第33話 魔王さまと最強の軍隊
レベルが全てという、人間社会が生んだ歪み。
誰しもが勇者になれるという希望は、レベル30という高い壁によって阻まれる。
それは近ければ近いほど、より深い絶望へと変わっていく。
ここに居るパティー先生もまた、その歪みの犠牲者だ。
「私が……『レベル・コンプレックス』を抱えている?」
「自覚がなかったのですね。最も勇者候補に近いアルクワートやリンチェには辛く当たり、逆に最も遠い私にはひいきとも言える程に優しかった。コンプレックスは、時に理想とする者との対抗心を生み、近しい者には愛情すら覚えることがある。……それが、証拠です」
思い当たることがあったのか、パティー先生はばつが悪そうに顔を上げる。
ストラもしゃがみ込み、視線の高さを合わせ、そっと手を伸ばす。
「貴女は……知らず知らずの内に希望を見出していた。魔族の大軍を一人で倒せば、一気にレベルが上がるかも知れないと。貴女は……知らず知らずの内に酔いしれていた。一人で逆境に立ち向かうこの姿は、まるで勇者のようだと」
そして、両手でパティー先生の頭を抑え、強引に真っ直ぐ見据えさせる。
現実から目を背けないように。
月のような瞳から、逃さないように。
「そう、誰も為でもないのです。貴女は……貴女の為にやったんだ」
その言葉は、防御力も魔法に対する抵抗力すらも無視し、パティー先生の心臓を貫いた。
「わ、私は……」
グラグラと、遠雷のような地鳴りがコロシアムの地下を揺らす。
魔族がもうすぐそこまで来ている。
その事実が、パティー先生を我に返させた。
「ど、退きなさい、ストラ君! 貴方の言うことが全て本当だったとしても、私には……この事態を招いた責任があるの!」
パティー先生は飛び跳ねるように立ち上がり、ストラに掌を突き付ける。
ここでイフリートを使う事は出来ないが、ごく初歩的な魔法だったとしても、レベル28が放つそれはストラにとって致命的なダメージを与えるだろう。
だがストラは、一歩も引くことはない。
「お願いだから退いてちょうだい! 早く……早く行かないと! ケガでもさせたら、みんなに顔向け出来ない……!」
「それで解決できるとお思いですか? ここに、全てを知ってしまった私が居るというのに」
パティー先生は、またしても大きく動揺する。
無事解決出来たとしても、事実を明かされてしまえば、先生失格だと生徒全員から罵られるだろう。
もしかすると、魔族に味方した裏切り者だと言われ、勇者になる資格を永遠に失う可能性すらある。
「残念ですが、私はここを退きません。そして、黙っているつもりもありません。……さぁ、パティー先生。私を殺しますか?」
それは、悪魔のささやきだった。
生徒たちを助けに行くには、ストラを殺す必要がある。
同時にそれは、全ての事実を隠ぺい出来ることを意味していた。
多くを助ける為には。
罵られない為には。
勇者になる道を失わない為には――。
「……そんなの、無理よ」
パティー先生は、項垂れるように手を降ろす。
それは、人として恥ずべき行為だからか?
――違う。
それは、勇者らしくない行動だからか?
――それも違う。
「だって、貴方は私の生徒だもの……」
この学校の、先生だからだ。
「やはり貴女は、思った通りの人物でしたね」
ストラは微笑を浮かべながら、つま先で床を鳴らした。
すると、パティー先生の足下から太いツルが伸び上がり、腕を、足を、身体を拘束していく。
「えっ……!?」
ストラは間髪入れず、小さく固めたそれをパティー先生に飲ませた。
「んぅっ!? ゲホッ、な、何を飲ませたの!?」
拘束できたのは一瞬だけで、すぐに太いツルを焼いて脱出してしまう。
どれだけの奇策をもってしても、レベル28を拘束するのはこれがやっとだ。
しかし、その一瞬だけで充分だった。
「バレリアン。即効性の高い、睡眠導入ハーブですよ。魔法に対する免疫力は高くとも、害のない薬草に対してはそれも無意味。濃縮されたものなので、もうすぐ貴方は眠りに落ちるでしょう」
ストラの言うとおり、拘束はなくなったものの、身体は真綿でじわじわと締められるように自由が奪われていく。
「何てことをするの……!? 私が、私が行かなくちゃ生徒たちは……!!」
パティー先生は覚束ない足取りでストラを押し退け、階段を目指す。
だが、辿り着く前に限界を向かえ、糸が切れたようにフラリと傾く。
ストラは、地面に倒れる寸前の所で抱き止めた。
「そもそもこれは、貴女の戦いではありません」
手をかざすと、計百体のモンスターたち全てが膝を付き、恭しく頭を垂れる。
この地下牢が玉座の間に見間違えるほど、それは壮観な光景だった。
「貴方は……いったい何者なの?」
夢うつつの中で、パティー先生は問う。
これは夢かと疑いながら。
しかし、眩しいほどに妖しく輝く瞳が、これは現実だと物語っているようだった。
「この学校の生徒ですよ。最弱の、ね。……では先生、後ほどお会い致しましょう」
ストラの手が、パティー先生の視界を覆い隠す。
まるでつき物が落ちたように、安らかな寝顔になっていた。
≪もうじきここに、お前たちを裏切った魔族たちがやってくる≫
木のベンチに寝かせ、ストラはモンスターたちの前に立つ。
≪目的は、この学校の陥落と、人間たちをなぶり殺す事だ。……お前たちは、そのついででしかない≫
突き付けられた事実に、モンスターたちはざわめき、長であるパラミドーネは悔しさのあまりに歯を鳴らした。
≪何故無視される? お前たちが弱いからか? ――違う。お前たちは弱くなどない。私がそれを証明してみせよう。決して無視出来ない存在であることを、私が実証してみせよう。……さぁ、立ち上がれ。武器を取れ。今こそ復讐を果たそう。濁ったそれが臓腑を腐らす前に。心晴れるまでそれを叩き付けろ。お前たちを裏切った魔族に。そして、お前たちをここに閉じ込めた……人間どもに!≫
地鳴りに負けない雄叫びが、コロシアムの地下に響き渡る。
≪聞け! 万の知識を得て編み出した私の『戦術』によって、今、この瞬間より、お前たちは『最強の軍隊』となる!!≫
これこそが、ストラが目指したモノ。
時の流れに左右されず、千年も続くような強さを持つ力。
そして、最弱を最強に変える、唯一の方法。
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