杏子が、声を掛けた。

「 やあ、暑いのにお迎えかい? ありがとう。 こちらこそ宜しくね 」

 車から降りて来た戸田が答える。

 沢井が言った。

「 楽器を部員たちに運ばせますので、指示して下さい。 とりあえず、職員室横の外来者用対話室にご案内します 」

「 え~と、部長の沢井さん・・ だっけ? ありがとう、宜しく。 PA機材も、チェックの為に持って来たから、助かるなあ。 ミキサーもあるしね。 ・・あ、デイブ、生徒さんが楽器、持っていってくれるそうだから 」

 後部のスライドドアから、のっそりと出て来たのは、巨漢の黒人男性だった。

 派手なロイド系のサングラスを掛け、頭はスキンヘッド。 黒のタンクトップにジーンズをはき、太いシルバーのネックレスを首に掛けている。

 楽器を運ぼうとして車に取り付いた部員たちは、初めて間近にした『 真っ黒な生き物 』に、一瞬、引いた。 最前列にいた神田などは、目をまん丸にしながら後退りをしている。

 真っ白な歯をむき出しにして、その黒人男性は、神田に言った。

「 ハ~イ、プリティーガール。 ナイス・ミ~ティュ~! ワタシ、デイブ。 ドラムスね。 ヨロシィクゥ~ 」

 焦りながらも、神田は答えた。

「 う~、何だっけ・・ え~と、マ・マ・まいねーむ・いず・みき。 トロンボーンプレイヤー。 トロンボーンよ、トロンボーン。 ボントロ! 解かる? 」

 楽器を吹くゼスチャーをすると、デイブは理解したらしく、嬉しそうに答えた。

「 オー、トロムボーン。 イエス・イエス! ミキ・イズ・トロムボーンプレーヤーね。 OK、OK! 」

 神田は、杉浦に言った。

「 加奈っ、聞いた、聞いたっ? ミキ、だって! 英語通じたよっ! 」

「 アホか、あんた。 ほとんどパントマイムの世界じゃん! しかも、ボントロって何よ。 思っきし造語じゃん、それ 」

 運転席から降りて来た、長髪の男が言った。

「 ベースの坂巻です。 宜しく。 デイブは、ほとんど日本語が分かるから、普通に話しても大丈夫だよ 」

 もう1人、後部座席からヒゲ面の男が降りて来た。

 戸田が、杏子たちに紹介をする。

「 ピアノの吉川だ。 逆に、コイツはアメリカ育ちなんで、日本語はあまり理解出来ないからね 」

「 エディー・吉川デス。 ミス・キョウコ、アイム・グラッド・トゥ・シー・ユー 」

 求められた握手に答えながら、杏子は言った。

「 ウェルカム、ミスター・吉川! 」

 車の後部トランクドアを開け、ドラムや機材を降ろす。

「 みんなプロの人たちの物なんだから、丁重に運ぶのよ?  ・・ちょっと、そのミキサー、2人で持って! 」

 沢井が指示を出す。

 バスドラムを持とうとした神田に、デイブが声を掛けた。

「 オー、ミキ。 ワタシが持つヨ。 コレ、重イネ! コッチのスネア、プリーズよ 」

「 デイブ、さすが、レディーファーストの国の人ねっ! あとでジュース、おごってあげる。 あ、お茶の方がいい? ジャパニーズ・ティー 」

 スネアケースを受け取りながら、神田が言った。

 デイブが答える。

「 オー、ワタシ、お茶大好きネ! イッツ・ヘルシー・ドリンク 」

「 日本の夏は、麦茶よ? 凍らして、水筒に入れて持って来てんの。 あとであげるねっ 」

「 ミキ、トッテモ、カインドね。 日本のレディー、ミンナ、プリティー・アンド・フレンドリーよ。 ワタシ、日本、大好きネ! 」

 身長が、2メートル以上あるデイブ。 160以下の神田が並んで歩くと、まるで大人と幼稚園児だ。

 陽気そうなデイブは、天然の神田と気が合うらしい。 盛んに喋りながら、校舎の方へ歩いて行く。

 そんな様子を見て、戸田が言った。

「 運搬嫌いのデイブが、率先してバスドラ持って行くなんて・・ よっぽど、あのトロンボーンの子が気に入ったらしいね 」


 対話室で一休みし、簡単な打ち合わせをすると、早速、合同練習に入った。

 午後からの練習会場は、いつも練習をしている合奏室ではなく、本番と同じ体育館での練習である。


 先程まで、神田とじゃれ合っていたデイブも、ドラムのスツールに座ると、表情が一辺した。

 ウォーミングアップをしながら、シンバルやスネア位置を修正するその表情には、プロとしての自信と、プライドが窺える。

 丸太のようなデイブの足が、器用にフットペダルを踏み、複雑なリズムを刻み出している。

 大柄な体格からは、想像がつかない程のセンシティブなスネアワーク・・・ セブンス・ロールから、イレブンス・ロールへ。 スティックワークも、多彩なようだ。

 坂本と立原は、デイブの脇で目を丸くして、彼の動きを凝視している。 まるで、宇宙人を見る目だ。

「 ヘイ! ユウコ・カオリ。 ボンゴ、カム・ヒアー。 クラベスもネ! 」

 デイブが、2人に声を掛けた。

「 ちょ・・ ちょっと、ボンゴやれだって、香織! 」

「 そ、そんなん、出来ないよ、センパイ~・・! 」

 譲り合っている2人に、デイブは言った。

「 ノー・プロブレムね! 思ウママ叩ケバ、イイヨ 」

 デイブは、ボサノバのリズムを刻んでいる。 プログラムにもある、メディアムテンポのボサノバだ。

「 よしっ、あたしがやるっ! 」

 杉浦がボンゴを構え、叩き始めた。

 前に、杏子に言われたアドバイス通り、アクセント部分のみの叩き方ではあるが、時折、デイブがリズムにタムを織り交ぜてくれた為、なかなかどうして、良い感じである。

「 オー、カナ。 イイネ! グッドよ! ヘイ、ユウコ。 クラベス、プリーズ。 このスネアのリムショットと、重ナッタラ、ダメネ。 プリーズ! 」

「 ・・スネアのリム打ちと重なったらダメ? あ、じゃあ、1拍目と・・・ 半拍遅れの2拍目、4拍目の頭ね! よしっ 」

 坂本が、戸惑いながらも参加する。

 始めのうちは、リムショットと重なってしまったが、段々と慣れ、リズムと同化して来た。

「 オー、ユウコもウマイネ! グッド・センスよ。 ヘイ、カオリ! シェイカーよ、シェイカー。 ハイハットの速サニ合ワセテ、シェイクして欲シイネ! アイ・ニーディューよ! 」

「 8符? 8符ね、優子センパイ! 」

 これで、ボサノバの最小リズムセクションが揃った。

 やはり、デイブがうまくドラムでカバーしている。 ラテンらしい雰囲気が漂うリズムが完成した。

「 オ~、プリティーなガール達。 リズムも、最高ネ! ハァ~ッ、ハッハッハァ~! 」

 調弦を済ませ、アンプに電源の入ったウッドベースが、リズムに入って来た。 2部のプログラムにある『 黒いオルフェ 』のコードである。 ピアノもスタンバイが完了し、コードに合わせ、アドリブを弾き始めた。


 ・・本格的なジャズコンボを、生で聴いた事がない部員たちは、しばし、思い思いの席で、この即興的な演奏に耳を傾けている。


 やがて、ピアノのアドリブを受け継ぎ、戸田も出て来た。 トランペットではなく、フリューゲルホルンだ。

 誰もが、1度は聴いた事のある有名なテーマを、しっとりと吹奏している。

 さすが、若手とは言うもののプロだ。 体育館は、一瞬にしてジャズバーの様相を呈した。

「 おっシャレよねえ~・・・! あたし、こんなイイ雰囲気のあるお店で、カクテル飲みたいわぁ~・・! 」

 足を組み、両手で膝に立てた頬杖に顎を乗せながら、小山が言った。

 16小節ほどのアドリブを2周りすると、戸田は合図を出した。 再びテーマをワンコーラスやり、エンド。

 部員たちからは、拍手が鳴った。

「 最高~っ! パーカスの3人も、いいセン、イッてるわよ! 」

 杏子も、拍手をしながら言った。

「 キンチョーしたあ~っ! でも、面白かったね、加奈センパイ! 」

 坂本が、胸を撫で下ろしながら杉浦に言う。

「 あたし、ナンか、分かったよ~な気がする・・! 本気でパーカス、練習しよっと! 」

 満足気な、杉浦。

 ベースの坂巻が、戸田に提案を出した。

「 戸田さん、この子たち・・ 僕らの2部で、参加してもらったらどうですかね? メディアムテンポなら、問題ないでしょう。 『 チュニジア 』のアフロキューバンも、小物があった方が映えますよ? 」

 戸田は、3人を見ながら、しばらく考えると答えた。

「 そうだな・・ カウベルなんかやってもらえれば、デイブが叩かなくても済むし、出来れば、ギロも入れたいしね。 どうだろ? やってくれるかい? 」

 立原が叫んだ。

「 やったあ~っ! プロの仲間入りよ、センパイ! あたしたち、ライブデビューよっ! 」

「 な・・ 何か、エライ事になって来た・・! 間違えたらどうしよう~、レコーディングだってするんでしょ? 」

 坂本が、少々、ビビッている。

「 ノー・プロブレムよ、ユウコ! ワタシも良ク間違えるネ! ハッハッハァ~ッ! ユー・キャン・ドゥーイング! 」

 デイブが笑いながら言った。

 戸田は、ピアノの吉川にも聞いてみたが、吉川も、彼女たちが入る事は、賛成のようだ。

「 ディス・ライブ・イズ・フォー・スクールメンバー・アンド・ファミリー。 イッツ・ベスト・プロデュース! OK、OK! 」

「 ・・という事だ、アンコ。 大事な後輩たちを借りるよ? 」

 杏子は笑いながら、戸田に答えた。

「 ウチの子たちは、ギャラ、高いわよ? 」

 杉浦がデイブに聞く。

「 ねえ、デイブ。 あたしたち、3部でアロハ着るんだけど・・ デイブも着る? 思っきし、似合いそうだけど・・ 」

「 オ~、カナ。 ワタシ、イツモ、アロハネ! 今日ハ、何トナク、タンクトップよ。 ミンナデ、大好きなアロハ着レルナンテ、ワタシ、最高ヨ! 」


 練習は、合同の3部から始めた。

 ビッグバンド仕様編成の『 ルパン三世 』は、難易度が高く、特にハイトーンが続くトランペットや高度な技術を要するドラムなどは、今まで全く合奏に参加出来なかったが、戸田とデイブが入り、4ビート特有のベースラインにも、ウッドベースが参加しての合奏である。

 全ての楽器が参加する完全合奏は、今日が初めてだ。

 スピードもインテンポに近く、聴き応えのある、軽快な4ビート演奏となった。


 演奏が終了すると、皆からはため息が漏れ、拍手する部員もいた。

「 チューバじゃ、この曲は雰囲気出ないよねえ・・ まだ1年生だし、頭だけ確実に吹いてくれる? ラインは僕が弾いてあげるから 」

 ベースの坂巻が、チューバの鬼頭に言った。

「 助かりますぅ~・・! 速過ぎて、ついていけなかったんですう~ 」


 続いて、スタンダード・バラードの名曲、『 アンタッチャブル 』。

 トランペットの戸田と、トロンボーンの神田の2人が、ソロフューチャーとなった。

 夏休み前から、このソロの練習していた神田は、今はもう、楽譜を暗符している。 譜面台を見ずに楽器を構えようとした神田に気付いた戸田が、声を掛けた。

「 暗譜してるのかい? へええ~、大したもんだ。 じゃあ、ステージの前へ出て演奏しようか? その方が目立つし 」

 神田は、いつになく緊張しているようだ。

「 まままま・・ 前? そ・・ そそそ、そんな恐れ多い・・! 」

 部員からは、笑いが出る。

「 美紀ィ! いつものノリは、どうしたのよ。 得意なスライド鉄砲でもやったら? 」

 杉浦の冷やかしで、再び、笑いが起こった。

 戸田が言った。

「 この曲はね、父親と娘の対話なんだ。 息を合わす為にも、前で演奏した方がいい。 入りの合図なんかも、演出としては効果的だしね 」

 まな板の上の鯉、となった神田。 しずしずとステージ前面に出て来ると、戸田にぺこりとお辞儀をして言った。

「 よ、よよよ・・ 宜しくお願いしますぅ~・・! 」


 ジャズ演奏では、曲のスタート時に出すスティックカウント以外、合図や意志確認は、ほとんどアイコンタクトで行なわれる。 演奏に精通している戸田は、曲間も、初心者の神田に解かりやすいようにゼスチャーを織り交ぜ、丁寧なソロの入り指示や、リットテンポなどを出した。

 それは、バックを演奏している他の部員にも良く伝わり、停滞ぎみになるバラードを小気味良くまとめる事に貢献した。

 落ち着いた雰囲気で演奏出来た為か、最初は硬かった神田のソロも、驚くほど自然なフェイク演奏となって行く。

 やがて、バラードらしい、消え入るような静かなエンディングを迎え、演奏が終了すると同時に、部員たちからは再び、拍手が上がった。

「 凄ォ~い、美紀センパイ! かっこいい~っ! 」

 同じトロンボーンパートの後輩である垣原が、手を叩きながら喜んだ。

 戸田から求められ、はにかみながら握手した神田は、もう、いつものモードに戻っていた。

「 世界の戸田さんと競演よっ! あたし、当日は神田家一族、総動員させるわっ! ビデオ撮って、家宝にしなくちゃ! 」


 優秀な奏者が、リズム隊とホーンセクションに入った事で、不安定だった演奏も、いつしか安定した演奏になっていった。

 杏子の振るタクトにも、熱が入る。

 練習時間は、あっという間に過ぎて行った。

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