開陽近郊にて


「はしゃぎすぎだぞ」


「おまえが俺の袖を引いたからだろう」


陵荘と碧嘉は頭と鼻に雪を乗せながら半笑いした。


二人が歩いているのは開陽郊外の宿場である。


閉門までに城内に入れなかった者、または夜に到着した商人などが主に利用する区域だが、開陽自体の規模が大きく、それだけにこの宿場も、城外にかかわらず大いに賑わっている。


陵荘と碧嘉は手ごろな屋台を見つけ、適当に空腹をみたしつつ庵を目指すことにした。


「それで、豊平のことはなにも教えてくれんのか」


氷下魚こまい五匹を刺した木串からそのうち一匹だけ抜き、骨ごとバリボリ噛み砕くと、陵荘が訊いた。


「教えてもいいが、正直口では表現しきれない。生半可な情報で知ったつもりになるより実際に行ってみたほうが刺激的だと思うがな。百聞は一見にしかずだ」


「標津まで釣りに行くわけじゃないんだ。豊平までいったい何里あると思ってる」


「千里はあるな」


「あほか」


一日に人間が歩ける距離を七十五里(三十キロメートル)だとすると、寄り道なしで歩いても14日はかかる計算である。


「そんな悲観することはないだろう。いずれ官を得るなら京師に上らなければいかんのだから」


「…」


陵荘は口をつぐんで目をそらした。碧嘉は怪訝とした表情を浮かばせた。


「どうした」


「いや、言っていなかったな。やめたんだ。選挙をうけるのを」


「…」


今度は碧嘉が口をつぐむ。足が止まった。しかし両目はしっかり陵荘を捉えている。


「なにがあった」


「なにもない、といえばうそになるが、言えることじゃない」


「そうか…」


碧嘉は大きく息をしてうつむいた。下唇を噛んでいる。さすがに陵荘もいたたまれなくなり、場違いにも微笑した。


しかしすぐに碧嘉は、陵荘に気を使わせまいとして、また歩き始めた。


「面白いこともあるものだ。あれほど顕揚けんよう欲の強かったお前がなぁ」


「自分でも変わり身の鮮やかさにすこし戸惑っているよ。」


「だがおまえが決めたことだろう。…自信をもって、いいと思うがな。」


「…あぁ。ありがとう」


宿場を抜けて根釧こんせん街道沿いを少し行くと、右方に林を無理やり切り開いたように走る道がある。夏でも注意しなければ気づかないような小道なので冬の今では全く見えない。


陵荘と碧嘉がかすかな記憶をたどり、雪上に残る足跡をもとに旧師の庵にたどり着いたのは、夜のとばりが落ちてすぐのことだった。

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