第二幕:遁走の紅州

一.兄弟



 天士ホウレイの配下、謀反兵のカグムとハオは、石切ノ町を歩いていた。


 名の通り、そこは石材を売りにしている町で、上質な石を揃えている。

 また、とりわけ石大工が目立つ。彼らの腕前は一級と呼ばれ、それに惹かれ、都の貴族が依頼することも少なくない。


 そんな石切ノ町で二人は聞き込みを行っていた。

 手分けして、ここ数日の間におなごのように美しい男と、小柄な少年を見掛けなかったか、と尋ねて回る。


 すると。石売りの商人達が口々に教えてくれた。


「美しい男は分かんねーけど、見掛けない坊主は相手にしたよ。そりゃもう、上等な縄を作る奴でさ。石売り商人や石大工がここぞと声を掛けていたね」


 石材を売りにしている町は、それを運ぶための丈夫な縄を欲している。しかし、なかなか入手し難く、買おうとしても高額で売られることが多い。


 けれども、その少年は手頃な値段で縄を売ってくれた。お金が用意できない商人や石大工には物々交換で取引をし、食糧や道具を得ていた。


 とても良心的な少年だったと、皆は口を揃える。


「そういえば、顔は見せない無口な奴がいたな。坊主の手伝いをしていたっけ。男か女かは分からなかったが。町に留まってくれたら、石大工達も助かっただろうに」


 石大工の親方が雇おうとしたほど、その少年の売る縄は良かったそうだ。注文すれば、縄を太くも細くもできる、強度も変えられる、器用な少年だったと彼らは教えてくる。

 少年と無口人間の行方を尋ねると、石売りの商人はこう答える。


「次の町を目指すって言っていたな。この辺りだと、仙ノ村が近いって教えたから、そこに行くって答えていたぞ」


 石大工の親方も答える。


「世間話がてらに海の話をしたら、そこに行ってみたいと言ったから、道順を教えてやったよ。今頃、梁河リャンカに沿って歩いているんじゃねーか?」


 露店で野菜を売る行商も答えた。


「あの坊主なら、山を越えた宇長ノ都に行くって。若いもんほど、人の多いところに惹かれるんだろう」


 聞き込みを終えたカグムとハオは、苦い顔を作る他ない。誰もが有力な話を教えてくれるのに、誰ひとり同じことを言わない。


「どーなってるんだよ。どれを信用すればいいのか、ちっとも分からないぜ」


 頭を掻きむしるハオの隣で、カグムが深いため息をつき、軽く笑声をもらす。


「こりゃあ、ユンジェの悪知恵だな。ったく、間諜をこなす俺達を翻弄するなんて本当に厄介な奴だよ」


 味方であった時は心強かったが、敵になると、こんなにも手が掛かるとは。


「またあのガキかよ。勘弁してくれって……ホウレイさまにピンイン王子を連れて来ると、早馬を出しちまっているのに」


 町人によると、二人は真夜中に町を出て行ったそうだ。夜に動き、どこへ向かったのか、分からなくしようという魂胆なのだろう。


 カグム達から姿を晦ました二人は徒歩。馬ならすぐ捕獲できると思ったのだが、これは骨が折れそうだ。



「さすが、麒麟の使い。呪われた王子に認められし、懐剣小僧だな」



 ◆◆



 ユンジェは軽快な足取りであぜ道を歩いていた。

 見渡す限り、水田が広がるこの光景は、炎に包まれた故郷を思い出す。そのせいだろうか、心が落ち着いた。


 小袋から乾燥豆を取り出すと、それを口に放って、豆の風味と歯ごたえを楽しむ。これは三日ほど納屋に泊めてくれた、農業を営む老夫婦がくれたものだ。


 とても親切な老夫婦だった。


 突然、訪問したにも関わらず、困っているユンジェから事情を聴くと、快く納屋を貸してくれた。

 泊めてくれたお礼に三日間、彼らの仕事を手伝い、縄を編んで贈ると、彼らは嬉しそうに受け取り、貴重な保存食の乾燥豆をくれた。


 栄養満点だから、病み上がりの『お姉さん』と一緒に食べなさいと、言葉を添えて。


(その前に泊めてくれた、農家のおっちゃんも優しかったな。むしろを編んだら、火打ち石を袋一杯にくれたっけ)


 ユンジェは町の商人より、畑に携わる農民の方が好きだと思った。

 物々交換の時は対等に接してくれるし、困っていると話を聞いてくれる。温かみがあると思えた。それはきっと自分が農民の子だからだろう。


「ティエン。具合はどうだ?」


 此度、納屋に泊めてもらったのは、ティエンが熱を出してしまったからだ。


 慣れない旅、追われる身分、兵達から隠れる生活。

 それらのせいで、心身疲弊してしまったのだろう。旅は農民の暮らしより、体力や気力を多く必要とするので、軟な彼は倒れてしまった。


 そのため、ユンジェは農家を訪ね、老夫婦に納屋を借りたのである。

 もう大丈夫だと返事する彼は申し訳なさ半分、不満半分、といった顔で歩いている。柳眉が寄っていた。


「どうしたんだよ。腹でも痛いのか?」


 わざとらしく顔を覗き込むと、ティエンがじろりと睨んだ。


「ユンジェ。世話を焼いてもらっておいてなんだが、ひとつ文句がある。なぜ、私はあの老夫婦に姉と間違われていたんだ」


 予想していた文句に、ユンジェは小さく噴き出してしまう。ティエンの手の平に五粒、乾燥豆を落すと、その顔がいけないのだと返事した。


「ひと目じゃ、男か女か分からないって。俺も最初、ティエンを見た時、天女だと思ったしさ」


 乾燥豆を頭陀袋に仕舞い、水を飲むために皮袋を取り出した。


「それで? わざと正さなかった理由は?」


 皮袋を差し出す。彼は気だるく受け取り、それで喉を潤していた。


「だって、あそこの老夫婦、当たり前のようにティエンをお姉さんって言うもんだから。ティエンを綺麗だって褒めていたし、まあ、いいかなって」


「つまり。面白がっていた、と?」


 大当たりだ。ユンジェが指を鳴らすと、重たい皮袋で軽く頭を叩かれた。


「おかげで私はこの三日間、口を利けない振りをしなければならなかったんだぞ」


 ティエンは声変わりを終えている。

 さすがに声を聞けば、男だと分かるだろう。喉仏を見られなくて良かったな、と茶化すと、ふたたび皮袋で頭を叩かれた。


 実はかなり、腹を立てていたようだ。どうもティエンは女に見られることを、良く思っていないらしい。それだけ美しいということなのに。


「いってーな。大体、口が利くも何もお前、熱でしゃべる元気もなかったじゃん。もう一日、老夫婦は泊めてくれるって言っていたのに……本当に甘えなくて良かったのか?」


 その分、老夫婦の仕事を手伝えば良いと、ユンジェは考えていた。

 彼らは子どもに恵まれなかったようで、ずいぶんと若手の力を欲していた。話を聞けば、老いのせいで農業を重労働に感じていると言う。


 そのため、ユンジェが重たい肥料や、大量の藁の束を運ぶと、老夫婦はとても嬉しそうにしていたものだ。

 ティエンが遠慮を見せなければ、もう一日、納屋を借りようと思っていたのだが。


「これ以上、ユンジェに迷惑は掛けられないだろう? この三日間、お前は老夫婦と働き、私は納屋で寝てばかりだったというのに。ユンジェ、休めていないだろう?」


 語尾を窄めるティエンに対し、ユンジェは能天気に笑う。


「気にすんなって。俺は生まれて、畑仕事ばっかりしていたんだ。働くことくらい屁でもないさ。そんな顔をするなって。ティエンだって、旅で俺を助けてくれるじゃん」


 例を挙げるならば、石切ノ町だ。

 町に立ち寄った際、石材を売りにしていると気付いたティエンが、縄を売ろうと強く訴えた。ユンジェの作る縄なら、たくさん売れる。路銀の足しになると言って譲らなかったため、ユンジェは半信半疑になりながら、貴重な金を出して藁を買い、縄をこしらえた。


 するとどうだ。

 飛ぶように縄が売れ、いつもよりも高値で取引が成立した。


 ティエンは知っていたのである。石材を運ぶ際に、丈夫な縄が求められていることを。

 ユンジェのいた町では、あまり需要がなかった縄だが、町の特色によってはそれが高値で売れる。売買は需要と供給の割合で、値段が決まるとティエンは教えてくれた。


 また、土地の知識が豊富で、石切ノ町が国のどこらへんに位置しているのか、よく把握していた。

 地図を買うと、それをユンジェの前で広げ、見方を説明した。あまり文字が読めないユンジェだから、土地の読みにつまずくと、懇切丁寧に教えてくれる。


 このように、学問の分野はティエンの方が頼りになる。てんで知識が乏しいユンジェは助けられっぱなしだ。


「お前がいなかったら、俺は地図も読めないんだ。ちゃんと役立っているよ」


 足手まといだと感じているティエンを励ます。だが、ユンジェの足元にも及ばない、と返された。


「とくにお前の機転。あれには驚くばかりだ。町や村に立ち寄る度に、色んな商人と世間話をして、その都度『別の行き先』を話すなんて」


 ひひっ。ユンジェはいたずら気に舌を出した。


「集落は近状や、知識を交換する場でもあるからな。聞き込みされた時のことを考えて、ちょっと細工をしただけだよ。足止めになってくれたら万々歳だ」


 クンル王の兵はタオシュンの一件で、おおっぴろげにピンイン王子を探すと分かっている。

 反面、天士ホウレイの兵は、水面下で動く輩だ。慎重に動いて、王子を保護したい集団だと分かっているため、ユンジェは手を打った。


 勿論、その場しのぎにしかならないだろう。とりわけクンル王の兵に対しては、通用しない手だろうが、それでも相手を翻弄できたら、と考えている。


「あの森林火災で、俺達が死んだと思ってくれねーかな。そしたら、気兼ねなく町や村に立ち寄れるんだけど」


 今のところ、クンル王の兵に動きは無い。

 町や村で兵の様子を聞いても、なんら変わりはないと返ってきた。死んだと思い込んでくれているのだろうか?


 ティエンがそれを否定する。


「カグム達の話では、クンル王は天士ホウレイの動きで、私の生存を知ったと言っていた。ホウレイが動けば、当然向こうも動く。今は様子見でもしているのだろう。兵を動かすにも金が掛かるからな。それに、父が簡単に諦める性格とは思えない。私の亡骸を目にするまでは、地の果てまで追い駆けてくるだろうさ」


「おっかないんだな。お前の父ちゃん」


 控えめに感想を述べる。実の子にそこまで殺意を向ける、クンル王の気持ちが分からない。血を分けた家族ではないのだろうか。


「父は感情の起伏が激しい方だ。それゆえ周囲に恐れられ、いつも機嫌を窺われていたものだ。私も父に会う度に、引っ叩かれていた。お前のせいで、国は不幸続きだ、と罵声を浴びせられていたものだ」


 クンル王と並んで罵声を浴びせてきたのは、第二側妃の母だという。

 王妃に呪いの子を咎められ、責を問われた母は、ティエンにその怒りをぶつけていたそうだ。


「側妃って?」


「王は複数の妻を取り、子孫を残す習わしがある。その際、本妻と側妻に分けられ、母は後者に当たる人だったんだ。本妻を王妃、側妻を側妃と呼んでいる」


 ティエンの母は呪いの子を産んだことに心を痛め、日を増すごとに病んだ。顔を合わせたところで、そこに愛情などなく、向けられるのは憎しみばかり。


 最後に会ったのは十の時だそうだ。

 以降、どこで何をしているのか、皆目見当もつかない。それこそ、生きているかどうかすら分からない、とティエンは語った。


「お前の両親っておっかない人ばっかなんだな」


「おっかないのは、身内全員に言えることだ。私には腹違いの兄弟がいる。兄が二人、姉が一人、妹が四人」


 ユンジェは指を折って計算をする。全部で七人兄弟なんだな、と答えると、八人だと訂正された。


「ちゃんと、三回指で数えたぞ。八人なわけないだろ?」


「ユンジェ。その計算、私を入れていないだろう?」


「……あ」

 

 とにかく兄弟が多いことは分かった。


「その中で、正式な王位継承権を持つのは王妃の子リャンテ。次に王位継承権を持つのは、第一側妃の子セイウ。順当にいけば、私はその次に王位継承権を持つ王子だった」


 けれども、ティエンは呪われた王子。クンル王の怒りに触れた子どもが、王位継承権を持てるはずもない。それについて、兄達からよく侮蔑されたものだ。

 ティエンは昔を思い出し、苦い顔を作る。


「リャンテ兄上は父に似て、感情の起伏が激しく好戦的な方だ。気に入らないことがあると、相手が老人であろうと、女子どもであろうと、首を刎ねる。それを眺めながら、飲茶を取るのが楽しみとなっていた」


 悪趣味だ。ユンジェは身震いをしてしまう。


「セイウ兄上は母に溺愛されているせいか、ずいぶんと贅沢な生活を送っている。どのような我儘でも通る環境にいるために、とても性格がひねくれている。歪んだ贅沢をしているそうだ」


「歪んだ贅沢?」


「ユンジェで例えると、そうだな。国中の桃饅頭を買い占め、それで家を建てるような贅沢だ」


「はっ? 食い物で家を建てるのかよ!」


 罰当たりも良いところだ。ユンジェには、到底理解できない話である。


「ひねくれている上に狡い。贅沢を止めようものなら母に告げ口をし、兵を動かす。それで戦になったこともあったそうだ」


「そんな奴等が、次の王って……お前の呪いの方がよっぽど可愛いと思えるぞ」


 まともじゃない。それが正直な感想だ。


「他の兄弟には会ったことないの?」


「姉はあるが、妹達には会ったことがないよ。姉に会ったことがある、と言っても、遠巻きに姿を見掛けた程度だ。彼女等は私を避けた。呪いを受けたくなかったんだろう。もし、呪いを受ければ、父の怒りが待っているからな」


 ユンジェとティエンは一本橋を渡ると、水田の景色に別れを告げ、鬱蒼とした森林に入る。日が傾く前に本日の野宿場所を見つけ、たき火の準備をした。


 そして夜のとばりが下りた頃、それに火をつけ、簡単に夕餉を済ませた。何もすることがなくなると、ティエンは昼間の続きを語り出す。


「リャンテ兄上とセイウ兄上は仲が悪い。そのため、王位継承権をどちらが持つか、水面下で火花を散らし合っている。隙あらば首を取る気だろう」


 王権を握るために肚を読み合い、相手を貶めようと火花を散らしていた。周りに優秀な臣下がいれば、それを潰すため、毒や奇襲で暗殺する。

 そんな兄達と顔を合わせることが、彼はとても嫌だったそうだ。


「王族を羨む者は多いが、正直王族に生まれるものではないと思う。贅沢はできるが、人が信じられなくなる。身内ですら裏切りが発生するのだから」


 そこは、とても醜く汚い世界だ。


「麒麟はこの国を守護する王族を見て、どう思っているのだろう? 私ならば見捨てたくなるよ」


 ティエンは頭陀袋を枕にすると衣を腹に掛けて、手招きをする。

 夜の森林はとても冷える。たき火に当たっていたユンジェは、そそくさと彼の隣に座り、頭陀袋を頭の位置に置いて衣にもぐった。


「天士ホウレイがお前を王座に就かせたくなる気持ちも、ちょっぴり分かるな。俺ならティエンがいいもん」


「私は王族には戻らないよ。家族に見捨てられた身だし、王座にも興味がない。贅沢なんて要らない。私の願いは、お前と静かに暮らしたい。それだけだ」


 肩上まで衣を掛けてくれるティエンが、軽く体を叩いてきた、子ども扱いはやめろ、とムキになると、楽しげに笑ってくる。やめてくれないのだから、タチが悪い。


 諦めて頭陀袋に頭を預ける。すぐに瞼が重たくなった。


「きっと国のどこかに、安心して暮らせる土地があるよ。ティエン、言ってたじゃん。この国に見込みがないなら、ぼう、ぼう……ぼ……」


「ふふっ、亡命な」


「それ。他国に亡命すればいいよ。遠くに行けば、誰もティエンが呪いの王子だなんて分からないさ。なんとかなるって」


「そうだな」


「きっと。だいじょうぶ」


「ああ」


「おれな。家を持ったら、今度は米を作ってみたいんだ。芋や豆もいいけど、米はどの作物よりも高く売れる。なにより、たくさん米が食べれる。藁だって自分で獲れるから」


 その手の心地よさに瞼がおりていく。

 おやすみ、と聞こえる声がひどく遠く思えたが、ユンジェは力を振り絞り、挨拶の代わりにうんっと頷いた。





「やっぱり、疲れていたんだな。ユンジェ」


 寝つきの良いユンジェに、ティエンは苦笑いを浮かべる。


 無理もない。自分の看病をしながら、朝昼は老夫婦の手伝いを、夜は遅くまで縄を編んで過ごしていたのだ。

 自分の分まで、恩を返そうとする子どもの姿を知っていたティエンは、子どもに負担を掛けてばかりだと、自己嫌悪を抱かざるを得ない。


 ユンジェの寝顔を見つめた後、投げ出されている腕に目を向ける。そこには消えかけている痣がある。タオシュン兵から逃げる時、負ったものであった。


(お前は私を責めない。家や仕事、故郷を失い、あてもない旅を強いられているのに、怒りすら抱かない。腹を立てる時は、お前を巻き込んだことに悔いる私の姿ばかり)


 お前のせいで。身内ですら言われ続けたことを、この子どもは口にしない。いつも、これからのことについてよく考え、一緒に生きようとしてくれる。


 だからユンジェを信じられるのだ。

 近衛兵らに逆心された経験を持つティエンは、守る人間に対し、強い不信感を抱いている。それには、なにか裏があるのではないか、と探ってしまうのである。


 王族を守ろうとする人間は嫌いだ。兵士は大嫌いだ。


 天士ホウレイが己を保護しようと奮闘しようが、間諜を放とうが、護衛をつけようが、そんなのティエンの知った話ではない。

 謀反でも王位簒奪でも、勝手にしてくれ。ただ、自分を巻き込んでくれるな、と怒鳴りたい。


 ティエンは王になどなりたくなかった。農民として、子どもと平和に暮らしたい。願いは、それだけなのだ。


(誰も私を探してくれるな。放っておいてくれ。頼むから)


 切なる想いを胸に秘め、子どもの頭を引き寄せて、そっと額をのせる。

 どうして、誰も自分を放っておいてくれないのか。国にも王座にも興味がないというのに。ティエンの願いは、そんなにも我儘で贅沢なのだろうか。


(悲観するな。ユンジェに笑われるぞ)


 よく考えろ。子どもが自分を守るために動いているのだから、ティエンも考えて行動を起こさなければ。

 軟な体や非力を嘆いても仕方がない。ティエンは弱い。子どもに負担を掛けることも多い。


 それでも、自分にできることを探さなければ。たった一人の家族を守るために、できることを考えなければ。


(いっそ王族が亡んでくれないだろうか。私にまこと呪いの力があるのなら、喜んで亡ぼすのに)


 もしも。もしも、獰猛な父や兄達が牙を剥くことがあれば。王族が子どもの命を狙うことがあれば。

 たとえ、それが生みの母であったとしても、ティエンは迷わず弓を手に取り、心の臓を射抜く。尊属殺は大罪、それすらも覚悟している。


 なぜなら。


「私が家族と、兄弟と呼ぶ人間は――お前だけだ。ユンジェ」


 ああ、はじめて出来た家族を失いたくない。守られるばかりの人間には、成り下がりたくない。守れる人間になりたい。


 ティエンは己の懐剣となった子どもの寝顔に微笑すると、体を起こして夜の空を仰ぐ。瞬く星達を見つめ、子どものために自分には何ができるのかを、ただひたすらに考えた。


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