3.模擬戦

少女の様子も落ち着いた頃には稽古開始予定時刻間近となっていた。

少女を家人かじんと信頼に値する弟子へ託し、勝清自身は道場内の掛け軸前へ移動して残った弟子達を集合させる。

全員が正座の状態で並んだ事を確認し、「黙想」の号令が道場内に響く。「め」の声と共に弟子達が目を開き、勝清からの挨拶や通達を聞く。それが終わると全員で準備体操へ移る。

ここまでなら以前の剣道等においても見られる光景と言えた。だが、そこから稽古の形式は変わりだす。


準備体操を終えた人々は大きく、二手に分かれる。訓練用の的等が用意された場所へ向かう、入門したての者と教導当番日である弟子達。そして、道場の中央周辺で『模擬戦』に備える者達だ。


いきなりの模擬戦は一見すると妙に思われるが、しっかりとした事情が存在する。

『対インベーダー』を目的とする以上は「奇襲へ備えつつ、速やかに臨戦態勢へ移って戦う」事は必要不可欠な技能であり、即座に模擬戦が始まる(相手もその時にならねば分からない)形式は「より実戦に近付ける」意味において重要と言えた。


「扶桑大和、川内喜一郎。状況開始!」


勝清の一声に反応し、両者は得物へ手を掛ける。

実戦においてインベーダーが御行儀良く、正々堂々と構える事など無い。

故に彼らの行動は「迅速である」事を求められる。


(喜一郎さんが相手か……主導権を握られるのは宜しくないな!)


川内喜一郎。

大和が生まれる前より道場へ在籍していた人物で、インベーダー襲来以前から「迅速さ」を尊ぶスタイルで名の知れた『熟練の猛者』である(余談だが、本人は『夜戦からの急襲』を最上としているにも関わらず、「夜戦の機会に恵まれない」という奇妙なジンクスが付き纏っている。)。

大和も決して遅くはない。だが、それ以上に相手は手慣れていた。

現に向こうは得物の拳銃と小太刀を構え終え、攻撃態勢へ移っている。


完全なる不利。

真っ当な「戦闘に関する知識」を持つ者であれば、誰もがそう結論付けるだろう。

それでも大和の瞳に揺らぎは無い。


(まぁ、結局は主導権を握られるんだけどさ……俺程度の腕前だと。それでも『敗北が確定した』訳じゃない……!)


そう。『不利』ではあっても『敗北』に直結してはいない。

故に動揺も諦観も必要無い。

必要なのは「勝つ為の立ち回り」だけだ。


「ふっ……!」


躊躇う事無く、喜一郎の元へ跳び込む。

拳銃から牽制けんせい弾が飛び、小太刀は哀れな獲物を狙う様に逆手持ちで振りかざされている。

その二段構えを大和は―


「よっと……!」


牽制弾に『ショットガンを盾代わりとする』事で対処し―


「この間合いで……どうよ!」


『小太刀がギリギリ、届かぬ間合い』から居合の要領で刀(鞘付き)を相手の脇腹へ叩き込み、思惑を打ち破る。


「ぐぅっ!?」

『そこまで。登録者、川内喜一郎が致命傷を受けた物と判断する』


『パシィィィン!』という機械的な効果音と同時に「ドスッ!」という重い音が響くも喜一郎は立っていた。

しかし、模擬戦用判定装置より発せられる電流は尋常でなかった。

彼が苦悶の声と表情を示した事へ合わせるかの如く、判定装置は「勝敗の如何」を淡々と宣言する。


「……やれやれ、もう少し年長者を労わって欲しいもんだ」

「いや、喜一郎さん相手に加減しながら勝てるのは師範位ですからね?」


完全ではないもの、声や表情から苦悶の様子が抜けると同時に喜一郎は軽口を叩く。

つられて、大和も(半分は本音だが)軽口で合わせる。

この辺りは「大和が道場へ入門した頃からの付き合い」故だろう。


気が付けば周りでも同様の模擬戦が行われている。

そして、御互いに別の相手と行う指示が飛ぶ。


「それじゃ、締め括りまでに力を使い果たさん様、気を付けてな」

「ありがとうございます。喜一郎さんも気を付けて」


声を掛け合い、その場から離れて次へ向かう。

これを数回、繰り返したところで「め」の声が響く。

二手へ分かれていた者達が一箇所に集い、正座する。

先程までの模擬戦が所謂『地稽古(互角稽古)』ならば、ここからは一対一で己が持つ全てをぶつけ合う『試合稽古』と言える。

同時にこれまで言われてきた『締め括り』の事でもある。


「飛鳥、御疲れさん……いや『これからが本番』は確定っぽいな」

「うむ。まだ我々に声が掛かっていない以上、そう考えるべきだろう」


無作為で選ばれた二人一組が師範から呼び出され、道場の中央にて「己が持つ『力』の全て」をぶつけ合っては元の場所に戻る……その繰り返しの合間を縫い、お互いに呟き合う。

そう。この模擬戦における『締め括り』だけはある程度の規則性を持っている。

具体的に言えば「『将来性があり、後に続く者へ刺激を与えられる者』同士で行う」事がそれだ。

こちらの模擬戦は双方が『純粋な力のぶつけ合い』を通して鍛え合う意味だけではなく、観戦する者が「他者の技術や判断」等を客観的に学ぶ『見取り稽古』としての意味合いも含む。

これは「観察眼の強化」へも繋がり、インベーダー相手の実戦において重要な役割を果たす事となる。


「扶桑大和、山城飛鳥。前へ!」

「どうやら、出番が回ってきたみたいだな……お手柔らかに頼むぜ?」

「私がお前相手に加減を効かせられる程、器用でない事は知っているだろう?……私が『道場内』で出せる、全力を以って挑む。それだけだ」


呼び出しを受けて、お互いに立ち上がる。

そして、言葉を交わした直後に飛鳥は自らの服へ手を掛け……脱ぎ去った。

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『アームド・スチューデント』 ムミョウ @unsung4989

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