ナカズジマ

 列車は再び内陸方面へ線路を向けた。起伏の激しい丘陵地の中に作られた土手の上を列車は走った。明らかに廃材で作られたと判る木製の橋をギシギシきしませながら流れの穏やかな大きな川を渡ると、また荒涼とした廃墟群が見えてきた。


「次は〜、ナカズジマ〜、ナカズジマ〜」

 何だか複雑な悪臭が漂ってきた。猫崎町に入ったばかりの所で、子供達が鍋で金属を煮ていた臭いと、消毒液と肉の腐臭が混じったような臭いだった。駅に着くと駅名標識に「不泣島」と書かれていた。


 駅の周りは半壊した建物と、無理矢理修理して雨風が防げるようにした廃墟の集まりだった。


 駅前のロータリーと駅からまっすぐに伸びる大通りは、フラフラ歩く人や疲れきったように座り込む人、ビル前の階段や道路脇で寝ている人達ばかりだった。たまにソソクサと小走りに走り去っていく人もいた。


「ここは、窃盗、強盗、麻薬、売春なんかが当たり前の街さ。殺人や乱闘なんかも日常茶飯事。元々は、傷痍兵や戦争奇形児達の街で、それを食い物にするクズたちがゴミ溜めにしちまったのさ。戦争孤児たちが集まって暮らしてるとこもある。グループでひったくりや売春をして暮らしてるのさ」おばさんの目は憎悪と同情が入り混じっていた。


 駅前で座り込む男の中に、グローブのように両手が膨れ上がった男がいた。バナナみたいに太い指を重ねながら震えていた。


「あれは、放射能の被爆者ですね」


「核禁止条約なんかあってないようなもんさ。小型の核はしょっちゅう使われてたよ。大戦の時も、その後も…」


 作治はすっかり暗い気持ちになり、それからはずっとパンフレットの上に目を落としていた。列車が発車してからも、なんとなくおばさんと目を合わせることが出来ず、膝の上にパンフレットを置き、ずっと俯いていた。

 すると、この鉄道の名にもなっている「水龍川」という川は大戦が始まるずっと前に既に無くなっているということが分かった。その名前すらなくなりかけていたが、ジーク教がこの地で地下水を掘り上げ、その水が非汚染で湧水量もかなり多かったので、この地に寺院を建て、寺院周辺を水龍川と名乗ったそうだ。元々、あらゆる所が様々なものに汚染され、安全な水が少なかった頃、非汚染水を人々に配って布教したのがジーク教だった。教義にも「宇宙を織りなす時空は川の流れのようなもので、宇宙の力は龍のごとし」とあったので、この名が好んで付けられたそうだ。


「そろそろ終点のようだね」おばさんが少しかすれた声で呟いた。


 頭を上げて窓の外を眺めた。再び海が窓の外に見えた。コンクリートが埋まる海岸ではなく、砂地の海岸とコンクリートの埠頭がある海だった。砂浜には、漁船がいくつも引き上げられていて、埠頭には小さなフェリーのような船が係留されていた。


「漁船だ…」作治は思わず呟いた。


「大顔地区が早くに復興が出来たのも、ここの海が豊かだったからだよ。網元の真駒さんが除染とか海賊退治とか色々努力したせいでもあるんだけどね。下野毛山脈が隆起たせいで浮き上がった鉱脈が見つかるずっと以前から漁業で発展させてきたんだ」


 小型の漁船や中型の漁船が埠頭もやわれて波に揺れたり、浜に上げられ、船底を乾かしていたり、数多くの船が犇めいていた。


 列車は港を通り過ぎ、海岸線沿いに進むと、前方に小さな岬が見えてきた。岬といっても岩盤が海に突き出ているいう程度で、岬というには憚るような代物だったが、その突端には城のような大きな建物が建っていた。その建造物の北側から高い壁が伸びていて、その壁は北の方へずっと続いていた。

 列車は岬の根本に向かってゆっくりと登っていった。軽便鉄道の華奢な機関車にはきつすぎる急な坂だった。岬の断崖も十数メートル位の断崖かと思っていたが、想像の何倍も高い岩塊の山だった。

 終点の水龍川駅は高台を登り切ったところにあり、岬から続く断崖は更に高いところにあった。恐らく、遠い山の尾根から海岸線までずっと続いている自然の壁なのだろう。

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