エルフ探偵魔術事件簿

一色ヰろは

#1 ホムンクルス殺人事件




この人はエルフの皮を被ったブラックホールだ、助手であるドワーフの少女シャラ・ドグワイトは日頃から所長のエルフ、ギルベルト・シャーマンの事をそう思っている

今日も雑誌を読みながら傍ら、何処で手に入れたのか分からないがホムンクルスの幼生体を生のまま食べている

「そんな物、よく食べれますね」

最初こそ彼のその美しい姿に見惚れていたものの、本性を知ってから異性として見るより珍獣を見ているようなワクワクした気分で見つめるシャラにギルベルトは言った

「見た目こそひどいが美味しいよ、ボクはこのまま食べる方が好きだが専門店なんかに行けば頭を切り取って調理したものが食べれる、どうだい、今度一緒に?」

「遠慮しておきますよ、私は育ち盛りですからもっとたんぱく質に満ち溢れたドラゴンのお肉が食べたいです」

育ち盛り、その言葉を口にするシャラの体型はこれからあと二年で二十歳になるドワーフの体型というには幼く感じるほど小さい

おまけに顔も童顔で、度々彼女を連れて歩くとギルベルトが職質を食らう程なのだ

思わず彼女の言葉にクスクスと笑うとシャラはそれに気付いていないのか頭の上に「?」を浮かべていた

「それも良いね、最近食べていなかったし、これから早速食べに行こうか?」

「本当ですか!?」

シャラの喜びようにギルベルトは甘い笑顔で頷く

「此処の所、事件続きで疲れているでしょうし、たまには息抜きも兼ねてね」

「やったー!」

ここ最近は二人ともまともに食事を取れたのは今朝の朝食くらいだ、それも近場の喫茶店のモーニングセット

それまでは栄養補給用のゼリーで胃を誤魔化すほどに時間のゆとりがなかった事件に出くわしていたのだ

「そうと決まれば本日の営業は此処までとして休業としましょう」

「じゃあじゃあ、札を閉店に変えてきますね!」

嬉々としてスキップしながら入口にぶら下げている札を閉店の表示に変えようとした時だった

「ギルベルト所長は居られるか?」

黒いスーツを着た男がシャラの前に立っていた、どうやら客らしいが彼女は苦笑いしながら答えた

「え、居ますけど……、今日はもう閉店なんですが……」

これからドラゴンの焼き肉を食べに行く事で頭がいっぱいのシャラにとっては邪魔な存在だ、早く立ち去ってほしいと思い答えると男は顔をクワッと強め叫んだ

「先生!!助けて下さい!!事件ですよ!!」

叫ぶなり泣きながらギルベルトを呼ぶ、周りの住人が視線をこちらに向ける、その顔は「ああ、またか」と言っているようで次の瞬間にはシャラは諦めた

何故なら笑顔でギルベルトがこちらに来たからだ

「事件ですね、良いでしょう」

人生に飽きを感じ、人の不幸を誰よりも喜ぶこの男にとって事件というのはどんなグルメよりも大好物なのだ

「お話は食事を交えてでも良いですか?これから我々はランチなので、というよりもお腹が減ってるので一緒に行きましょう」

「え……、あ……、はい…」

その言葉にシャラはガッツポーズを浮かべた、ギルベルトの自分優先主義が良い方向に働いたからだ

どうやらちゃんとドラゴンの焼き肉は食べれるようだ




ドラゴンは一般的にステーキとして食べるのが主流だと言われてきたが、ここ最近はサムライが生み出した『ドラゴンの焼き肉』がその概念を覆した

特製のたれをつけて食べる焼き肉という文化はあっという間にギルベルトたちが住む大陸にも広まり、今では専門店が増えてきているのだ

「ん~!!」

一口、口の中に入れた瞬間にシャラは涙を浮かべていた

「あぁはははは!!やっぱりドラゴンのカルビ美味しすぎますっ!」

「あ、あの…」

黙々と食べるギルベルト、育ち盛りという言葉に相応しい程に大の男二人以上に食べ進めるシャラ、本題に入りたい男は困惑している、どのタイミングで喋れば良いのか

食べ終わる気配がないのだ、積まれていく皿の山、静かに食べるギルベルトだがもう20人前は食べているだろうか、その様子に痺れを切らそうとする男にギルベルトは言った

「ああ、食べながらで良いので本題に入ってください」

この様子だと黙々と食べていたのは話を待っていたようだ、空気を読まないギルベルトの悪い癖だとシャラはギルベルトを見て思った

「じ、実は、私、こういう者でして」

「えーと、……ふんふん」

渡された名刺を見ると、どうやら名のある貴族の執事のようだ、名前はオッペンハイマー、ジェペニシア家の執事らしい

「ジェペニシア家……、最近当主のジェペニシア卿が亡くなられていましたよね」

「ええ、今は旦那様の息子であるエリック坊ちゃまがジェペニシアの名を継ぐ形となっておりますが……」

「それで、何かあったんですか、ジェペニシア家で?」

「……」

オッペンハイマーの何か言い辛そうな表情にギルベルトは彼を凝視した

「……」

様子がおかしい、そう思ったのかギルベルトは胸ポケットから何かを取り出した、ライターだ

「?」

「オッペンハイマーさん、この火をじっと見つめていてください」

「あ、あの……」

メモを取り出し何かを書き記した、それをオッペンハイマーに見せると彼は息を飲みながら顔を青くした


何もしゃべらないで下さい

貴方は今、呪いを掛けられている

本題に入りたくとも呪いで喋れなくなっている


ギルベルトはオッペンハイマーが読んだのを確認すると再びメモに書き足した


今から貴方に催眠術を施します

貴方が我々に話したい事を引き出します


満面の笑みでギルベルトはオッペンハイマーに催眠術を施し始める

ライターの火を見つめさせ、ギルベルトは彼の耳に指を入れる、そして彼に言う

「ジェペニシア家で何があった?」

虚ろな瞳でオッペンハイマーは涎を垂らしながら話し始めた

「旦那様が殺された……、奥様もそっくりの別人にすり替わっている……、あの客人だ……、あの男のせいだ……、坊ちゃまが危ない……、でも、どうしようもできない」

「あの男とは?」

「分からない……、錬金術師とだけしか……」

「……もういい、起きろ」

「ん……っ」

この一部始終を見ていたシャラは何やら顔を曇らせていた、思っていたよりも闇が濃い事件に巻き込まれるという予想にギルベルトの顔を確認すると彼女は思った


ほらやっぱり、すっげえ笑ってる


興奮するほどの喜びよう、こんな顔のギルベルトを見た後は大騒動になるほどの事件が起こるジンクスがある

「先生、もしかして……」

「食べ終えたら早速ジェペニシア家にお邪魔しましょう!ほら、シャラくん、まだお皿に肉が残ってますよ!!」

「も~!食事の時ぐらいゆっくりさせてくださいよ~!!」

そう言いながらもラスト70人前の皿を焼き始めるシャラにオッペンハイマーは困惑していた

(な、なんなんだ、この人たちは……)




変人奇人だが大変優秀な探偵がいる


ただし、彼は決して善人ではない


人の不幸を喜びとし、解決困難な事件をゲームのように楽しむエルフの男がいると


その男は400年も生き、ある時は高位の魔術師であり、そしてある時は歴戦の戦士であり、またある時は残虐な錬金術師である


彼の名はギルベルト・■■■■・シャーマン、今は依頼達成率100パーセントを誇る探偵事務所を営んでいる




「……」

ギルベルト曰く、オッペンハイマー氏から聞き出した事については語ってはいけないとの事、シャラはその次に彼が言った言葉に口元を震わせていた

「恐らく、彼には暗示が掛けられている、その暗示のせいで事件がある事を喋れないし、それを喋った途端に彼は自殺するようにプログラミングされている」

だからこそ、無意識の状態から事件が起きているという情報を聞き出せただけでも十分な成果である、だがシャラには疑問が残っていた

「それじゃあ、犯人を聞き出せば良かったじゃないですか?」

この質問に対し、ギルベルトは悪戯な笑顔を浮かべて答える

「それこそ起爆スイッチみたいな物だ、喋ってしまえば無意識とはいえども暗示の中に組み込まれた魔術が『パスワード』を感知して彼が自殺する。それに……」

「それに?」

「知らない方がボクにとって楽しい」

自分優先主義がここにきて発動、言ってしまえばギルベルトならこれぐらいのパスワードを解いてしまう事なんて朝飯前だ

だが、不死身である彼にとって謎解きという楽しみの時間が削られてしまうのは朝食を抜きにするよりも惜しい事なのだ

「さて、まずはジェペニシア夫人に挨拶を交わさねば」

正確にはそっくりの別人の奥様、ジェペニシア邸に到着するとシャラはその門構えを見て絶句していた

「地元の市役所よりもでかい……」

車の中で邸内に進んでいくとそこに広がる風景はまさに貴族の家らしい豪華な庭園がシャラの目に飛び込んでくる

「貴族のお家ってみんなこんな感じなんですか?」

「いいや、もっとあっさりした大きな庭をお持ちの方もいますよ。ジェペニシア卿は随分と庭の造りに力を入れているようで」

「ええ、色々と交流が多い方でしたので、誰に見せてもお家の名に恥じぬ庭を造るようにと仰せつかっておりました」

「ということは、この庭を造ったのはオッペンハイマーさんが?」

「ええ。旦那様からは楽しい趣味を頂きました」

「ほえー……、これオッペンハイマーさん一人で……」

「さあ、中に着きました」

ジェペニシア家の屋敷に到着すると、オッペンハイマーは二人を案内した

その道中、シャラはこっそりとギルベルトに質問した

「先生、ところで夫人にはなんて聞くんですか?」

殺人事件が起きている、と言えども事件からだいぶ日が立っている、おまけに夫人も偽物である、そして手掛かりが今の所ないという状態で何をどうするのかわからないシャラはギルベルトに訊ねた

「言ったでしょう、まずは挨拶をするんですよ」

「挨拶って……、でも、偽物なんですよね?」

「偽物でも、ですよ」

夫人の部屋に到着すると、そこにはつまらないと訴えかけるような表情を浮かべる夫人がソファーに横たわっていた

「オッペンハイマー、誰、そのエルフの方は?」

「奥様、この方は探偵のギルベルト・シャーマン様です。その隣にいるのは助手のシャラ・ドグワイト様です」

「ギルベルト・シャーマン……、まあ!!972事件の立役者のあのギルベルト様ね!!」

彼女はギルベルトの事を知っているようだった、彼に駆け寄り挨拶を交わす

「はじめまして、ジェペニシア・エマと申しますわ」

「はじめましてミセスエマ、ボクの事をご存じで?」

「ええ、972列車にはジェペニシア工房の社員が多く乗っていましたから、その節は大変お世話になりました」

深々と礼を言うと、エマはギルベルトに訊ねる

「ところで、今日は当家にはどのような御用で?」

「ええ、ジェペニシア家には一度お伺いした事がありましてね、と言っても200年ちょっと前位ですがね。近くを通ったので挨拶をしたいなと思いまして」

「うふふ、それで、200年前に比べてジェペニシア家は何か変化がありまして」

「ええ、それはもう大変、不吉な予兆が」

ギルベルトの一言にこの場の空気が一変する、不吉と言われ青ざめるミセスエマ、不意な言葉に困惑するシャラとオッペンハイマー

「そ、それはどういうことなの?」

「ええ、説明するよりもお見せした方が良さそうですね」

その直後、ギルベルトはオッペンハイマーに掴みかかり、彼を拘束した

「きゃあああ!!」

「ギ、ギルベルト様!な、何を!?」

「せ、先生!?」

「さて、少し痛いですが我慢しててくださいね」

ギルベルトはテーブルに置かれていたナイフを掴み、オッペンハイマーの手の甲に突き刺した

「ぎゃっ!!」

「彼は貴方が知っているオッペンハイマー氏でありますがそうではありません、姿形は似れども全くの別人……」

「!?」

オッペンハイマーに突き刺したナイフを引き抜くと、傷口は瞬時に消え治ってしまった、それを見たエマは驚きを隠せないでいた

「彼はオッペンハイマー氏の記憶を引き継いだホムンクルスなのです」

「嘘……」

ギルベルト以外のこの場にいる者は皆、驚愕している

特にオッペンハイマーはこの事実を受け止められないでいる

「そ、そんな……、わ、私が……、私がホ、ホムンクルスだと……?」

「会って一目で気付きました。いや、正確には匂いともいうべきか……、生後間もないホムンクルスからはハーブの混ざった微かな腐敗臭が漂うんです。オッペンハイマーさん、貴方からその匂いが残っていたのですよ」

「し、しかし!私の父と母はれっきとした人間です!!それなのになぜ私がホムンクルスだなんて…」

「言ったでしょう、オッペンハイマー氏の記憶を引き継いだと。本物の貴方は何者かに殺され、その遺体の一部を使って造られたのでしょう」

「そ……、そんな……」

受け入れがたい事実、オッペンハイマーは呆然と崩れつ中で、エマがギルベルトに問いかけた

「どうしてなの!?一体誰がオッペンハイマーを!?」

「それについては我々が解決して差し上げましょう、そのためには奥様、我々に協力してください」

「ええ……、わかったわ……」

エマはオッペンハイマーを見つめる

「どうして……、ああ、この人が何をしたというの……」

泣き崩れるエマをシャラが寄り添うと、ギルベルトはオッペンハイマーをそっと放し、彼に言った

「理由はどうあれ、体は偽物でも記憶と性格だけは本物です。それは私が保証しましょう」

「どうしてそんなことがわかるのですか?」

「興味本位で私もホムンクルスの研究に関わった事があるからです。さっき言った遺体の一部というのは脳です。でなければこれほどの記憶や人格は作れませんからね」

「……」

冷静に淡々と告げるギルベルトにオッペンハイマーは呆然としていた、ショックが大きすぎるせいか人形のように呆然と跪くだけだった

「さて、シャラくん」

「は、はい!」

「貴方はオッペンハイマーさんと共にジェペニシア少年を迎えに行ってください、私はミセスエマと共にある事を調べたいので」

「え……」

「時間がありませんよ~、さあ、早く早く!」

こうなってしまってはギルベルトの思う壺だ、ギルベルトのペースに合わせるように全員が動き始める




「……」

車内はどんよりと暗い空気が流れている、ジェペニシア少年を迎えに小学校へ行く二人は沈黙のままだった

(どうしよう……)

まさか依頼主本人がすでに偽物だというのだから困ったものだ、シャラはこのまま自暴自棄になってオッペンハイマーが暴れ出すんじゃないかとヒヤヒヤとしながらただ前を見ていると、オッペンハイマーが話し始めた

「ギルベルト先生は、体が偽物でも記憶は本物だと、言ってくれました」

「え……」

「いざ、自分が偽物だと言われても、体が証明するまでは気付かない物なんですね……」

「オッペンハイマーさん……」

「今の私には旦那様や奥様、坊ちゃまと過ごしてきた日々だけじゃありません、それ以前に私の幼少期、私と両親とで囲って食べた楽しい食事の風景がしっかりと思い出せるんです。例えこの体が偽物でも、私はジェペニシア家の執事のオッペンハイマーに変わりはありません」

オッペンハイマーの言葉にシャラは安心していた、偽物と言われようと、彼の心は一人の人間の物だ


二人が話していると小学校に着いた、そして事前に連絡を入れていおりジェペニシア少年は職員室で待っていた

「どうしたのオッペンハイマー?」

「坊ちゃま、お母様がお呼びになられたのでお迎えに上がりました」

「そうなんだ。……えっと、その子誰?」

隣にいるシャラを見てジェペニシア少年は訊ねた

「ああ、こちらは…」

「私、シャラ・ドグワイトと申します!よろしくね、ジェペニシアくん!」

「よろしく!君は何年生?」

「……え?」

「もしかしてボクと同い年?」

「……あぁぁぁあー!!」

シャラは気付いてしまった、自分の容姿、そしてジェペニシア少年と同じ身長、どうやら子供だと思われているようだ

「また子供に子供扱いされたー!!」

一部のドワーフ女性が誤解を受ける最も多い回答が『子供だと思われる』だそうだ




百年ほど前の話だ、これは第1次世界大戦と呼ばれた時代の話である

戦争の原因となるのはオリハルコン鉱石の採掘場を巡る戦争である

現在でも相当な価値を持ち、オリハルコン鉱石で作る兵器はその大きさによっては人工的に大都市を木端微塵に出来る神器と同等の破壊力を持つ事が可能になる

しかし、このオリハルコン鉱石を加工できる者は一部のドワーフのみであり、オリハルコン鉱石を加工できる者には国家鍛冶師としての資格を得られる程で、その国々で重宝されている

ギルベルトがまだ探偵業を営む前、つまりは彼が軍事顧問としてホムンクルス兵団を率いていたこの時、彼はプラティハウル国王の命により苦戦を強いられていた激戦地帯メグレイでの戦闘に参加していた時の話になる

「ベースとなる者がどれほど優れた能力を持っているかが重要でね」

黒板に書きながらギルベルトは弟子たちに愉快に話す、彼の目の前には兵士の死体が寝かされていた、その死体の頭を切り開きながら説明を続ける

「だが、どれほど肉体が優れていようとも、その能力を完全に引き出せなければ何の意味もない、だからこそ経験値がたっぷり詰まった脳の中に入っている物、つまり記憶を引っ張り出す事がホムンクルス兵団を作るのに必要になってくる」

脳を取り出しながら、まだ説明を続ける、とても愉快そうな顔だ

「肉体の構成には精子を取り出せばいい、だが経験値や記憶については脳をかき混ぜたエキスから取り出せば問題ない、そして、面白い事だって出来る」

脳をミキサーにかけている間に再びギルベルトは黒板に書き込む

「優れた脳のAと優れた肉体のBに移したい場合、同血液型であれば例え別人同士であろうと合成可能である、そして精子と脳の量だけ製造可能だ」

「まるで薬品の調合と同じだ」

弟子たちは笑いながらこの講習を楽しんでいる、戦時中だというのに緊張感がないのはこの頭のネジが何本も飛んだマッドサイエンティストであるギルベルトのせいなのだろう

「ただし、注意しなければならないのがホムンクルスの寿命だ。戦闘用に改良を加える今回の戦闘型は寿命が短い、せいぜい2、3ヶ月が限度だ、製造期間とコストもかなり掛かるから正直軍のお財布事情的にはよろしくない」

「でも、どうして先生は今回の戦争に間に合ったんですか?」

「それはたまたまボクの予想が当たっただけさ、1913年5月5日に都市メグレイで戦闘が起こるってね」

「流石は300年も生きた爺さんは伊達じゃない、まるで予言だな」

「静かに余生を過ごしたかったのですが、どうも周りでボクを頼る人がいっぱい居ましてね、色々な場所で色んな事情を手繰ってみると気が付けば戦争が起こる日が予想できたので、祖国に貢献できるように準備だけしてただけです」

「それがホムンクルス兵団、『使い捨て兵団』ですね」

「そう言う事」

この時、まだホムンクルスに人権なんて物はなかった、寿命の短いホムンクルスは軍隊にとって替えの利く道具としての印象が強かったのだ

だが、戦闘用に作られるホムンクルスには欠陥として精神異常をきたす者が多く、成長期間中に暴れ出し死亡するケースも多かった

そんな『欠陥品』問題を解決させたのがこの男、ギルベルトだった

彼の考えはこうだった、戦闘用のホムンクルスは殺戮衝動を高めた物が多く、その衝動で成長中に暴れ出すのは仕方のない事だと

そして、例え完成しても味方を襲う可能性のある物を自国の兵器として採用するのは如何なものかと進言した

結果、彼が作り出した『静かに人を殺せるホムンクルス』を中心にプラティクス国はホムンクルスを中心とした兵隊が現在の戦線で活躍している

「戦闘用として作ったのなら、彼らが死んだ所で頭を痛める者がいても悲しむ者はいない。それに同じ要領で色んな用途のホムンクルスを作り出せば立て直せますよ、特に食糧問題はね」

「でも、ホムンクルスの肉ですよね……、おいしいんですか?」

「結構おいしいですよ。幼生体は特に、魚に似てると言った方が良いんでしょうかね?私は生で食べますからサムライが食べる刺身に結構似てますよ!」

嬉々として報告するギルベルトに、弟子たちはケラケラと笑いながら聞いていた




ホムンクルス製造工場の稼働は順調、三日後には300体のホムンクルスが戦場へと出荷される予定だった

ギルベルトも自室でのんびり工場で作ったホムンクルス幼生体をつまみにブランデーを飲んでいると、彼の部屋に一人の弟子が入ってきた

「お疲れ様です」

「やあ、カリオストロ君か」

アレクサンド・D・カリオストロ、この時代での弟子の中でも優秀な人材の一人だったとギルベルトは覚えている

このホムンクルス製造工場の副主任を任されているが、実質、彼が主任と言っても差し支えもない程にギルベルトは仕事を彼に丸投げしていた

というのも、元々は技術を提供するだけという条件で軍事顧問の命を引き受けていたのだ、だからこそ自室でのんびり自堕落的に引きこもっていても問題なかった

こんな上司を持ったせいか、実質的に主任を任されているカリオストロにとってはお荷物な存在かと思われているのかと思えばそうではなかった

「私も頂いて良いですか?」

「うん、遠慮なくどうぞ」

誰も食べようともしなかったホムンクルス幼生体をペロリと食べ始める、多忙な中で主任と相談という名目でこうやってギルベルトの部屋に訪れて息抜きをしているのだ

「将軍から生産量を増やせと言われました」

「なんともまあ、無茶難題を吹っ掛けてきますね」

「だから言ってやりましたよ、『なら、もっと丁寧にうちの子供たちを使え、それが嫌なら優秀な指揮官の死体を寄越せ、お前より良い指揮官を作り上げてやる』ってね」

「ぶっははははは!!あーあ、あとで怖いですよ?」

「知ったこっちゃねーですよ。脳みそ筋肉で出来てる馬鹿共に何言われようとね」

使い捨て感覚で作っているホムンクルスたちを我が子のように大切にするカリオストロ、彼の研究成果のお陰で寿命が3年も伸びたのだ、錬金術師として歴史的な成果を上げた彼は後にその名を世に知らしめるのだがそれはまた別の話である

弟子の成長に喜ぶギルベルトだが、カリオストロはあまりいい顔をしていなかった

「それで、今日はどうしたんです?あまり、いい顔をしてませんが?」

「……先生は死なないんですよね?」

「……ええ、そうですが?」

誰から聞いたのか、軍にいる以上は嫌でも耳に入るのだろう、ギルベルトの不死身伝説

「それが非常に羨ましいんです。我々は寿命を迎えれば死んでしまいます。死んでしまうと自分が追っていた物が終えなくなってしまう……、そう考えると日に日に不安になって……」

「研究者としては悩みの種ですよね、自分が作り上げた物が一体どこまで成長していくのか、それを追う事が出来なくなってしまう、手を加えられなくなってしまうのは悔しいですよね」

自分の想いを理解してくれるギルベルトにカリオストロは近付く

「先生、私はどうしたらいいんですか?先生と同じように不死身になることは出来ない……、だけど、研究はいつまでも追い続けたい……、私の願いは『子供たちを見守り続けたい』というただそれだけなんです!」

「気持ちは分かるけど、結論的に言えば君はいつか死ぬ、このまま研究を追う事は出来ないだろう」

「……」

あっさりと答えるギルベルト、落胆するカリオストロだが話はまだ続いた

「けど、そんなに悩む事じゃない。君がいつまでも子供たちを見守り続ける方法があるじゃないか」

「え……」

「簡単な話さ、ただ、君の思考がボクに似ている事を前提なんだけどね…」

話をした後に天才カリオストロは生まれた、悩みが吹き飛んだ者の行動力は早い、後に彼は多くの著書を残しこの世を去ってしまった、ギルベルトは彼の葬儀に赴いた時、独身で死んでしまった事にただ一言「勿体ない」と呟いたのを今でも覚えていた




帰りの車内でジェペニシア少年、エリックは薬を飲んでいたのにシャラが気付く

「何のお薬なんですか?」

錠剤型の薬、興味本位で聞いてみるとオッペンハイマーが答えてくれた

「心臓のお薬でございます。もともと坊ちゃまは心臓に重い病がありまして……」

「でも、最近は良くなってきたんだ、それに体力も付けば移植手術出来るようになれるって言ってた!」

重い病を患っているというのに健気な明るさにシャラは見ていてこっちが励まされそうになっていた

「前向きに捉えられるなんてすごいね、私なんてもし自分がそうなったら……、うー、どうなっちゃうんだろうな~」

「……?」

「え……、あれって……」

ジェペニシア邸に多くのパトカーが止まっていた、敷地内には多くの警官が立ち入っている

「進展があったんですかね?」

「もしや、犯人が見つかったのでしょうか?」

ジェペニシア邸に入るなり、中にいた小太りの男性刑事がシャラに気付いた

「あーあー、やっぱりギルベルトが絡んでいたか」

「お疲れ様です。キング刑事」

今となっては顔なじみの刑事、キング・ゲッコー刑事が現場を指揮しているようだ

「今回のような面倒事は久々だぞ、見てみろよアレを」

「え……、って、うわっ!?なんですかアレ!?」

入口が屋敷の入り口がとんでもない事になっていた、半径3メートルはドアどころか壁までぶち抜かれているといった方が良いのか、無理やり大きな何かが突進したような跡に全員が度肝を抜いた

「先生は!?それにミセスエマは無事なんですか!?」

「あんたらを待っていたんだよ、来てくれ」


シャラたちが辿り着くと、そこには服を着替え意識を失った状態のエマと、服がボロボロになったギルベルトがいた

「どうしたんですか先生!?」

「やあ、おかえりなさい」

「ギ、ギルベルト様!奥様は、奥様は無事なのですか!?」

「ええ、大丈夫ですよ、それより貴方の心配をなさった方が良い」

「え?」

平然とした様子で言うギルベルト、その手には何やら怪しい薬品が握られていた

「さ、これを飲んで」

「な、なんですかこれは?」

「さっき、犯人の使っていた工房で作った薬です。心配しないでください、死にはしませんよ、死ぬほどマズイですけどね、これを飲まないとあなたは死んでしまいますから」

「……」

言われるままに受け取るオッペンハイマー、その様子をチラチラと覗き見るキング刑事にシャラは気付いた

恐らく、とんでもない薬なのだろう、死ぬほどマズイというのは恐らく本当に死ぬんだろうと、シャラは読んだ、何故ならギルベルトは嘘を付かないからだ

「エリック君、少し外で待ってようか」

「ねえ、母さんはどうしたの?」

「疲れて寝てるだけだよ」

だからこそ、シャラはエリックを連れて外へと出て行った、シャラは良い嘘を付く

「うっ!?」

薬を飲んだ直後だった、オッペンハイマーは喉を押さえ暴れ出し始める、呼吸が出来ないのか泡を吹きだし始め、そして、失禁しながら死んだ

「……凄い効果だな、この薬」

「まあ、コイツを吐き出す為ですからね」

オッペンハイマーの口から何かが排出された、死骸だ、それも、ホムンクルスの幼生体の死骸だった

「コイツが犯人の使ってるアンテナみたいなやつか」

「ええ、この幼生体を使って操作をしていたみたいです。逆にこれがなければボクもジェペニシア邸で事件が起きているなんて気付かなかったですよ」

「……それで、こんな芸当が出来るヤツなんて世界中に何人いる?」

「現在は一人と記録されている、ボクですがね。そして過去にあともう一人だけ、もうこの世にいない人物がこの術を開発しました」

ホムンクルスの幼生体を使った人体操作術、こんな高等技術を使える錬金術師は世界に三人もいない、ギルベルトともう一人だけと

「アレクサンド・D・カリオストロ、世紀の天才錬金術師の亡霊が犯人ね……」




「さて、シャラくん、事態は結構とんでもない状況になりましたよ」

夜、警戒態勢が敷かれた状態のジェペニシア家の中にはでゆっくりと二人で紅茶を啜りながらギルベルトは言った

「犯人が見つかったんですか?」

「私の弟子だ」

「はあ!?」

犯人がギルベルトの弟子であると聞くと、シャラは動揺した

「ま、待ってください、いつの、何の弟子ですか?」

「1913年の第1次世界大戦の時、錬金術師の弟子だ。戦闘用ホムンクルス製造工場の主任をやっていた錬金術の天才、アレクサンド・D・カリオストロだ」

「第1次世界大戦って、百年以上前の話じゃないですか!?」

「そう、彼は死んでる」

「……先生、私をおちょくってるんですか?」

死んでいる人間がどうやって事件を起こすんだと言いたげなシャラのムッとした顔にギルベルトは気にせず続けた

「性格には彼の記憶を引き継いだホムンクルスだ、性格から何から、全部を引き継いだ完璧なホムンクルスが犯人だ」

「ホムンクルスが犯人……、でも、目的は何なんですか?」

「ジェペニシア家の財産、それを使ってホムンクルスの研究をする事ですよ」

「け、研究ですか?」

「ホムンクルスの研究には時間と、何よりお金が掛かります。良質なホムンクルスを造りたいなら尚の事、そして、彼が目に付けたのがホムンクルス事業に力を入れていたジェペニシア家というわけです」

「御名答、流石は先生だ、すぐに気付くとはまったく恐れ入りますよ」

二人の前に現れたのはエリックだった、だが、様子がおかしい、シャラはエリックがエリックではない事に気付いた

「……エリックくん……、じゃない?」

「エリックくんの体を借りているだけですよ。ドワーフのお嬢さん」

「久しぶりですね。カリオストロくん」

「……じゃあ、エリックくんはもう死んで…」

「いいえ、エリック少年はれっきとした人間です」

ギルベルトが答え、エリックの体を借りているカリオストロが説明を始めた

「この少年の体には心臓の病がある、こんな状態では私の子に遺伝しすぐ死んでしまう……、それでは意味がない、この少年にはきちんと心臓の病を治し、私の子に相応しい体になってもらわねば」

それを聞いてホッとしたのか、シャラはギルベルトを見て反応を待った

「君らしくもない、君の腕ならホムンクルスの研究を続けさせてくれるような場所がいくらでもあったろうに」

「先生も知っているでしょうに、ボクが人に指図されるのを誰よりも嫌う事を」

「そうでしたね、とはいえ、他人に迷惑をかけて我が儘を通すなんていうのは感心しませんよ?」

「貴方の口からそんな言葉が聞けるとは思いもしませんでしたね、ボクをこんな風に育てたのは他でもない貴方でしょうに」

まるで親子のような会話だ、二人の間で何が起きたのか分からないが、このカリオストロを犯罪への道に進ませたのにはギルベルトが絡んでいる可能性があると

「そんな、ボクはただ『もう一人の自分を作り引き継がせればいい』と言っただけですよ」

「『その為なら何でもする精神がなければいけませんが』が抜けてますよ」

やっぱり、シャラはそう思った

「それで、これからどうするつもりだい?その少年の体を人質にするつもりか?」

「貴方相手では人質なんて何の意味もない、人質の命なんてどうでもいい貴方だ、ただ、軽く足止めはさせてもらいますよ?」

「なるほど、やはりそう来たか」

「え?」

周りを見てみると、警官隊が拳銃を握りしめこちらに歩み寄ってきている

「万が一に備え、屋敷中に寄生体を忍ばせて置いた」

キング刑事もその中に入っている、それを見たシャラはギルベルトに訊ねる

「せ、先生……、これって……」

「みーんな、寄生体に脳を操られていますね、よかった……、急ごしらえでしたがこの紅茶に寄生体が嫌悪する成分を混ぜて置いたのでボクたちは平気ですよ」

「そういう問題じゃなくて!!あ~どうするんですか!?囲まれちゃってますよ!?」

慌てふためくシャラ、ギルベルトは呑気に紅茶を啜りながら言う

「大丈夫ですよ、私も備えてました」

言い終えた瞬間、彼は胸ポケットからペンを取り出した、ただのペンではない、シャラが作ったオリハルコン製のペンだ

手帳を取り出し紙に書かれた魔法陣に追加書きを加えた、その直後だ、地震が起きた

「な、なんの音ですか!?」

その音の正体が姿を現す、屋敷の大きく開けられた穴、残っていた壁が剥がれていき粉々になった、そして粉々になった壁は人の形を作るように合体し歩き始めた

「ゴーレム…!」

シャラが驚いたのはゴーレムだった、こちらへと銃口を向け始めた警官たちはゴーレムによって蹴散らされていく、それを平静に見つめるエリックの体を借りたカリオストロは言った

「とんでもない人だ、味方もお構いなしとはね」

「さて、そろそろエリック少年の体を返してもらいますよ、カリオストロくん」

そう言うと、ギルベルトはオッペンハイマーとエマに飲ませた物と同じ薬を取り出す

「その前に一つ、聞かせて下さい」

「?」

「何故、先生はホムンクルスのエマとオッペンハイマーを助けたのですか、二人の命はそう長くないというのに?」

「え……」

カリオストロの言葉にシャラは驚愕する

「あの二人の命がもう長くないって……」

「ホムンクルスはもともと短命なんですよ、お嬢さん。だが、先生はどうやらその短命の二人の為に時間を作ってやりたいそうで、それがボクにとっては不思議でならなかった」

「それは君が一番わかっている事じゃないのかな、カリオストロくん」

「?」

「親なら死ぬ間際まで子供の事を考えるものだろう」

「……ふふっ、まさか、先生の口から人間らしい言葉が返ってくるとはね」

カリオストロを優しく抱きしめながら、彼の口に薬を流し込む、カリオストロは抵抗しなかった、逃げようがこの男から逃げる事なんて不可能なのだと理解しているからだ

「ぐっ!!」

カリオストロはのた打ち回り、苦悶の表情を浮かべながらギルベルトに言い放った

「また会いましょう、先生……」

吐き出された寄生体、溶け出し、消失したのを確認するとギルベルトはシャラにスプレーを手渡した

「さあ、シャラくん、私は屋敷の中に用事があるので気を失っている警察の皆さんを頼みましたよ」

「え、せ、先生!?」

「大丈夫ですよ、もうゴーレムには全員気絶させるまで起動するようにプログラムしてありますので」

「あー!もー!」

面倒な事はシャラに放り投げ、エリックを抱き上げ屋敷へと入っていく、一体何をするのかなんてシャラは考えられなかった

目の前でゴーレムになぎ倒され足が変な方向へ曲がっていたキング刑事を見てしまったからだ




「……」

ギルベルトが近付いてくるのに気付いたオッペンハイマー

「もうこの屋敷には犯人のホムンクルスがいなくなるでしょう、もう何の心配もありませんよ」

「これで、解決なのですね……」

「いいえ、まだまだやり残している事はいっぱいありますよ」

「え……」

「息子さんの成長、見たくはないんですか?」

「!?」

エリック少年手渡しながらウィンクし言い放つギルベルトにオッペンハイマーは動揺した

「い、いつから……」

「貴方がホムンクルスであり、本物の貴方が死んでしまったと分かった時の奥様の反応、まるで恋人や旦那さんを失ったような様子でしたのでね」

ソファーに寛ぎながらギルベルトが続けた

「だから一度、貴方をエリックくんの迎えに行かせ、奥様と二人きりになって調べていたのですよ」




4時間前―――


オッペンハイマーがエリックを迎えに行く間に、ギルベルトはエマに話した

「それにしても、随分と凛々しい顔立ちをしていますね、エリックくんは、目元は貴方にそっくりだ」

「よく言われますわ」

「ですが、随分とジェペニシア卿とは似ていない、オッペンハイマー氏の方が大分似ている」

「そんなことないじゃない!」

「……」

この反論にギルベルトの疑問は確信に変わった

「人は隠している事を言われると反論して誤魔化そうとする癖があるそうですよ」

「っ!?」

「本当にジェペニシア卿の息子だというなら本来、ボクの言葉に対しては疑問形で返すべきだった、だが、貴女は反論した」

「何処にそんな証拠があるっていうの?」

「エリック少年がまだ無事でいるということですよ」

「え……」

「本来なら、犯人はジェペニシア卿だけでなくエリック少年までも殺そうとしたはずだ、だがそうしなかった、それにオッペンハイマー氏と貴女をホムンクルスにしたのはなぜか?」

「わ、私が、……ホムンクルス…!?」

エマまでもがすでに偽物であると言い放つギルベルト

「そうだとうも、貴女はオッペンハイマー氏と同じ状況に立たされている、そしてなぜジェペニシア卿だけが殺されなくてはならなかったのか、答えは簡単だ、ジェペニシア卿の複製が不可能だったからだ」

「どういう事なの……、旦那様が複製出来なかったって?」

「それは世継ぎであるエリック少年の父親がオッペンハイマー氏である事と関連がある、知らなかったんだろう犯人は、ジェペニシア卿が『無精子症』であるという事に」

ギルベルトの言葉にエマは激しく動揺した

「どうしてそれを…!?」

「私がオッペンハイマー氏から聞き出せた情報でエリック少年が無事だと聞いた時に疑問を感じた、何故、エリックだけがまだ無事なのかと」

ギルベルトはワクワクしながら説明を始める、かなり愉快なのだろう、エマが不安になっているというのに遠慮がない

「ジェペニシア家の財産を目当てにしているのならどうしてこんな回りくどい真似をしなければならなかったのか、ジェペニシア卿に化けてしまえばいいのにそれが出来なかったのは複製に必要な脳があっても精子がなかったからだ、犯人は最初の計画である成り代わりの対象を変えなければならなかった」

ソファーに寛ぎながら説明は続く、手を組み顎に手を当てながら、満面な笑みを浮かべて

「最初に目についたのが君だ、だが君を殺害し複製を作った時に気付いたのだろう、血液型が不一致であることに。そして今度はオッペンハイマー氏に矛先が向けられた、そして犯人は気付いてしまった、この二人の間にエリック少年が生まれた事を!エリック少年のDNAが二人の間に生まれた事を知ると犯人は計画を変更した」

「変更って……」

「エリック少年にすり替わる事さ!だが、何か問題があったのだろう……、例えばエリック少年の体の部位の何処か障害を負っていることか……」

当たっていた、エリックは心臓の病がある、エマが驚いているのを気にもせずギルベルトはまだ続けた

「ホムンクルスで複製を作るに当たってかなりの障害となったんだろう、犯人は先ずエリック少年の障害をどうにもしないと先へは進めなかった、そこへオッペンハイマー氏が我々の元へやって来た、ミセスエマ、貴女が偽物なのではないかと」

「一体、彼はどうして気付いたの……、私でも気付いていない事を……」

「失礼、まだ二人とも肉体関係が続いてるんでしょう?」

エマは顔を赤らめる、ズバリその通りなのだろう、ギルベルトの答えに何も返さない

「何処で気付いたかわかりませんが、恐らくそれ以外にアクションはないだろう」

「……」

あまりにも衝撃的な真実が一気に浮かび上がる中で、エマは受け止められないのか言い表しがたい表情を浮かべていた

「……何も悩む必要はありませんよ、ミセスエマ」

「私は偽物なのよ、……一体、これからどうしていけばいいというの?」

「何も変わりませんよ、例え体は偽物でも、ミセスエマの記憶と意思というのは変わりありません、そしてオッペンハイマー氏もね」

「……」

「貴女はエリック少年をどうしたいのです?」

思い悩むエマに問いかけた質問に彼女は答えた

「あの子は……、私の子よ、……愛したいに決まってるじゃない……!」

涙を流すエマ、ギルベルトは微笑みを浮かべ言った

「なら、私に任せて下さい」




事件は犯人が捕まえらないまま解決した

ギルベルト曰く、『捕まえることは出来ないだろうし無駄』との事だ

カリオストロ、正確には彼の複製たちは大量に生産され今もどこかで誰かとすり替わっている、今回、偶々その事例の内の一件を発見したに過ぎない

彼の目的は『より良質で長生き出来るホムンクルスを作る事』である、その研究を静かに行う為に常に誰かに成り代わってこっそりと行っているので、被害者には申し訳ないが彼と接触することが無ければそれ以外の人間には何も害はない

解決するには長い年月を掛けて彼の複製を見つけ出し殺す事だが一体何百年になる事やらと

そう日誌にシャラが記入しているとギルベルトは言った

「そんなに多くはないと思いますよ、静かに研究が出来ているのならそんなに多くの世帯にすり替わる必要はありませんからね」

「それで、どうなったですか?」

「?」

「ジェペニシア家の事ですよ」

「それはですね……」

話の途中で誰かがノックした、出てみるとオッペンハイマーがいた

「あ、オッペンハイマーさん!」

「お二人とも元気そうで」

「ちょうど良かった、あとで訪問しようと思ってましてね」

「というと、出来ているんですね」

「?」

ギルベルトが取り出したのは箱だった、一体何の箱なのか見当も付かないシャラは訊ねた

「何ですか、それ?」

「延命薬ですよ、ホムンクルス用のね」

「ありがとうございます。先生」

「二人は今のまま、エリックくんを育てる事にしたんですよ」

「ですが、私たちの寿命はあと1年だった、ですが、先生があと10年ほど、寿命を延ばせる薬を作ってくれると」

「流石は元錬金術師……」

平然とした顔で難問な技術をやってのけるギルベルト、相変わらずの常人離れした上司に呆れるシャラだが、今回は良い事をしたと笑ってみせた

「先生、何から何までありがとうございます」

「出来るだけのことをしただけですよ、でも、これからが大変ですね」

「ええ、残りの時間でどれだけ家族と一緒に過ごせるか……」

「エリックくんも父親に似て逞しく育ってくれますよ、きっと」

「……はい」

ギルベルトを抱きしめ、オッペンハイマーは彼の言葉を強く受け取った

父でいられる最後まで、強く生き、息子を愛してみせると

「お礼に何か、食べに行きませんか?」

「え、良いんですか?」

「ええ!それくらいさせて下さい!」

「じゃあじゃあ!ドラゴンの焼き肉に行きましょう!」

「いえ、ホムンクルス料理店に…」

「「それだけは却下!!」」

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エルフ探偵魔術事件簿 一色ヰろは @bukiyou

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