第三幕:三つ巴の青州

一.ユンジェの才能



 東の青州は、たいへん交易に優れた土地である。


 海や川に面した地域が多いため、船を伝って他州との交易を図っている。

 それだけではなく、他国を受け入れる貿易の窓口として成り立っているので、異国人の姿も多く見られる。麟ノ国五州の中で、最も経済に影響を与える土地が青州である。


 そんな青州は交易が盛んなこともあって、噂やお達しの広まりがはやい。


 町々、村々、都では、王族直下の立て札が立てられた。



『麟ノ国第二王子セイウ ヨリ 尋ネ人 謀反兵ニ攫ワレ少年ノ名 リーミン 又ハ ユンジェ』



 先方、王族に不満を持った謀反兵らが客亭かくていに奇襲を掛け、第二王子セイウの下にいた少年を連れ攫ったそうだ。

 その少年はセイウの懐剣に選ばれし者、麒麟から使命を授かった者だという。


 ゆえに青州の兵士は、青州の人びとに知らせを呼び掛けた。リーミンを見つけ、宮殿に連れて来た者には報酬を与えると。


 事件に関わった謀反兵らを捕まえても、それなりの報酬が待っているそうで、とりわけ主犯となった元王族近衛兵のカグム。奇襲を目論んだ麟ノ国第三王子ピンインには、リーミンより劣るものの、大きな土地が買えるほどの報酬を支払われるのだという。


 ただし。立て札には、恐ろしい注意書きも記されていた。兵士がそれを読みあげる。


「リーミンさまに疵をつけてはならない。あれはセイウさまの懐剣であり、平民よりはるかに高い身分のお方。一滴の血を流すことも許されない。もし、疵をつければ、笞刑が待っている」


 くれぐれも、美しさを汚さぬように。こよなく美と財を愛する、第二王子セイウらしい警告であった。




 ここに王族兵の目から逃げ去るように小雨の下、町を出て行く男と子どもがいる。


 その二人組は買った油や塩、保存食を腕に抱えて、外れの竹藪に入った。

 高く伸びた青竹の合間を縫い、奥へ進む二人は、やがて人間から見捨てられた廃屋に辿り着く。


 中に入ると、まさしくお尋ね者になっているティエンとカグムが、首を長くして待っていた。


「町の様子はどうだった? ハオ」


「謀反兵は誘拐犯にされてたよ。すっかり俺達はお尋ね者だ。とくにクソガキの熱の入れようは半端ねえ。一部の人間にしか顔が割られていないとはいえ、次からはカグム達と待機していた方が得策だ」


 淡々と説明するハオの隣で、ユンジェは頭を抱えていた。

 叫ぶことが許されるのであれば、思いきり叫んでやりたかった。馬鹿野郎と怒鳴ってやりたかった。


「なにが美しいまま連れて来いだよ。セイウの奴っ、相変わらず人を物みたいに見やがって」


 ユンジェは懐剣という自覚こそあるものの、物という自覚は持ち合わせていない。

 それゆえに疵をつけるな、だの、美しいまま連れて来いだの、そんなことを言われると腹が立ってしまう。


 泥でもひっかぶってやろうか。地団太を踏むユンジェを指さし、ハオが目を細めてカグムに言った。


「クソガキ。平民より高い身分になってたぞ」


「ははっ。まあ、王族の懐剣なんだから、平民より高い身分に扱われても仕方がないだろうさ」


「なら、俺達もクソガキを丁重に扱うべきか? 今さらだとは思うが」


 途端にユンジェは血相を変え、ハオに縋って、それは嫌だと訴える。


「お願いだから、農民のユンジェで接してよ。クソガキって罵ってよ。王族に相応しくない身分だって怒ってくれよっ! 俺は高い身分になんかなりたくない」


 あれは地獄だ。生き地獄だ。自由もなければ、意思も持てない。何をするにも、誰かの手がなければ動けない。ああもう、思い出しただけでも肌が粟立つ。


 ユンジェはわなわなと身震いし、平民がいい。農民が一番いいと切に主張した。あまりにも切迫した顔だったのか、ハオが身を引きつつ好奇心を向けてくる。


「てめえ、セイウさまの下で何が遭ったんだよ。少しは贅沢ってのもできたんじゃねーの? 綺麗な格好だってできたわけだし」


「じゃあ、ハオは我慢できるか? 初対面の人間に、真っ裸にされて湯に何度も浸けられたり。自分の手で着替えることも、食べることも、許されなかったり。挙句、用を足すことすら、従僕がついてくる!」


 こんな屈辱あるだろうか。まだ服従を示した方がマシだ。


 ユンジェがそう言うと、ハオがあからさまに嫌そうな顔を作り、「それは苦痛だな」と零した。想像するだけで、たいへん恐ろしいものを感じるらしい。


 一方、話を聞いていたティエンはきょとんとした顔を作り、なんだ、と安心したように頬を崩した。


「セイウ兄上のことだから主従の儀以外にも、至らん苦痛を与えたのかと心配したが、ユンジェを丁寧に扱っているところもあったのだな。良かった」


 ティエンに悪気はない。離宮にいた頃は、そのような扱いを受けていたのだろう。彼に悪意など一切ない。しかし、だ。


 ユンジェは遠い目を作り、ティエンを満遍なく見て、ぽろっと呟く。


「ティエン。いまの俺とお前は、分かり合えないんだな」


「それはなぜだ?」


「いや、うん。いいんだ。育ちが違うから、分かり合えないのも無理はないよ。そういうことだってあると思う。気を悪くするな」


 大層、不思議な顔を作るティエンに空笑いを浮かべる。

 普段はちっとも気にならないが、ふとした時、彼は王族の人間だな、と思う。言えば彼が烈火の如く怒るので、黙っておくが。



 さて。ユンジェはティエンから、今後の予定について話を聞いている。


 彼から玄州に行くと決意の声を聞いた時は、我が耳を疑ったが、ユンジェは特に反対をしなかった。

 ティエンの強い意思を宿した目を見て、言ったところで無駄だと判断したからだ。


 それに加え、天士ホウレイに麒麟や使いのこと、そして呪われた王子について詳しく知りたいのだと言われた。

 ティエンは痛感したのだろう。己の知識に穴があることや、無知な点が多いところを。


 なにより。彼はユンジェを守るために、知識を得ようとしている。

 申し訳ない気持ちで一杯になるが、ユンジェ自身、王族相手になると太刀打ちができなくなる。


(もし、セイウと再会したら、俺はまた何も感じなくなるかもしれない。身も心も懐剣になるかもしれない)


 セイウと主従関係にあるユンジェは、第二王子との再会をなにより恐れた。あれに会わずに青州を抜けることができれば良いのだが。


 廃屋の突き上げ戸から外を眺める。

 本降りとなったので、今日はここで野宿だ。馬を失っているので、雨の日は雨宿りできるところで体力を温存しておかなければ。


(はあ。四人ってのがなぁ。微妙な空気だよ)


 ライソウとシュントウがいなくなったので、なんというか、空気の緩和が薄くなった。

 とりわけティエンとカグムが同じ空間にいると、その空気が冷たくなって仕方がない。陰でこっそりとハオが勘弁してくれ、と嘆いているのを耳にしている。


 廃屋にいる今なんて最高に最悪であった。空間が狭いので、より冷たい空気が肌を刺す。


 もっぱら拒絶を示しているのはティエンなので、それをどうにかしなければ。本当に息苦しいったらありゃしない。


 そこでユンジェは考えた。空気を壊すにはどうすればいいか。


 答えは簡単だ。

 ティエンの気を紛らわせばいい。どちらにしろ、準備をしようと思っていたのだ。


 ユンジェは口角を持ち上げると、四隅で腕を組み、突き上げ戸から外を眺めるティエンに声を掛けた。


「ティエン。頭陀袋の中身を出してくれ。矢の本数も確認したいから、床に並べてくれな」


 勿論、ユンジェの頭陀袋の中身もひっくり返す。


 悲しいことに、充実していたユンジェの持ち物は、セイウの下で着替えた時に、すべて取り上げられている。

 所持品には保存食や銭は勿論、糸や布縄なんかも入っていたというのに。


 おかげでユンジェの持ち物は手鏡や紅、燐寸マッチ、ハチミツ、櫛、本日買い足した油や塩など、あまりパッとしない。


 対照的にティエンの持ち物は、とても充実していた。

 布縄や火打ち石、リオ達から貰った糸も残っている。何か遭った時のために、常日頃から半分にしていた甲斐があった。


(半分にできるものは半分にするとして)


 ユンジェが気になったのは、彼が使用している矢の本数であった。

 まだ数はあるものの、鉄のやじりがついた矢が、これから先、簡単に手に入ると思えない。


 そこでユンジェは雨にも関わらず廃屋の外に出ると、細い竹を切り集めて、焚いた火でそれを焙り、乾かした上で所持している矢と長さを合わせる。

 先端は刃物で削り、鏃は火打ち石を砕いて代用した。後は布紐を解いて、更に細くし、巻きつければ。


「すごいなユンジェ。自分で矢を作っているのか?」


 焙った矢が直線になっているか、確認するため、竹を水平に持って覗き込んでいると、カグムが感心したように作業を覗き込んできた。


「鉄鏃の矢は無駄にできないからね。いざって時以外は、こっちで我慢してもらおうと思って。殺傷能力は低いだろうけど、ティエンの腕なら獣くらい射ることができるはずだ」


「なんで火打ち石を付けるんだよ。先端を尖らせておけばいいんじゃね?」


 ハオも覗き込んでくる。竹の先端を刃物で削ぎながら、ユンジェは答える。


「俺もそう思って、何度か試したんだけど、上手く飛ばないんだ。重りがないと、飛距離が伸びないみたい。ティエン、出来上がっているその矢、使ってみろ」


 竹の無駄な皮を削いでいたティエンは、言われた通り、短弓に竹矢を引っ掛けると、廃屋の出入り口に向かって放った。

 やや狙い目がずれるらしいが、使えないことはないようだ。


「うん。ユンジェ、なかなか良い出来だと思う。さすがだな」


「即席で作った奴だから、乾燥すらさせてないし、すぐに虫に食われて腐りそうだけど……しばらくそれで我慢してくれな。取りあえず、二十本は作っとく。これが終わったら、目つぶしを作るから、カグム達の要望を聞いておくかな」


「要望?」


 カグムが首を傾げてくるので、ユンジェは好みの目つぶしを作ってやると笑顔で答えた。


「俺は人に合わせて、目つぶしを作るんだ。たとえば、ティエンは矢を使うから、なるべく矢に付けやすいよう、絞り口を狭くする」


 ユンジェ自身は懐剣を使うので、目つぶしを直接投げる型にしている。もしも相手に詰められても、これを顔に投げれば、逃げられるという寸法だ。


「カグムやハオは、刃の長い武器を使うから素手で投げるより、紐で回しながら投げた方がいいかな。手で握っていたら邪魔になりそうだから、腰に下げる型にしようか?」


「あははっ。ユンジェ、お前って本当に不意打ちに徹底しているな。俺が敵だったら、絶対に斬りたくなるぜ。この悪ガキ」


 声を上げて笑うカグムに、褒め言葉だと意地の悪い笑みを向け、さっそく要望を尋ねた。無いよりはあった方がマシだろう。


「長めの紐を付けることは可能か?」


 カグムが人差し指を立てた。勿論できる。


「長め? どんくらい?」


「遠心力で人ひとり分の幅ができるくらい。それを振り回せば、複数の人間の目を潰せる気がしてな。ユンジェの作る目つぶしって、基本的に一回きりだろう? けど、目つぶしの中に入っている砂や唐辛子なんかは、一回じゃ出し切れないと思うんだ」


 数回は使えるのでは、とカグムが意見する。


「なるほど。数回使える目つぶし。それいいな。材料の節約にもなりそう。ちょっと作ってみるよ」


 軽く手を叩くユンジェは、良い案だと大変感心していた。そうだろう、そうだろう、得意げに頷くカグムの後ろで、ハオが遠い目を作る。


「数回使える目つぶし……それを思いつくカグム、てめえも大概で良い性格していると思う。はあ。こいつら、こえーよ」


「そういうハオは、単純馬鹿だよな」


 物の見事に拳骨を食らってしまう。調子に乗り過ぎたようだ。



「あ、そうだ」



 脳天をさするユンジェは思い出したように手鏡を取り出すと、中心に懐剣の刃先を当て慎重に割った。四分割にしたところで、各々破片を渡す。


「各自持っといてよ。それをちらつかせれば光で合図が送れるし、夜襲を受けた時は、これで敵の松明を確認できると思う。鏡は便利だよ」


「合図? ユンジェ、合図とは?」


 ティエンが首を傾げると、「これから先は連携が大切じゃん?」と、言って鏡の破片を手に持った。


「俺達はいつ何時襲われるかも分からない。その時、もしも四人が散らばったらどうする? とくに俺とティエンは弱い。真正面から襲われたら一巻の終わりだ」


 鏡なら声を出さずに、居場所を知らせることができる。また、二手に分かれて行動する時も、これで合図を送りあえる。


 ティエンが玄州に行くと言った以上、近衛兵のカグムやハオに警戒しても仕方がない。いがみ合うより、手を組んで青州を渡らなればならないだろう。

 手鏡を割って渡したのは、そういった協力する意味もある。


「カグムとハオは腕が立つ。だからこそ、俺達はお荷物だ。何かを守りながら動くってのは、それだけ注意するべき点が増える」


 ただでさえ敵数は多い。ユンジェとしては、彼らの負担になりたくない思いが強い。


「ティエン、覚えとけよ。俺とお前は、よく考えて動かないといけない場面が多くなる。それは、腕の立つ人間の足を引っ張らないための動きだ。主力に怪我を負わせるな。余計な気遣いはさせるな。無駄な動きは取らせるな。この三点は肝に銘じとけよ」


 でなければ、生き残れない。


 ユンジェは掻いた胡坐の上で、頬杖をつくと、たき火を睨んで思考を回す。

 ティエンに偉そうなことは言ったが、おおよそ一番足手まといになりかねないのは自分だ。

 主従関係にあるセイウが現れたら、ユンジェはまた下僕に成り下がるやもしれない。


 考えろ。セイウにひれ伏す、その前にどうすればいいのか。


「んっ?」


 ふと、ユンジェは突き刺さる視線を三つ感じた。顔を上げると、含みある眼が向けられている。


 はて、何かおかしなことを言っただろうか。


「クソガキ。お前、本当に農民か?」


 ハオが不思議な質問を投げかけてくる。身分など、今さらではないだろうか。


「突然なんだよ。俺は畑仕事ばっかりしていた、農民のガキだよ。あ、縄と筵(むしろ)作りも得意かな」


「正直に言え。本当の歳はいくつだよ」


「はあ? 十四だけど」


「こんな十四がいるか! しかも農民って!」


「ハオ、意味わかんねーんだけど」


 すると。カグムが一つ頷いて、乾燥豆を取り出し、ユンジェの前に並べた。


「ここに十の豆がある。これは人間だ。お前はこの人間を指揮する長、今から敵と戦わないといけないお前は、十の人間に役割を与えた。どんな役割を与える? なお、敵のことは一切分かっていないことにするぞ」


 なぜ、カグムがこんな質問をしてきたのかは分からないが、聞かれた以上、答えなければいけないだろう。


「そうだな。動かす人間達の特徴にもよるけど」


 ユンジェは豆を二つ取って、カグムの前に置いた。


「まず。この二人に敵と地形のことを調べてもらう」


「それはなぜ? 全員で突っ込めばいいじゃないか。勝てるかもしれないぞ」


「何も分かっていないのに、突っ込むなんてばかの極みだろ。敵がもし、土地のことをよく知っていたら、突っ込んでも撒かれるかもしれないし」


 敵と戦う時間によっては、地形が敵になるかもしれない。そこに崖があったら、落ちて怪我を負うかもしれない。天候が今みたいに雨であれば、泥沼に足を取られるかもしれない。


「知らないと、負けに繋がる」


 なので、まずは二人に調べてもらう。


「ある程度のことが分かったら、敵の不意を突くために、前から三人に斬り込んでもらって。そっちに夢中になっている間に、後ろに回って、三人で斬りかかる」


「残りの二人は?」


「左右に置いて、前と後ろの繋ぎになってもらう。間に人を置くことで、うーんっと、上手く言えないんだけど、前後の様子が早く分かるじゃんか」


 前方、後方に各々問題が起きても、間に人を置くことで、早くそれが伝わるのではないか、とユンジェは考えた。


「こういうのって、敵よりも早く不意打ちを取って、味方と連携を取って、そんで追い込むのが大切だと思う。これが俺の答えだけど」


 含み笑いを浮かべるカグムの視線に気付き、ユンジェは決まり悪く口を閉じた。

 その笑みの意味は何だ。変なことを言った覚えはないが、もし阿呆なことを言ってしまったのなら、いっそ清々しく笑ってほしいもの。


 カグムがハオに視線を投げる。


「どうだ。いまの」


「怖ぇよ。学びすら受けたことがないってのが、また怖ぇ」


 なんだというのだ。はっきりして欲しい。ユンジェはおかしな点でもあったか、と問う。

 カグムはかぶりを横に振り、「その逆だよ」と言って、乾燥豆を集めると、ユンジェの手に落とした。


「立派な策になっていた。荒削りだが役割の意味をちゃんと把握し、どうすれば戦に勝てるのか、しっかり見通している。ユンジェ、お前、玄州に着いたら隊に入ってみないか?」


「え?」


「ホウレイさまに掛け合ってみるからさ。隊に入るなら、献上のことも考え直すぜ?」


「隊? それってカグム達みたいに、俺が兵になるってこと?」


 これに物申したのはティエンである。ふざけたことを言うなと食い下がり、何を考えているのだと声音を張った。


「隊に入るということは、兵士になるということ。そんなの私が許すわけないだろう! ユンジェの性格が悪くなる!」


 それは偏見である。ユンジェは兵士不信のティエンに苦笑いした。

 絶対に認めないと言い張るティエンに対し、カグムも真っ向から反論する。


「お前も見ただろう? ユンジェには指揮の素質があるんだよ。やせぎすな体躯は兵に向いていない。だが、しっかり学ばせれば、隊を動かし、将軍を討つだけの力がつく。こいつは軍師になれるかもしれないんだぞ」


 才能があると知って、そのままにしておくなど、馬鹿のすることだとカグム。

 農民でありながら、学びの経験もなく、あんなに策が立てられるのだから、しかと育てていくべきだと主張した。


 それに言葉を詰まらせるティエンだが、「謀反が楽になる」と、彼が余計な一言を放ったことで、喧嘩が勃発した。


「結局は謀反に繋がるわけか! だから嫌なんだ。ユンジェを貴様と関わらせると、ろくな目に遭わない。利用などさせるものか! たわけ!」


「寧ろ、こいつの才能を見つけた俺に感謝してほしいくらいだ。ピンイン、お前はユンジェの才能を腐らせるつもりか!」


「ユンジェの才能など、出逢った当初から知っていたわ! 見くびってくれるな!」


「はあ? うそつけ。だったら、もう少し上手く使っているだろ。箱庭育ちの王子さまよぉ!」


 ああ。どうして、こんなことに。

 ハオの隣に移動したユンジェは、乾燥豆を口に入れて咀嚼する。向こうでは激しい言い合いが繰り広げられていた。もう止める気にもならない。


「ライソウとシュントウ。戻って来ないかなぁ。俺、四人旅が不安になってきたよ」


 隣に乾燥豆を差し出すと、二個つまんだハオがこめかみを擦って唸った。


「あいつらが羨ましいぜ。俺も二人と行きたかった。つれぇ」


「なあハオ。隊に入るってどういうこと? 俺、力も何もないよ。懐剣だって、ティエンが関わっていなきゃお粗末な腕だし。カグムは俺に学ばせたいみたいだけど」


 ユンジェは乾燥豆をまた一つ口に入れて咀嚼する。


「おおかた、兵学や戦略、戦術を学ばせたいんだろう。てめえにはその才能があるんだ」


「よく考えれば、みんな思いつくよ。俺は学びも何も受けたことのない、ばかだし」


「馬鹿野郎。学びも何も受けたことがないから、すげぇんだよ。今のてめえには分からないと思うが、知識も得ていないのに、あそこまで役割を把握して、策を立てることは簡単なことじゃねえ。俺もその才能は腐らせない方がいいと思う」


 珍しくハオにべた褒めされた。いつも悪態ばかりつくのに。


(ちょっとだけ興味があるって言ったら、ティエン……怒るかな。本当に才能があるなら、学んでみたいんだけど)


 ユンジェは残った豆を全部口に押し込むと、突き上げ戸の方へ視線を流した。


 雨は一晩中、止むことなく降り続いていた。

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