夢の通い路:解説

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登場する話題など蛇足解説


世界のあらゆる場所が滞った状態では:

航空機の生産現場での労働力不足とサプライヤーからの部品不足が激しく、エアバスは3月末に、当面生産は通常の10~20%程度までしか回復しないという見通しを示しました。

その一番ひどい状態は脱しつつあるものの、4月には大規模な減産(30%減)を決定。依然として厳しい状態が続いています。

https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-airbus-suppliers-idJPKBN21I04L

http://www.jwing.net/news/23975


顧客とのやりとり:

新型コロナショックで航空各社が軒並み大打撃を受けている中、多くの会社が発注の見直しやキャンセル、受領の延期を交渉しています。中東のあの巨大エアラインもそのうちの一社です…


貧血のような症状:

エアバスCEOは4月末に「前例のないペースで現金が流出しており、会社の存在そのものを脅かす可能性がある」「われわれの命運をコントロールするため今急いで行動しなければならない」と伸べました。「Bleeding cash」、直訳すると現金の出血ですし、じっさい企業の血液ってお金、あと人や物や情報ですよね。

ところで、生産には多大な人日と途方も無い数の部品供給を必要とするのに、この状況下ではたとえ生産したとしてもまともに受領できそうなエアラインがない機種がありますね…

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-04-27/Q9FA1HT1UM0X01


鉄分の方はアルストムが持っていった:

カナダの重工(元)大手ボンバルディアの経営状態の悪化に伴う各事業の切り売りのこと。エアバスはリージョナルジェットのCシリーズ事業を(A220として)提携を経て最終的に取得しましたが、同社の鉄道車両製造事業についてはフランスのアルストムが買収しています。あとCシリーズじゃない方のリージョナルジェット事業は三菱重工が買って話題になりましたね。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55616380U0A210C2TJC000/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55752400Y0A210C2MM0000/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46571510V20C19A6EA2000/


今後さらにひどくなるのは目に見えていて:

エアバスは(大規模な)人員削減を計画。

5月14日時点でドイツやフランス、スペインの労組と協議中です。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-14/QAAPELDWX2QA01


そのうち国からの輸血もくる:

6月9日、フランス政府は航空産業支援に150億ユーロ規模の救済策を発表。エアバスやサプライヤーの資金支援や人件費の肩代わりなどが盛り込まれています。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-06-09/QBNEYMDWX2Q201


カーゴルクスさんも彼も働き詰め:

欧州最大規模を誇る貨物航空会社カーゴルクスとその機材達は文字通りのフル回転状態です。3月末時点でフライトは同時期の3割増し。貨物航空他社でも4割増し~5割増し近いということで、どこも航空貨物需要急増への対応に追われています。

https://theaircurrent.com/airlines/as-coronavirus-empties-the-sky-of-passenger-planes-air-cargo-marches-on/


アルコールなくて薄めた漂白剤使うと手がガサガサになる:

4月5日に投稿された、(推定FedExの)パイロットのグレンさんのコロナ危機下での欧州の貨物便の記事を参考としています。ドイツ最大の空港であるフランクフルト空港でアルコール消毒液を使い果たして水で薄めた漂白剤を使っているくらいですから、隣国ルクセンブルクの貨物メイン空港でも潤沢に用意できているわけではないでしょう。

薄めた次亜塩素酸ナトリウム水は物を拭いたりする用途の消毒には適当ですが、手指の消毒には向いていません。あれば石鹸での手洗いやアルコール消毒を使いましょう。

https://www.avweb.com/insider/flying-freight-in-the-corona-crisis/


飛行機を受け取りたくなくて電話にすら出ない:

ホントの話。電話かけても出ないくらいですからメールなんてもっと返ってこないのでしょう。航空会社も居留守キメるんだ…(しかも複数社)

https://www.airlive.net/airbus-ceo-some-airlines-are-not-answering-the-phone-to-avoid-taking-delivery-of-their-new-aircraft/


ターマック・アエロセーブ(TARMAC Aerosave):

欧州最大規模を誇る航空機リサイクル・メンテナンス管理会社。フランスのタルブ・ルルド・ピレネー空港とスペインのテルエル空港にはこの会社の「飛行機の墓場」があることで有名です。前作「いつか空の」注釈で少々触れましたが、彼は元々エアバスの航空機リサイクルプロジェクト「PAMERA」がスピンアウトして生じた合資会社であり、まだエアバスの一部だった頃にA380静強度試験機や、A350の静強度試験機を解体したことがあります。

飛行機を生み出す会社の分身として生まれ、健やかなることを願いながらその傍ら引導を渡す、飛行機の墓守。誰よりも早くA380を解体した経験が、しかしできるだけずっと後になるまで役に立たなければいいのにと(きっとエアバスが同じくらい)望んでいたのかもしれないと思いますが……同社は既に2機、エアライン退役後に行き場のなかったA380を解体済みです。そして今、同社のもとには多くのA380(そしてもちろん他の機種も相当数)が羽を休め、静かな嵐が過ぎ去るのを待っていますが、この眠る巨鳥すべてが再び目覚めることができるのかどうかには、依然として明るい見通しは持てずにいます。

https://www.tarmacaerosave.aero/history


L34:

トゥールーズ空港北側にあるエアバスの建物の一つ。A380やA350の静強度試験に使われた後は、エアバスの特殊大型貨物機のベルーガXLの製造場所として使われたそう。

https://www.theengineer.co.uk/airbus-belugaxl-cargo-debut/


5%足りずに主翼が砕けた:

A380の静強度テストでは、目標の150%負荷に到達する目前の145%で主翼が壊れてしまいました。逆に言えば静強度試験機というのはこういうことのためにいるわけで、この結果を調査反映して後続機には補強が施されました。

https://web.archive.org/web/20080415145147/http://www.flightglobal.com/articles/2006/05/23/206797/airbus-to-reinforce-part-of-a380-wing-after-march-static-test.html


ドリームリフターによる物資輸送:

ドリームリフター(747LCF)は、747旅客機をベースに改造したボーイング社の特殊大型貨物機で、いつもはボーイング787のパーツの空輸に使われています。このたびの新型コロナに際しトランプ大統領がこの機体での物資輸送を大言壮語したものの、超大型でメイン貨物室の開け締めにも積み下ろしにも専用地上機材が必要という特殊さから、対応できる空港はほんの一握り。結局床下貨物室(旅客型の747でも貨物室と使われているスペース)にだけ物資を積んで輸送しました。ドリームリフターでやる意味あったのかなあ…

https://www.aviationwire.jp/archives/201431


純然たる「旅客機」:

ただしA380開発時、顧客からの要望により静音性を向上させたり、貨物型及び長胴型が開発可能なように、主に足周りが余裕を持って頑丈に設計されました。のですが、それがまた機体を過重量に…つまり燃費が悪く…している一因でもあります。結局貨物型も長胴型も作られず、この設計は完全に裏目に出ました。

またエンジンについてはメーカー側の言うことを信じその時点での最新というエンジンを積んだのですが…、実際にはその裏で787向けの次世代型低燃費エンジンの開発が進んでいました。このためエアバスは相対的に燃費の劣る旧世代エンジンを掴まされたと言ってかなり怒っています。

https://leehamnews.com/2018/02/16/leahy-remains-steadfast-a380-future/

https://www.airlineratings.com/news/airbus-supersalesman-blames-engines-a380-failure/

https://www.headforpoints.com/2020/12/27/why-did-the-a380-fail/


ルフトハンザがA380の貨物化を請けた:

正しくはルフトハンザの航空メンテンス部であるルフトハンザ・テクニーク。顧客は明らかにされていませんが現在作業中、座席を取り払った簡易的なものの予定ですが、ルフトハンザ・テクニーク曰く床面の補強等を含む永続的貨物転換についても技術としては可能とのこと。問題はそれをして割に合うかどうかですが…

https://www.aviationwire.jp/archives/202480

http://sky-budget.com/2020/05/06/a380-cargo-configuration/


10年以上前に貨物型の開発を凍結:

正確には2007年。なお以下記事では写真のように紹介されていますがこれはCGであり、貨物型のA380が製造されたこと自体ありません。

https://www.afpbb.com/articles/-/2188888


最大離陸重量:

自重や荷物、燃料等すべてをひっくるめた、航空機が離陸できる最大重量。A380はその巨体のせいで自重や燃料重が最大離陸重量の多くを占め、その大きな姿とは裏腹に積載可能重量はそんなに多くありません。あまり重たいものは運べないのです。

https://www.flexport.com/blog/airbus-a380-no-cargo-equivalent/


今やまるでヒーローのように:

これまでは(夜間飛行も多いし)割と地味な航空貨物輸送でしたが、いまや747貨物機は物流を支えるヒーロー扱いされています。空の女王強し。

https://edition.cnn.com/travel/article/boeing-747-covid-19/index.html


A380の機首の一部:

A380 MSN5000のコックピット部分は割と最近までトゥールーズ工場の片隅においてあったとのこと。特に何も起こってなかったら多分まだおいてあると思うんですがgoogleマップ空撮写真では発見できず。誰か見つけたら教えて…

https://twitter.com/hikouki_212/status/1261101140243935232


私や弟妹たちを生み出してくれた人たちは:

超大型機であるA380の生産には中・小型機と比較してずっと多くの人員が必要です。数にしてA320の8倍。予定されているエアバスの大規模な人員整理でも大きな影響が出るだろうことが予想されています。

また、欧州全域に広がったエアバスの生産網は「欧州の航空宇宙産業と経済を支えている」のと同時に、その大義故の冗長さや非合理性をはらんだものでもありました。新型コロナウイルスのパンデミックは、エアバスにこの聖域へ大鉈を振るうことを強いるかもしれません。生産網の合理化、工場閉鎖の検討は、エアバスの存在意義にも影響することになるでしょう。

https://www.reuters.com/article/us-airbus-restructuring-idUSKBN23A29F


白尻尾:

通称「white tail」、発注キャンセルを食らい買い手のつかない機体のこと。尾翼にエアラインの塗装が施されず白いままであることが多いためこのように呼ばれます。エアラインの倒産、メーカー側との交渉決裂、急な発注の振替などで発生しますが、焦げ付きが長期になれば維持費管理費が馬鹿にならないため、航空機メーカーが最も避けたい事態の一つです。ボーイングの「テリブルティーンズ」もこの一例ですが、エアバスの過去例だとA340の生産末期に、発注していたインドのキングフィッシャー航空(後に倒産)の経営難から発生したものが悪名高いようです。

https://www.bangaloreaviation.com/2009/02/kingfisher-airbus-a340-500-becomes.html

https://www.bangaloreaviation.com/2008/12/spectre-of-white-tails-haunt-airbus-and.html


A380と747は終わった:

エミレーツ航空社長ティム・クラーク氏が語って曰く「A380も747も終わりましたが、A350と787には常に(活躍の)場所があります」。ほぼA380と777オンリーの大規模フリートを擁するエアラインの責任者の爆弾発言に、業界に動揺が走りました。

https://www.thenational.ae/business/aviation/emirates-tim-clark-coronavirus-is-a-black-swan-event-for-the-airline-industry-1.1015208


エミレーツ航空がA380の4割の退役を検討していると報じられ:

直後にCEOが否定しました。予定していた3機の退役を除き、全機の復帰を目指すとのことですが、依然として予断を許さない状況です。

http://sky-budget.com/2020/05/17/emirates-a380-retire/

http://sky-budget.com/2020/05/25/emirates-keep-a380s/


フラッグキャリア:

国を代表する航空会社。日本でいうと日本航空ですね。

かつて日本航空が(全日空とともに)国産旅客機YS-11を運用したのも、少なからず本文中のような意味があったとされます。


白象:

英語で「white elephant」。この場合白くて大きいことを指すのではなく、故事から来たイディオムです。

東南アジアにおいて白象は神聖な動物でしたが、君主から白い象の贈り物を受けることは祝福だったと同時に呪いのようなものでした。理由は簡単、白象を飼い続けるにはとてもお金がかかり、かといって神聖な動物なので普通の象のように働いてもらうこともできず、そして売っぱらうことも処分することもできないお荷物だったからです。このことから「white elephant」は(維持費が高いのに役に立たない)お荷物や無用の長物を指す言葉になっています。

https://en.wikipedia.org/wiki/White_elephant


次の五十年に私達がいなくても:

エアバスは2019年に設立50周年を迎えました。5月39日に行われたA220・A320・A330・A350・A380・ベルーガXLが参加する記念の商用機編隊飛行は壮観ですが、同年2月14日時点で、A380は2021年の生産終了が決まっていました。

なおエアバスさん自ら「Airbus: The First 50 Years」と題した50周年本の執筆を航空ジャーナリストに依頼しといて、汚職関連の赤裸々な記述がお気に召さずお蔵入りになってしまったのはないしょ。なら御社が自分で書けばいいのに…

https://www.youtube.com/watch?v=JS6w-DXiZpk

https://www.airbus.com/newsroom/press-releases/en/2019/05/airbus-celebrates-50-years-of-pioneering-progress.html


全身が燃え上がり、体がばらばらになるような:

(企業として「存続し続けなければいけない」彼は決してそれをしないという前提ですが、)もしエアバスさんが夢に縋りA380にとり殺されるとしたら、プロジェクトの膨らむ負債と投資額を到底回収できないことによる資金枯渇(Burnout:原義は「燃え尽き」)と、複数社の共同事業体として生まれた彼の「組織としての瓦解」だろうなあと思ったのでこんな表現に。実際、エアバスの悲願の成就であると同時にエアバスの協力と調和の象徴でもあったはずのA380の生産により生じた歪みが、フランス・ドイツ間の協力体制にヒビを入れていたという内部の指摘もあります。

https://jp.reuters.com/article/airbus-a380-history-idJPKCN1Q40FG


F-WXWB:

A350初号で飛行試験機。2013年生まれの7歳で、お話の中ではちょい役ですが、社有機のためエアバスさんとこにずっといる子です。レジ番の下3文字はA350の「エクストラワイドボディ」に因むもの(エアバスはしばしば遊び心を感じるレジ付けをします)。

次の五十年、エアバスさんの側にいるのはA380ではなくてA350やA220なのかもしれません。

https://www.planespotters.net/airframe/airbus-a350-900-f-wxwb-airbus-industrie/ejnkz8



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参考文献等:



エアバスが世界最大の旅客機「A380」を“引退”させる本当の理由|WIRED.jp

https://wired.jp/2019/10/20/airbus-a380-retirement/


焦点:エアバスA380生産中止、「欧州の夢」なぜ失速したか - ロイター

https://jp.reuters.com/article/airbus-a380-history-idJPKCN1Q40FG


Airbus A380: from European dream to white elephant - Reuters

https://www.reuters.com/article/us-airbus-a380-history-analysis-idUSKCN1Q30K4


A380 Freighter Might Be More Trouble Than It’s Worth For COVID-19 Air Cargo

https://www.forbes.com/sites/willhorton1/2020/05/06/a380-freighter-might-be-more-trouble-than-its-worth-for-covid-19-air-cargo/#2340277875df


Crisis blocks Airbus plan for new A321 jet plant in France - Reuters

https://www.reuters.com/article/us-health-coronavirus-airbus-costs/airbus-shelves-plan-to-add-new-a321-assembly-line-idUSKCN21S0ZO


Aviation Industry News: Airbus Boss Warns of "Bleeding Cash" - Bloomberg

https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-04-26/airbus-ceo-warns-workers-it-s-bleeding-cash-and-cuts-are-needed


On its 15th birthday, the Airbus A380 is facing retirement - CNET

https://www.cnet.com/news/on-its-15th-birthday-the-airbus-a380-is-facing-retirement/


Europe's Detroit? Pandemic bursts Toulouse aerospace bubble - Reuters

https://www.reuters.com/article/us-health-coronavirus-aerospace-toulouse/europes-detroit-pandemic-bursts-toulouse-aerospace-bubble-idUSKBN23F0I4


Air France says adieu to A380 - what's the future of the double-decker? » AirInsight

https://airinsight.com/air-france-says-adieu-to-a380-whats-the-future-of-the-double-decker/


旅客機型式シリーズスペシャル エアバスA380


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いつか空の行き止まりまで サキノ @sakino_haka

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