第17話 社長の新規事業

工務店情報交換ネットワークの会は不定期開催だったが、その後も何回か参加した。

企画をするのは専務だが、実務的な仕切りは田尾さんがやっているようだ。


こういう会では、実際に工事を行う職人さんとの出会いも有意義で、柏市の新築工事の案件では、会で知り合った工務店さんから、地元の水道業者さんを紹介してもらったり、ある工務店が忙しすぎて請け負えない物件を紹介してもらったりもした。


オプション(?)の出会いも仕切り役自ら提供してくれた。

田尾さんとは飲みに行ったり、食事にも時々一緒に出かけている。

あかりさんや小林くんみたいに、色っぽい展開になるかはまだわからないけど。


そんなある日、社長が社員全員を集めた。


「新しい事業を始めようと思うので、みんな協力してほしい」

配られたパンフレットには「欠陥住宅解消の会 全国展開事業」と書かれている。


すでに建っている住宅の検査や、工事中の住宅が欠陥住宅にならないように、監視をします。というサービスを行う事業で、大阪の設計事務所を母体として、欠陥住宅検査、相談を営利目的の事業として行い、それをフランチャイズ化して、全国展開する。ということらしい。


「欠陥住宅は年々増え続けている。それを告発、検査するのも、技術と経験を持っている我々のような工務店のこれからの役割だと思うんだよね。

この事業を全国に展開するにあたって、一番大事な東京の窓口として、ウチが選ばれたんだ。名誉なことだよ。

これから、この事業は間違いなく、右肩上がりに成長する。絶対儲かるからやったほうがいいと思うんだ!」


「欠陥住宅検査ですか。でも、ウチは新築事業は好調ですし、こんなことやらなくてもいいんじゃないんですか?」 とあかりさん。


「欠陥住宅裁判の立会いとか、業者との交渉・・・。なんてのも書いてありますが、これって弁護士じゃない人が交渉するのを禁止している<非弁行為>にあたりませんか?」と小林くん。

彼は見事、1級建築士の試験に合格し、今は宅建士の取得を目指して勉強している。


宅建の出題項目には、民法の項目もある。


「うん、でも、この建築士さんは著名な人だし、今までにこういうことをやってきたのに、問題はなかったというんだ。それに、見てごらん。元国土交通大臣の先生も推薦してるから、大丈夫だよ」


前政権で、国土交通大臣をやったものの、あまりにも非常識な発言が続いため、辞任に追い込まれた、ある国会議員の写真と談話が載っている。


「この先生にも、この間会ってきたけど、東京でこの仕事ができるのは、設計も施工もしっかりしている舞波さんしかいない。って言われたんだよ。頼りにされてるんだよ。ウチは!」


確かに、欠陥のある建物をなくすというのは、大事なことだとは思うけど、それを、事業として。しかもフランチャイズ化しておこなう。・・・。というのは、なんか違う気がする。

テンションの高い社長だが、今一つ、気が進まない。


パンフレットをずっと眺めていて、黙っていた専務が口を開く。


「ちなみに、社長、この事業の申し込み期限はいつまでなんですか?」


「うーん。実はすでに、申し込み金の払い込みと、宣伝グッズの購入はしちゃったんだよね。」


苦笑いしつつ、答える社長。

いたずらが見つかった子供みたいな表情だ。


そういえば、先週、社長あての段ボールがいくつか届いたな。

専務が不在の日に・・・。


「わかりました。申し込み費用の払い込み、購入したグッズの費用については会社の会計で処理します。ただ、このフランチャイズ事業は当社では行いませんので、申し込みはキャンセルしてください。違約金等がかかるようでしたら、言ってください。」


・・・いつも腰が低く、相手を尊重する専務にしては、紋切り型のキツイ言い方だ。


「専務、いや、いすみ。この会社の社長は誰だ?確かに実質的に会社を動かしているのはお前かもしれないが、この会社の社長は俺だ。会社の方針を決めるのも、進む方向を決めるのも俺だ。勘違いするな!!」


いつもの暴走する社長、いさめる専務。というほっこりとした雰囲気は無く、社長の怒鳴り声に、場は険悪な雰囲気になっていった。


「じゃあ、勝手にしてください。自分はこの件には一切関わりません。」


そういって、専務は席を立った。




数日後「欠陥住宅解消の会」主宰の設計事務所の人が来るというので、あたし、あかりさん、小林くんの3名が打ち合わせスペースに呼ばれた。


が、約束の時間を30分過ぎても、件の主宰者は現れない。

「・・・来ないですね、約束時間、ほんとにあってるんですかね?」小林くんが言う。

社長は会社の前で待っている。曰く「場所がわからないのかも?」だそうだ。


1時間ほど経過して、タクシーが到着。

スーツに銀縁眼鏡の人物が降りてきた。

社長がぺこぺこ頭を下げている。

タクシー代まで払ってやってるみたいだ。

その人物は、無言で事務所に入ってくると、だまってソファーに座った。

社長があわてて追いかけてくる。


「みんな、紹介するよ。<欠陥住宅解消の会>主宰の本間さんだ。」

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