第54話夢の浮橋1

薫の君は浮舟のかたみとして側でつかっていた弟君小君を


連れてお忍びで小野の尼寺へ向かわれます。





小野の里では青々と茂った青葉に埋もれて、夕暮れ蛍の舞い


そうなせせらぎの中に尼君たちの庵があります。





薫の君は駒引き留めて小君に文を手渡します。


小君は姉姫に瓜二つのかわいらしい少年です。





「この文は直に手渡すようにと言われてきました」


取次の尼君は、


「はいはい、あなた様のお尋ねの方はこの奥におられますよ」





「お姉さまでらっしゃいますか?お姉さまですよね?」


「・・・・・・・・」


浮舟は見つめる眼にいっぱいの涙をたたえて、





「お人違いでございましょう。遠い昔にそのようなことが


あったような気もしますが、今では全く思い出せません」


「・・・・」


「どうかご主人様にもそのようにお伝えください。この


お手紙は受け取るわけにはまいりません」





そう言って浮舟は奥へと入ってしまわれました。


落飾された肩までの髪もわびしく、その後ろ姿は


単衣の法衣の中にわずかに震えているようでした。

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