第17話 母さんごめん。俺、いくよ……!

「そんなっ! 天使はヒュドラを倒しに行ったってさっき光輝君言ってたじゃないっすか!」


 真千は「話と違う!」と激高しながら俺を睨み、大声で叫ぶ。

 そりゃタイマンだと思って矢先、第三者にやられたんだからむかつくだろう。


「いえいえ、ご主人は嘘ついてませんよ。だって私、ちゃんとヒュドラを”残滅”してからきましたから」


「えっ……?」


 分かったか真千? これがうちの大天使様のちょっと訳が分からない強さなんだよ。


「そんな……! だってあのヒュドラっすよ? 一般の訓練された兵士数百人分の強さを誇るヒュドラを、ヴァルキリーを落とすため、約一万体用意したんすよ? それがあんな数分で……?」


「あんなモブキャラ如きで私を足止めさせられるとでも?」


 なんかエリからラスボスのオーラを感じるんだが、これ大丈夫? 

 そのうち俺の前に立ちはだかるとかやめてよ?


 その時、真千のドラゴンの体が淡く輝き粒子のようなものがパァァァと拡散していく。これはよくある消滅ってやつだろうか。


「まさか、最強になる前こんな壁にぶつかるとは。これは貯めていた魔力を全部使って挑まないと勝てないっすねぇ」


 真千は「アピィアラァンス」と呟き、消えかけている黒いドラゴンの隣に真っ赤なドラゴンを出現させ乗り移る。これ、モ○ハンで見た事あるんだけど……。


「今回は負けてしまったっすけど次は絶対に勝つっすよ! ……まあ準備時間がそこそこかかると思うっすけど……」


「ここで逃がすと思いますか?」


 エリは「オープン」と呟きさっき真千のドラゴンを貫いた弓、アルテミスを手元に出し、弦を引き絞る。


「そりゃ逃げるっすよー。ここで私が死んだら我が国、”二次元LOVE”が滅亡するし」


「ふーん。それじゃあ10秒間待ちますので逃げてください♪ ほら、よーいどん!」


 うわぁ……エリさん。鳥を空に放って銃で狙い撃って楽しむみたいな事をしようとしてる。

 実は天使じゃなくて悪魔なんじゃないの?


「マジで!? サンクス天使! それじゃ”ワープ!”」


 そう叫んだ瞬間、真千と赤いドラゴンの体が歪み、薄くなっていき、ポワンとその場所から姿を消した。


「あっ……」


 これってあれですよね。舐めプしていたら逆襲されてしまったみたいな。

 強い力を持っている人に程ある満身創痍ってやつですよね?


「……おいエリ」


「……いやっ、そのっ……。だってっ! 人間がワープなんていう最上位魔法を使うなんて思わないかったんですよぉ~!」


 どうしてこの大天使はいちいち遊ぶのだろうか。


「あ~あ。今、戦争終結していたのになぁ~」


「うぐっ……」


「エリが全て終わったのになぁ~」


「あぐっ……」


「もし終結していたらが沢山できたのになぁ~」


「えっ……!? それは本当ですか!?」


 俺の嫌味を聞いて苦虫を嚙み潰したような顔をしてF35の隣を飛んでいたエリがいきなり元気になり、バッ! とキャノピー(ガラス窓)に張り付く。


「あ……? あぁ、ほ……本当だ」


「キタコレッ! 分かりました! 今から”二次元LOVE”を滅ぼしてきます!」


「待つんだエリィィィ!!!」


 このくだり、昨日俺がやった気がするんだが……。


「大丈夫です。私一人で国を潰すくらい簡単ですよ!」


「お前がやると”侵略”じゃなくて”残滅”になるから駄目だ!」


 せっかくのケモミミ大国を滅亡させられたら俺泣くぞこの野郎!

 エリの存在って、核とか原子爆弾とかより危険なのでは?


「むぅー。ご主人との時間……」


「まったく。俺の何がいいんだ?」


「えっ? そんなの優しい心を持っている事とか一緒にいて飽きなくて面白い事とか、安心する事とか、”激しい事”とかですよ」


 激しい?

 

「あのーエリさん? 何が激しいので?」


「あっ、それは前世でしたね」


「いやだから、何がだよ」


「ご主人っ! な私にそんな事を言わせるのですか? そういうプレイが好きなのですか?」


 いやいや、最低でも600歳は超えてませんでした?

 確かwiki先生は”小学校に入学してから18歳まで”って前に調べた時書いてあった気がするんだが。決してロリコンではない。


「だから何を――」


「さーて! 帰りましょうご主人! このガラス窓を開けてください」


 どうやらエリはそれについて話すつもりはないようだ。

 前世、俺って何が激しかったの?



      §



 エリをF35に乗せた後、俺はヴァルキリーに向かって飛行する。

 と言っても富士山を一つ越えたくらいの距離なのですぐに外壁までついたが。


 外壁の上に立っていた魔法使い達は俺を見るや手を振って何かを叫んでいた。

 外部マイクをONにして聞いてみると、


「ありがとー! 英雄様!」

「いやっ! あれは大魔導士だ!」

「どっちでもいい! あの方がこの国を救ってくれたのは間違いないのだから!」

 

 などお礼を言ったり称えたりしていた。

 


 VTOLモードにして低空飛行でゆっくりとヴァルキリーの王城へ向かっていく。

 その途中、光学カメラで町を見るとたくさんの人がこちらに向かって手を振り、


「ありがとう賢者様!」

「昨日来たあの人はこの国の救世主だったんだ!」

「あんな魔術初めて見たわい」

「おじさんすごーーい!」

 

 などさっきと同じく俺にお礼を言っていた。だから俺はおじさんじゃねぇ!

 皆そろってこの反応。もしかしてこれって……。


「もしかして俺、人気者になったりして?」


「うーん。多分そこで私は、そんなご主人に限ってそんなことないですよ~、と毒舌を吐かなければいけないのでしょうが、これは……はい。人気者になってますね」


「……マジ?」


「大マジです」


 OU……マジかよ。ここで俺は国民的スターになってしまったのか。これは歌って滅ぼす系アイドルになるしかねーな。



 歓喜や俺を褒め称える町の上を通り、王城に着く。

 城の庭には沢山の兵や町人が埋め尽くされていたが、F35を見るや円形の着陸できるスペースを開けてくれたのでそこに着陸する。


 注目を浴びる中、俺はキャノピーを開けて地面に降り立つ。

 引きこもりのように視線がキツイ! 死ぬ! みたいな事は俺にはないのだがすげぇ恥ずかしい。

 

 そんな時、俺の正面にいた群衆が左右にずれて道ができる。

 なんだ? と思い見ると真ん中には鎧から白を基調とした華やかなドレスに着替えたナチェが立っていた。

 隣にはローウィンさんがいて、その後ろにはさっきの火玉の爆風からナチェを守った二人と賢者という感じが出ている眼鏡をかけた老人がいた。


「なあ、グアル。本当にこいつがこの国を守った英雄なのか?」


「ちょっと失礼だよアイリ。すみません。この子、口が悪くて」


「なんだと! この野郎!」


「アイリはそういうのをやめた方がいいよ」


 男口調の金髪ロングの少女はそう言って優しそうな雰囲気を出す青色の髪をした青年に掴みかかる。

 青年は手を出さず口だけで抵抗する。


「全く、いつも喧嘩ばかりしてんじゃねぇぞ! そんなんでナチェリー様を守れるのか! この馬鹿共がっ!」


『すみません……』


 ローウィンさんの一喝で二人は離れ、同時に謝る。

 つーかグアルっていう青年はただのとばっちりじゃね?


「あはは、すみません光輝様。アイリおね……アイリさんは昔からあんな感じで治らないんですよ」


「そんなっ! なっちゃ……ナチェリー様!」


 今、サントリーのオレンジジュースの名前を言おうとしなかったか?


「いや、大丈夫だ、問題ない」


「そうですね、女性になら何言われてもいいんですよね、変態♪」


 人の姿+メイド服になったエリは群衆に聞こえるようにわざと大きな声で意地悪そうに罵る。


「ちょ!? そういう事は場所を考えて言ってくれよ! やめて! 群衆の目が痛い!」


 町人のジト目の集中攻撃。俺に300の精神ダメージ。残り30。


「え~、だって本当の事じゃないですか~♪」


 こいつまさかっ!? さっきの嫌味の仕返しにこんな事をしでかしたのか!?

 くそっ! こいつは”どんな時に痛恨の一撃を与えられるか”という戦術を知っている!


「だってご主人は~、私の、むぐっ!?」


 俺は何か大変ヤバそうなことを言おうとしていたエリの口を塞ぐ。

 これ以上は俺のバイタル危険域です。


「な、ナチェ! 宴会はドドドウナッタノカナー! オレハラヘッタワー」


「は、はい。準備は出来ています」


「よしなら行こう。今すぐ行こう。俺が死ぬ前に早く行こう!」


 俺の有無を言わせない強い押しにナチェはたじろぎ、「わ、分かりました」とぎこちなく了承する。


 

 その後、執事のバトラーさんに案内され城の中に作られた宴会場に行く。

 宴会場は料理をたくさん盛り付けた皿や色々な飲み物が入ったグラスをテーブルに置き、小皿でそれをよそって食べたり、取って飲んだりというバイキング形式であった。

 

「光輝様は初めて見ますか? こういう自分で取ってきて食べる形の食事は」


「そりゃ見たことあるわけねーよな。こんな最近広まったなんて」


 いや、俺の生まれ育った地元にある”す○みな太郎”っていう飲食店でよくお世話になってたんですが。

 アイリの言い方的にこの世界には元々なかったってことか?

 

「なあナチェ。これってどこから教わったんだ?」


「えっ? これはですね。貿易国の使者が教えてくれたんですよ。なんでも”賑やかで楽しい食事になる”と」


 明かにそいつ、この世界の住民じゃないよな。また転生者かよ。


「話は食いながらでもできるだろー。うち、腹減ったわー」


「全く、アイリは本当に男みたいだね」


「うるせぇ、グアルは女々しいんだよ」


「またかよお前ら! いい加減にしろ! これはナチェリー様を助けてくれた光輝殿をもてなす為の宴会なんだぞ!」


『ごめんなさい……』


 口論をしていたグアルとアイリはローウィンさんの一喝でピタっとやめ、同時に謝る。ホント息ぴったりだな。

 つーかなんでローウィンさんは殿付けなの?


 俺たちはバトラーさんから銀のトレーを受け取り、皿とフォークを乗せる。やっぱりこの世界には箸というジャパニーズトールは無いようだ。

 アイリは「おっさきにー!」と走って自分の皿にどんどん料理を詰め込んでいき、その後ろから「やれやれ」とグアルがため息をつきながらついていく。

 二次元で言うところの元気な姉に振り回される静かな弟ってやつだろうか。


「さて、俺も行くか」


 大皿に乗せられた料理の大半は現実世界では見た事がないような物ばかりだった。

 だって、光るミートボールとか小刻みに揺れる中華まんとか、支えがなくても垂直に立つフランスパンとか見たことも聞いたこともねぇよ。


「あれ? ご主人どうしたんですか?」


「いや、何を食べればいいか迷ってな」


 正直言って食欲が湧かない。

 食わず嫌いってのは俺にはなかったはずなんだがこれはちょっと……。


 エリは「あぁ、それなら」と思いついたような顔をして大皿に盛られた料理の中から何かを探し始める。


「あっ、ありましたよー、ご主人」


「えっ……? これは?」


 エリがトングを使い、まだ黄金色の魚を掴み俺に見せる。

 焼いた跡のような網目や十字の飾り包丁などから調理されているのが伺える。

 だがしかし、何故動いてんだよ。この世界の魚って不死身なの?


「これはポイズンフィッシュと呼ばれるヘラ山脈の川に生息する魚です」


「……なあエリ。俺を殺す気なの?」


 色もそうだけど名前で食う気が失せるんだけど。どうしてこんな危険そうなものが食事の場にあるの? 毒殺でもするの?


「あぁ、ポイズンは英語ではなくラテン語での意味です」


「ラテン語?」


「はい。英語だとご主人が今考えられたように”毒”という意味ですが、ラテン語だと”飲む物”と言う意味になります。名前の通り、ポイズンフィッシュは飲み物のようにスルッと食べられる美味しい魚なのです。前世のご主人はこれが大好物でしたよ。釣りをして取ってくる程に」


 マジか。前世の俺って釣って自分で食べたいと思うほどこんなゲテモノが大好物だったのか。衝撃の真実。


「まあ、そうですね。何も食べられないというのでしたら私を食べr――」


「とりあえずそれを食ってみるわ」


「えっ!? スルーされた!?」


 エリは人生終了みたいな絶望した顔でトングを持ったままその場に立ち尽くす。

 自重しろ大天使。


 とりあえず俺はそのポイズンフィッシュと鶏のから揚げだと思われる物体、ハム(?)とぷかぷか浮いているパンを2個を皿に入れる。

 エリはポイズンフィッシュと光るミートボール、荒ぶる中華まん(?)を皿に入れていた。その中華まんって中に何が入ってるの?


 決まった後、バトラーさんに案内され、先にガツガツと食べているアイリや、それを見て「あはは」と笑うナチェ達がいるテーブルにつく。


「ほんと、お前は昔から食うよなぁ」


「そりゃ、腹が減っては戦ができぬ、なんていうくらいだし! ローウィンさんももっと食ったらどうだ?」


「お前に合わせたら腹が裂けちまうよ!」


 そんなアイリとローウィンさんのやり取りでその食事の席で「あはは」と賑やかな笑い声が生まれる。

 アイリとローウィンさんの話し方からして、小さいころからの付き合いなのだろうか。つーかこの世界にも日本のことわざがあるんだな。


 とりあえず俺は、この黄金色の今だに動いている魚を食してみることにした。

 

 だがそこで、俺は自分の体の異変に気付く。

 その魚にフォークをを刺すまではいい。だがその次の”口に運ぶ”という工程が何故かできない。

 腕がまるでギプスで固定されたようにまったく動こうとせずフォークを持つ手は震え、体から嫌な汗が吹き出す。俺の体は完全な拒絶反応を起こしているようだ。


(落ち着け、落ち着くんだ光輝。こういうのには慣れているはずだろ。あの現実世界で起こった”残酷な闇鍋のテーゼ”なんていう病院送りが出た重大な事故より絶対マシなはずなんだ。だから逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げty……)


「どうしたのですか光輝様? 我が国のの魚を持ったまま固まって」


 これ……、名産物だったのか。

 そんな物に「気持ち悪いからパス」なんて言ったら失礼極まりないな。

 それにそんな事言ったらナチェは「そう……ですか……」と凄く悲しそうな表情になるな絶対に。あれは罪悪感マジでパナイからできればそんな事態にならないようにしたい。

 

(覚悟を決めろ、決めるんだ光輝! 親父だって”あの”母さんの料理を25年も耐えてきたんだぞ!? くっ……! だから動けってんだよ俺の体っ!)



 ――そう強く願った時、俺の体はしっかり動くようになった。



「そうか……。ありがとう、父さん…………。母さんごめん……。俺、逝くよ……!」


  


 ――ガブッ




「こ……これはっ!?」


 俺は衝撃過ぎて、固まってしまった。いや動かなくなったと言った方が正しいかもしれない。

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