第2話 勇者たちの密談




この世界には魔力というものが存在し、ファンタジーでしかない筈の魔法があり、人族の他に魔族という種族がいるらしい。

まさに異世界、これぞ異世界だった。


人族と魔族は当然のように仲が悪く、各地で資源や命の奪い合いが頻発しているらしかった。特に魔族は好戦的な種族で、獣のような魔物と呼ばれる理性の無いものまでいて、争いに拍車をかけているようだ。


私を勇者として召喚したイリアーレス聖王国という国は、魔族蔑視が他国よりも色濃いという。

それはイリアーレス聖王国が魔族の領地と隣接していたり、『聖』王国というだけあって神様への信仰が厚く、魔族を神様の敵とする言い伝えがあったからだ。

無神論者の私からしてみれば理解できない価値観である。


イリアーレス聖王国の国民によると、魔族とは魔力即ち『魔』に侵された存在であり『魔』に取り込まれず魔力を操る人族とは格が違うらしい。

と言うのも、人族が魔力の扱いを誤り多量の魔力を取り込むと理性を無くし、姿形が魔族に似寄る事例があるからだそうだ。何にせよ、根拠としては不十分である。


そんなイリアーレス聖王国が勇者召喚を行ったのは近年魔族が活性化し、戦力がその事態に追いつかなくなっていたからだった。

原来、勇者召喚という魔法は歴史書に記された過去の遺物であった。扱いとしては童話。子供に聞かせる冒険譚に近い。

しかし国の危機に応じて、国のお偉いさんは歴史や魔法の研究者たちを集め、勇者召喚の復元に力を入れ始めた。

勇者召喚が夢物語でない事は歴史書が示していたし、技術的に不可能な事でないのが分かっていたからだ。

そして勇者召喚の魔法は完成した。


「……で、何で勇者が3人も?それって多分凄い魔法だよね?乱発できるもんじゃないよね?」

「ええ、まあ何らかの代償は支払っているようですが」

「頻度としては俺が今から5年前、サヤカが2年前に召喚されたな。勇者召喚する前はいっつもピリピリしてるしリスクはあるんだろうけど、それ以上の利益が勇者召喚にはあるんだろうぜ」

「今のところ上手くいっているので調子に乗ってるんですよ、この国の人は。良い事が続けば人はその気が無くとも油断し、欲張りになる物です。研究者の中にはそれについて忠告している者もいるようですが、結果はこの通りです」

「うーん……」

「それだけ魔族との戦いが厳しいって事だ。仕方ないところもあるんじゃないか?」

「ヒロキさんは私たちを利用している相手に対して甘いんですよ。仕方ない訳ないじゃないですか」

「まあ、こっちからしてみれば許せる事じゃねぇけどなぁ」


主にサヤカちゃんが説明し、ヒロキさんがそこに補足する形で、私の質問を交えながら話は進んでいた。若干雰囲気がピリついたりもするが、ヒロキさんがやんわりと折れるので喧嘩には発展せずに済んでいる。

そんな中、私はようやく自分の置かれた状況を知る機会が訪れて、更に同じ世界から来た仲間の存在に安心していた。


それにしても、予想外に2人が異世界に長く滞在していて驚く。

きっと自分の意思で残っている訳ではないのだろう。この2人、特にサヤカちゃんからは端々にこの世界をあまり好意的に思っていない言動がある。


「そもそもイリアーレスがリスクを冒してまで勇者召喚を行う要因は、勇者の特異性と利用のしやすさです」

「勇者の特異性って?」

「勇者は異世界へ召喚される際に、色々とこの世界に関する能力を付加されるんです。例えば言語ですが、私たちはこの世界の言葉を普通に話せているでしょう?」

「え?あれ、そう言えば……何で気付かなかったんだろ」

「日本語を話しているつもりでも頭で勝手に変換してこの世界の言語を話し、耳に入る言葉もまるで母国語かのように理解できます。付加、というよりも感覚としては『改造された』が近いでしょうか」

「かっ、かい……!?」

「サヤカ、あんま怖がらせるような事言うなよ。別に人が変わった訳でもないんだし」


ヒロキさんからフォローはされたものの、怖いものは怖い。自分が気づいていないだけで、他にも何か変わっているのかも知れないと考えると恐ろしい。

ヒロキさんはそんな私を安心させようと「俺なんて5年もここにいるけど、何も問題無いから大丈夫!」と笑顔で言っているが、何が大丈夫なのだろう。5年も滞在する事態になっているというのに、感覚が麻痺していないか?

不安は増すばかりだ。


「まあ言語なんて彼らにとってはオマケみたいな物ですよ。彼らが本当に必要としているのは、私たち勇者に与えられた『神の加護』です」

「……神の加護?」


仰々しい単語に首をかしげる。当然そんなものを貰った覚えは無い。

私が疑問符を浮かべていると、サヤカちゃんが突然イスから立ち上がり修道服のワンピースをたくし上げた。女の私だけならまだしも、ヒロキさんがいる前で何をしているのかと内心焦る。しかし、サヤカちゃんの太股に装着された短剣を見て思考は停止した。

サヤカちゃんは短剣を器用に手に取り、躊躇い無く刃先を自らの露出した手首に当てて切りつけた。切り口からは赤い血が滲み、零れ落ちるように血がゆっくりと手首を伝う。


「なっ、何してんの!?」

「大丈夫です。見ていてください」

「いや、でも血が……」


訳が分からずヒロキさんに助けを求めるが、ヒロキさんは苦笑いでサヤカちゃんの方を見るように促すだけだった。

私は仕方なく血が流れている腕に目を向ける。見ているだけで痛々しい。


サヤカちゃんは短剣を太股の位置に戻し、空いた手を傷口にかざした。すると淡い水色の光がその場所に灯り、目を疑うような光景がそこにはあった。

さっきまで血を流していた傷口が確かに塞がり、跡形も無く消えたのだ。そこに傷があった事を証明する物のは、既に零れ落ちた血だけだった。


「何で!?」

「これが治癒能力である私の加護です。死んでさえいなければ割と何でも治せるんですよ。勇者はこのような能力を持っている、特異な存在なんです」

「じゃあ私も魔法みたいな事が何かできるの?」

「それは知らねぇが、俺の加護も魔法みたいなもんだな」


そう言ってヒロキさんは私に手のひらを見せると、何も無い筈の手のひらから、唐突に火の玉が出現する。

真っ赤に揺らめく火の玉はゆるゆると形を変えて、とぐろを巻く蛇、チョロチョロと動き回る鼠、咆哮を上げるライオンへと姿を変えて行く。


「おおぉお……っ!?CGみたい!」

「スゲーだろう」


画面の向こう側の出来事を見ているかのようだった。しかし立体感があり、熱があり、確かにそこに存在している。

得意げに自慢するヒロキさんに合いの手を入れながら、陽気に盛り上がっていると、サヤカちゃんがそれを掻き消すように「それで」と声を張り上げて言った。


「この能力自体はそう珍しい物ではありません。何せこの世界には魔法がありますから、やろうと思えばできる人はできます。『神の加護』についても、異世界人でなくともごく僅かですが所有している人はいます」

「え、じゃあ特異性でも何でもないじゃん。言葉なんて誰でも分かるし、加護も特別な物じゃないなら何が良いの?」


私が疑問を投げかけると、再びサヤカちゃんが説明を始める。


「まず『神の加護』と魔法の違いですが、魔法より加護の方が能力として断然優位です。上位互換と言っても差し支えありません。加護は先天的、魔法は後天的に身につけます。また、加護は先天的なだけあって、魔法陣を必要としませんし、魔法発動までのタイムラグもありません。ここまで来ると体質に近いですね」

「『神の加護』は生まれつきの能力で、1人につき1つしか持ってないもんで、すげぇ希少ってとこだな。それが任意に手に入るってとこが重要なんだろう。勇者は他と比べて要領も良いらしいしな」


私はその話を聞いて取り敢えず特異性についての理解はしたが、何となくモヤモヤとした物が残り曖昧に頷いた。

つまり、勇者に似た存在がいない訳ではないという事だ。希少な存在であるらしいが、全くいない事はない。


私はこの世界について知らないに等しい知識しか得ていないが、異世界から人を呼ばなくてもこの世界だけで解決できたのではないかと、そう思ってしまう。

そして気付いた。勇者は最強の存在ではない。魔族とやらと戦わされるとなると、当然のように死ぬ可能性があるという事だ。


「もうひとつの利用のしやすさについてですが、それは何となく分かるんじゃないですか?」

「……他に行くところが無い。あと知識も無いし、常識も知らないから誰かの助け無しにこの世界で生きていける気がしない、とか……」


今までの自分を思い出す。

危機を感じて逃げようとしたが、どこに行けばいいのか、何をしたらいいのか、何も分からなかった。

それに、この世界では誰もが知っている筈の情報を何も知らないから、外に何があって、居るのかすらサヤカちゃんとヒロキさんと話すまで一切を知らなかった。

こうなると嘘の情報を与えられたとしても真偽を確かめる術は無いだろう。


「身寄りが無く他に頼れる存在もいない、有用な兵士が手に入るんです。元の世界に帰る手段もこの国にあるとなると、この場から離れられません。あと、これは保険なんでしょうが……ヒロキさん、脱いでください」

「えっ、脱ぐ!?」

「ああ、アレか」


脈絡無く発せられたサヤカちゃんの『脱いでください』発言に私はつい驚きの声を上げる。涼しい顔で何て事無いように言うものだから余計に驚いた。

ヒロキさんはサヤカちゃんの発言の意味が分かるらしく、特に疑問も無く言われた通りに服を脱いでいた。

そして上半身の服を脱ぐとヒロキさんの胸の、丁度心臓があるであろう位置に奇妙な痣がある事に気づく。しかし明確な形を持って心臓に絡みついているように見える痣は、痣というよりも刺青のようにも見えた。この赤黒い色は血に近い。


「これは……?」

「魔法の一種です。私にも同じ物が同じ場所にあります。彼らが言うには、国に逆らうような事があればこれが心臓を止める、と」

「はぁ!?」


それって言う事を聞かなければ殺すって意味?

自分にも既にその痣があるような気がして自分の胸に手を当てるが、サヤカちゃんは「大丈夫です」と言った。

ヒロキさんが服を着なおしている横で、サヤカちゃんは構わず話を続ける。


「この魔法は異世界に召喚された直後、説明をするという名目で連れて行かれた部屋で受けた物です」

「あ……」


爺さんの言葉を思い出し、心当たりのある状況に声を洩らす。

トラブルが起きたと言われて放置されたが、あのまま問題無く事が進んでいれば私の胸にも痣があったのだろう。知らず知らずのうちに命拾いしていた事実に愕然とする。


「あの魔法は大規模な魔法陣が必要なので、そう簡単には使えません。私が少し弄らせていただきましたので、今は徹夜で魔法陣を復旧する作業に追われているでしょうね」

「てわけで、お前はこの国にとって手綱を握れていない危険因子。だからこうして何の情報も与えずに閉じ込めてんだよ」

「じゃ、じゃあこれからどうするの?早くても明日には私もその痣を付けられるんでしょ?」

「落ち着いてください。そんな事はさせません。だから今、こうして私たちは危険を冒してまで魔法陣に細工をし、貴方に説明をしているんですから」


サヤカちゃんは私の不安を吹き飛ばすように力強く言い放ち、揺らぐことの無い眼光で私を見据えた。

私はごくりと喉を鳴らしてサヤカちゃんを見返す。


「ここからが本題になります。私たちは彼らに、魔王を討ち滅ぼせば元の世界に帰すと言われています。しかしそれは口頭のみで、当然鵜呑みにはできません。なので私たちは内密に帰還の方法を探しているのですが……正直成果は芳しくありません」

「俺たちは行動が制限されてるし、目立つような事はできないからな。サヤカは教会と城から出られねぇし、俺は遠征ばっかで城には全然いないから協力もできない。しかも遠征なのに他国には行けない」

「なので、私たちはアキラさんをここから逃がそうと思っています」

「逃す……?」


それは嬉しい提案ではあるが、ビジョンが見えない提案でもあった。何せ私はこの世界の事を話の中でしか知らないし、自分ひとりでやっていく姿が想像できない。

それに、私を逃したら2人はどうなるのだろう?


「私たちには自由に行動できる仲間が必要です。できる限りのサポートはします。食料、お金、地図、武器など一通りの用意は既にしてあります。王都の外で活動していて、周囲の信頼も多少あるヒロキさんなら私よりも自由が利きますので情報の伝達は可能です」

「アキラの加護について調べてる余裕は無いが、取り敢えず城から出るのに問題は無いと思う。それでも無理だと言うのなら強制はしない。でも痣は付けられるだろうし、自由も無くなるだろう。まあ、オススメはしないな」

「あの、サヤカちゃんとヒロキさんは大丈夫なの?国に逆らったら……」


ちらりと2人の胸の辺りに視線を向ける。さっき国に逆らえば死ぬと言われたばかりなのに「じゃあ逃げます」とは簡単に言えない。

私が逃げる事に対して文句は無い。十分準備はしてくれている様だし、その為に説明までしてくれた。それに、私はそこまで繊細な性格はしていない。

ただ、私を逃した後の2人の安否が気がかりだった。


「その辺りは心配しないでください。彼らも余程の事が無い限り自国の戦力は失いたく無いでしょう。私も召喚されたばかりの頃は色々と反発しましたが、この通り殺されてはいません。私は普段からあまり協力的では無いですから、今回の事は全て私が勝手にした事にします。ヒロキさんには5年の信用がありますから」

「……」


全て自分がした事とすると、淡々と宣言したサヤカちゃんをヒロキさんは複雑そうに見ていた。その事に対して口を出さないのは、それが一番効率的だからだろう。

2人の事についてあまり知らない私が、迂闊に何か言う事はできなかった。心配するなと言われればそれまでである。


「危険を冒してまで貴方を逃がしたいのだと、アキラさんはそう思っていてください。プレッシャーは感じてもらいますが、それで何かあった場合の責任は私にあります。決して貴方の所為にはなりません」


サヤカちゃんは覚悟をしたような表情で、重々しく私に語りかける。全てを背負いこんでしまいそうなその口調に、私はサヤカちゃんの言葉を遮るように慌てて口を出した。

私が逃げるのを渋っている理由は、決して上手くいかなかった時に責任を負うのが嫌だからじゃない。ただ心配なだけだ。


「いや、ちょっと待って!サヤカちゃんに責任とかそこまで押し付けるつもり無いよ。私も帰りたいし、ここから逃げるのには賛成する。その為にサヤカちゃんとヒロキさんがしてくれた事に感謝してるし、それに見合うよう私も頑張るから」

「……ありがとうございます、アキラさん」


サヤカちゃんが想定外であったかのように目を見開いた後、気張った表情が少し緩んだ気がした。しかしそれは一瞬の出来事で、ただの見間違いだったのではないかと思う程だった。

そしてサヤカちゃんは再び口を開いた。


「それでは時間もありませんので早速行動に移しましょう。ヒロキさん、手筈通りお願いします」

「りょーかい」

「アキラさん、これから城の外まで案内します。手早く移動する必要がありますが大丈夫ですか?」

「大丈夫!」

「それでは行きましょう」


サヤカちゃんの言葉を合図にして、私たちはそれぞれ動き始めた。

まずサヤカちゃんが部屋の外を慎重に確認してから、先行して廊下を駆け足で歩く。ヒロキさんは私たちを見送った後に反対側の方向へと向かっていた。

周囲に気を配りながら、サヤカちゃんの後を追いかける。たまに巡回中の男とすれ違うが、隠れてやり過ごした。


こうして広く複雑な廊下を暫く歩いていると、ようやく出口らしき場所が見えてきた。私1人だったらここまで辿り着けていなかっただろう。

裏口のような場所に出て、サヤカちゃんは木々の密集する茂みに駆け寄る。そして、そこには隠れるようにしてリュックサックが置いてあった。


「どうぞ。中には先ほど言った物と、この世界の一般的な服も入っています。今の服装は目立ちますから。詳しくは後で確認してください」

「ありがとう」

「そしてこの地図ですが、まずはこの街へ向かってください。この辺りの道中は比較的安全です。旅の一団に混ざるのも良いでしょう。検問の際は先程の服に着替えて、通行証を見せてください。何か問題があった場合はお金を使えば大抵は何とかなります」

「うん」

「ヒロキさんには早朝までアキラさんがいなくなった事を『何があろうとも』『絶対に』隠し通してもらいます。それまでにこの王都からは可能な限り離れてください」

「う、うん」


言葉の言い回しや語調からヒロキさんへの厳しさを感じ取り、把握できない2人の関係に苦笑いをした。

ヒロキさんはサヤカちゃんに対して過去に何かしてしまったのだろうか、と勘ぐるが確かめる時間も無い。


「最後に、情報交換をする場所ですが、ヒロキさんのいる所へ行ってください。勇者は目立ちますので、居場所はすぐに分かると思います」

「分かった。じゃあサヤカちゃん、色々ありがとう。行ってくるね」

「はい。どうかよろしくお願いします」


私はサヤカちゃんに見送られて、見慣れない街の中へと走り出す。外は夜中で、街灯の無い道は暗闇を作り、私の姿を隠していた。

とにかく言われた通りこの場からすぐに離れる為、私は全速力で城から逃げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る