第31話 私にもご興味がおありですか
あまり話し続けるのも変なので、カフェオレが出来上がるまで、私は黙って書棚を点検することにした。
お客さんが本を戻す時に乱暴に入れたり、表紙の折り返しをしおり代わりにしていたのを、時々点検しては戻している。
そういう本は、たいていが書名の五十音順に並べられていないことが多いので、時間がない時にはそういう本だけ直すのだけど。
作業をしていると、近くに人がやってきた。
「ここ、本を置いてるお店なのね。どういった本がおすすめなのかな?」
三谷さんだ。
でも、好きな本を聞くぐらいならまあ普通の会話なので、安心して答えられる。
「これとかですかね」
以前、読んだ本を差し出す。これはカバーもちゃんとついている、普通に売っている本だ。三谷さんは「それを読むわ」と言って席に持って行った。
そこでふと思い出す。
ここは一冊読み切るまでは、お茶一杯で居座っても良い店だ。もしかして私、彼女を長くここに引き止めてしまう道具を差し出してしまったのでは……。
不安になっている間に、記石さんがカフェオレを彼女に運ぶ。そうして戻ってくるときに、記石さんが言ってくれた。
「大丈夫です。店から出したい時はそうできますから」
……鬼って万能だ。
おかげで安心して、私は本の整理に戻ることができた。
それを切り上げようとしたのは、三十分ぐらい経った頃だろうか。
次は何をしようかと振り向いたら、三谷さんがいて悲鳴を上げかけた。どうして彼女はこっそりと人に近づくんだろうか……。お客さんなのだから、店員に聞きたかったら普通に尋ねたら良いのに。
「な、何か御用でしょうか?」
「本を戻そうと思って」
「ありがとうございます」
運んでくれたのなら受け取ろうと、手を差し出す。
すると本を渡しながら、三谷さんが言った。
「あなたの教えてくれた本、とても面白かった。すごく趣味がいいのね。今度学校でも、色々聞いてもいいかな?」
「え……あの……」
どうしよう。ここで嫌だと言ったら、とても悪い人みたいだ。でも沙也をあんなにも悩ませた人と、できれば近づきたくない。というかお互い遠く離れて幸せになりたいと思うんだけど。
どう答えるべきか迷った私だったが、後ろから記石さんが助け舟を出してくれた。
「一ノ瀬さん。仕事中の私語はできるだけ謹んで下さい」
「あ、はい。そういうわけですので失礼します」
私はこれ幸いと、本を棚にさして三谷さんから離れる。
彼女も勤務中に話しかけたのはまずかったと思ったのか、それ以上は不機嫌な様子も見せずに引き下がり、レジへ行ってしまった。
え、もう終わりでいい?
私は三谷さんがお店を出て行くまでハラハラとしていたけれど、普通に会計を済ませて店を後にしてくれた。
ほーっと息を深く吐き出す。良かった。約束を避けられなかったら、沙也を泣かせてしまうかもしれないところだったもの。
「それにしても、なんで私に……」
つぶやいたら、ふっと横に柾人が現れて言った。
「いいや。君のお友達と同じように、君と友達になりたかったんだろ」
そっちですか! ていうか、そこまで真似したいのかと愕然とした。
「まぁ、君が彼女とお友達になったとしたら、さぞかし面倒なことになりそうだなと思うけれど」
「ひゃっ!」
柾人が耳元でささやいたせいで、息がかかって、ゾワっとした私は、急に現れた柾人のそばから飛びのく。
でも次の瞬間には、驚く感情がかき消えた。すると、鬼って息吹きかけられるんだな……と妙なことが気になった。
「こら」
記石さんがそんな柾人の頭を叩く。
「勝手につまみ食いするなと言っただろう。干すぞ」
嫌そうな顔をした記石さんが言うが、いつもは大人しくなる柾人は余裕の微笑みを浮かべたままだ。
「そんなこと、今はできないんじゃないか? あの娘が美月をターゲットの中に含めたみたいなのに」
「ターゲットって。沙也の真似をしたいから、私に興味を持ったまだけじゃなくて、ですか?」
疑問を口にすると、柾人が「もちろんだよ」と言いながら私の肩に手を置いた。
「君は彼女にとってアクセサリーなんだよ」
「アクセサリー、ですか?」
「君のお友達を真似するために必要な、アクセサリーだよ」
説明されても、柾人さんの言っていることが、本気でわからなかった。
「髪型を真似して、服装も真似したら、他のものも揃えたくなるだろう? できれば側にいる人間を」
……それでアクセサリーですか。というかお友達って、そういう理由で作るものじゃないと思うのに……。彼女は虚しくならないんだろうか。
でもさっきみたいに優しく話しかけられて持ち上げられたら、確かに断りにくい。好意的な行動をされたのにすげなくしたら、周囲の人には私が悪いと思われるだろうから。
「君も、自分が他からどう見られるのかを気にする人間だな」
柾人が私の考えを読んだように、そんなことを言う。
「気にしないで生きていける人間なんて、いないでしょうよ」
レジから戻って来た記石さんが、柾人の頭をまたしてもこずく。
「なんにせよ、今話していたような状態だとしたら、彼女については真似しにくい状態、を作り出せばいいんじゃないでしょうか。そうしたら、今の女性はあなたのお友達から離れざるをえなくなるでしょう」
「真似しにくい……」
「似たような人間になるには難しいとわかれば、他のターゲットに移るしかないでしょう」
「え、それじゃ、他の人がまた彼女に巻き込まれるんじゃ」
「仕方ありません。それが彼女の性格のようですから。そこまでは誰にも変えられませんよ」
確かに性格を変えるだなんて、ほぼほぼ難しいだろう。
「じゃあ柾人、彼女から、美月さんの友達に執着する感情だけ食べておいで」
そう言われたとたん、柾人は姿を消した。
これで三谷さんは、沙也のことを忘れてくれるかもしれない。
でも……本当にそれだけでいいのか。
迷う私に、記石さんが楽し気に言った。
「それだけでは納得できないのなら、彼女がどうして真似をしたのか、もっと深い理由を探るしかないでしょうね」
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