5-服薬自殺

服薬自殺-1

 指先で表側の突起を押して、裏の薄い膜を破る。平たいプラスチック製のシートの中から押し出された錠剤を掌に溜め、ぷちぷちと手際よく取り出していく。一シート分溜まったらテーブルの上に用意しておいた皿に入れて、また別のシートに手を伸ばす。

 最早どれが何の薬でどこにどう作用するのか。それさえ曖昧だったが、どうせ全部飲み尽くすことに変わりはないのだからどうでもいいことだった。

 ――それにしても、なんかなあ。と、皿の上で薬達が山を作り始めた頃、男はふと思う。

 何か、こうして大量に用意していると、何だかもう薬というよりはただのラムネ菓子あたりに見えてきた。

 そういえば、子供の頃は鍵や八の字型のシートに入ったカラフルなチョコレートをよく食べた記憶がある。あれを食べるときも、確か今のように全部出してから口に流し込んでいたような気がする。

 懐かしい記憶に思いを馳せながら、あくびを嚙み殺す。テーブルの端に置いたデジタル時計が、午前零時半過ぎを示していた。普段なら寝ている時間だ、眠くなるのも無理はない。

 いっそ今一度最後の睡眠を楽しんでから、すっきりした気分で終えようか、なんてことを考えながらも、淡々と薬を出す男の手は止まらない。


「……どうせ、意味ないしなぁ」


 いくら頭がはっきりしている状態で臨もうが、結局最後はきっと何もかも分からなくなって死んでいくのだ。ならば眠かろうがどうだろうが関係ない。

 尤も、自殺サイトや書籍曰く、現代の薬では死ねないというのが通説だ。薬を飲んで気絶しても結局は何事もなく意識を取り戻すか、あるいは吐き戻して苦しむか、病院に担ぎ込まれて胃洗浄か。致死量自体個人差が大きいし体調にも大きく左右されるとか何とか。

 そりゃそうだ。蛍光灯の明かりの下、死ねるかどうかも分からぬ道具を用意し続けながら男は一人苦笑する。

 それでも自分が“これ”を選択した理由は単純で、手順が面倒臭くないからだ。

 飛び降りのように、飛び降りて確実に死ねそうな高さで運良く侵入できる場所を探さなくていい。首吊りのようにロープの結び方や高さや支柱に気を配らなくていい。練炭のように、燃え具合を調整したり目張りをしなくていい。

 その点服薬なら、手間がかかるのは情報収集と、シートから薬を全て出し切ることくらいだ。あとはただ大量の薬を用意して、酒や飲み合わせてはいけない飲み物で飲み込んで、吐かないで待っていればいい。

 まあ簡単かつ不可逆的な死を選ぶのなら、農薬が一番効果があるわけだが、農家でもなければそう容易く手に入る代物ではない。何より、酷く苦しみたくはない――いや死ぬのは苦しいことで、最期はそこに行き着くのだから選り好みする意味もないのだが。

 ぷち、と音を立てて、最後の一粒が掌に落ちた。

 皿から溢れないように錠剤を皿に落として、男は一息つく。今からこれを全部飲み込むのか、と他人事のように思いながら、作業の為に除けておいた洋酒の酒瓶とグラスを引き寄せる。

 グラスに酒を注いで、ひとまず薬と酒をそれぞれひとつまみ分と一口分口に入れる。薬を飲み込むことへの躊躇い以上に度数の高い酒の刺激に吐き出しそうになって、慌てて嚥下する。

 はあ、と息を吐いて、男はグラスを持たない手で頭を掻いた。


「……一気に飲まないとダメだなぁ」


 自分の決意が鈍るとかではなく、過剰服用という点で。下手に時間をかけて地道に腹に入れるよりは、一気にやってしまった方が楽そうだった。

 テーブルの上の時計が、午前一時近くを示していた。


「出来れば、もう朝日を見なくて済みますように」


 誰に言うでもなく――強いて言えば、神様か何かに告げるように、しかし些か軽い調子で願って、男は皿の上の山を鷲掴んだ。

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