第42話 不可思議な現象と

「さて、何が起こったんだい?」


 私の分のアイスティーと、自分の分の飲物を持って来た記石さんに尋ねられて、私は今日起こったことを話す。


「地下鉄を出るところまでは覚えていたんです。だけどその時に誰かに声をかけられて……」


 振り返ったんだったっけ? 自分のそうした行動の記憶もあいまいだ。


「声をかけた相手は見た?」

「いいえ」


 首を横に振る。


「気づいたら、学校のグラウンドにいて。一時間が経ってました」

「神隠しみたいな状況だな」


 その時ふいに、第三者が現れる。

 空気から浮き上がるように出現したのは、記石さんとそっくりな人物、柾人だ。

 鬼である彼が言うのだから、普通の現象ではないのだろうけど。


「神隠し? って山とかであるものじゃ……?」


 ホラー系の話でよく聞く神隠し。突然人が失踪して、どこへ行ったのか全くわからないというものだ。

 子供が遊んでいる途中でふいにいなくなる、というのが定番みたいだけど。


 現実的な芽衣なら、「誘拐されたんじゃないの?」と言いそうだ。


「山とは限らないよ。町中でも、あってもおかしくはない。鬼のことを知っている君なら、わかるだろう? 美月さん」


 記石さんに言われて、納得する。

 以前にあった二つの事件。それで私が危機的状況に陥ったりしていたのは、町のど真ん中だ。


 近くに人がいようといまいと関係ない。

 私一人だけが、世界から切り取られたように孤立させられて、車にひかれそうになったりと、危ない目にあったのだ。


「え、そうしたら私、神隠しにあったんですか?」

「原因は神じゃないんだろうがな」


 クックックと悪役みたいに笑うのは柾人だ。


「お前の場合は神よりも鬼にばかり好かれている」

「まぁ、そうですよね……」


 そう言われてしまうと、反論できない。ここ最近、鬼にばかり関わっているし、今目の前で笑っているのも鬼だ。

 きっと今回も、原因は鬼なんだろうけど。


「神でも鬼でも、人知の及ばない存在が恐ろしいことには変わりありませんよ」


 記石さんは自分に用意したアイスコーヒーに口をつけた。


「でもどうして、こんなことが……」


 心当たりが全くない。

 最近、周辺でおかしなことがあったわけでもない。

 前回の事件からはいたって平穏だったのだ。


「心当たりがないというのが、一番やっかいかもしれませんね。手がかりをまず探さなければならない」

「そうですね」


 記石さんの言葉にうなずく。


「じゃあまた俺が貼りつくか? そうしたら変なやつがいればすぐわかるし、排除もできるだろう」


「警戒されて、相手が上手く姿をくらましたら面倒だよ。相手は少なくとも、人の記憶を一時間以上も操ってしまえる力があるんだ。ちょっと物思いを増幅してやって、犯罪に走らせる今までの鬼とはちょっと違う」


 記石さんは続けた。


「油断させてから一気に、美月さんに牙をむく可能性だってある。それにたぶん、美月さんがここに来ていることも、私達が鬼と関係していることも察しているのかもしれない……と思います」


「私を狙っている相手が、記石さんたちのことも知っている……と?」


「可能性があると思いますよ。わざわざ、あなたの登下校の時ではなく、土曜日の休みに、美月さんが喫茶店へ来る時を狙ったのですから」


「……」


 考えてみれば、おかしい。

 私は土曜日にしか、あの時間に地下鉄に乗ったりしないわけで。

 地下鉄から出たとたんの犯行なら、私の行動を知っている人でしかない。そこまでわかっているのなら、行き先も知っていると考えるのが自然だと思う。


「でも偶然という可能性もあるのではないでしょうか……?」


 たまたま、犯人が地下鉄の入り口で誰でもいいから獲物にしようとしていて、そこへ私がやってきた、ということだってありえるはずだ。


「私にそんな価値なんてあるんですか? 感情のふり幅が大きくて、鬼の餌を大量供給できるわけでもないですし」


 それを聞いた柾人が噴き出す。

 記石さんでさえ、笑いそうになって横を向いた。口元を隠すように手で覆っている。


「何か変なことを言いましたか? 私」

「いや、考える方向性としては間違っていないよ。


「まぁ、偶然って可能性もないわけじゃないだろうな」


 同意してくれながらも、柾人は喉奥で笑う。

 あまりそうは考えていないみたい。


「検証するしかないでしょうね。ひとまず今日は、夕方の帰宅時には、僕が家に送ります」


 送る!?

 思わず、記石さんと一緒に歩いている自分を想像してしまった。

 万民がつい振り返りそうな記石さんの隣に、冴えない普通すぎる女子高生が歩いているのは……親戚の子供を引率している、みたいにしか見えないだろうけど。

 でもちょっとだけ、いいなぁと思ってしまう。


「そ、そこまでしていただくわけには……」


 自分の物思いを振り切るように、私はそう言ったのだけど。


「未成年をアルバイトとして使っているんだ。行き帰りの安全に問題があったら、僕の責任も多少なりとあるだろう? ひとまず安全に家に帰らせるのも、大人の責務だから」


「は、はぁ」


 あいまいな返事をしつつ、ほんの少し私は寂しい気がした。

 記石さんは大人だ。私は、まだ子供だと突き放されたような気持ちになってしまった。当然のことを言っただけなのに。


「でも毎日送り迎えするのか? 今日だけのことじゃないだろ?」

「そ、そうですよ。バイトの時以外も、地下鉄は使いますし」


 さすがに地下鉄を使わずに学校へ行くのは難しい。自転車なら、今より一時間以上前に家を出ないといけないし、疲れ果てて授業どころじゃなくなる。


 けれど記石さんはしれっと言った。


「毎日やりますよ? 朝は近くの公園まで来ていただいて、そこで待ち合わせしましょう。帰りはほんの十秒ぐらいの停車で済みますから、家の近くで降ろします。時間は……」


 記石さんはどんどんと話を進めていく。

 それが全く嫌そうではないどころか、少し楽しそうなので、ついつい押されるまま、私は記石さんと送り迎えの時間の打ち合わせをしてしまった。


「あの。でも毎日じゃなくて大丈夫ですよ?」


 一応、最後の抵抗とばかりに言ってみたけど。


「気にしないでください。これで朝は早起きの習慣ができるかもしれませんし、そのついでです」


 爽やかに言われてしまうと、それ以上拒否の言葉は出て来なかった。



 結局、その日の五時ごろに店は準備中の札をかけた。

 留守番は柾人に任せ、私は記石さんと一緒に、喫茶店の入っているビルの駐車場へ行く。


 記石さんの車は、意外と普通の四角い感じの車だ。

 スポーツカーみたいなのに乗っているかと思っていたので、想像と違ったけど、こういう車の方が落ち着ける。


「どうかした?」


 車を走らせ始めた記石さんに聞かれたので、私はつい正直に言ってしまう。


「高級車だったら身動きできなくなりそうだったので、普通で安心していました」


 記石さんは笑う。


「僕もね、ああいうのは万が一汚したらと思ってしまうし、なにより修理とか時間がかかるのが嫌で」

「高級車って直すのも大変なんですか?」

「外車だと部品を海外から取り寄せることもあるから。時間がかかるんだ。面倒なのはもうじゅうぶんだから、手っ取り早い方がいいと思って、ずっと国産車だよ」


 そういう事情もあるのかと、私は納得する。

 外車だと、高級だしもてはやされるぐらうにとてもいいことがあるんだろうと思っていたから。

 面倒くさがりの私も、外国産の車は向いていなさそうだ。


 それにしても記石さんは、運転する姿も様になる。

 この人を運転席においておけば、車が高級品に見えるし、そのまま今大人気の新車です! と宣伝できてしまいそう。


 私は記石さんを見たことのある車のCMの芸能人とすげかえる想像をしてみる。

 ……そうじゃないと、なんだか車の中に二人という状況を意識してしまいそうで。

 記石さんは、やっかいごとに巻き込まれたらしい子供を、守ってくれているだけなのに。


 そうしている間にも、車は家の近くに止まった。


 二十歩ぐらいで家に入れてしまう至近距離で車を止めた記石さんは、ちょっとの間、私の家をじっと見ていた。

 そのまなざしに、私は首をかしげる。


(懐かしそう……?)


 懐かしそうに見ているような、そんな気がした。

 初めて見るはずなのに?

 きっと気のせいだよね。


「何か鬼とか見えました?」


 きっとそういう関係のことだろうと思って聞けば、記石さんが苦笑いする。


「ああごめん。昔住んでた家に似てる気がして。さ、ここで家に入るまでは見てるから、安心して帰っていいよ。明後日は朝八時に、待ち合わせの場所で待っているから」

「すみませんお手数をかけて。よろしくお願いします!」


 私は頭を下げて、車からおりた。

 そうして家に向かって歩いていると、ふと気づく。


「あれ。記石さんに家の場所教えたっけ? あ、住所教えてあるから、調べたのかな」


 そんなことを思いながら、私は家に入ったのだった。

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