52 無間(むげん)

 アトランティスの威容は見る者に絶対的な畏れを抱かせた。

 金銀の螺旋入りじる全高100メートルの大樹は、姿を変えて人馬。

 大地そのものが降臨したかのような存在の圧に、取り囲むラ=ズたちは誰もが手を出しあぐねていた。


 ある者はアトランティスに立ち向かう方法を何手も考えた。

 彼は愕然とした。ドリルで貫ける道筋が思い浮かばないのだ。

 それよりも戦慄すべきは、己がアレに如何なる手段ドリルをもってことであった。


 虎珠皇と刻冥――その内に在る旭とノクスらは、そのような宿敵の本性を誰よりも近い場所で目の当たりにしている。


 刻冥ノクスが息を呑む音が聴こえた。

 講じた策のことごとくを覆してくるアトランティスに対し、彼女たちは何を感じているのか。

 それは自分の胸の内にも首をもたげ始めたなのだろうか――そのような影がよぎった時、虎珠は別の声を聴いた。


 自らの胸の内から響く言葉こえは、彼がこの世で最も確かな存在だと思う友のものだった。


「――絶対に負けるもんか! 僕たちだって、一つになってるんだ!」


 あさひの気迫に後押しされて、虎珠皇の背部ドリルが斥力を生む。


「アァァァトランティスゥゥゥゥゥゥ!」


 敵の名を叫びまっすぐに飛ぶ。

 両腕のドリルは回転する刃を真黒に塗りつぶし、の輪郭をまとっている。


 変化を終えたばかりのアトランティスが左腕を持ち上げて応じる。

 肘の内側から伸びる裏ドリルは、空間を捻転させかき回された水面のごとき歪んだ陽炎を作り出している。


 黒光と陽炎の切っ先がぶつかって――炸裂!


 真っ白い閃光が広がって、消えた。


 アトランティスの


 すれ違って駆け抜けた虎珠皇が魔破斗摩マハトマの残心をとり振り返る。

 目の前で、人馬の片腕は瞬時に再生!


「余の玉体からだはすなわち余の支配領域である。ゆえに、余はこの身ひとつで全能であり、不滅」

「持って回った言い方しやがって。要はメガラニカババァと同じだろうが」


 舌打ちしてドリルを構え直す虎珠皇。

 だが、先の一撃は無駄ではない!


わよネ、みんな! 気を取り直してわよォ!』


 彰吾率いるドリル暴走集団が怒声をあげてアトランティスの左後ろ脚へ殺到。

 弾丸が、手斧が、電磁スピアが巨大なひづめに降り注ぐと、アトランティスの関節に備わった螺旋八卦炉が反応した。

 マーブリングめいて歪められた八卦が輝き、五寸釘サイズの針状ドリルが無数に生成射出される!


『オラァー! クッソ、痛かないわ!』


 先頭に躍り出た濤鏡鬼、仁王立ちで仲間のとなり!

 全身でもエンジン音は轟いて、続く仲間を鼓舞している。


 おとこ立ちに応えたラ=ズたちの全火力が注ぎ込まれ、アトランティスの蹄に亀裂が入った。

 やはり即座に再生を果たして反撃の金属鱗弾!


 二枚貝の化け物と呼ぶべき巨大な鱗がいくつも飛来する。

 その射線上に割り込むのは刻冥のリモート・ドリルだ!

 回転する切っ先に展開した螺導紋が鱗弾を受け止めるや、爆炎が上がった。鱗ナパーム弾だ!


「攻撃の手を……ゆるめないで!」


 一丸となって巨神ジャイアントを屠りにかかるミィ・フラグメントゥムのドリル戦士たち。

 足下で奮闘する仲間に負けじと踏み込もうとする虎珠だが、寸でのところで踏みとどまった。


 怯えではない。

 “決定的な何かが”という直観であった。


 同じ直観は旭にもあり、戦士の一員となった少年はひとつの決意をもって“欠けたる何か”を埋めようと思い至った。


「……虎珠、ここに居るみんなと。」

「旭。それは」

アトランティスあいつにできることなら、僕らにだってできるよ。一つになるんだ! 一緒に回そう、ぼくたちの――ドリルを!」


 胸の内で叫ぶ旭に迷いはない。

 かけがえのない相棒ともが、自分のの“おう”を待っている。


 虎珠はしばし目をつむり――――首を、


融合くっつくのはダメだ。きっと、一つになっちゃあダメなんだよ」

「一つになっちゃ、ダメ……?」

「アトランティスを見ろ。あいつは一人だ。地底のラ=ズたちをどれだけ取り込んだって。俺達はなっちゃいけねえと思う。それに、今ここに居るみんなの力だけじゃあ――足りねーと思う」

「そんなコト……!」

「あるよ。おい旭。俺たちが背負ってきてるモンはかよ? 俺たちのにあるモンはよ」


 旭が黙る。

 虎珠は「柄にもなく勿体つけちまったな」と笑い。


「目の前で死んだヤツがいる。自分の手で殺したヤツがいる。そいつらとドリルを廻した俺たちが、ここにいる」


 哄笑する蛇羅蛇羅ジャラジャラを見上げて睨んだ。

 刻冥に返り討ちにされた。

 彰吾と一対一で殴り合った。

 変わり果てたレムリアをこの手で送った。

 

 思い出、経験、絆。

 


。だからブチのめしたりブン殴られたりもしてきた――だから、俺は旭と友達になれた。俺を見ててくれよ、旭。お前が見ててくれるなら、俺はいつまでも“螺卒ラ=ズ虎珠とらたま”でいられるんだ!」


「それなら私もあなたと一つに


 いつの間にか傍らに並んでいた刻冥が、虎珠に告げる。


「覚悟はいい? 自分とは違う存在を内側に持ち続けることに、あなたは耐えられる?」


 ノクスではなく、刻冥の言葉。

 その声の響きは、血を分けた肉親おとうとに言葉をかける姉のものと思えた。


「いいじゃねえか。上等ジョートーだ!」


 足下で爆音。

 アトランティスとミィ・フラグメントゥム軍団との戦闘で白い大地の一角が弾け飛んだのだ。


 打ち上げられた破片を飛び移る“影”が一つあった。


 針状ドリルの追撃を紙一重でかわしながら駆けあがってくる影は、嵐剣丸だ。


「「受け取れ虎珠皇!」」


 手にした苦無クナイ型アンチDRLを虎珠皇に向かって投げる。

 その動作がスキとなり、嵐剣丸に鱗ナパーム弾が命中!

 爆破の衝撃で赤い仮面が砕けて散った。


「「往け、虎珠トラタマ! 頼んだわよ、旭くん!!」」


 空中で動を失い墜ちてゆく嵐剣丸は、それでもひたすら虎珠皇を見つめ続け叫んだ。


「……忍者ばかりにい格好はさせない……私たちも手伝ってあげる」


 刻冥の全身が解けるように紫色の光帯となって、虎珠皇に巻き付いてゆく。

 自分の中に刻冥と捻利部ねじりべノクスが入ってくるのを感じ、虎珠は苦無型DRLを掲げ雄叫びをあげる。


「オオオオオオオオオオ!」


 身体が灼けるように熱い。

 白銀のボディに刻まれるのは黒い聖痕。

 刻冥が虎珠に超電身を果たした証である。


 全身のドリルを廻し火焔虎珠皇、足下で奮闘するムーの欠片ミィ・フラグメントゥムたちに告ぐ!


「みんな、魔破斗摩マハトマを使え! やり方は今から俺が教える! そうとも、――我が智慧の全てミィ・サピエンティア! 受け取れェーッ!」


 虎珠皇を中心にして拡がってゆく螺旋曼荼羅に光が奔る。

 それは同じミィ・フラグメントゥムに伝播する膨大な情報データの波光。

 仲間たちに魔破斗摩マハトマの極意を授ける智慧の光明だ。


 魔破斗摩マハトマはドリルの力を増幅するための奥義。

 集いしミィ・フラグメントゥムがドリルの力を高めれば、かつてのダイラセン・ムーをも超える。


 アトランティスを取り囲むように移動したドリル戦士たちが一斉にドリルを廻す。

 彼ら全員のドリルから螺旋曼荼羅サークルが現れ、隣り合う者同士が連なってゆく。

 固有の螺旋せかいが連なって、全く新しい全く新しい一つの金剛界うちゅうを作り出す!


 アトランティスの足元に、何色ともつかないうずまく混沌が――生まれたばかりの宇宙せかいが現れた。

 すさまじい重力が、これまであらゆる攻撃に動じなかった100メートルの巨体を揺るがす。


「うむ……!? 余をつもりか、このような空間あなへ!」


「分かってんなら、さっさと落ちやがれェェェェェ!」


 展開していた螺旋曼荼羅をドリルに取り込んだ虎珠皇が急降下。

 アトランティスに匹敵する質量を秘めた1メートルのボディが、馬身の背に体当たりして自分もろとも螺旋ドリル宇宙の穴へと叩き込んだ。


 *


 その世界は


 カタチを成す前の宇宙。

 ただただ回転だけが存在る空間。


 放り込まれた外なる者たちは瞬く間に渦巻く宇宙に巻き込まれ塵のように分解された。


 しかる後、遠心分離だ。


 同質なるモノは再び一つにより合わされ、あるべき姿へと収斂する。

 もとより完全なる再生能力を有していたアトランティスは難なく元通りの巨大人馬へと復元。


 同時に姿形かたちを成した目の前の螺卒ドリルに対し、アトランティスは初めて敵意を抱いた脅威を感じた


「――――受け取ってきた。背負ってきたぜ、全部!」


 アトランティスをこのドリル宇宙へ叩き込む際、虎珠皇は仲間たちが発生させた螺導紋の回転ドリルちからを一身に受けた。


「お前は。貴様はもしや――ムーなのか!?」

「寝言かテメー。俺は、俺だ――――」


 ムーの欠片ミィ・フラグメントゥムを源にする同質の力は、新宇宙の遠心分離作用によりを極めてここに顕現した!


 三頭身のシルエットは一般的なノマル族の倍、全高2メートル。

 橙色に近い黄金のボディに黒いラインが描かれ、各部には大きな白金の爪が備わる。

 三叉の冠を戴く額の中央と胸の中心には大きな赤い結晶が輝いている。

背中の中心からは蛇腹状に連結されたドリル刃の尾が伸び、先端に嵐剣丸から託されたアンチDRLクナイが青く光る。

 弧を描く刃をすだれ状に連ねた翼を大きく広げ、左右4対の腕部ドリルと両肩に屹立する巨大なドリルを猛々しく廻す。


 アトランティスがドリル神人馬なら、対峙するそれの姿はドリル聖獣と呼ぶべき、互角の存在。


 聖獣のラ=ズがアトランティスを睨みつける。

 射貫くほどにまっすぐな意志を宿した瞳で正面てきを見据えて、彼はドリル宇宙で高らかに名乗りをあげた。



「俺は! 大螺仙ダイラセン無間メビウス虎珠王こじゅおうだ!!」

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