吐きネズミ

 護身銃の方はフレム銃と言われる電撃放射銃で、射程距離が十メートルほどの殺傷能力がない銃だった。

 音が殆ど出ないので、こういった人の多い町中では役立ちそうだ。

 オートマチック拳銃をすでに持っていたが、そちらはいざという時に使うか、と作治は思い、両方持っていくことにした。



 作治はせいさんに礼を言うと、荷物の殆どをマンションの部屋に残し、必要な物だけを小さな肩掛けカバンに入れて、水龍川軽便鉄道の猫崎駅に向かった。

 勿論、オートマチックはフレム銃に持ち替えた。


 車道には合成メタン車や荷車、人力四輪車などが時折行き来していた。その殆どが作治など見えないかのように無視して走っていった。歩道には廃墟となったビルの前などに、酔っているのか、ただ単に眠っているのか、横になったり、俯いてべたりと座り込んだ人間があちこちにいた。作治はそういう人間たちになるだけ近づかないようにして歩いた。

 五分ほど歩いて細い道に入ると、人通りは全く無くなった。道の左右のビルも破壊され、廃墟になったビルばかりだ。


 作治は穴の開いた壁やぽっかり開いた窓の向こう側に注意しながら歩いた。こういう人気のない道では略奪やひったくりが潜んでいたりすることがよくあるからだ。

 暫く人気のない道を歩いていると、前方の電柱と塀の間の狭い隙間に何か灰色っぽい動くものがあった。猫くらいの大きさの動物のようだった。更に近づいてみると、猫というより巨大なネズミに近かった。

 電柱と塀の間に頭を突っ込み、こちらに尻を見せて蠢いていた。

 興味を惹かれ、ソロソロと近づいてみると、作治の気配に気付いたのか、そのネズミもどきは頭を上げて辺りをキョロきろよ見回した。

 ソイツの口か鼻面は象の鼻かアリクイの口のように長く伸びていた。先の方は窄まって尖っていて、根元の方は太かった。喉のあたりはプクッと膨れていた。異様なのは身体に比べて口が長すぎるし、根本が太すぎた。ネズミもどきの小さな耳の下辺りに長い触覚が蛇か蔦のように伸びていた。ソイツは作治の気配に気付いて、くるりと作治に向き直った。

「なんだ、コイツは?」作治はソロソロとアリクイネズミに近づいていった。


「危ない!どきな!」突然大声がして、「シュボン」という轟音と眩しい閃光が煌めいた。

 大ネズミは空中高くすっ飛ばされて、アスファルトに叩きつけられると、ピクピク痙攣して動かなくなった。


 後ろを振り返ると、銃身の長い小銃を構えた、背の低い小太りの中年女が立っていた。レンズの大きなゴーグルをしていて、もんぺのような服を着ていた。両手に持った小銃は、銃の上部の左右に直径十センチほどの銀の玉が付いていて、銃声とノズルフラッシュのタイプから、爆燃性のガス銃のようだった。

 見たこともない銃だった。


「こんな奴がまだこんな所にいたんだ…」おばさんは銃を下ろすと、大ネズミの死体に近づいた。「危ないから、そんなに近づくんじゃないよ」

 おばさんが作治を手招きして呼ぶので、作治は化物ネズミから視線が離せないままおばさんの方に歩み寄った。

「あんた、もう少しでコイツに殺られるとこだったんだよ」

「何なんですか?コイツは…」作治は悲鳴のように尋ねた。

「何だ、あんた知らんのかね。吐きネズミだよ」

「吐きネズミ?」

「獲物に毒を吐いて動けなくしてから喰っちまうんだよ。口が大きく広がるんだ。口だけじゃなく、蛇みたいに腹が伸びるから、人間の子供くらいだったら、一口で丸呑みしちゃうよ」

 吐きネズミを見ると、今まで尖っていた口先が、ダランとだらしなく広がり、薄ビニールの排水ホースみたいになっていた。広げたら、大人の太腿くらいは楽に入りそうだ。

 その大口から黄色い液体がドロンと流れ出て、アスファルトに流れ落ちると、シューシューと白い煙が上がり鼻が痛くなるような異臭がした。

「奴の胃液だよ。強酸性で人間の手足なら一瞬で骨まで溶かしちまう」おばさんは片手で鼻をおさえ。

 作治もおばさんにならって手で鼻をおさえて吐きネズミがシューシューと煙を上げながら巨大なズタ袋のようになって萎んでいくのを眺めた。

「あんたは若いからよく知らんだろうね」おばさんは銃についていた銀色の玉をクルクル回して銃身から外した。玉が外れる瞬間、シュッとガスが漏れる音がしてツンとする臭いが広がった。おばさんは球形ボンベの様なものを背負った縦長の袋に乱暴に放り込んだ。もう片方のボンベを抜く時にもシュッと音がしたが今度は甘いような臭いが漂った。

「アイツも大戦前に遺伝子を弄くられて、逃げ出した奴だろう。自然の中で自分勝手に進化していった奴の一つさ」

 更に銃のストックと銃身をガチャガチャと幾重にも折りたたんで、驚くほど小さくすると、それも背中の袋の中に押し込んだ。

「見たことのない動物には気を付けるんだね」おばさんはそう言い残すと、スタスタと歩いて行ってしまった。


 板張りの小さな猫崎駅の駅舎の周りには、数台のトラックがが停まっていて、二十人以上の人がたむろして、人だかりができていた。列車は既に駅に着いていたが、停車時間は長いので、出発までは十分余裕があると、切符売が教えてくれた。

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