5-3

 あてがわれた納屋は藁が敷き詰められただけの空間だった。隙間風が煩く、今にも崩れてしまいそうなボロ屋だ。

「絶対に他に余ってる部屋があるだろ」

 エリオットは言った。

 納屋には壁と屋根がある。窓はそう呼ぶよりも壁に空いた穴と言ったほうが正しく、洋皮紙で塞がれているだけだった。何の魅力もない。

「我慢だ。明日にはドミニクの親父の居場所がわかる」

「何が王様だ。嫌われてるだろ、絶対」

 小蝿が飛んでいた。手で払う。

「この通りじゃ好かれてる奴のが少ない」

「早くドミニクを捕まえて家に帰りたいよ」

「明日には終わる。備えておけ」

「はいはい」

 藁の上に寝転んだ。身体がちくちくする。だがここで一晩過ごさなくてはならない。因果な仕事を引き受けてしまったと思う。

「お前、本当にドミニクを殺せるんだろうな」

 アンナはエリオットの横に立つ。

「俺は魔女殺しだ」

「信頼していいのか?」

「正直言って、今まで魔女を殺したことはない」

「正直に言えば怒られずに済むとでも思ったのか?」

「仕事はする。任せろ。それよりもあんたこそドミニクを倒せるのか?」

「誰に向かってもの言ってんだ。私の強さを知っているだろ?」

「だがどんな魔術を使うのかは知らない」

 お互いをほとんど何も知らないまま、ここまでやって来た。

「お前はもう私の魔術を見てるよ」

 アンナは微笑んだ。

「死体か何かを操ったか? 親父は魔女っていうのは必ず何かを司る魔術を持っていると言ってた。死体もそうだし、炎、水、石、土、天候、金、銀、動物や植物、とにかく何かを支配していた。それで、あんたは何を操る?」

「私が操れるものは多くない」

「もったいぶったいい方だな」

「お前は私の魔術を見てるって言ったろ。これが真実だ」

「秘密ってやつか」

「そう拗ねるな。私はお前を信頼してるぞ」

「嘘吐け」

「本当だ」

「どうして?」

「マルコがお前を呼べ、と言った。それだけで十分だ」

「それは俺への信頼じゃない。マルコ司祭への信頼だろ」

「マルコは古い友人だ。ずっと昔から知ってる」

 エリオットはすぐに言葉が返せなかった。「奴がいてくれたから私はニュルンベルクにいられた。普通なら魔女なんて街には要られないからな」

「理由を聞いていいか?」

「別に深い理由なんてない。聖職者は旅が多いからな。奴が若いときに出ていた旅の道中で盗賊から助けた。マルコはそれをいつまでも覚えててな。それ以来の仲だ」

 アンナは面倒臭そうに喋るが、表情はそこまで険しくない。

「もう少し聞いていいか」とエリオット。

「奴と寝た。愛し合った」

「はっきりいうんだな」

 聖職者と魔女だ。

「もう聞かないのか?」

「今でも愛してるんだろ。金の為と言ってるけど、仇討ちに出るくらいだ」

 アンナは聞いてから鼻で笑う。

「老けてくマルコを見てたら友情に変わったよ。嘘じゃない」と続けた。

「どうかな。魔女のいうことだ」

「お前は私を信用しないのか」

「親父から英才教育を受けた」

「イエスは悪人が死ぬのを望まないぞ。許しこそ全てだ」

「親父から聞かされていたことじゃないな。親父は俺たち一族は悪魔の環を断つ者だ、と」

「環を断つ、か」

「魔女は悪魔と契約し、異能を得る。力を持った魔女は、支配欲に駆られ、善意の人々を操り、そしていつしか他の魔女と対立する。だが魔女は不老不死だ。魔女は魔女を殺せない。魔女同士の争いは、つまり周りにいる人間たちの死だけを増やす。人間は永遠に終わらない争いに巻き込まれて無駄死にだ。俺たち一族は、その悪魔の連鎖を断つためにいる、とか言ってた」

「確かにお前みたいな奴がいないと世界から魔女は消えないな」

「きつい仕事だよ」

「私は?」

「どういう意味だ」

「少し深いぞ」

「早く言ってくれ」

「お前は治せないのか? 魔女を普通の人には出来ないのか」

「戻りたいってことか?」

 隙間風で藁が震える。いつもよりも少しだけ間があった。

「さぁな」とアンナは誤魔化した。「戻りたいのかもしれない」

 アンナは身体を横にした。エリオットに背を向ける。

「俺は殺すだけだ。戻せない」

 言ってから後悔した。ヴァレンシュタインからアンナの殺害を依頼されたことを意識した。アンナを殺せるのだろうか。エリオットの中でまだ答えは出ていない。

「そもそもお前には何も期待してない」

 その晩は、それ以上会話は続かなかった。

 お互い別のことを考えていた。

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