第21話 魔王さまとサバイバル訓練


 週明けから基礎的な訓練と座学を繰り返し、特に大きな出来事もないまま、週末の総合訓練を迎えた。


 生徒たちは何も聞かされないまま、校庭の外れに集合するようにとだけ指示され、みんな体育座りでパティー先生の到着を待っていた。


「はい、全員居るわね。じゃあ、今日の総合訓練だけど……。今日はね、サバイバル訓練を行います」


 学校の裏手にある大きな森をバックに、パティー先生はそう告げた。

 生徒たちはポカンとなったが、徐々に「わぁ、楽しそう!」という嬉しそうな声をあげるようになっていく。


「まぁ……! そんなに喜んでくれるなんて、先生嬉しいわ……!」


 感極まったパティー先生は、メガネを外して涙を拭う。

 そんなパティー先生を見た女子生徒が手を挙げる。


「パティー先生! お昼はもちろんカレーですよね!? 一緒に食べましょうよ!!」


 楽しそうに「賛成ー!」という黄色い声が上がる。

 それを聞いた先生は、泣き笑いのような表情のまま凍り付いていた。

 空気を読んだのか、読めないのか、続くようにコンパンも手を挙げた。


「パティー先生! テントはもちろん男女混合ですよね!? 一緒に寝ましょうよ!!」


 鼻を伸ばした野郎どもが「賛成ー!」と下心満載の声を上げる中、先生はわなわなと震え始め、そしてついに――キレた。


「貴方たち、いい加減にしなさい! キャンプじゃありません! サバイバルです! サーバーイーバール!!」


 かんしゃくを起こした子供のように、パティー先生は喚いた。

 良かれと思って騒いでいた生徒たちは、借りてきたネコのようにうなだれ、しゅんとなってしまう。

 我に返ったパティー先生は、ゴホンと咳払いをしてごまかす。


「……えーと、全ての戦いにおいて一番重要なのは、生き残る事です。それは、戦っていない時も同じ事が言えます。目的に辿り着く前に、食料が切れてしまったら? 戦いが長期化し、備蓄が尽きてしまったら? そういった非常時に備えるのが、このサバイバル訓練です」


 何とか軌道修正したパティー先生は、ポケットから小さな笛を取り出す。


「今から貴方たちには、この森限定で仮想訓練をしてもらいます。非常時には、この笛を鳴らしてね。……あぁ、それと、この森は学校全体を合わせたよりも大きいから注意してね。一応看板と柵は張ってあるけど、結界からは絶対に出ないように! 先生との約束よ!」


 先程騒いでいた女子生徒が、今度はおずおずと手を挙げる。

 広さよりも結界の境界線よりも、気になる事があったからだ。


「あの……他にはないんですか? 非常食とか、ナイフとか」

「学校から支給されるのは、この笛だけです。武器は、今装備しているものだけ。食料も同じです。学校からは、何も貸しません」


 またしても生徒たちはポカンとなるが、上がる声は「えぇー!?」という非難の声ばかりだった。


「あぁ、やっぱりだわ……。重要科目なのに、いつまで経ってもこの授業は不人気ね。だから担当したくなかったのよ……ぐすん」


 己に課せられた職務を呪うように、パティー先生はさめざめと泣く。


「パ、パティー先生!? いったいどうしたというのですか!?」


 校庭で他の授業をしていた筈のべーチェロ先生が、屈強な身体には似つかわしくない速度で駆けつけてきた。


「黙れ! 騒ぐな! パティー先生に文句があるヤツは前に出て来い! 俺が叩っ斬ってやる!!」


 べーチェロ先生は鼻息を荒くし、血走った眼で剣に手を掛ける。

 生徒たちは、一瞬にして静まり返った。

 それが本気である事を、肌で感じ取ったからだ。


「さぁ、パティー先生! 続きを!」

「え、えぇ……ありがとうございます……」


 明らかに迷惑そうな顔をしているのに、当の本人は気づくことがない。

 だから相手にされないんだと、生徒たち全員が心の中で突っ込んだ。


「それで、七回目の鐘――午後七時になるまでは、非常事態を除いてこの森から一歩も出てはいけません。お昼も、夕飯もこの森で調達してください。脱走した場合は……本当はやりたくないですが、たっぷりとお仕置きをします! いいですね!?」


 私も甘やかしませんよ、とでも言うように、パティー先生は豊満な胸をグッと張り、鼻を鳴らして気合いを入れていた。

 そんな先生を、生徒たちはどこか微笑ましく見ていた。

 一方べーチェロ先生は、人には見せられないような、なんともマヌケなとろけ顔になっていた。


「パーティーは四人一組です! 成立したチームから森の中に入って下さい!!」



 ※



 森の中は、外から見るよりも遥かにうっそうとしている。

 草は少ないが、背の高い広葉樹が多くあり、空から降り注ぐ木漏れ日は糸のように細く頼りなく、朝だというのに薄暗い。

 加えて、まるで視界を遮るかのように木々が乱立している為、妙な狭苦しさと、言いようのない『重さ』がのし掛かってくるようだ。


「おっ、この辺なんか良いんじゃないか?」


 先行していたコンパンが立ち止まり、嬉しそうに言った。

 やっとの事で開けた場所に着いた、第一陣パーティー――ストラ、アルクワート、リンチェ、コンパンの四人は、ここをキャンプ地にすべく、途中で拾ってきた枯れ木を目印兼たき木用としてその中央に降ろした。


「ふぅむ、コンパンの言った通りだったな」


 ストラは辺りをぐるりと見渡してから、感心したように言った。

 キャンプ地を探しながら枯れ木を拾っていこう、と言い出したのはコンパンだ。


 他の三人は荷物になると反対したが、キャンプ地になりそうな場所に枯れ木があるとは限らない、と珍しく強気で推してきた。

 アルクワートは、「間違ってたら集めた枯れ木分、尻バットをするからね?」と脅しに近い条件を出し、しぶしぶ拾っていくことになった。


 結果は……コンパンの勝利。

 周りに落ちているのは、燃えにくい生木ばかりだ。


「だろ? だろ? はい、アルちゃん。俺に何か言うことは?」

「……悪かったわよ」


 アルクワートは面白くなさそうな顔で、ぶっきらぼうに謝った。

 鼻を明かしたことがそんなにも嬉しいのか、コンパンは「イエス! イェェェーーース!」と叫びながら天高々とガッツポーズを決めている。


「さて、拠点は確保出来た。次は食料だな」

「うん、重要だね。それが一番重要だね」


 アルクワートは力を込めて言った。

 他の誰よりも死活問題だろう。


「んー、どうしよっか? 動物は居なさそうだから、倒して食料……なんて出来ないしなー。リンチェ、果物が生えている場所とか匂いで分からない?」

「私は犬じゃありません。取りあえず、みんなが持っている食料を出し合ってみてはどうでしょうか?」


 リンチェはポケットから小さな紙包みを取り出す。

 中には小さなクッキーが八個入っていた。


「残念だが、私は持っていない。間食という習慣がないものでな」

「そうですか、ストラさんならしょうがないですよね。アルクワートはどうですか? 二日前に、結構な量のお菓子と保存食を購入してたみたいですが?」


 リンチェの期待するような視線に、アルクワートはばつが悪そうに顔を背ける。


「……ゴメン、全部食べちゃった」

「え、あの量をたった二日で……!? あ、いえ、そうですね、アルクワートならしょうがないですよね」

「ちょ、ちょっと! それってどういう意味よ!?」


 そのままの意味だ、とストラは言いそうになったが、殴られるのは目にみえていたので止めることにする。


「あまり期待は出来ませんが、コンパンはどうでしょうか?」

「リンちゃん、何気にストラ以外には厳しいよな……。えーっと、ちょっと待っててな」


 コンパンはベルトにくくりつけてあるポーチを外し、豪快に逆さまにする。

 すると、出るわ出るわ食料の山。

 チョコレート、アメ、角砂糖に塩、更にはエンピツほどのビーフジャーキーが十数本もボタボタと落ちてきた。


「え? えぇ!? なんなの、その魔法のポーチ!?」


 夢のような光景に、アルクワートは目を輝かせている。

 一方リンチェは、あまりの量に怪訝な表情を浮かべている。


「……もしかして、このサバイバル訓練を知っていたのですか?」

「え? まさかのぬれ衣? いやいや、このぐらいの食料は持っててフツーじゃないのか? 一応、冒険者なんだし。何が起こるか分からないんだし」


 コンパンは、さも当たり前のように言った。

 まさかの正論に、アルクワートとリンチェは感心したような、何だか腹立たしいような、そんな煮え切らない表情を浮かべる。


「これだけあれば充分過ぎる程ですが……訓練にならないので、取りあえず各自で食材を探してみましょうか?」


 そして相談の結果、十二回目の鐘が鳴る頃――三時間後の午前十二時に、このキャンプ地に再び集まる事を決め、一旦解散となった。

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