第7話

私の脚が完治するまで、少年はつきっきりで最低限のことを教えてくれた。


入れ替わりがバレないように貴族の社交マナーや身近な人との交際関係。

そして彼が今まで学んできた学問まで。


そしてその合間を縫って、私は漢文の勉強を行った。


もしも行事に関して不安なことがあれば、今まで彼が記してきた日記を参考にすればいいらしい。


勉強の合間に、彼の好きなことを聞いた。

食事の合間に、彼の夢を聞いた。

月を見ながら、彼の悩みを聞いた。


私はいつしか、偶然私と同じ顔を持つ彼に惹かれていた。


もしかしたら惚れていたのかもしれない。


自分の意思をしっかり持った、裏表の無い彼に。



たった二週間。だけど、その時間は私が今まで過ごしてきた16年で1番密度の濃い時間だった。


本当は自分のことを話したかった。

けれど、振り返ってみれば、自分は空っぽで、言えることなんて何もないと思った。


今まで打ち込んできたことといえば、なんだっただろう。


勉強。

そして趣味程度の将棋。


子供の頃、大好きだった将棋。

本当はプロ棋士になりたくて一生懸命努力した。

詰み将棋や布石を頭に叩き込んだ。


だけど、母親の強い反対で諦めた。

女は弱い。

だから弁護士である母のように、手に職を持ちなさいと。


母はいつも正論だった。


それから、勉強をして、それだけの中身の無い人間になってしまった。



今考えれば、彼に言えたことは一つだけあったのかもしれない。


私は未来から来た。

そして、これから起こることを全て知っているよ、と。


けれどそれでも口に出さなかったのは、彼がそれに頼って欲しくなかったから。




2週間が過ぎ、私の足は完治した。


そして次の日の早朝には、少年は数人の従者を連れて、忽然と姿を消した。

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