第29話 なんでもできる人!

「舞波工務店さん、工務店情報交換ネットワークのみなさんには感謝しかありません!ありがとう!乾杯!」


田尾さんの音頭で宴が始まる。


震災から1年半が経った今日、田尾さんも、その他、被災した工務店の家屋も概ね復旧や移設が完了したための慰労、感謝会が行われた。

会場は会社の敷地の例の小屋だ。


「でも、この小屋壊しちゃうのもったいない気がしますよね。」


一応、非常時に建てたとはいえ、確認申請も取らずに建てた建築物なので、あまりいつまでも建てておくのはまずいということで、来週、解体することが決まっていた。


でも、1年半の間、いろいろ手が加えられ、なかなか面白い建物になっているので、小林くんが言うように壊すのが惜しい思いもある。


なにしろ腕に覚えのある人たちが出入りするのだから、ちょっと不便なところがあると、どんどん手を加えてしまう。

しかも、みんな仕事が速い。


朝、何もなかった空間に、いきなり集成材のPCデスクと可動式の棚が据え付けられていたり、インテリアファンが天井で回っていたり。

直行直帰が三日続いて帰ってきたら、3畳の和室がいきなり増築されていた・・・。なんてこともあった。


震災直後は大変なことが続いて、きつかったが、さすがの東京都。

1年ほどで都市機能のリカバリーも完了しつつある。


集まった面々の中には、震災の時に避難してきた近所のみなさんの顔も見える。

多かれ、少なかれ、みなさんのお宅もダメージをうけていたので、少しづつ、補修をやらせていただいている。


ここでも、相変わらず専務は女性に囲まれている。震災直後の避難生活で、彼のファンになってしまった奥様も多いらしい。

噂では彼のファンクラブが、大泉学園町界隈にあるとかないとか・・・。


あかりさんの周りには、ご近所のお父さん達をはじめとした男性陣が集まり、「ビール!」「グラス!」という彼女の指示に先を争うように従っている。


こっちはこっちで、お父さん達大丈夫かなあ・・・。


「いいですね。こういう雰囲気」


あたしに声をかけてきたのは、例のテレビ局スタッフの親分だ。

彼もあの時のスタッフと一緒にやってきた。

大工さんの手元をやっていた、あの若いADさんも大工さんとの再会を喜んでいる。


「見ましたよ。あの番組。」


「よかったでしょ、あなたも小田さんも美人に撮れてたでしょ。」


放送直後、VTRに映ったあかりさんの映像に「あの美人は誰だ!」とネット上ではちょっとした騒ぎになった。

長身の美女が、大の男に指示を出して、工具を奮う姿はビジュアル的にものすごく映えたからだろう。


「あたしはあんまり映ってなかったんですけどね。でも、あの番組に本間さんを同席させたのと、あの後の騒動ってあなたが仕組んだんじゃないんですか?」


「まあ、確かに思惑はありましたし、ちょっとは動きましたけどね。

良くも悪くも、我々はその時に話題になっているものをとりあげて、おもしろおかしく仕立てるのが仕事ですから。」


「あのころは、もう、舞波さんや他の工務店さんを叩いても面白いものは作れない。対象を変えた方が、面白いものが作れそうだ・・・。と思ってた頃ですしね。」


「・・・ゲスですねえ。」


「そう言わないで下さいよ。あの後、何回もここに伺って、専務さんはじめ、ほかの工務店さんとも話をして、本間さんの方向性で番組をつくっても、世の中いい方向には進んでいかないし、あまり気持ちのいいものじゃないって思いましたからね。


一応、私もジャーナリストの端くれですから、世の中をいい方向に進めて行きたいっていう青臭い部分もまだあったみたいです。」


「オレの華ちゃんに、俗っぽいハナシをしないでくれるかな?」


「あ、田尾さん。いろいろお世話になりました。」


「お世話になりましたじゃねえよ。

華ちゃん、こいつ、前に話してた、俺の会社を本間と一緒に糾弾する番組をつくろうとしてたヤツだぜ。地震がなかったら、どうなってたことか。」


「まあ、それは結果オーライってことで、失礼しました!」


彼は逃げて行った。


「ほんっとにテレビ局ってのはゲスなヤツばっかりだな!」


「田尾さんもお疲れ様でした。でも、これで田尾さんと毎日会えなくなるのも、寂しい気がしますね。」


「いやいや、ウチにも遊びに来てよ。ウチの若い者も華ちゃんともっと仲良くなりたいみたいだし。」


「そうそう、華ちゃんが来てくれないと、私もさびしいわ。」

ビアグラスを片手に、あかりさんがやってきた。


例の修羅場の後、彼女と田尾さんは意気投合したようで、地震がきっかけで、やむを得ず田尾さんの会社を退職することになった、社員の後任として、あかりさんは、田尾さんの工務店に行くことになったのだ。


「でも、あかりさんがいないと、寂しくなるなあ・・・。」


「うれしいこと言ってくれるわね!やっぱり華ちゃんが一番好き!」


相変わらず、あかりさんは、あちこち体格がよろしいので抱かれると気持ちがいい・・・。


「いいなあ、俺にもそれやってくれないかなあ?」


「まあ、そのうちね。」

色っぽいウィンクで答えるあかりさん。

いいコンビになりそうな二人だ。

落ち着いたら、絶対に田尾さんの工務店に遊びに行こう。



子供たちのお世話がひと段落した近所のお母さんたちも、ようやくゆっくり飲み始めることができるようになったので、ワインとか、ウィスキーとか、落ち着いて飲めるお酒を持っていこうと事務所の冷蔵庫へ向かった。


特注のガルバ鋼板のドアを開け、がらんとした事務所へ入る。


専務が打合せソファにぼんやり座っていた。

「みんなと飲まないんですか?」


「十分飲みました。田尾もみんなもほんとによかった。と思いまして、ちょっと一休みです。」


「そういえば、あかりさん。田尾さんにあげちゃってよかったんですか?」


「表面上は平気な顔してましたけど、彼の事務所のリカバリーには、かなりお金がかかったし、長年勤めてくれたベテラン社員さんが退職しなきゃいけなくなったこともあって、残った社員も動揺して散り散りになりそうだったらしいんです。

そこで、<私が行くから安心して!>って小田さんが声をかけて社員を引きとめたそうです。


田尾の会社の社員も、小田さんの活躍を小屋でずっと見てましたから、<あかりさんが来るんなら、この会社大丈夫だ!>ってことになったそうです。

まあ、私には、って事後承諾でしたけど。」


と、苦笑い。


「あかりさんらしいですね。でも、ウチも戦力減で大丈夫ですかねえ?」


「田尾のところに行くって話が出た時に、小田さんは言ったんです。瀬尾さんがいるから大丈夫だと。<専務もそう思ってるんでしょ!>と」


「・・・専務はなんて答えたんですか。」


「<もちろんです。心配しないで行ってください>って言いました。」


・・・相変わらず憎らしいぐらいのイケメントークだ。



「本間さんは、憎くてしょうがない存在だったんです。専務にひどいことした奴ですし。

でも、前に勤めていた事務所をクビになって、いろんな設計事務所やゼネコンを就職活動で回ってるとき、建築の仕事をしている人たちがホントに憎かった。嫉妬もありました。

一歩間違えたら、あたしも建築で仕事をしている人たちを<やっつける>業務をやってたかもしれません。」


「・・・。」


「本間さんの連れてた人達も大嫌いでした。

でも、時々、机を並べて、図面を書いたり、模型を作っていると、あの人たち、あたしを羨ましそうに見てるんです。

彼らも、建築が好きで好きでしょうがないし、好きなことをやるために、建築士の資格の勉強をしたり、どこかで修行をしてきたと思うんです。そうでなきゃ、こんな面倒な業界の仕事、やってられませんよね」


「あたしがここに来る前は、建築の仕事って設計事務所しかないと思ってました。でも、ここに来てみて「建築の仕事」って設計だけじゃない、監督だったり、電気屋さんだったり、左官屋さんだったり、解体屋さんだったり。もちろん、欠陥住宅の検査をするお仕事だって、きちんとやれば、胸を張ってやれる仕事だと思うんです。みんな<自分の仕事は建築だ!>って言える仕事です。」


「専務。もし、もう一人社員を募集するんだったら、あたしに面接させてもらえませんか?あたしみたいに設計しかやりたくない。なんて子を、にして見せますよ。」


「それから、あたし達をようにしてくれるのは、自分の力だけじゃなくて、たくさんの人たちの協力で、ようやくできるようになっていることを知ってもらいます。

なんなら、気に入った職種にリクルートしてもらってもいいですね。」


「あたしたち、実際に手とアタマを使う人達の仕事は、建築ヒエラルキーの一番下なんかじゃありません。一生懸命勉強して、修行して、経験を積んだ人たちみんなが元気に、幸せになれる仕事にしましょうよ。あの小屋を建てた時みたいに、みんなに知ってもらうんです!!」


「まあ、具体的にどうすればいいかはわかんないんですけど・・・。」


「いいですね。次回の募集と面接と試用期間の指導は、瀬尾さんにお願いしますね。」


「・・・まあ、専務みたいに、一発で作業着のサイズを合わせるスキルはないかもしれませんけどね」


「女性なら、瀬尾さん、できますよね。まあ、男性のサイズを瀬尾さんがぴったり合わせたら、私は嫉妬するかもしれませんけど・・・。」


「!!!!・・・あ、のびのびになってた、ピックアップのドライブ、どこにします?サーフィンはもう無理ですかね?」


「季節は関係ないですけど、海はそろそろクラゲが来ますし、山に行ってみましょうか。林道をマニュアル車で走るのも、なかなかいいもんで・・・。」   (完)



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「こうむてんのはなし」最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。


後日譚として、舞波工務店面々が、異世界でお話し。「異世界工務店」を公開しました。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054885950346


今度の主役は専務です。


ぜひ、こちらもお読みください!!




                   

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こうむてんのはなし 高杢匠 @kanyu11

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