第5回 物語を盛り上げる

 新年あけましておめでとうございます。年末年始でバタバタしていて随分と更新が遅れましたが、私は元気に生きています。長らくお待たせいたしました。


 さて、前回は「小説の書き方は小説から学ぶ」などとハウツーにあるまじき解説をしましたが、今回は他の小説から学んだ通りに書いた骨組みを「自分の物語」に昇華させる為の手直し、つまり脚色アレンジについて解説しようと思います。


 今回の解説は大きく四つに分けて


・情景

・スピード感

・シーンの肉付け

・シーンの盛り上げ方


を説明していこうと思います。全体としてキーワードになるのは「映像」です。今回くどいくらいこの言葉を使っていますので予めご了承ください。


 前置きが長くなりましたが、それでは各パートの解説を進めていこうと思います。



【情景】

 言うまでも無く、一番最初に読者に伝えなければならない部分です。物語の背景がイメージできればキャラの動きを映像として想像しやすく、没入感を与えることができます。


 映画やアニメを見てみても、最初は背景から映しているケースが非常に多いと思います。もし背景が真っ白だったら、どこで何をしているのか今一つ想像できませんよね? 反対に背景ばかり映すのも僕個人はあまり好きではありませんが。


 情景を説明するのに一番大事なのは何と言っても「印象」です。最初に見せる情景は、できるだけ物語の主題に沿ったインパクトの強いものを選びましょう。


 暗い作品なら雨や雪や夜。明るい作品なら昼間の学校やのどかな町。サスペンスなら事件を描くのがセオリーになっていると個人的には思います。


 どれもイメージしやすく力強く印象に残ります。この作品がどんなものかを読者に分からせ、物語の中に引き込んでいくのが序盤の情景描写の基本です。


 主題がイメージできない方は、作品を色一色に例えるか一単語で言い切ってみて下さい。それが主題であり本質です。


 後は各シーンの場所に沿って適切な描写を必要な量書き込みましょう。登場人物の見た目の描写と同じで、あまりにくどかったり量が多すぎたりすると飽きられます。


 人物そっちのけで背景ばかり映している映画も、人物ばかり舐める様にズームして映しているだけの映画も売れる筈がありません。大抵の観客は別に人物だけを見に来た訳でも、ましてや背景だけを見に来た訳でもないのです。


 小説も同じで、物語というレールの上をストーリーが滞りなく進める様に、背景と人物の描写をバランスよく入れる必要があるということだけは忘れないで下さい。


 描写としては、その場の雰囲気と色や温度、特に目立つもの数点を各一二文ずつ説明する程度でいいでしょう。それだけの要素があれば読者は自分が今までに見た物を参考に脳内で補完できます。今後何かしらの展開に繋がっているものをちらっと書いておくと、それだけで伏線になります。


 しかしその作品における固有のものは少し詳しめに解説しましょう。特に現実に存在しないものは説明ないとイメージしにくいです(当たり前と言えば当たり前ですが)。時と場合に応じて適宜調整して下さい。


 他にも人物の表情を際立たせる為に光や雨を利用するという手もあります。笑顔なら陽光を浴びてよりきらきらとしたものになり、泣き顔なら雨の中で描写することでシーン全体で悲しみを表現させることができます。寂しさは雪、別れは落葉、のどかさは花や風で描写するのがおすすめです。


 また、場所と言うものは来た時々に応じてその表情を変えるものです。恋人と別れた後の部屋が何だか広く寂しく感じられる様に、何か心境が変われば必ず見え方感じ方は変わってしまいます。最初にその場所に来た時と、次に来た時とで微妙に描写を変えてみると、時間の経過や登場人物の成長が表現できて面白いと思います。


 他にもテクニックとしては「徹底する」というのがあります。暗いところはとことん暗くして、明るいところは底抜けに明るく描写した方が、ストーリーにメリハリができて読みやすいです。


 絶望的なような希望があるような、あるいはどちらでもないような……みたいな曖昧な書き方ばかりだと、時として読者にもやもやしたものを残してしまいます。このもやもやが読むときに妨げとなることは以前も解説したと思います。



【スピード感】

 主に戦闘シーンの多い、アクション要素の強い作品において重要なものです。文のテンポが平坦だと緊張感が欠けて間延びしてしまいます。


 テンポの描写は大きく分けて、早くなる場合とゆっくりになる場合があります。一瞬で何かを行う場合は最初に「一瞬で」「刹那で」などの意味を含んだ語を置いて、そこに至る過程をすっ飛ばして後の事実だけを書きましょう。ゆっくりとした描写の時は逆で、しっかりとその動作の過程を丁寧に描いていけば自然とゆっくりしたものに見えます。遅い動作ほどなるべく緻密に書くのがコツです。


 この書き方だと少し分かりにくいので、少し例を上げます。たとえば「放り投げられた林檎を掴む」という動作があったとしましょう。


 私はテンポの速い描写であれば「瞬き一つの間に、宙を舞う林檎が消えた。彼が林檎を手に取ったと気付くのに、私は随分と時間を要した」と書きます。遅い場合は「彼は空中で弧を描く林檎に目をやり、開いた手をおもむろに伸ばして、視線の先の林檎を掴み取った」とでも書くんじゃないでしょうか。


 あくまでも私の書き方なので、読んだ人が「早い」「遅い」と分かれば何でも良いのですが。


 大切なのは読んだ人がきちんと分かることです。一度映像でイメージしてみるのもいいかもしれませんね。私は動きのスピード感を勉強するときはアクション要素の多いアニメの戦闘シーンを文字に起こしてみたりそのノベライズ版を読んで表現の仕方を勉強したりしていました。前回紹介した「他の作品から盗む」ですね。



【シーンの肉付け】

 先程紹介した情景描写を内包する、シーンを印象付けるもの全般を指す言葉です。


 印象付けたいシーンほど衝撃的な展開や鮮烈な情景を描写し、読者の頭に残すことが大切です。何度もそれらしいことを言っているのでお気づきの方も多いとは思いますが、世に送り出す小説は基本的に「読者」をいかに自分の世界へと引きずり込めるかに全てが掛かっています。


 どれだけ内容が優れていても引き付けられるものが何もなければ読んで貰えません。なので「たくさんの人に自分の作品を読んで貰いたい!」という人は、クオリティを気にするよりも先に「どうすれば読んで貰えるか」を優先して考えましょう。

 さて、話が随分と脱線しましたが、シーンの肉付けは先に言ったものの他に「五感」を意識して下さい。やるとやらないとで大違いです。


 賢明な読者の皆さまでしたら当然、五感についてはご存知かと思われます。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚ですね。


 人間ならばおよそその殆どが持ち合わせており、また最もイメージしやすい感覚です。そしてイメージしやすいということは共感しやすいということです。心の動きは個々人によって違うので共感できないところも発生しますが、感覚は大抵の人が同じでしょう(ただし味覚はたまに違いますが)。


 例えば「ステーキを食べる」という現象を文に表す時、誰にでも分かってもらおうと思えば「歯ごたえ(触感)」「味(味覚)」「匂い(嗅覚)」「見た目(視覚)」「噛んだ時の音や肉汁の出る音(聴覚)」を描写する人が多いでしょう。誰でも美味しそうなステーキを想像することができますし、とても印象に残ります。


 つまりこういうステーキの描写と同じ事を他のシーンに応用すれば、全体的に印象深いものになるのです。


 誰かと手を繋ぐシーンなら、味は無いにせよ手の温かさやその人の匂い、その時の表情や言葉などを丁寧に描写することで、主人公にとってそれが特別なものであると読者に伝えられます。


 逆にさほど重要じゃないシーンはあまり描写を詰めない様にしましょう。私はその「さほど重要じゃないシーン」に大事な伏線を張るのが好きですが、それは個人の趣味の領域になるのでここでは語らないようにします。


 スピード感のところでも少し話しましたが、文章は緩急がついていた方が読みやすいです。どうでもいいところをくどくど書くよりも、大事なところをがっつりと描写して他はパパッとダイジェスト感覚で飛ばしていった方が作者的にも読者的にも楽です。結局のところ大事なシーンしか残らないのですから、あとはその「大事なシーン」がいかに大事なものであるかを考えながら、できるだけ読者が鮮明にイメージできるように書くだけです。


 私の経験的には、人物の思想が長すぎると死ぬほど飽きられます。合間合間に感覚や情景やセリフを挟みながら、適宜調整してください。



【シーンの盛り上げ方】

 さて、これらのシーンを印象付ける為に必要なのが、何といっても盛り上げ方でしょう。ぐっと盛り上がるシーンとは何か、私もずっと書きながら考えてはいるのですが、絶対的な正解と言うものはまだ発見できていません。


 なので「これをこうすれば絶対にシーンは盛り上がる!」というノウハウを誰かが発見してくれることを願って、私が今までの経験で学んだことを書こうと思います。


 まず、物語というものは無数のリズム――音色といってもいいかもしれません――で構成されたいわば音楽の様なものです。文字だけで構成されていることにばかり目が行くとどうしても全部を長ったらしく書いてしまいがちですが、何度も繰り返し言うように全体のリズムにさえ配慮すればそれほど長く書く必要はないのです。


 第二回で説明した「序破急」を思い出して下さい。あれは元々能楽の言葉です。曰く、


 序……一番初め。決まった拍数を自由に、ゆっくりとした調子で打つ。

 破……中盤。序を受けて次第に早くする。

 急……クライマックス。破よりも早い調子で打ちながら終わりへと向かう。


といったものです。協奏曲の楽章も似たような感じです。


 つまり、ゆっくり→少し早く→早くの順にシーンの運びを動かすと、リズムの良いものになるのです。しかしこれは第二回で話した様に基本。今回は少しだけ、この序破急にアレンジを加えたものを紹介しようと思います。


 やはり音楽から引っ張ってくるのですが、音楽用語には「キメ」と呼ばれるものが存在します。曲の途中で一瞬音楽が止まる「ブレイク」や、それまで別々のパートを演奏していた全員が同じパートを演奏するなど、所謂アクセントになる部分です。このキメを序破急の中に組み込むと、特にクライマックスに当たる急の部分を非常に盛り上げることができます。


 クライマックスの展開において、基本的には事実やその過程が中心に速いペースで描かれると思います。しかしそこに入る直前に少し余分をとって、主人公の考えや情景を短く描写すると、シーンとシーンの間に「間」ができます。この間がシーンを盛り上げる際に大いに役立ちます。つまりこれが「ブレイク」ですね。


 他にも主人公と相手の行動を重ねたり、先に書いた情景でキャラの心情を暗喩したりすると、ストーリーの完成度はぐっと上がると思います。



 さて、次はキャラクターの作り方についてお話ししようと思います。

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