第14話 推理と三度目の遭遇

 その日も亜紀は、昼休みになってもクラスには来なかった。

 本来ならほっとするべきなんだけど、噂のことと、芽衣に聞いた生霊の話が気になって、落ち着かない。

 昨日のことは幻覚で、亜紀じゃなかったと思いたいからだと思う。


「ちょっと見て来ようかな……」


 遠くからそれとなく様子を見て来ようかと思った。

 でもお弁当を食べた後で立ち上がろうとしたら、沙也に止められた。


「美月はよしといた方がいいよー。噂のこと聞いて、見に来たのがもろバレになっちゃう」


 確かに沙也の言う通りだ。


「だからわたしが見て来てあげよう」


「沙也様! ありがとう!」


 机に平伏する私に笑いながら、沙也が軽やかな足取りで教室を出て行く。

 数分後、沙也は戻って来て言った。


「あっちのクラスの知り合いと会うふりして、見て来たよ。お友達とはふつーに話しているみたい。噂が自分のことだって思われたくないんじゃないかな? だけど、けっこう顔色悪かった」


 やっぱり亜紀が振られた人なのかな。


「でもおかしいよね?」


 芽衣が声をひそめる。


「どうして急にフラれた話が出て来るんだろ。それにこの話が彼女のことだったとしたら、付き合ってないって話になってるのもちょっと……」


「まるで、恋人だった期間が無かったって言いたいみたいだよね。本人達が漏らしたにしては、不自然かなー」


 頬杖をついた沙也が続けた言葉に、芽衣が「それよ」と言う。


「そこがおかしいんだよね。まるで新しい彼女が、彼には元カノがいなかったんだって、言いふらしたいみたいな感じ」


「え。どうして?」


「理由は二つあるわね。元カノなんていない、自分が唯一だって印象付けたくて、というもの。あとはその元カノに対する嫌がらせ」


「嫌がらせ……」


「フラれたことは言いふらしたいのよ。そうして自分が上だって、元カノにはわかるようにした。っていうことなら、あり得る話かなって」


「こわいよねー」


 沙也が身ぶるいしてみせる。


「でも、彼に新しい彼女ができたかどうかも、私達には知りようもないし。勝手な想像だだし、本当に誰かが振られたのを、見られただけかもしれないから」


「うんそうだよね」


 できれば複雑な問題じゃなくて、単純な話の方がいい。

 なんにせよ、この調子なら、亜紀が教室に突撃してくることはない。

 そう思った私は、久しぶりにゆっくりと帰ることにした。


 ちょうど掃除当番だったこともあって、沙也と話しながら放課後の掃除を済ませる。

 そのまま一緒に玄関へ行こうとしたところで、沙也が教室に忘れ物をしたらしい。


「ごめん、先帰ってていいよ!」


「わかった!」


 謝って走り出す沙也を見送って、私は階段を降りて行く。

 何も気にしなくていいというのは、けっこう気楽だ。

 今日はどうしようか。

 隠れる必要はないんだけど、しばらく喫茶店で勉強をし続けたせいで、癖になってきている。


「300円だもんね。それで勉強癖がつくならやすいもんだし」


 定着するまでは通って、それで成績が上がる一石一鳥でもじゅうぶんいいんじゃないかな。

 ただもっと早く帰るようにするべきかもしれない。また交差点で妙なことになるのは、怖いもの。


 そんなことを考えていた私は、とても油断していた。

 今はお昼だし、亜紀のことも問題が収まった。帰宅時と、家の帰りだけ気をつければいいと思っていたのだ。

 どん、と背中を押された。

 自分の足が階段を踏み外す。


 ――このままじゃ落ちる!

 下まで転がり落ちて、血を流す自分の姿が脳裏をよぎった。

 とっさに、手を滑らせるようにしていた手すりを掴んだ。それでも段差で尻もちをつきそうになって、足をぶつける。

 これでなんとか済んだ。


 でもこれで終わりじゃないかもしれない。

 自分を背後から押した人物を確認して、必要なら逃げなくちゃいけない。

 振り返った私は、息を飲む。


 そこに、片方の翼しかない、カラスのような鳥がいた。

 人と同じ大きさがある烏が、十数段下で手すりにすがりついている私を、冷たく見下ろしている。

 瞬きしても、その姿は消えない。でも現実のものじゃない。

 階段の踊り場にある窓が、黒いカラスの姿を透かして見えていた。


「なん……」


 落ちそうになったショックと、あまりのことに、声がそれ以上出ない。

 そんな私に向かって、カラスは嘴を開いた。


『……ひどい……ひどい……』


 しゃがれた声。

 それが亜紀のものと似ていると気付いた瞬間、私は悲鳴も上げられないまま、立ち上がって逃げた。

 幸い、もう階段を降りる必要はなくなっていた。

 玄関へ向かって走る。


 血相を変えて先を急ぐ私を、すれ違う人が不思議そうに見た。

 何人かとすれ違って、それからようやく私はハッとする。

 ここにはちゃんと人がいる。

 階段や、前の交差点みたいに誰もいないなんてことはない。


「じゃあ、大丈夫……?」


 そう思って走る速度を緩めて、歩きながら後ろを振り返った。

 変な鳥は追ってきていない。

 一階の教室を使っている三年生達が、廊下で立ち話をしたり、自分と同じように玄関へ向かって歩いているだけだ。

 一人じゃないことにほっとして、ようやく私は息を吐いた。

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