第9話文化祭

 とうとう文化祭当日がやってきた。ここのところ天気が安定しない日が続いたが、9月23日は関東地方に台風が接近中。朝から大荒れの天気だった。それでも、台風の直撃は夜とみられ、文化祭は予定通り行われることになった。吹奏楽部の演奏は、視聴覚室で10時半から行われることになっていた。部員はこの日の為に準備したおそろいのTシャツを着て、朝から椅子などの準備に追われた。演奏する先生方も同じTシャツを着ていた。

「いよいよだなー。」

牧瀬はそわそわしながら言った。

「今日は天気が悪いから、人少ないんじゃね?」

と城之内。しかし、裏からそっと客席をのぞくと、なんだか人が大勢いてびっくり。

「いっぱいいるよー!」

と、城之内は小声で叫んだ。

「俺、自信ないわー。」

「手が震える~。」

「手汗ひどい。」

と、一年生は裏でそわそわ。特に、目立つソロがある佐々木は「自信ねえ。」をやたらと繰り返した。

「さ、出番ですよ。」

沢口先生が声をかけてきた。皆、楽器を手に舞台上の椅子へ移動した。お客さんは思った以上に大勢いた。先生方や家族、友達、この学校の生徒たち。

 部長がまず、挨拶をした。

「皆さま、お足元の悪い中、僕たちの演奏を聴きに来てくださり、ありがとうございます。部員のほとんどがこの春から楽器を始めたばかりの初心者ですが、一生懸命に練習してきましたので、どうか最後までお聴きください。」

そして、指揮の桜田先生が登場。先生はただ観客の方へ礼をして、部員たちの方へくるりと向き直った。指揮棒をかざす。皆、集中した。今までの練習の成果を出すんだ、と意気込んだ。キックオフを待つ時の、あの気持ちと似ている。

 演奏が始まった。口笛で練習した、ドラクエのテーマ曲。中学生の男の子が一番前で目を輝かせている。上手くいった。そしてパイレーツ。これはちょっと音が濁るも、何とか持ちこたえた。「いつも何度でも」では、佐々木のソロが入る。難なくこなす。和馬は、

(あいつ、自信ないとか言ってて、成功してんじゃん。)

と思ってちょっとにやっとした。最後に「恋」をやって、順番に立ち上がって演奏したりして、会場を盛り上げ、終了した。初めて一般のお客さんの前で演奏を終え、和馬たちは大いに満足感にあふれた。

「いやー、気持ちいい!シュート決めた時のような気分だぜ!」

と山崎が言った。

 さて、ちょっと気になる女装コンテストである。一日に一回、特設ステージでコンテストが行われ、一般のお客さんに投票してもらうことになっていた。二日目のコンテストは、吹奏楽部の公演と同じ時間だったが、一日目は空き時間だったので、和馬も見に行った。1年1組の川野は、すっかり女子になっていて驚いた。

「普通にいそう。ああいう女子。」

周りでそういう声が聞こえた。和馬も、ありだな、と密かに思った。他のクラスの出場者は、メイクはするけれど髪の毛は短いままだったり、やたらと派手な服を着たり、体育クラスの生徒などは、金髪のかつらをかぶり、マッチョ丸出しのガングロだったり、いろいろで面白かった。けれど、まだまだ足が細くて、すね毛を剃ればスカートをはいていてもおかしくない。これは、やはり1年生限定なのも分かる気がした。だんだん、スカートが似合わない足になっていくような気がする。同じ部の先輩がスカートを履くことを考えたら、和馬は一人でこっそり苦笑いをした。

 翌日は良く晴れて、こちらもお客さんがたくさん来場し、吹奏楽部の演奏会には、昨日の評判もあってか、更に満員御礼だった。シャッターを切る音が昨日よりも多い気がした。演奏の方も上手くいって、皆満足だった。また、次の演奏会に向けて、頑張ろうと思ったのだった。

 廊下を移動しているとき、優にバッタリ会った。声をかけられて良く見ると、そこは調理同好会の販売スペースだった。

「和馬、買ってかない?」

と言う優の前に並べられているのは、一切れずつ透明な袋に包装されたフルーツケーキだった。一つずつリボンがかけてある。

「おぉ!これ優が作ったのか?」

「皆で作ったんだよ。味は確かだぜ。」

「じゃあ、ひとつもらうよ。」

と言って和馬は一つ買ってみた。

(こういうの、女子がいたら男子の出番ないもんなー。意外だけど、いいじゃん。)

などと考えながら、中のフルーツケーキを取り出して食べてみると、とてもおいしかった。「ん!甘さひかえめでいい。苦みが効いていて大人な味だな。」

と言って誉めると、

「いっぱい練習して、味も研究したんだぜ。そのための同好会だからな。」

と言って優は笑った。

 そして、二日間の投票を終えた女装コンテストは、1組の川野がダントツ1位で優勝した。真面目にやれば優勝できるというのは本当だったようだ。確かに、あれはありだったもんな、と和馬は納得したのだった。普段は全然女の子っぽくないのに。髪の毛とメイクというのは本当に人を化かすな、と恐ろしく思ったのだった。

 文化祭がすべて終了し、来場者が書いてくれたアンケートを実行委員が回収した。感想を書くスペースに書き込まれた内容で一番多かったのは、

「吹奏楽部のメンバーが、皆さんかっこよかったです。」

であったらしい。だが、これは伝える必要はないということで、実行委員会の中だけでもみ消されてしまった。ゆえに、吹奏楽部のメンバーは知る由もなかった。


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サッカー少年が吹奏楽部に入ったら 夏目碧央 @Akiko-Katsuura

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