第10話 工務店の日常

いざ、業務を始めてみると、なかなか快適。

というか、仕事のリズムが自分に合っている気がする。


事務所が駅から離れているので、あたしの中野の賃貸アパートの住まいから大泉学園の駅で降りて、駅から事務所まで自転車で通っていたが、結構時間がかかるし、勤め始めたのが、10月ごろだったので、それなりの距離を自転車で風を切って走るのも、だんだん寒くなってくる陽気に、しんどくなってきた。


専務に相談すると、「試用期間が終わったら、瀬尾さんにも軽トラを使っていただきますので、それで通ってもいいですよ。通勤手当はないですけど、ガソリン代は会社持ちにします。」ということになった。


担当現場を持つと、いわゆる「直行直帰」をしてもいいらしい。

今のアパート前には駐車場があるので、試用期間が終わったら交渉してみよう。


「プライベートにも使っていいですよ」だそうだ。

軽トラだけどね。


タテマエの始業時間はAM8:00からだが、この時間は実際に現場に職人が到着する時間だ。

それから段取りをして、現場は8:30ごろから稼働する。

段取り済みな作業工程ならばこの時間を過ぎて到着してもよいが、その業種が入る作業の初日には、開始時間に現場に居て、駐車場の場所等の細かい指示、書面では伝えきれなかった現場の特殊な事情なんかを説明してから作業に入ってもらわないといけないので、そんな時は7時前に家を出ることもある。


確かに、これは現場直行じゃないとキツイかな?とすぐに思った。


その合間を縫って、事務所に戻り、各工程の段取りや図面書き、週末に控える施主打合せのプレゼンボード作成なんかを行う。


苦手と思っていた図面書きだが、それはあくまで「設計事務所」レベルの図面書きであって、工務店で作成する図面に必要とされる情報量とクォリティは、あくまで「施主さんが理解できる。施主さんとの約束事を明確にしておく。」ことが第一前提であって、設計事務所のような、職人技を駆使した図面を書く必要はない。


また、舞波工務店は、引き合い段階からの顧客の取捨選択を専務のレベルでやっているので、(以前は、社長がなんでも受けて大変だったそうだ。)施主さんが他社と金額やプランの比較をして依頼先を決める。といったような「相見積り」もほぼないので、受注するために、施主さんをびっくりさせるような美しい図面作成や、レイアウトをやらなくてもよく、打合せ内容を反映した図面を淡々と描けばよい。


契約したら、それを現場でわかりやすいように「施工図面」として必要な情報を加筆していく。

図面の形式は、ので、

自分で考えた構成、枚数でよい。


だから、現場に頻繁に行く人は、現場で指示をしてしまうので、キッチンや洗面台の品番等、お客さんとの約束事項を記載した程度の図面で済ませてしまう人もいるし、現場に行く頻度が少ない。というよりも、職人に現場をきっちり任せる人は、細かい数値や注意事項を書き込んでいくので、図面の枚数は増えていく。


設計事務所は毎回、「競合」と呼ばれる作業を行って、工事を発注する工務店の選別を行うので、施工する工務店が自分たちの図面を見るのは、毎回、初見になる。


だから「誰が見ても理解できる。突っ込まれない」図面をかなり細かい精度で書く必要があったが、というのは、基本的にいつも同じ職人が施工をするので、「いつも通り」な部分に関しては、特に記載することもなく、現場確認で完結してしまうことも多いので、施工図面を書く手間も少ないので、あたしレベルのCAD(PCで図面を書くソフト)作図技量でも十分だった。


この事務所で使っているCADの「ベクターワークス」は、設計事務所時代に使っていた「オートCAD」よりも使いやすく、かなばかり(建物の詳細断面図)といった複雑な図面も「リソース」と呼ばれる機能で、すでに書かれている部位のものをコピペで切り貼りするだけで完成してしまう。


建具とか、キッチンの納まりなんかも、舞波工務店の共有データフォルダにたいていのものがあるので、書くことなく、そこから張り付るだけでよい。


その作業は、図面を「書いている」というよりは「作っている」という感じで「設計という仕事」をしているという感じがしない。


手書き図面の時代に、線の太さとか、完成した図面の美しさとかにこだわって、図面書きをやってきた人たちが、こういったやり方を見たら、おもしろくないだろう。


ただ、専務や小田さんいわく「設計や図面書きという行為は、あくまでも家をつくるための作業のひとつなんだから、簡単に出来るのなら、それに越したことはない。もっと大事な作業はほかにあるんだから。」だそうだ。


設計一筋でやってきて、設計という仕事にプライドを持った人がこれを言われたら、確かにアタマにきてやめちゃうかもしれない。


あたしは建築学科を出てるわけでもないし、設計事務所時代も、模型作りが業務の中心だったから、図面を書くという行為に対しては、なんのこだわりもプライドもない。


そういう意味でも、ここは居心地がいい。


また、自分の得意とする模型作りは、重宝された。

内部空間や外観については、CGパースを専務がつくっていたが、やはり空間の大きさとか広がりとかは、模型が一番わかりやすい。

設計事務所時代は、模型を施主さんに見せるのは、物件の担当や所長で、自分はその場に立ち会わなかったが、専務と同席して、模型を施主さんに見せた時の「自分の家がここにある!」という表情を見るのはほんとに感動モノだった。


そんなこんなで3カ月はあっという間に過ぎていき、試用期間の最終日に、専務に呼び出された。






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