第22話 魔王さまと食材
ストラは天を仰ぎ、目を細めては頼りない光の筋を眺めている。
「ふぅむ、どうするべきか……」
ストラは困った顔のまま、立ち往生している。
為す術が無いと痛感したのは、これが初めてだ。
ストラの知識は、そのほとんどが本によるもの――実家の蔵書から来ている。
元々あった物に加え、アマルスィが坊ちゃまの為にと、戦術、歴史、冒険譚など沢山の本を仕入れてくれた。
また、変わったところでは王族とメイドの恋物語などもあった。
一通りの知識は得たつもりだったが、実は読んだ事がないジャンルがある事に、今更ながらに気が付いた。
それは――食材に関する本。
森は第二の食料庫だと、戦術の本で学んだ。
しかし、野菜や果物がどのように実っているのか、ストラは実物すら見たことがない。
牧草やレタス、ドングリにクルミ、それがどこに生息し、どのように採取するのか、全ての知識を竈度因しても皆目検討がつかない。
貴重な食料庫も、利用できなければただの物置だ。
≪……様! ……ラ様!≫
ふと、どこから声が聞こえてきた。
それは遠くのようで、近くのようにも感じられる。
――これは……木の葉の擦れ合う音を声に変換しているのか?
このような芸当を出来るのは、一人しか居ない。
≪レアルタか?≫
ストラの呼びかけに、木の葉は歌うようにさざめく。
すると、木の幹がピキリ、ピキリときしみながら動き始めた。
やがて徐々に人の形を成していき、まるで熟した果実のように、ポトリと地面に落ちる。
それは、『はぐれ魔族』にして初めての部下――ドリアードのレアルタだ。
ただし、掌サイズに縮んでいたが。
≪お久しぶりでございます、ストラ様! 未だ囚われの身ゆえ、眷属の姿を借りて馳せ参じました。力不足ゆえ、このようなみすぼらしい姿でしか居られない事をお許し下さい≫
ストラの足下で、掌サイズのレアルタは恭しく口上を述べた。
≪構わぬ。むしろ、手間が省けた。お前とは話したいことがあったのでな≫
≪はい、何でも仰って下さい! ストラ様のご命令ならば、どのような事でも致します!≫
≪そうか。では――≫
その時、十一回目の鐘が鳴り始めた。タイムリミットは近いぞ、と警鐘を鳴らすかのように。
≪むっ……まずいな。まだ食料調達が終わっていないというのに≫
≪ストラ様は食料をご所望なのですか? では、是非とも私にお任せ下さい! 食べきれない程の果実が実る場所へ、御案内致しましょう!≫
役に立てることが嬉しいのか、レアルタは弾んだ声で言った。
≪そうか。では、貴様に一任しよう。初の任務だ。大いに期待しているぞ≫
≪はい! お任せ下さい!≫
レアルタの力強い声に、ストラは満足げに頷く。……だが、言葉とは裏腹に、レアルタは動こうとしない。
互いの間に、妙な沈黙が訪れた。
≪……あの、大変申し訳ないのですが、この姿ではほとんど身動きが取れないので、その……≫
≪ふぅむ、ではこうするとしようか≫
ストラはレアルタを摘み上げ、そっと肩に乗せる。
空気のように軽く、重さは全く感じられなかった。
≪あ、ありがとうございます! それでは行きましょうか、ストラ様!≫
久々の外で嬉しいのか、それともストラの側に居られて嬉しいのか、レアルタは興奮気味に足をパタパタとさせている。
※
肩に乗ったレアルタに誘導され、ストラは森の中を歩いていく。
複雑に絡み合った枝に邪魔され、通れそうにもないイバラ道も、レアルタが手をかざすだけで整備された歩道のように綺麗になっていった。
まるで通い慣れた道のように、ストラは悠然と歩く。
≪レアルタよ。お前が『はぐれ魔族』になった経緯は聞くまい。だが、どうしてコロシアムの地下に囚われている? 人間たちによる、モンスター狩りで捕まってしまったのか?≫
それは、『モンスター主義者たちの本』で得た知識。
人間たちはモンスターを殺すだけでは飽き足らず、時には捕まえ、家畜のように扱ったり、見世物のように戦わせていると。
参考にはなったが、声高々と同族を批判する行為が、ストラにはどうしても理解出来なかった。
≪……結果的には、そうなりました≫
レアルタは絞り出すような声で言った。
≪だが、原因は他にあると?≫
≪はい。この学校を狙っている魔族との小競り合いに、巻き込まれてしまったからです。……いえ、捨て駒にされた、というべきでしょうか≫
レアルタの声は、怒りで震えていた。
≪聞こう≫
≪ですが、あまり良い話では……≫
≪構わぬ。良い話も悪い話も聞くのが、上の役目であり、家族として当たり前のことだ≫
レアルタは申し訳なさそうに、怖ず怖ずと語り出す。
ストラは足を止めず、レアルタの話に耳を傾けた。
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