第11話


 天使達の言うとおりだった。

 その記憶自体は、まさに戯言だった。

 誰にでもある、陳腐な体験談。

 半年もすれば笑い事になる、くだらない出来事の一つ。

 当時、僕は一人の美しい少女に初恋をしていた。

 相手はクラスのマドンナ的存在だった。それなりに分を弁えていた僕は、告白なんてせずに、ただ思うだけの日々を過ごしていた。

 だが、不器用だった。

 僕の思いは、直ぐに相手に察知された。

 そして――僕は彼女から、狂兄を理由に酷い拒絶をされた。

 僕をからかう事に夢中になっていたクラスメイトたちは、殊更それをネタにして、僕を追いこんだ。

 

 くだらない話だ。

 本当に、本当にくだらない記憶だ。

 

 

「なに泣いてるんだお前?」

 彼女に拒絶された日。

 屋上へ続く階段の踊り場で蹲る僕に、兄はそう声をかけてきた。

「うるさいよ」

 しゃくりあげないよう必死に、僕は短く言葉を返す。

「おい、お前まさか虐められてるのか?」

 虐められている、中学生にもなって。その事実は僕の自尊心を酷く傷つけていた。

「……うるさいって」

「おい、言え。誰だ、誰にやられた、教えろ」

「うるさいって言ってるだろ!」

 僕は思わず咆哮を上げた。

 辛かった、苦しかった、屈辱的だった。だから目の前の兄が、全ての元凶に思えた兄が許せなかった。その兄に心配される事が、堪らなく不愉快だった。

「誰にやられたか教えてやろうか――」

 僕の剣幕に、兄はたじろいでいる。

「――兄貴だよ! お前のせいで! 僕は虐めらてるんだよ、お前のせいで僕は苦しんでるんだよ――」

 言葉が、感情が、溢れる。

「――お前のせいで僕の人生はめちゃくちゃになったんだよ! お前のせいで母さんは死んで、僕は居場所がなくなってるんだよ、わからないのか? 全部お前が悪いんだよ!」

 兄は何も言い返さない。

 ただ、酷く悲しそうな瞳で、僕を見つめていた。

「なぁ、兄貴頼むよ、頼むからこれ以上僕の人生を壊さないでくれ、頼むから――」



 ――死んでくれ。


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