第11話 フィーが旅立ったときの話

 暫くの間、フィーはまるで魂が抜けたかのようにしてずっとずっと家の中に引きこもった。 

 葬儀が終わり、最初の二日間は目が枯れるほどに泣き続け、三日目で漸くの事泣き止んだ。四日目で腹が空いたことに気が付いて飯を作り、五日目で風呂を沸かして入浴をした。 

 不思議な感覚だった。大切な人がいなくなっても、二度と会えない場所にいってしまったとそうしても。腹は減るしトイレもちゃんと行きたくなる。喉も乾くし、眠たくもなる。 

 フィーが外に出てみると、すでに雪は溶けていた。 

 青い空の上からは暖かい太陽な笑顔を見せ、さんさんと光が降り注ぎ、山の景色を照らしていた。 土の間からは若い緑の葉が顔を出して、小さな蕾を実らせている。冬の間は寒さで体を縮めていた大きな木々も、大らかに葉を広げて春を迎えた喜びを全身全霊で現していた。巣にもぐり極寒を耐えていた動物たちも春の日差しに顔を出し、その喜びを歌っていた。 

 すべてが眩しかった。まるで天国にいるかのようですらあると感じた。 

 フィーはまた三日間ほどそれらの光景を眺めて過ごし、それからゆっくりと動き出した。 

 フィーは道具庫の中から、以前ポポが拵えてくれた弓矢を探し出した。どうやら、使わなかった間に虫にでも食われてしまったらしい。あちらこちらに穴が空き、擦り切れて、触ったところからぽっきりそのまま折れてしまいそうだ。とても大きく扱いづらかったはずの弓矢はとても小さくなっていて、ためしに背中に括りつけると窮屈で堪らなかった。 

 次に探し出したのは剣だった。どうしようか迷って、ポポが使っていたものとポポが拵えてくれた子供用の小さな剣を持っていくことに決めた。子供用の剣はすでにフィーにはいくらか小さくなっていたけれど、大人用の剣はまだまだ重くて、とても大きいものだった。 

 服は生前、ポポが用意してくれたものが存在した。フードつきのマントも少しだけ大きめのブーツさえも、全てが全て、フィーのために仕立てられたものだった。 悩みに悩んだ末に、少々のお金を持っていくことに決めた。他に持っていくものは何もなかった。何もなくとも、ポポに教わったものがあるだけで、フィーは生きていくことが可能だった。 

 家のことは、薬屋の夫婦と村の長に任せておいた。中にある家具は売ってもいいし捨ててもいい、もしくは村の衆で分けてもよいとそう伝えた。 

 フィーが山からいなくなることを知った村の住人は、とても驚き悲しんだ。薬屋の主人は、「もしよかったら、うちの子になってもいい」と言ってくれた。フィーはそれがとても嬉しかったが、断った。フィーはダフエル夫婦のことがとても好きで、感謝をしていたのだけれど、決して家族になることはできないだろうとわかっていたからだ。 

「どこさ行くんだ」 

 薬屋の主人の言葉に、フィーは言った。 

「東の国“ジパング”だ」  

 

 

 

 

 

 何もない荒れた田舎の道を、一台の馬車が走っている。 

 痩せた二匹の馬が引くぼろぼろの馬車だった。それを操縦しているのは人の良さそうな中年の男で、にこにこと笑いながら、後ろに座る客に声をかけていた。 

「にしても、お前さんみたいなガキが一人で旅をしてるだなんてなぁ。よっぽど肝が据わってるか、なぁ、お前さん、一体どこを目指してるんだ?」 

 後ろに座っているのは、珍しい銀の髪と炎のような赤い瞳を持ったまだまだ幼い少年だった。 

 少年は鞄の中から一切れのパンとチーズ、そして水を取り出すと、ゆっくりそれを食べ始めた。 

「東だ。ジパングさ行って命の花をめっけんだ」 

 ひどく訛りのきつい口調だと馬車の主人は思った。けれど、そんなことは主人にとってはそれほど大した問題ではなかった。この仕事をやっていると色々な客がやってくる。訛りのきついものきつくないもの、美しいもの醜いもの。全身が黒づくめでどう考えても怪しいものや、包帯塗れのものもいた。 

 なので、髪の毛が銀色だろうと目が赤かろうと多少訛りがきつかろうと、そんなことはどうでもよかったのだ。 

「へぇ。ジパングの話なら知ってるぜ。俺はもう、この仕事を二十年近くやってるんだけどよ、たまに――本当にたまに、お前さんみてぇに、ジパングを探して旅をしているっていう奴を乗せるんだよ。まぁ、それが嘘か幻か、本当に見つけられたのかわかんねぇけどよ」 

 軽快な主人の口調。顰めっ面の少年は――どうやらこの少年は、常にそういう表情らしい――水でごくごくと喉を潤すと、誓うような口調でひどくきっぱりとこう言った。 

「他の奴がどうだか知んねえけど、俺は絶対ジパングさ行くぞ。それで、命の花をめっけっんだ」 

 変声期もまだ迎えていないボーイソプラノに、主人はそうかい、と苦笑した。それからぴしりと手綱を操り、再度少年に問いかける。 

「そりゃあすげぇな。なぁ、お前さん。もしお前さんがジパングを見つけたら、俺はそれを自慢するよ。俺は、ジパングを見つけた奴を乗せたことがあるんだってな。なぁ、名前。お前さん名前はなんていうんだ?」 

「俺か? 俺の名前は」 

 少年は口の中に残っていたパンをすべて咀嚼し、飲み込んだ。

 軽快に話す主人の向こうでは、茶色い馬の尻尾が二つひらりひらりと揺れている。その様を眺めながら、少年は答えた。 

 

 

「俺の名前は、“failure”出来損ないだ」    





fin.



2011.8.2  完結

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出来損ないのフィー シメサバ @sabamiso616

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