第24話 避難所

いつか来る。と言われ続けた大地震が、ついに関東全域を襲った。



揺れはすさまじく、軽トラの中で、体がタテに横にシェイクされる感じで、シートをかぶせてあった荷台の工具も吹っ飛ぶほどの勢いだった。


5分ほど続いた揺れの後、事務所に飛び込むと、パソコンはデスクから落ち、カタログ帳もすべて棚から飛び出しており、重量のあるタイル、石材サンプルが飛び出し、数メートルも離れた間仕切りガラスを破っていたが、平屋造りで頑強に作られているこの事務所の建物本体には、まったく損傷はなかった。


事務所に居たのは事務員さんだけで、幸い怪我はなかったので一安心。

みんなに連絡を取ってみようとしても、携帯の通話は通じない。

大工さんと一緒にいるあかりさんから「現場全員無事、そっちはどう?」のショートメールが届いた。

こっちもショートメールで、専務、事務員さん、あたしの3人は無事なことを伝える。


電気がつかないので、スマホのテレビアプリを起動させて、ニュースを見る。

マグニチュードは8。震源は駿河湾沖。東京の震度は6か7ということだった。

まだ、情報が錯そうしているようで、役に立つ情報は得られなかった。

水も蛇口からは出ないが、作業場の井戸水は大丈夫なようなので、ポンプのコンセントをエンジン式の発電機に繋ぐことによって、汲み上げることができた。


「まずは社員全員の安否確認。各自はご家族の安否確認も行ってください。」専務が指示を出す。


あたしの両親は新潟なので、被害は関係ない。

電話は通じないが、ショートメールで無事なことを伝える。すぐに「無事でよかった」の返信が届く。


環七、山の手通りといった、都内のメインルートは、緊急車両以外の走行は禁止されたので、高円寺に行っていた小林くんは歩いて帰ってきた。


「いやあ、まいりましたよ。車で行くと、そうでもないですけど、歩くと大変ですね。」


行軍をこなしてきた小林くん一同を迎える。

外構工事中だったので、鳶さんや土建屋さんが一緒だ。

彼らの事務所は川口なので、一旦、練馬のウチの事務所で様子をみるとのこと。


携帯の電池が切れてしまったということで、ソーラーパネルから常に充電しているバッテリーを使って充電。それぞれの家族の安否を確認した。


あかりさんも事務所に到着。

駐車場から現場が離れているので、駐車場と現場の移動用に、現場に置いてあった自転車に2人乗りで帰ってきた。

現場から近い大工さんや職人さんは、直接家に帰ったそうだけど、女性を1人で帰すわけにはいかない。ということで、大工さんが付き添ってくれたそうだ。


怪我をした人はウチの社員、職人さんにはいなかったようでよかった。


片づけと整理をしていると、日が暮れたころに、大きな荷物を持った一団が事務所にたどりついた。


「テレビ○○」と書かれたジャンパーを着ている何人かがいる。


「まいっちゃいました。車が目白通りで止められちゃって、歩くしかなくて。すいません。本間さん、いらしてませんか?」


「来てませんけど、お約束で?」


気まずげに彼らは視線をさまよわす。


「今日はここで<突撃!本間建築士があばく欠陥住宅!>の撮影をやるってことだったんですよ。舞波さんのところの<取材>をするということで・・・。」


なるほど。ウチのどっかの物件の「欠陥」取材をしたあとに、事務所で専務をやっつける・・・。という場面を撮ろうとしてたわけね。

輝かしい経歴のイケメン建築士をやっつける本間氏。というのは、さぞいい素材になっただろう。


「まあ、お疲れでしょうから」


一通りハナシを聞いたにも関わらず、専務が紙コップの熱いお茶を彼らに渡す。

疲労困憊で座り込んでしまっていた他のスタッフも恐縮して、お茶をすする。


夜になっても、電気は復旧せず、真っ暗な大泉学園界隈で明かりがあるのは、この舞波工務店の敷地ぐらいだ。


たくさんの人たちがソーラーパネルから供給された電気の明かりに吸い寄せられるように集まってきた。


「瀬尾さん、現場用の仮設照明を全部出して下さい。小林くんは発電機の準備を。車からガソリンを抜いて、発電機に供給してください。

小田さんは大工さんと鳶さんと協力して、倉庫の板金を使ってたき火台を作ってください。それに廃材をくべて、暖をとるための火を焚いてください。」


寒空にいきなり放り出された人たちは沈んだ表情でたき火にあたっている。

お年寄りや小さな子供を連れたお母さんも多い。

「お年寄りと小さいお子さん、お子さんを連れたお母さんたちは事務所に入れてあげてください。」専務が指示を出す。



「すみません・・・。ウチの窓のガラスが揺れでみんな割れてしまって・・・。寒い風がピューピュー入ってきて、寒くてしょうがなくて。

外を見たらここが明るかったから、来てみたんです・・・。あったかいですね。ここ。」


「ええ、断熱材はセルロースファイバーっていうのを詰め込んであるんです。それから、昼間の日差しの熱を床下のコンクリートに溜めておいて夜に熱を室内に放出する仕掛けをしてあるんです。」


ソーラーパネルの電圧ではエアコンをつけるほどの電力はないが、「ハンドリングボックス」と呼ばれる、建物全体に暖かさを循環させるファンのような機構を動かすことはできるので、事務所の中は結構暖かい。



国が積極的に推進した耐震基準のおかげで中野区や杉並区で現在も続いている大規模火災のほかは、建物に致命的なダメージを受けた家屋は近隣ではあまり見うけられないし、神戸の地震の時のように一気に倒壊して圧死。崩れた建物の下敷きになった人がいる。なんていうこともネットのニュースを見る限りあまりないようだ。


ただ、湾岸地区や足立区、葛飾区といったところは押し寄せた津波と、逆流してきた川の水があふれたことによって水没してしまった地域があるらしい。

田尾さんの事務所が心配だ。


午後1時ごろに地震が発生したせいで、ほとんどの家ではご主人をはじめとした男手が勤務先からまだ帰ってきていない。

電車も止まっているし、道路の車両通行が制限されているため、歩いて家を目指しているのだろう。


ネットもテレビも暖房も使えない状況で、徐々に日が暮れていく中、女子供だけで、過ごす怖さと心細さと寒さに耐えかねて、ここに来た人が多いようだった。


敷地では地鎮祭に使う運動会で使うような大きなテントを建てて、専務たちが訪れる人達にあたたかいお茶を配っている。


翌日になってもライフラインは復旧しない。


「こりゃ、長期戦になるかもしれないわね。」あかりさんが言う。


避難してきた奥さんやお年寄りのお宅のご主人や勤めに出ていたご家族は自宅に戻ってきたようだが、電気も点かず、水もガスも使えないので、またここに戻って来る。


電車も止まっているし、クルマの移動もできないので、あたしたちも自宅に帰れない。

職人さんや大工さんも、もう帰宅はあきらめて、しばらくここにいるつもりのようだ。


とりあえずここにいれば、水、最低限の電気。燃料はある。

家屋にそのまま住める人たちは、ペットボトルを持って、水をもらいに来た。

携帯電話の充電は順番だ。

時間を書いた整理券を配って、順番に充電してもらうようにする。

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