第30話 ご注文からみえるもの
「え、あの……まさかターゲットが私になったとかですか?」
沙也じゃなく、私の真似をしたくなったんだろうか。そう尋ねると、記石さんは首を横に振る。そしてとんでもない提案をしてきた。
「彼女を入れてみればわかりますよきっと。どうしますか?」
「え、入れてどうされるんですか? まさか、柾人さんに感情を食べさせて……とかですか?」
「あれを使うには、食べるべき思い出が何なのかわからないといけませんから」
「原因がわからないとダメなんですか?」
「そうです。何でもかんでも食べさせると、変な記憶まで根こそぎ行くので、廃人になりかねません」
私は記石さんの説明に身震いする。廃人だなんて怖すぎる。
確かにそれは慎重にならなくてはいけないだろう。
むしろ手っ取り早く探ってほしい、と思ってしまった自分を反省した。そういえば亜紀の時も、鬼を食べたからわかったと言っていたっけ。
「他の手は……」
「一つ、簡単に手がかりを調べる方法が」
「あるんですか!?」
「ええ、彼女をお店の中に入れて、つまみ食いをさせることですね」
「つまみ……柾人さんですか」
鬼の柾人が感情をつまみ食いするついでに、そこから類推するということだろう。
「上手くいかなくても、執着する感情をつまみ食いさせると、しばらくは美月さんのお友達のことも真似しなくなるでしょう。こうして美月さんを追いかけることもなくなって、しばらくは気にしなくていいと思いますよ」
記石さんの言葉は、とても魅力的だった。でも続けて忠告をしてくる。
なによりそれで原因がわかれば、私も沙也も対策をして、安心できるようになるかもしれない。
「ただし、上手く読み取れない場合もあります。そうすると、執着が薄れる間に原因が消え無いので、すぐに執着が戻るでしょう」
「振り出しに戻るのが早くなるんですね……」
「その間に、原因を探せたらいいのですが。そのヒントにするためにも、一度試してみてはどうですか?」
記石さんに勧められて……私はうなずいた。
「試して…みたいです」
そう言うと、記石さんはうっとりするような笑みを浮かべた。
「わかりました。では、入って頂きましょう。開店準備を手伝って下さい美月さん」
「あ、でもご用事があったのでは……?」
その予定で、私もこの時間に来ていたのだし、と思って聞いたのだけど。
「餌が手に入るのなら、そちらを優先しますので」
にっこり微笑んでいわれて、私は苦笑いする。
記石さん。三谷さんが鬼を作り出してくれるといいな、って思っているんですね? そんなことを考えるなんて、鬼ってけっこう燃費悪いのかな……。
そんなことを想像したせいなのか、後ろ頭を突かれた感覚があった。振り向いても誰もいないけど、柾人が抗議していたのだろうか。
「ちょっと想像するぐらい許してくれないかな……」
ぼやきながら、記石さんを手伝って開店の準備をはじめる。
椅子が綺麗に並んでいるかチェック。テーブルを一通り拭いて、卓上の砂糖やペーパーをチェック。
記石さんはその間に出しやすいようにお茶の用意を始め、最後にブラインドを上げる。
その時彼女と目が合って、にっと笑ったような気がした。
しかし三谷さんは、すぐにはお店に入って来なかった。
お店を通り過ぎる様に歩いて行き、それから戻って来て、今気づきましたという感じにお店の扉を開けたのだ。
いそいそと入って来た彼女は、手近な席に座ると、私を視線で追いかけた。
ぞわっとするけど耐える。
だってこうなるとわかっていて、お店を開けてもらったのは私だもの。表情を変えないようにしながら、水とおしぼり、メニューを彼女の前に置く。
「ご注文が決まりましたら、お知らせ下さい」
そう言って一度離れようとしたら、三谷さんが呼び止める。
「あの……変なことを聞いてごめんなさい。もしあなたの友達だったら、何を出すのか教えてもらってもいいかな?」
「…………」
本当に変な質問だった。ちょっとびっくりしてしまうほど。
だって私の友達だったら何を飲むのか、っていう好みをわかっているだろうから、それを教えてくれってことだよね? 飲み物まで合わせるのかと思うと、またしても背中がざわざわとする。
「……カフェオレでしょうか」
沙也の好みは言わずに、適当なものを口にしてみる。
でも、何も知らない彼女はそれで満足したようだ。
「じゃあカフェオレお願いします」
私は注文をメモして、記石さんのいるカウンターへ戻った。
「カフェオレをお願いします」
注文を伝えたものの、お客が一人しかいなかったから、全て聞こえていた記石さんは、既にカフェオレを作り始めていた。
でも私の方も、用はそれだけではない。近づいてささやく。
「どうですか? もう柾人さんは何かつかめたみたいですか?」
「まだ原因までは……。今の所、あなたのことを見ながら、お友達だったらどうするのかを考えているようですよ」
私は心の中でうめく。
「美月さんがカフェオレを勧めたので、美月さんのお友達もカフェオレが好きなのかもしれない。だけど、別な友達のことだったらどうしよう。でも直接名前を出して聞いたら、教えてくれないだろうし……と思ってメニューも決めたようですね」
それは私も感じていました。だから不思議に思う。
「……自分の好みってないんですかね?」
食べ物なんかは顕著に出るものだと思うのに。
そもそもお金を払って出してもらう食事くらい、自分の好きな物を食べたいと思うはず。なのに全て気になる相手と同じにしたいものだろうか。好みに合わないものだったらどうするのか。
「彼女の好みはあるでしょう。けれどそれより、誰か真似したい相手と同じようにすることの方が重要なのだと思います。おそらく彼女は、自分が無いんでしょう」
「自分が無い、ですか?」
真似をするのは目的があるんじゃないかと、私は思っていた。
沙也と同一化することに何か利点があるか、沙也をいじめたいのだろうと推測していたから。
だから彼女を、沙也をいじめた人だと考えていたのだけど。
記石さんはお湯が沸く音と、店内に流れる音楽にまぎれるような、小声で言う。
「自分で決めることに自信がないんでしょう。それで不安になるくらいなら、自分の趣味嗜好はささやかで、誰かの真似をする方が安心できるタイプの人なのだと思います」
だから、自分が無いと言ったんだ。
自分の好みなんて二の次というか、自分を信じられないから好みまで他人に依存するのだから。
たぶんそれでは、言動なんかもコピーするんじゃないだろうか。誰かが言ったから、自分も言うことで安心するとか。
よくわからないけれど、同意しておこうという場面は私にもあるけれど、それがいつもとなれば、問題があるだろう。
自分の意見を言わないということだから。
「そういう性質を持つ人は、一定数いますからね。しかもはっきりと、これだ、と一つに特定できるものでもありませんし、弱いものであれば普通の人が、ちょっと変なクセがある程度、ととらえられるくらいのものでしょう」
記石さんは「ただ」と続ける。
「こうして相手が嫌がるだろうことをしていても気づかず、自分の利益を優先した行動を繰り返し続けるのですから……。共感性は薄いのかもしれませんね」
「共感性ですか」
「他人が嫌だと思うなんて、考えの範疇の外なんですよ。……人は時に、自分の利益のために、わざと見ないふりをするものですが。無意識にそうしてしまうとなれば、美月さんやお友達の気持ちを話しても、普通に話し合って解決できるかどうか……」
いじめっ子だなんて認識では、なまぬるかったかもしれない……。
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