第5話、アプローチ

「 杏子先生、勝手よっ! イキナリ来て、廃部だなんて 」

 学校の自販機コーナーで、神田が紙パックのジュースを飲みながら言った。

「 でも、仕方ないじゃん。 人数いないんだから。 今まで、よく続いたと思うよ? 」

 小銭を自販機に入れ、杉浦が答える。

「 でも、あたし、ヤッ! 」

 むくれる、神田。

 杉浦はフルーツ牛乳のボタンを押しながら聞いた。

「 えらい怒ってんのね、美紀。 ・・あんた、そんなに練習してたっけ? おしゃべり空間の部屋が無くなるから、怒ってんじゃないの? 」

「 ・・まあ、それもあるケド・・・ とにかく、ヤなのっ! 」

 自販機から取り出した紙パックにストローを刺し、杉浦は言った。

「 恵子の話だと、昨日、杏子先生・・ 泣きながら破れた楽譜、直してたらしいよ? ちょっと強引なトコあるけど、いい人なんじゃない? 廃部についても『 不本意ながら 』って、言ってたじゃん。 それって、ホントは継続したい、ってコトでしょ? 」

「 ん~、ん~・・・ 」

 不服そうな神田。

 杉浦は続けた。

「 それに、もし廃部になっても、あたしらが卒業するまでは存続してんだから、いいじゃん 」

 それでも神田は、納得いかないようである。

「 ん~、ん~~・・ 何て言うか・・ 廃部っていう、響きがヤなのっ! あたしたち、落ち武者みたいじゃんっ! 」

「 ナニそれ・・? あんた、ヘン! 」

「 ヘンじゃないの、落ち武者なのっ 」

「 分からんわ、あんた・・ 」

 杉浦は、他人事のようにストローを吸いながら言った。

 神田が答える。

「 冷たいじゃ~ん、加奈~・・ フルーツ牛乳、すすってる場合じゃないのよっ! 落ち武者は、農民に狩られるのよ? 竹ヤリで、ぶさって・・! ヒサンじゃない? 」

「 あたしんち、会社員だもん。 おじいちゃんち、酒屋だし。 武士じゃないもん。 大体、部活と落ち武者が、ナンで関係すんのさ 」

「 う~・・ 分かんない。 分かんないケド・・・ 落ち武者なのっ 」

「 竹ヤリで、ヤられるの? 」

「 そうっ! 」

「 ぶさって? 」

「 そうっ! 」

「 ・・やっぱ、分かんないわ 」

「 ナンでえ~っ? こう、甲冑の上から、こ~んなブッとい竹ヤリがさあ・・! 」

「 もういいって、美紀。 ナンでそう、そこだけリアルに固守すんのよ 」

「 ・・だって、落ち武者なんだもん 」

「 トロンボーン吹きは、変わった思考回路の人、多いって聞いたコトあるけど・・・ 美紀、その代表選手ね 」

「 選手じゃなくって、落ち武者なんだって! 」

「 あ~、もう分かったから! 」

 杉浦は、空になったパックジュースをゴミ箱に入れると、神田の方を向き、右手の人差指を立てて言った。

「 いい? 要は、廃部にならなきゃいいんでしょ・・? 一年の部員を確保すんのよ。 もっといっぱいポスター作ってさあ、学校中に貼ろうよ! ね? 」

「 落ち武者の絵、描くの? 」

「 ・・・あんたマジ、ぶつよ・・? グーで 」



「 ねえ、加奈センパイと美紀センパイ・・ ポスター作ってんだって 」

「 廃部反対、の抗議ポスター? 」

「 違うよ、部員の勧誘ポスター 」

「 ふ~ん・・ 」

「 あたしたちも、貼るの手伝おうよ 」

「 う~ん・・ 」

「 何かしなくちゃ、ホントに潰れちゃうよ? 」

「 ・・ん~・・」

「 亜季、乗り気なさそうね 」

「 あ~んっ、曲がっちゃったよ! マーブルって、ムズいわ~・・! 」

「 教室で、ネイルアートなんかしてる場合? しかも、すっごいハデ、それ。 キモい 」

「 優子は、パーカッションだから分かんないのよ。 フルートはね、前列だし、指が目立つのよ 」

「 ・・ナニ? その、自信満々の説明。 ワケ分かんない。 大体・・ そんなんして、演奏出来るワケないじゃん。 飯沼先生から、演奏差し止めが来るわよ。 ヘタしたら、停学よ? 」

「 分かってるって、ウルサイなあ・・! 」

 トップコートを塗った指先を乾かす為、手を振りながら小山は言った。

「 優子、ポスターもいいけど、作戦はもっと確実にいかなくちゃ 」

「 ・・・? ナンか手があるの? またヘンな事考えないでね 」

「 ヘンな事って、どういう意味よ? しかも『 また 』って、失礼しゃうわね・・・! 」

「 亜季、去年・・ 同じ1年生に、吹奏楽入れば、音楽の成績上がるって勧誘したじゃん 」

「 あれは、上がるかもよ、っていう意味よ? 」

「 全然違うって! 歌のテスト免除とか、3日までは授業休めるとか・・ そんなん、詐欺じゃん 」

「 ・・んなコト、言ったっけ? 」

「 うわっ、すっごい無責任っ! 信じらんない 」

「 大体、そんなんに引っ掛かるのがアホなんよ 」

「 出た、出たっ、今度は開き直りっ? ある意味、凄いかも 」

 乾いた指先に見惚れながら、小山は言った。

「 今年は、カンペキよ・・・! 」

「 亜季が言い切る時は、ロクな事ないんだけど・・・ 」

「 任せなさいよ。 まあ、ついてらっしゃい。 職員室、行くわよ・・・! 」

「 その指で、職員室行くか? フツー・・・ 」


 職員室に入ると、小山は進路指導室のドアを開けた。

 顔だけ部屋の中に入れると、妙に、猫なで声で言った。

「 セ・ン・セ・・! 」

「 おう、小山か、まあ入れ 」

「 お手数かけて、申しわけありません 」

 うずたかく積まれた資料の山から、1冊のファイルを出し、教諭が言った。

「 これが、今年入学した1年生の資料だ 」

「 わあ、嬉しいっ! センセ、有難うございますう~ 」

 小山が、体をくねくねさせながら言う。 坂本は、その姿を唖然として見ている。

 進路指導の主任と思われる教諭は言った。

「 あまり公にするなよ? プライバシーに関する事だからな。 教頭にも、許可はとってある 」

「 ありがとうございます。 助かります 」

「 お前らも大変だな。 まあ、鹿島も・・ じゃない、鹿島先生も帰って来た事だし、頑張れよ? 」

「 はい、頑張ります。 では、失礼します。 ありがとうございました 」

 小山は、キチンと一礼をすると、さっさと職員室を出た。


「 ・・亜季、あんた2重人格? 」

 廊下を歩きながら、坂本は、小山に小声で言った。

「 ナニ言ってんの、作戦よ作戦! 泣きそうな顔して、廃部の危機を訴えて、新入部員確保の為の資料を手に入れたのよ 」

「 なんか、お水さんみたいな部屋の入り方だったケド・・・? どっかで、やってない? 怪しげなバイトとか 」

「 バカな事、言わないでよ。 それより、見て・・ これはね、中学校から提出された内申書の写しよ・・! 成績の所は、さすがに削除してあるけど。 ・・ホラ、ここ。 中学時代に所属した部活が書いてあるでしょ? あと、特技。 ピアノとか・・・ ほら、この子、ピアノ習ってる。 こっちの子は、琴か・・ 琴じゃ、ダメねえ。 特に、吹奏楽経験者とかをピックアップしてもらってるからさ、これを基に直接、本人に勧誘かけるのよ 」

「 そんな事してもいいの? なんか、機密事項の漏洩になるんじゃないの・・・? プライバシーの侵害とか 」

「 悪用するワケじゃないから、いいじゃん。 著作権だって、個人が楽しむだけの為なら、問題ないのよ? 」

「 ・・なんか、普通に納得いかないんだけど・・・ 」

「 盗んだんじゃなくて、合意のもとよ。 あくまで部員勧誘における、参考資料なんだから。 本来なら、写しじゃなくて、書き出した一覧を手渡すべきだと思うけど・・ 細かい事は気にしない、気にしない! さあ、1年の教室に行くわよ? 優子、先輩らしく、毅然とした態度で話すのよ 」

「 えっ! 今から、もう行くの? ち・・ ちょっと、早すぎない? あたし・・ 気持ちの整理が・・・ それに、ナンであたしが、話す役目なの? 」

「 急がば、廻れって言うでしょ? 」

「 それ、意味違うけど・・・ 善は急げ、でしょ? 自信持って言わないでよ。 しかも、勝ち誇って・・ 」

「 細かいコト、いちいち詮索しないの! 優子、こだわってばかりいると、早くフケるわよ?  オバさんになっちゃうよ? 」

「 ・・こだわってる、ってゆうか・・ それ以前の問題だと思うんだけどなあ・・・ 」

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