第8話 お見通しはちょっと怖い
《はろはろ美月。早く出て正解だったね、HRが終わってちょっとしたら、平沢さん教室に来てたよ。美月と集まって勉強してるのって、織原さんと久住さんでしょうって聞かれて、ちょっとびっくりしちゃった》
「うわ……」
亜紀がとうとう二人に確認するようになったみたい。
ちなみに織原が芽衣の苗字で、久住は沙也の姓だ。やっぱり今日のうちに、口裏合わせを頼んでおいて良かった。
《美月は用事があって先に出たから、後で合流することになったのって言ったんだけど》
だけど?
《それなら一緒にお願いしたいなって言われて……。わたしが返答に困ってたら、芽衣が言ってくれたの。これは三人の約束だし、急に言われても困るよって。私が良く知らないあなたのクラスのお友達との約束に、私が突然ついて行きたいって言ったら許可してくれるの? って》
さすが芽衣……。やんわりとでも言える、その勇気に憧れる。
《しかも美月から頼まれるならまだしも……私はあなたのことどういう人なのか,
良く知らないんだけどって》
うお。やんわりじゃなかった。ものすごいストレート。
さすがの亜紀も、芽衣達にとって自分は印象が良くない相手らしいと理解して、引き下がったみたいだ。
《ごめんね。明日はお詫びに二人に何かおごるね……》
私は沙也にそう返した。本当に迷惑をかけてごめんなさい。
《え、ほんとー? 期待してるー♪ コンビニアイス一個でいいよん》
沙也からは無邪気な返信が来た。
こういう時、沙也の素直さがありがたい。
お礼を断られると優しいなとは思うけど、申し訳なさだけが残る。
でもすんなり受け入れてくれると、それで少しはお礼が出来たことで安心できるんだよね。
それに安いものを提示してくれるので、私のお財布事情にもしっかり配慮してくれている。
《うん、ありがとう!》
お礼を返した私は、何を貢ごうか考えながらクッキーを食べる。
三枚あったはずの掌ほどの大きなクッキーは、もう残り一枚になってしまった。
さっくりしていてけっこう美味しい。記石さんが自分で作ったんだろうか……。
ちょっと手作りっぽい感じがあるんだよね。
本当にここにいても亜紀が気づかないのなら、二人を呼んでクッキーをおごるのもいいなと思う。
ただ、ここはおしゃべりをする雰囲気のお店じゃない。
お客の数は多くないけど、本を読む場所と決めているっぽい人が多いから、一人で来て無言で過ごす人が多くて、いつも静かだ。
だったら、別なものを買って行った方がいいかな……。
一度考えるのを中断して、プリントを仕上げる。
ふっと息をついて、冷めてしまった紅茶を飲み干そうとしたところで、また携帯が震えた。
表示を見れば、そこには亜紀の名前があった。
「う……」
あんまり内容は見たくない。
でも確認しないと。亜紀の居場所がわかれば、帰る時間を遅くするとかの手段が取れるもの。
恐る恐る開けば、亜紀からの恨み言ばかりだった。
私はテーブルに突っ伏す。1週間に一度とか、間隔が開いていればまだのろけも我慢出来たかもって思う。だけど毎日はきついよ……。
あげくに恨まれるとか、本当に亜紀と縁を切りたくなってしまう。
「別な友達に、こっそり話してくれたら良いのに……」
鬱憤は言って晴らすのが一番すっきりするのは、私もわかってる。
でも一人だけじゃなくて、分散してほしい……。というか、私も限界来てるし、芽衣達にぶちまけようかな。
ため息をつきながら私は勉強道具を片付ける。亜紀が家に帰っているらしいことはわかったので、帰宅しよう。
荷物を持って立ち上がると、記石さんがレジに移動して来た。
伝票を見た記石さんが言う。
「300円です」
「うえっ!?」
うそ、500円のはずと思ったら、記石さんに伝票を見せられた。
伝票にはクッキーの横に《サービス》と書かれている。
「え、これ、どうして」
お金をとってもらってかまわないのにと思って尋ねようとした美月は、記石さんに笑われる。
「毎日通うのは大変でしょう? ごひいきにして頂きたいですから」
「う……」
お財布事情のことを思えば、確かに有り難い。
背に腹は代えられないと思った私は、頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言う私に、記石さんは手を振って微笑む。
「いえいえ。気になさらないでください」
こうして話してみると、気さくな人だなと思う。
静かな店内で、必要最低限のことしか話さない記石さんは、なんだか人間味がないというか、どこか別世界の人みたいに感じていたから。
そのせいで、イメージが月下美人になったんだと思う。
今でもイメージが崩れないのは、片思いの本を勧められて、見通された錯覚を起こしたり、名前を言い当てられたこととか、不思議な言動をする人だからだろう。
と、そこで思い出す。
「そういえば、お聞きしようか迷ったのですが……」
「はい?」
「お名前の読みは『きいし』でいいのでしょうか? そのピンに……」
私の名前を知っているなら、こっちも聞いてしまおうと考えたのだ。
一応、どこで名前らしきものを見かけたのかも、指をさして教える。
「ああこれですか。ええ。『きいし』で合っていますよ。よく『きせきさん』と呼ばれるのですが、よくおわかりになりましたね」
そんな風にほめられて私は慌てた。
「え、あの、なんとなくそうかなと思っただけで」
「そうですか? でも当てて頂けるのは、なかなか楽しいものですね」
記石さんは、くすくすと笑って一礼した。
「またのご来店をお待ちしております。お友達をお誘いになっても、当店は歓迎しますよ」
「ひぃっ!?」
付け加えられた言葉に驚きすぎて、変な声が出た。だって、芽衣達を誘えたらって思ってたんだもの。
「どうされました?」
「あ、いえその…。さっきそのこと考えてたので、まさか記石さんは心が読めるのかと驚きまして」
「ああそうお考えになったのですね。女性でしたらお友達と誘い合って来ていただければ、お客様が増えて嬉しいなと思っただけなんですよ」
なるほど、と私は納得した。
確かに友達を連れてきてもらえれば、記石さんのお店はお客が増えるわけで。
……そもそもこのお店、平日も休日も変わらずにお客の数は少ない。
いつも私を含めて三人ぐらいいれば良い方だ。
経営は大丈夫なのかなと、心配になるくらいではある。
「そしたら、今度は友達を連れてきます」
私はそう言ってお店を出た。
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