第23話 責任をとらなくていい人達

 この騒動の後、さすがの社長も欠陥住宅解消の会からの退会を決意した。

 退会しても申し込み金その他は返金されなかったみたいだが、しょうがない。


 本間氏はあれから姿を見せないが、使っていたデスクの書類やPCその他の機器が、お休みあけにごっそりなくなっていた。

 社長が会社のカギを渡していたそうで、あわてて事務所のカギを全部交換した。


あかりさんは頭に傷跡が残ったが、精密検査の結果、障害が残る可能性や後遺症もなかったそうだ。

あたしと小林くんは傷害事件として訴えた方がいい。と言ったが、


「カラダで手切れ金を払ったようなもんだからいいのよ。」とかっこよく言われてしまった。


年が明け、本間氏が現れなくなった2月ごろ、専務と小林くんあてに電話があった。あのトラブルのDさんからだった。


「すいませんねえ。お忙しいところ来てもらって。」

「いえ、この家を建てたのはウチですから、どんどん声かけてくださいよ」


 専務が答える。

 久しぶりに信頼してもらっている施主さんに会えたせいか、表情は明るい。

 今日の作業は玄関の手すりの追加だった。


Dさんのお母さんが靴の履き替えをするために、手すりがほしいとのことだった。


通常だと、手すりを新たに取り付けるには柱に取付けなければならないので、取り付ける位置は限定されてしまうのだが、将来的に手すりを増やすことを小林くんが見越していて、必要な部分には合板を使った「下地」を事前に入れてあるので、実際に使いやすい位置を確認してもらって、取り付けることができる。


「相変わらず見事な手際と段取りだね。あのときは女の子がやった工事はダメだ。なんて言って、悪かったね。」


施主さんは恐縮して謝罪してくれる。

作業には立ち会っていないし、あの時の処理は専務と小林くんがやったから、騒動の後、施主さんに会うのは初めてだ。


 既製品の金具と手すりバーを使ったので、取付け作業は一時間もかからなかった。

 ご挨拶をして、専務とD邸をあとにする。


 今日の運転はあたしだ。


「瀬尾さん、マニュアル操作上手になりましたね。シフトのロスもほとんどわからない。」


「最近、軽トラの運転が楽しくて。今度、専務のピックアップも運転させてくださいね。」


「いいですよ。瀬尾さんの運転で、今度一緒にどこか出掛けましょうか?」


 あ。びっくりした。


「・・・そういえば、今日はありがとうございました。小林くんじゃなくて、あたしを呼んでくれたのは、Dさんにあたしを会わせたかったからなんですよね?」


「そうです。あのときは中途半端になっちゃいましたけど、Dさんと瀬尾さんにきちんと会っていただきたくて。」


「それに瀬尾さんは、ウチの大事な人ですから」


 今日は攻めてくるなあ、このイケメンは。


「専務、聞いてもいいですか?」

「田尾さんって、どうして工務店やることにしたんですか?K大出てるのに」


「アイツも始めは設計事務所勤めしてたんんですけど、図面と監理だけやってても、それで<建築>やってます。っていうのはなんか違う。って思ったそうで、辞めちゃったんですよねSK事務所。それで、ウチで施工を修行して、後継者がいないから閉めるって工務店が足立にあったんで、そこに跡継ぎとして入って、社長に収まったんです。今年で10年目になりますけど、結構人生試行錯誤してるんですよ。アイツ。」


「アイツもですけど、私も自分のアタマで考えて、自分の手でつくるって、大事なことだと思ってました。」


「思って?」


「知ってますか?この建築業界ヒエラルキーで一番上に君臨するポジションを。」


「技術を持ってるひとですか?宮大工さんとか?有名な建築家さんとか?」


「違うんですよ。一番に君臨するのは、<なにも技術をもっていない。経験もないヒト>が一番えらいんです。

何十年もかけて身に着けた技術を使って、最高の建物を建てても、あのヒト達が<2000本打つことになっている釘が、実際は2001本も打たれていた!>と言うだけでその建物は欠陥建物になるんです。


ばかばかしいと思いませんか? 何十年も歯をくいしばって修業をして、何十件も家を建てて、何百人もの人を幸せにして、施主さんに喜んでもらっている。

そんな人たちを一軒の家を建てた経験もないヒトが糾弾して、社会的地位を奪って、廃業に追い込むことができるんですよ。


そして、世間の人は、自分達に役立つ知識や技術を持っている人よりもそんな連中を信用して崇め奉るんです。


私たち建築士や施工者が、信頼を勝ち取るには、Dさんにやったぐらいに、一生懸命時間とお金と誠意と手間をかけないとだめなんです。

でも、彼らはその場の言葉と、自分の主観だけで信頼を勝ち取っていくんです。」


「そうしたら、どうなると思います?」


「・・・・。」


「実際には何も技術を持っていない人ばかりがのさばる世の中になるんですよ。

田尾から聞いたかもしれませんけど、最近、東京や関西に限らず、いい工務店や、すばらしい技術を持った職人さんが、ああいった輩にからまれて少なくない数がつぶされています。


きっと、将来、家を建てることができる人なんかいなくなるんですよ。

世間の人達も、家を建てる人、直してくれる人が居なくなって、彼らがなにもできない人だったことにようやく気付くんです。

でも、そんな輩を信仰した人たちの自業自得です。いい気味です。」


 いつもの専務と違って、毒のあるいやな言葉が次々と出てくる。

 酔ってもいないのに・・・。


「それに、あの人たちは自分たちの見立てが違ってても痛くもかゆくもないから、たくさんのを見つけることができるんですよ。

彼らの言うという見立てが間違っているというんなら、検証でも裁判でもやったらいいじゃないか?

でも、そう簡単にはいかないんです。

自分がを証明するには、間違いや罪を指摘することよりも膨大な時間とお金がかかるんです。

第三者の専門家や弁護士を雇って、何年も時間を使って、たくさんのお金を使っても、自分の正当性は簡単には証明できない。

 

それで、彼らのが誤りだったってことをやっとの思いで証明したとしても、彼らは


<へーそうですか。>と言って終わりです。


間違ったことを言った責任を問われることはありません。


その時には、彼らは、また新しいを見つけだしていますから、また、それが間違っていないことを証明するために戦わなくてはいけない。もう、キリがありません。」




いつも公明正大。絶対人の悪口は言わない専務が、こんなに悲観的な言葉を吐き続けるのは珍しい。


 ピックアップのドライブデートのことなんか、アタマから飛んでってしまった。




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 地面が大きく揺れて、すべての事態がリセットされたのは、事務所前で軽トラのサイドブレーキを引いた時だった。

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